凶鳥再戦、クラウディオの意志
睨み合うこと数秒。まず始めに仕掛けたのは、グリフォンからだった。
「ピイイイイイッ!」
グリフォンは大気を震わすような雄叫びを上げると後ろ脚で地面を蹴り上げ、恐るべき瞬発力でケントたちに飛びかかる。
「皆、躱せ!」
前脚が振り下ろされるよりも先に、ケントたちは後方に避ける。目標を見失った前脚は空を切り、勢い余って地面を踏み砕いた。
無論、それだけでは終わらない。グリフォンは先程の攻撃などまるでなかったかのように素早く、今度は最も近くにいたリューテに襲い掛かった。
「狙いは私か!」
同じように振り下ろされる前脚の一撃を、リューテは剣に炎を纏わせて受け止める。しかし、それでも威力を殺し切れはせず、剣を伝って腕が痺れる感覚にリューテは思わず顔をしかめた。
「……っ! 相変わらず重いな。だが!」
リューテは更に強い魔力を剣に込め、纏う炎を燃え上がらせる。自身の眼前まで迫る炎に、グリフォンは一瞬怯んで動きが硬直する。その隙を見計らって、リューテは前脚を押し返すようにして切り払い、そして距離を取った。
「あの時とは違って、戦い方は分かっている。かつての雪辱、ここで果たさせてもらうぞ!」
半年前、リューテはグリフォンと交戦したものの、利き腕を焼かれて手も足も出ずに敗北した。あれから腕を磨いた今、あの時と同じ不覚は決して取らない。脳裏に浮かんだ苦い記憶を焼き付くすかのように、リューテは剣と闘志を燃え上がらせていた。
「ケント君、エルナちゃん。後ろから援護を頼む!」
「分かった!」
「ええ、任せて!」
リューテの指示を受けて、ケントとエルナはそれぞれ武器を構える。そして、グリフォンは再び攻撃を仕掛けてきた。敵の鋭い爪と嘴による猛攻を、リューテはケントとエルナの力を借りながら捌きつつ反撃の隙を伺う。
「(さあ、あれを使ってくるんだ)」
そこでリューテはグリフォンのある行動を誘うため、敢えて中距離を維持するように立ち回る。この距離ではリューテの攻撃はほとんど届かないが、それはグリフォンも同じである。
すると、やがて痺れを切らしたようでグリフォンは口を開ける。
「……来るか!」
リューテの狙い通り、グリフォンは火炎のブレスを吐いてきた。それに合わせて、彼女も剣に多くの魔力を込める。
「おおおおおっ!」
そして、かつて自分を戦闘不能に追い込んだ攻撃に、臆することなく剣を振り下ろす。並みの冒険者、並みの武器であれば、受け止めきれずに致命傷を負うことになる威力のブレス。しかしリューテは最早並みの冒険者などではなく、武器もミスリルの特別製である。彼女は眼前に迫り来るブレスを斬り裂き、そして掻き消してみせた。
「はあっ!」
そして、そのままの勢いでグリフォンに斬りかかる。ブレスを吐いた直後では反撃は間に合わないためか、グリフォンは空を飛んでこれを回避しようとする。
「≪風裂の連矢≫!」
「≪石連弾≫!」
しかし、それこそがリューテの狙いだった。エルナとマヤ、二人の放った矢と石の雨が、グリフォンへと降り注ぐ。
「ピイイイイイッ!」
一発一発は大した威力ではないものの、空中では思うように避けられず、グリフォンは高度を維持出来なくなって段々と地面に向かって降下していく。
「うおりゃあああ!」
そしてある程度の高さまで落ちてきたのを見計らって、ソニアが跳躍してグリフォンにしがみつき、そのまま背中まで回って地面に叩き落した。
「お二人とも、今です!」
「任せろ!」
ソニアが離脱したところで、ケントとリューテがグリフォンに斬りかかった。剣はグリフォンの皮膚を切り裂き、その箇所からはじわじわと血が滲み出す。
「ピイイイイイッ!」
「うおっ……!?」
だが手応えは薄く、ケントとリューテは反撃を食らう前に急いで後退した。いかにケントたちが強くなったとはいえ、グリフォンの強靭な肉体に傷を負わせることは容易ではない。再び、両者は睨み合う形となった。
「くっ、思ってたより硬いな……!」
「だが、全く通っていない訳ではない。このまま攻撃を続ければ、いずれ奴にも限界が来るはずだ。この調子で行くぞ!」
その後も、ケントたちは連携を取りながら攻撃を続けていく。そして接近戦担当のケント、リューテ、ソニアの三人がかりで時間を稼いでいるうちに、大攻勢のチャンスが訪れた。
「三人とも、少し後ろに!」
マヤの指示で、前衛の三人が後退する。それを見たマヤは杖を掲げると、今までに練っていた魔力を開放して魔術を発動した。
「≪捕縛する砂縄≫!」
直後、グリフォンの周囲に四つの流砂が出現し、そこから砂の縄が飛び出して前後の両脚を拘束する。しかし、グリフォンは暴れながらこれを力ずくで引きちぎり、空に逃げようとする。
