海で過ごす休日
そして翌日。天気は明朗、風も穏やかで、海水浴にはこの上なくうってつけの天気である。
ケントは目を覚ますと、すぐに支度をして宿を出る。するとそこには既に起床していたエルナとリューテ、ソニアの三人が立っており、他の仲間を待っていた。
「おはよう、ケント」
「ああ、おはよう」
ケントは三人と軽い挨拶を交わす。それからまもなくしてニュクスとマヤも合流し、全員が集まる形となった。
「いやあ、ここ数日は慌ただしかったけど、ようやく落ち着いたって感じだな。それに今日は天気も良いし、楽しい一日になりそうだ」
「そうね。そのためにもまずは、水着を買いに行かないと」
今日の予定を決めたのは昨晩のことで、その時には既に街中の店が閉まっており、海水浴の用意は全く出来ていない。そのため、朝は街で水着を初めとした必要な物を購入する予定でいた。
そこで、ニュクスはケントに近付くと、自分の胸元まで彼の腕を抱き寄せてから妖しげな笑みを浮かべてこう言った。
「ところでケントさん。もしよろしければ、一緒に私の水着を選んで貰えますか?」
「えっ、ちょっと待っ、俺が!?」
その発言と腕に当たる柔らかな感触に、ケントは思わず動揺する。
「いやその、俺はお洒落とか良く分からないし、それにこういうのは女の子同士の方が良いんじゃ……」
「そう難しく考えなくても、あなたがこれと思ったものを選べば良いんですよ。私はそれを着ますから」
その反応を楽しむかのように、ニュクスは更に身体を密着させて微笑む。そこへ、エルナが顔を真っ赤にして二人の間に割って入った。
「だ、駄目よ! そんなの、露出が多くていやらしい水着になるに決まってるじゃない! そんなはしたないの、却下よ却下!」
「あのなあ……」
どうにも自分はこういう場面で不当な扱いを受けているのではないかと、ケントは不服の声を上げる。
「そういうことだから、悪いけどケントは私たちとは別行動よ? 女の子の水着選びに混ざるなんて、許されることじゃないんだから」
「いや、そもそも俺は混ざるなんて言ってないけどな」
ニュクスがからかって来るのをエルナが止めて、何故か自分が悪人にされる。いつものやり取りだと分かっているためか、ケントも慣れたように突っ込んで流した。
「まあ、俺も水着以外に、釣り道具を借りなきゃいけないからな。別行動には賛成だ。準備が終わったら、またここに集合でいいか?」
「ええ、いいわ」
話がまとまったところで、ケントたちは店の立ち並ぶ方角へと足を向ける。既にほとんどの店が開き始めており、様々な店から客を呼び込む声が響いていた。
「じゃあ、行きましょう!」
そしてエルナが先頭となって、エウロスの街へと繰り出した。
そしてしばらく歩いた頃、ケントは目に留まった露店で適当に水着を購入し、その後釣り用具を借りるために仲間と別れて行動し始める。
一方のエルナたちも、街の住民に話を聞いて勧められた服屋の前へとやって来た。
「街の人の話では、どうやらこのお店が一番品揃えが良いみたいですね」
エルナたちの目の前にあるのは、他よりも少し大きめの建物だった。窓越しに見える店内は広々としており、商品も数多く並べられている。そして何より目を引くのは、他の店よりも派手な装飾が施された出入口である。
エルナは店の扉に手を掛けると、ゆっくりと押し開く。すると軽快な鈴の音と共に、若い女性店員が満面の笑みを浮かべながら出迎えた。
「わあっ……!」
そこに広がる光景に、エルナは目を輝かせる。
「凄い! こんな沢山の水着が置いてあるお店、王都でも見たことないわよ!」
一面にズラリと並んだ色とりどりの水着を前に、エルナはやや興奮気味に言う。そして彼女だけでなく、他の仲間たちも驚きを隠せない様子だった。
その後、店員に水着が置かれている区画まで案内されると、エルナたちは自分の水着を選び始める。
「水着なんて初めて買うなあ。どういうのが良いんだろう」
「ふむ。これは少し動きにくそうだな。こっちは、私には可愛すぎるか……」
「うーん。思ったよりも可愛らしい水着がいっぱいあるわね。どれにしようかしら」
