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新たなる出会い Ⅱ

 二人が呆然と立ち尽くしていると、不意に後ろから声がした。


「おや、エルナさん。おはようございます」


 声の主はニュクスだった。彼女は路地裏にいたエルナの姿を見ると、片手を軽く挙げて挨拶をしながら人だかりの方へと近付いていく。


「あなたもここに来ていたんですね」

「あら、ニュクス? あなた、さっきまで寝てたはずじゃ?」

「ええ、そうだったのですが、何やら外が騒がしかったものですから目が覚めてしまって……何事かと気になったもので来てみたんですよ」


 ケントはエルナが見知らぬ少女と親しげに話しているのが気になって、彼女に尋ねる。


「エルナ、この子は誰なんだ?」

「あ、ごめんなさい。紹介するわね?」


 エルナはケントに顔を向けると、ニュクスに右手を差し出すようにしてこう言った。


「この子がさっき言った、私と一緒の部屋になった女の子よ」

「初めまして、ニュクスと申します」


 ニュクスは胸に手を当てながら、ケントに軽く一礼をする。


「俺はケント。エルナとは、一緒に冒険者の仕事をしている仲だ。よろしく」

「ふふっ、こちらこそよろしくお願いします。ケントさん」


 一通り自己紹介を終えた後、ニュクスは血だまりの中で息絶えている男の方に目を移した。


「しかしこれは、なんとも惨い有様ですねえ……」


 そのあまりにも凄惨な光景に、ニュクスは口元を押さえて顔をしかめる。


「見たところ死因は首を切られたことによる失血死、でしょうか? 防御創もなさそうですし、不意打ちでやられたのでしょうね」

「ねえ、ニュクス。あなた、昨日の夜に警備の依頼を受けてたでしょ? 何か知ってる?」

「いえ、私はこの辺りは管轄外だったものですから何も。ですが、この方については多少ですが知っていますよ?」

「え? 本当に?」

「はい。たしかこの方、ギルドでも評判の悪い冒険者だったはずです。何でも、新人の冒険者に冒険者としての基礎的な知識を教えるという名目で近づいてから、あれこれと言いがかりをつけて金銭を巻き上げたりするとか」

「この男、エルナ以外の冒険者にもそんなことをやってたのか……」


 目の前の男についてはよく知らないが、二人の話を聞いている限り相当あくどい人間なのだろうと、ケントはそう感じていた。


「そんなことをしていれば恨みを買われていても不思議ではありませんし、もしかするとこの方の被害にあった誰かが、私怨を晴らすために闇討ちを仕掛けたのかもしれませんね」


 そのようなことを話しているうちに、気が付けば周囲からは野次馬が一人、また一人と去っていっており、人だかりはすっかりまばらになっていた。


「さて、後のことはギルドか王都から派遣された騎士が何とかしてくれるでしょうし、私たちも退散しましょう。いつまでもこんなところにいても、気が滅入るだけですし」

「……ああ」

「そう、ね……」


 三人はその場を後にして、当初の目的である酒場へと向かっていった。




 それからケントとエルナは、ニュクスも交えた三人で食事を済ませてから、宿へと戻っていく。エルナは自室に戻る気にはなれず、ケントの部屋を訪ねていた。


「はぁ……」


 エルナは深いため息をこぼす。どうやら朝の出来事が未だに忘れられないらしく、酒場でも食事があまり喉を通っていなかった。


「大丈夫か、エルナ?」

「うん……ごめんね、ケント。心配させて……」

「まあ、あんなものを見たら、そりゃな……」

「うん……」


 それから数秒程度の間が空いた後、エルナは再び口を開いた。


「……正直、少し驚いてるの」

「ん? 何にだ?」

「自分が今、悲しいって思ってること」


 彼女はそう言うと、下を向いたまま自分の胸中を語り始める。


「私ね、昔あの人に言いがかりをつけられて報酬を減らされた時、すごく悔しかったの。いつか痛い目にあってしまえばいいのにって、そう思ったわ」

「…………」


 ケントは何も言わずに、ただエルナの話に耳を傾ける。


「でも、いざ本当に痛い目にあってるのを見たら、少しも気分が良くならなかった。変よね。あんなに、最低な人間だったのに……」


 エルナは膝を抱えると、悲しげな表情を浮かべてうな垂れた。


「あの人のことは今でも嫌いだし、二度と顔も見たくないって思ってたけど、でも……死んでほしいとまでは思ってなかったから……」

「……そうか」


 例え良い思い出ではなかったとしても、自分と関わりのある人間の死に触れるというのは想像以上に堪えるものだと、エルナは肌身に感じていた。


「……ふう。ありがとう、ケント。あなたに喋ったら、少し気分が楽になったわ」

「いや、俺はただ聞いてただけで、別に何もしてなかっただろ?」

「それが一番ありがたいのよ」


 励ますでもなく、叱るでもなく、ただただ近くで聞いてほしい。それが彼女にとっては、最も嬉しい慰めだった。


「さて! いつまでもうじうじなんてしてられないわよね!」


 エルナは自身の気分を一新するかのように、胸の前で手を叩いた。「パンッ」という子気味の良い音が、部屋中に木霊(こだま)する。


「それじゃあ、ケント。今日は何をしようかしら?」

「ん? ああ……」

「……? どうかしたの?」

「いやな。実は今日、エルナに相談しようと思ってたことがあったんだが……」


 エルナの問いに対して、ケントは歯切れの悪い口調で答える。


「私に相談?」

「ああ。ただ、あんなことの後だし、やっぱり今日は止めた方がいいかなと……」

「そんな、遠慮なんてしないでいいのよ? ケントは私の話を聞いてくれたんだし、私もケントの話を聞いてあげたいもの!」

「……分かった。それじゃあ、頼む」


 エルナの言葉で決心がついたようで、ケントは真剣な面持ちになって相談事の中身を彼女に打ち明けた。


「もう一度、俺とキスしてくれないか?」

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

話の都合で今回は比較的短い内容となってしまったため、次話は明日の10月25日に投稿しようと考えております。

引き続きお付き合いいただければ幸いです。

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