「ニュクスお姉ちゃん、今だよ!」
「はい!」
そこに、ニュクスが≪混乱≫の魔術が付与された短剣を投擲した。拘束からの脱出に気を取られていたグリフォンはこれを躱せず、右前脚へと短剣が突き刺さる。するとグリフォンは地面に這いつくばり、固まったかのように動かなくなった。
「ピ……イイイイイィィィッ!」
「もう解けましたか。ですが、少し遅いですね」
硬直していた時間は精々数秒。だが、戦いにおいては致命的な数秒だった。
「はあああっ!」
リューテは即座にグリフォンの正面に飛び込むと、剣に炎を纏わせて振り上げる。
「ギッ……!?」
「これで……終わりだ!」
そして、グリフォンの首筋目掛けて渾身の力で振り下ろした。
「おおおおおおっ!」
「ギイィィィャァァァァ!」
グリフォンは断末魔の叫び声を上げる。しかし、それで攻撃の手を緩めることはない。首を落とさんという勢いで剣を押し込み、燃え盛る炎が肉を焦がし、噴き出す血すらも蒸発させる。
「ギ、イィィ……」
やがてリューテが剣を引き抜くと、グリフォンは力無く地面に倒れ伏し、そのまま事切れた。
「……よし! 討伐成功だ!」
その後、グリフォンが完全に息絶えたことを確認すると、ケントたちは武器を納めて一ヶ所に集まる。
「ふう。良かったあ。皆、お疲れ様!」
「ええ、お疲れ様です。これで、依頼の第一段階は達成しましたね。ノトスも、当面は安全と言ってもいいでしょう」
「やったあ! ハルヴァン兄や皆さんにも、早く教えてあげたいです!」
ソニアは今にも跳ね回りそうな勢いで喜びを表す。ケントたちの働きにより、ノトスを襲ったグリフォンは無事に討伐された。これで少なくとも、ノトスの人々が再度の襲来に怯えることはなくなった。残すは、原因の究明だけである。
「これで二回目になるわね。私たちがBランクの魔物を討伐することに成功したのは」
「ああ。エウロスでの戦いで勝ったのも、まぐれじゃない。俺たちは、確実に強くなっているってことだ」
エウロスの時と同じように、ケントの持つ能力を使うわけでもなく純粋な実力でBランクの魔物を討ち取り、勝利を手にした。ケントたちが修行を経て成長したことは、最早疑う余地はなかった。
「皆、素晴らしい戦いぶりだった」
そうしているうちに、終始ケントたちの戦いを観察していたクラウディオも、彼らの元に歩み寄る。
「まずは君たちを半端な実力だと決めつけたことを撤回しよう。グリフォンを討伐出来るならば、この依頼を受けるのに十分な実力を持っていると言っていい」
「それじゃあ……」
「ああ。約束通り、この調査依頼をこなすため、私と同行することを認め……」
そこまで言いかけて、クラウディオは一旦口を噤む。
「……いや、違うな。君たちは半人前ではない。であれば、こう言うべきだ」
そして、このように訂正した。
「ノトスを救うため、君たちの力を貸してほしい」
「ああ、もちろんだ!」
クラウディオの頼みを、ケントは快く承諾する。ランクや実力は違えども対等な仲間として、晴れて同行が認められた瞬間だった。
「さて。それで提案なのだが、一度休息を取るとしよう。ここから先は、万全の状態で進みたいのでな」
「了解。俺たちもグリフォンと戦った後で、少し休みたいと思ってたところだからな。願ってもない申し出だ」
ケントたちはクラウディオに付いていき、グリフォンと戦った場所から離れた位置まで移動してから腰を下ろす。彼らは怪我こそほとんど無いものの、全力で戦ったことで疲弊しており、今後のことも踏まえて一度休憩を取る必要があった。
「それにしてもこの場所、まだ山頂から二分目くらいか? なのにもうグリフォンが襲って来るなんてな。まさに『凶鳥の巣』ってわけか」
「どうだ? 私が最初、引き返した方がいいと言った理由が分かっただろう?」
「そうだな。並みの実力じゃ、ここに足を踏み入ることさえ許されない。さっきの戦いで、それを肌で理解したよ」
ケントの言葉に、他の仲間も同意するように首肯する。先程の戦いは勝利を収めたものの、やはりBランクの魔物はCランク以下とは別格だということを実感せざるを得なかった。
「だけど、俺たちも力を合わせればグリフォンを倒せるって分かったからな。この先に何があろうと、絶対に依頼をこなしてみせるさ」
「うむ。いい心構えだ。では、そうとなればまずは作戦会議といこう。ここから先の大まかな方針を、君たちに伝えなくてはな」
クラウディオは彼らのまとめ役として、この先の依頼における行動方針について話し始める。
