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新たなる出会い Ⅰ

 二人が協力して依頼を受けるようになってから数日が経過したある日のことだった。エルナは、いつものように宿に泊まるための手続きをしていた。


「大変申し訳ございませんが、本日女性の一人部屋は満室となっております」


 宿の受付をしている女性は、事務的な口調でエルナにそう告げる。


「あら……」


 この宿泊施設はギルドとさほど変わらないくらいの大きさがあり、一人部屋でも満室になることはそうそうない。珍しいこともあるものだと、エルナは驚いた。


「相部屋であればご利用いただけますが、いかがいたしましょうか?」

「ええ、それで構わないわ」


 エルナは宿泊者名簿に自分の名前を記帳すると、階段を上がって受付嬢から聞いた部屋へと向かっていった。


「失礼しまーす……」

 

 誰かと一緒の部屋というのは初めてのため、エルナはやや緊張しながら何度かドアをノックし、そのまま開いて中へと入る。すると、そこには薄紫色の髪をした少女が一人、窓の外の景色を眺めていた。そして、エルナが入ってきたということに気付くと、少女は後ろを振り向いた。


「え、えっと……」

「……もしかして、この部屋をお借りに?」

「あ、うん……」

「ふふ、そうでしたか。それならば、自己紹介をしなければなりませんね」


 少女はそう言うと柔和な笑みを浮かべて、ゆったりとした足取りでエルナに近付く。


「私はニュクスと申します。冒険者見習いの身ですが、以後お見知りおきを」


 ニュクスはそう言うと、懐から冒険者であることを証明するための、裏に「E」の文字が刻まれているアクセサリーを取り出した。


「まあ……!」


 目の前の少女が自分と同じEランクの冒険者であるということに親近感を持ったことで、エルナの緊張が和らぎ始める。


「奇遇ね! 私もつい最近、冒険者になったばかりなの!」

「おや、そうなのですか?」

「うん! 私はエルナよ、よろしくね!」

「ええ、こちらこそ」


 エルナはようやく会話の糸口を見つけたとばかりに喜び、こう続ける。


「良かったあ! 一緒の部屋の人が私と同じ冒険者の、それも年が近そうな女の子で」

「ええ、私も安心しました」

「ね、ニュクス! 寝るにはまだ少し早いし、もっとたくさんお話ししましょう?」

「ふふっ、いいですよ。立ち話もなんですから、一度ベッドに移りましょうか」


 二人は向かい合うようにしてベッドの縁に腰掛けると、それから会話を再開した。


「ねえ、ニュクスはどうして冒険者になったの?」

「そうですねえ、これといった理由はありませんが……強いて言うなら、冒険者として生きていくのが自分の能力を活かせると思ったからですかね。あなたは何故?」

「私は、お父さんとお母さんに憧れてよ!」


 エルナは以前ケントにもした両親の話を、ニュクスにも話す。


「お父さんもお母さんも、昔は凄い冒険者でね? そんな二人に少しでも近付きたくて、私も冒険者になったの!」

「なるほど。そうでしたか」

「ニュクスの両親はどんな人なの?」


 目の前の少女の家族についても知りたいと思ったエルナは、彼女にそう尋ねる。


「私の両親、ですか……」


 するとニュクスは無言になり、口を閉じる。それまでは笑みを見せていた彼女の表情は、うっすらと影を落としていた。


「……私の両親はもう、亡くなっているんです」

「え? あっ……」


 エルナはしまったという顔をすると、まるで迂闊な発言をしてしまったことを戒めるかのように、慌てて口元を手で押さえる。


「ですがまあ、優しい人でしたよ? とても……」

「そ、その……」


 知らなかったとはいえ完全に失言だったと、エルナはニュクスに向かって深く頭を下げた。


「ごめんなさい! 私、悲しいことを思い出させちゃって……」

「いえ、お気になさらず。私の方こそ済みません。何だか湿っぽい雰囲気にしてしまったようで」

「そうなの。ニュクス、両親を失って……」


 エルナは想像する。もし自分が両親を失ったとしたら、そう考えるだけで心が張り裂けそうになってしまいそうだった。そして、目の前の少女はこのような気持ちを実際に味わったのだろう。そんな辛い過去を背負って生きている彼女のために、何か少しでも力になりたい。そう考えたエルナは、ニュクスにある提案をした。