気になった水着を次々と手に取っては確認していくエルナたちだったが、なかなかこれだと思えるものが見つからず、時間だけが流れていく。彼女らの目にはどの水着も良いものに映っており、選択肢が多すぎるために直感でこれだというものを逆に選べない状態だった。
「エルナさん。これなんてどうでしょう? 結構面白そうだと思いませんか?」
「面白そうってどういうこと……って!?」
ニュクスの手にあるものを見て、エルナは絶句する。それはいわゆるビキニタイプの水着なのだが、布面積が冗談としか思えない程に小さく、隠すべき所だけしか隠していない代物だった。
「な、ななな、何よこれ!? 水着っていうより、ほとんど紐じゃない! 絶対駄目! こんなの、ケントに見せたら大変なことになるわよ!」
「そうでしょうか。別に私たち以外に誰もいないのですから、多少大胆になっても良いのでは? ケントさんも、きっとこういうのが好きでしょうし」
「駄目ったら駄目! もっとちゃんとした水着を選んで! っていうか、そもそも何でこんなのを水着として売ってるのよ!」
赤面しながら慌てふためくエルナを見て満足したのか、ニュクスは手にしている水着を元の場所に戻す。それから、気を取り直して水着選びを再開した。
「(だけど、実際ケントって、どういうのが好みなのかしら)」
そこで、先程のニュクスとのやり取りがエルナの頭をよぎる。海を楽しむというのが一番の目的で、そのための水着なのだが、一方で自分が想いを寄せているケントの気を引きたいという思いも少なからずあった。
「(ニュクスの言う通り、ちょっとくらい大胆になった方が良いのかしら? そうなると……)」
そこまで考えて周囲を見回すと、ふと少し前にニュクスが持ってきた水着がエルナの目に留まる。しかし、あり得ない選択肢だと数秒もしないうちに考え直す。
「(いえ。それでもあれだけは無いわね。本当に、あんなの変態以外で誰が着るのよ……)」
そして瞬時に目を背け、布地と共に機能性をも極限まで削ぎ落とした、前衛的なデザインの水着の存在を頭から消し去った。
「……うん。これにしましょう」
しばらく見て回った末、エルナは自らの感性に従って一番良いと思ったものを選ぶ。それから程なくして、他の仲間も自分の着る水着を選び終わり、会計を済ませて満足げに店を後にした。
そして昼前。無事に買い物を済ませたエルナたちは、ケントとの待ち合わせ場所である宿の前に集まった。
「お待たせケント!」
「っと、来たか。お疲れさん」
ケントはエルナの声がした方へ振り向くと、左手を上げて戻ってきた仲間たちに労いの言葉をかける。その右手には釣竿が握られており、足元には釣り上げた魚を入れておくための籠が置かれている。
「あら、良さそうな釣竿じゃない。ケント、意外とやる気だったのね」
「ああ。初めてこの街で海を見たときから、ずっとやってみたいって思ってたからな。少し奮発して、良いものを借りてみたんだ」
ケントは持っていた釣竿をエルナたちに見せる。それは至って普通な木製の釣竿だったがしっかりと手入れがされており、初心者でも扱いやすいように作られていることが明確に見て取れた。
「新鮮な魚なんて滅多に食べられるものじゃないし、少し楽しみかも。期待しちゃってもいいのかしら?」
「ケントさん! ワタシも、美味しい魚をいっぱい食べたいです!」
「ああ、任せとけ。この籠に入りきらないくらいの大物を釣ってやるからな!」
ケントはそう言って自信満々に胸を張る。彼にしては珍しい、大言壮語とでも言うべき発言だった。
「あはっ。お兄ちゃん、何だか楽しそう」
「今日みたいにゆっくりと羽を伸ばせる日も、久し振りですからね。気分が舞い上がっているのでしょう」
「まあ、それは私たちも似たようなものだろう。普段が忙しいからこそ、こういう日を大切にしなければな」
ケントたちの背後では、マヤとニュクスとリューテの三人がそのような会話を交わす。久方ぶりに訪れた休日に浮かれているのは、皆同じだった。
「それじゃあ、出発しましょう!」
準備も整ったところで、ケントたちはいよいよ街の外へと出て、レレミアに勧められた海のある場所へと向かっていく。海水浴という未知の体験を前に、誰もが期待に胸を膨らませていた。
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