「既に理解していると思うが、我々は今後グリフォンよりも強い魔物が存在するという前提で調査を進めていく。故にその魔物と全力で戦えるよう、体力の消耗を極力抑えるようにしたい」
そこまで言ってから、クラウディオは更にこう続けた。
「そこでだ。道中の戦闘は全て私に任せて、君たちは周囲の警戒に専念してくれ。そしていざグリフォン以上の力を持つ魔物と遭遇した際には、私と共に戦ってほしい」
「待った。それだとあんたの負担が大きすぎる。この中で一番強いあんたこそ、強敵との戦いに備えて体力を温存すべきなんじゃないか?」
「先程の私の戦闘は見ただろう? グリフォン程度の魔物であれば、さして消耗はしないさ。それに君たちこそ、疲弊した状態でグリフォン以上の強敵と戦うことになったら、無事で済むという自信はあるのか?」
「うっ、それは……」
ケントたちからすれば、グリフォンですら全員の力を合わせなければ勝てない強敵だった。それ以上の魔物ともなれば、たとえ完璧に立ち回れたとしても無傷で済む保証はない。
そのことをクラウディオに指摘され、ケントは自分の発言の迂闊さを理解した。
「我々の仕事は命懸けだ。少しの油断や慢心、あるいは誤った判断が自分や仲間を危険に晒し、時には死を招くことにもなる。特に、この調査依頼というものはな」
たとえ熟練の冒険者であろうとも、一つのミスが命取りになる。ましてや今回の依頼はAランクの冒険者であるクラウディオにすら何が起こるか予測のつかないものであり、間違いは決して許されないものだった。
「私の負担が大きくなることに引け目を感じているなら、それは無用な気遣いだと言っておこう。重要なのは、生き延びること。そしてそのために最善を尽くすことだ。当たり前のことだと思うだろうが、今一度胸に刻み直してほしい」
生き残るために最善を尽くす。冒険者の心得としては基本中の基本だが、極限の状況ではそれが疎かになりがちであり、だからこそ何よりも大切なものとなる。幾多の厳しい戦いを経験してきたクラウディオの口から語られるからこそ、その言葉には心にのしかかるような重みがあった。
「つまりだ。私は私の最善を尽くす。だから、君たちは君たちの最善を尽くしてくれ。ここにいる全員で生きて帰るためにもな」
「あ、ああ……!」
そこまで言うと、伝えるべきことは伝えたとばかりにクラウディオは立ち上がる。
「では、そろそろ出発としよう。ここから先はどれだけ用心してもし過ぎるということはない。くれぐれも気を緩めないようにな」
そして、ケントたちに先導するようにして歩いていった。その背中を見つめて、ケントは浮かない表情で呟く。
「最善を尽くす、か。確かに生存を第一に考えるなら、俺の言ったことは的外れだよな……」
認められて依頼を共にこなすことになったにも関わらず、結局クラウディオに頼りっきりになるのは不本意だという感情が先行し、あのような発言をしてしまった。しかしそれこそがクラウディオの言う不要な気遣いであり、全体の生存率を下げることになりかねない。ここはそのような浅い考えが通じる領域ではないのだと、ケントは認識を改めざるを得なかった。
「皆、ごめん。俺、あの人の足手まといにならないようにって、変に気負ってたみたいだ」
「らしくないわね、ケント。ルルティエさんが言ってたじゃない。今回の依頼はクラウディオさんが中心に動くって。自分の負担が一番大きくなるのは、あの人も織り込み済みのはずよ」
「その通りだ。そもそも、彼が私たちを足手まといにならないと考えたからこそ、こうして行動を共にすることになったんだ。ならば後は肩の力を抜いて、自分に出来ることをすればいい。それが、彼の助けにもなるはずだ」
気合いが空回っているケントを、エルナとリューテがたしなめる。二人もまた、歴戦の冒険者が持つ見識に触れたことでこの先の戦いに対する覚悟を決めていたようだった。
「……そうだな。俺たちはただ依頼をこなすためじゃない。生きて帰るために戦ってるんだ。たとえ命懸けの依頼だろうと、それは同じだ」
多くの戦いや修行を経て、ケントは成長した。しかし、それと同時に強い魔物と戦う機会が増えたために、死がより身近なものとなっているのを肌で感じていた。だからこそ今一度初心へと立ち返り、死なないために、そして死なせないために何が出来るかを考えなくてはならない。クラウディオの言葉は、彼の心の奥底に深く響いていた。
「よし、俺たちも行こう! あの人の言った通り、生きるために最善を尽くすんだ」
決意を新たに、ケントたちは意気揚々と立ち上がる。そして、クラウディオの後を追いかけていった。
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