「ねえ、ニュクス。もし良かったら、私と一緒に冒険者の仕事をしてみない?」

「……一緒に、ですか?」 

「ええ。私たちがこうしてここで会ったのも、きっと何かの縁だと思うの。だから、あなたのことをもっと知りたいし、私のことももっと知ってほしいわ。それに……」


 エルナはニュクスの両手を包み込むようにして、ぎゅっと握りしめた。


「私、あなたと友達になりたいの」

「…………」


 エルナの言葉を聞いて、ニュクスは視線を右上に逸らす。そして、再び彼女に視線を戻してからこう言った。


「……そうですね。いずれ機会があれば」

「本当!? 約束よ!」

「ええ……」


 すると、ニュクスは突然立ち上がった。


「さてと……それでは、少しの間失礼させていただきますね?」

「……? こんな時間にどこか行くの?」

「実は、これから依頼がありまして」

「あら? ニュクス、夜の依頼を受けてるんだ?」


 依頼の中には夜から始まるものもある。それは、街の警備だ。魔物の多くは夜の方が動きが活発になり、そうなると昼とは違い人間の生活圏にも侵入してくる恐れがあるため、そういった魔物を撃退ないしは討伐することが主な仕事となる。また、警戒すべきは魔物だけではない。辺りが暗くなり、人の往来が少なくなるこの時間は盗みなどの悪事を働くのにはうってつけの時間であり、そういった人間を発見した際に取り締まることも、仕事のうちに含まれている。


「ええ、そうなんですよ。帰るのは朝になるので、もしかしたら起こしてしまうかもしれませんが……」

「ううん、気にしなくても大丈夫よ。それよりも、お仕事頑張ってね!」

「はい、ありがとうございます。それでは」


 そうしてニュクスが依頼に向かうのを見送ると、エルナはベッドに横たわった。


「ふう……」


 喋り疲れたせいか、瞼がすっかり重くなっていた。


「ニュクス、ちょっと不思議な子だったな……」


 人当たりが良く穏やかな物腰だが、それでいて寂しく、どことなく影のある雰囲気の少女だと、エルナはそう感じていた。


「もっと、仲良くなれたらいいな……」


 ただ相部屋になったというだけの関係で終わらせたくない。これから彼女のことをもっと知りたい。そんなことを考えているうちに、いつしかエルナはまどろみの中へと落ちていった。




「ん……」


 朝、窓から差し込むうららかな光を浴びて、エルナは目を覚ました。


「ん、んっ~~~~~……」


 エルナは起き上がってから腕を目いっぱい伸ばすと、ふと自分の右隣にあるベッドに目を見やる。そこには昨日の夜に見回りの依頼に向かったニュクスが、スヤスヤと寝息を立てて眠っていた。


「(ニュクス、いつの間にか帰ってきてたんだ……)」


 恐らく少し前に依頼を終えて戻ってきたのだろうと思い、エルナは足音を立てて起こさないよう注意しつつ、そっと部屋を出ていく。そしてケントが泊まっている部屋まで来ると、そのままドアを開いた。


「おはよう、ケント!」

「ああ、おはよう」


 ケントは既に起床しており、エルナに挨拶を交わす。そして二人は宿を出ると、朝食を摂るために酒場へと向かっていった。


「ねえケント! 聞いて!」

「何だ?」

「私ね、昨日一人部屋が取れなかったから二人部屋にしたんだけど、そしたら一緒の部屋の子がね、私と年が一つしか変わらなくて、同じEランクの冒険者だったの! 私、嬉しくてその子とたくさんお話しして、すごく仲良くなったのよ!」

「そうか。それは良かったな」

「ええ、もしかしたらいつか一緒に依頼を受けることになるかもしれないの。そうなったら、あなたにも紹介するわね?」


 そのような会話をしていると、宿のある場所から三件ほど隔てた建物まで歩いたところで、エルナは何かに気付いたようで不意に足を止めた。


「ねえケント。あれ、何かしら?」

「ん……?」


 エルナはそう言って、その建物の路地裏を指差す。そこには人だかりができており、何やら騒然としているようだった。何事かと気になった二人はそこまで駆け寄ると、人だかりの中心をのぞき込んだ。


「なっ……!?」


 そこにあった光景を見て、ケントは自分の目を疑わずにはいられなかった。そこには男が一人、血を流して倒れていた。生気のない目でぐったりと壁にもたれており、既に死んでいることは誰の目から見ても明らかだった。


「う、嘘……!?」


 エルナもまた、目の前の光景に驚きを隠せずにいた。だが、ケントと比べるとその驚き様は明らかに普通ではなく、青ざめた顔で口に手を当て、わなわなと震えている。


「そんな……この人って……」

「……? どうしたんだ、エルナ?」

「……前に、私が討伐依頼を一緒に受けた人から、報酬を不当に減らされた話をしたの、覚えてる?」

「ああ、たしかにそんな話をしていたな」


 ケントは自分が森の中で目を覚ました日の夜のことを思い出す。


「……この人なの」

「……え?」

「この人が、その時私と一緒に依頼を受けた人なの……」

ここまでお読みいただき、誠にありがとうございました。

次話投稿は10月24日を予定しておりますので、どうかお付き合いいただければと思います。

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