対決、ハルピュイア
エウロスを発ってからおよそ六時間。ケントたちはこれといった問題も無く、アジギルフ丘陵まで目と鼻の先という所まで辿り着いた。
「よし、今日はここで野営としよう。明日の朝、起きたらすぐにあの丘陵に入って調査開始だ」
丘のすぐ近くには他の冒険者が使用していたと思われる野営跡があったため、彼らはそこで焚き火をしながら一夜を過ごすことになった。
「何だか、エウロスにいた時よりも気持ち涼しくなってきたような気がするな」
「多分、ボレアス方面に歩いていったからじゃないかしら?」
アジギルフ丘陵はエウロスから見て北北西の方角にある。それはつまり、一年を通して雪の降る土地であるボレアスの方面に近づいているということであり、エウロスの地域よりも寒暖差があるためこの辺りの気温はやや低くなっている。
そのような取り留めのない会話で束の間の平穏を過ごしている中で、ふとケントは焚き火越しに向かい合って座っているリューテに声を掛けた。
「ところでリューテ。俺たちが向かってる丘には、どんな魔物がいるんだ?」
「この資料によると、Dランク以下の半端な魔物はわずかで、ほとんどがCランクだ。中でも特に警戒すべきなのは、『ハルピュイア』という魔物だな」
リューテは何枚かある資料をめくって、丘陵に生息する魔物の一覧を確認する。
「ハルピュイア? どんな魔物なんだ?」
「そうだな。人型の上半身に、鳥のような翼と下半身を組み合わせたような見た目の魔物だ。常に三匹の群れで連携しながら行動し、素早い動きで空を飛び、更には風の魔術も行使する。一匹だけでも厄介だが、三匹同時ともなればCランクでも上位の強さを持っていると言っていいだろう」
「群れで動くタイプか。その上空も飛べるとなると、かなり手強そうだな」
「だが、この魔物を軽く倒せるようなら、Bランクの魔物であっても対等以上に戦えるだろう。修行の成果を試す、いい機会だ」
最早Dランク程度の魔物では、彼らの相手にはならない。より強い魔物と戦ってこそ、今の自分たちの限界を知ることが出来ると。リューテはそう考えていた。
「さあ、そろそろ寝るとしよう。空が明るくなったら、すぐにあの丘を登りたいからな」
そうしているうちに、就寝の時間がやって来る。万が一魔物が接近してもすぐに対処出来るよう最初にケントが見張りをして、途中でリューテに交代しながら、一行は眠りについた。
そして翌朝――
「ケント、起きて」
「ん? ああ……」
エルナに揺さぶられて、ケントが目を覚ます。他の仲間も既に目を覚ましており、一足先に朝食の支度をしていた。そして食事の後は、すぐに仕事の準備である。
「さて。ではこれから、アジギルフ丘陵の調査を開始する。ここには空を飛ぶ魔物が多く生息している。周囲だけでなく、上空の警戒も怠らないように進んでいこう」
そしていつも通り、リューテの先導の元陣形を組み、丘陵のふもとまで歩き、そして中へと足を踏み入れていった。
それから頂上を目指して歩くこと一時間以上が経過した。それまでなだらかだった地形が少しずつ険しくなり始めた頃、ケントたちは魔物との交戦を終えた最中だった。
「またこいつか。これで何匹目だ?」
「七匹目です。まだ中腹にも着いていないというのに、中々に手厚い歓迎ですね」
そう言うとニュクスは自身の半分程の体長はある、既に事切れている鳥の魔物に目を見やり、首筋に刺したダガーを引き抜いた。
「大して強くないとはいえ、こうも多いと気が抜けないわね。ここって、普段からこんな感じなのかしら?」
「どうだろうな。私もここに来るのは初めてだから何とも言えないが、あまり良い予感はしないな」
これがただの魔物討伐であれば、もう少し肩の力を抜いて仕事が出来た。しかし今、この場所には何らかの未知が潜んでいる疑いがあり、それだけに些細な魔物の動きすらも不吉に思わずにはいられなかった。
とはいえ、そのようなことで足を止めてもいられず、ケントたちは引き続き頂上を目指して丘陵を登り始める。そして、二十分程が経過した時だった。
「それにしても、結構登ったわね。そろそろ中腹くらいかしら?」
「そうだな。大体その辺りだろう」
「ここまでに会ったのは、Dランクの鳥の魔物だけか。正体不明の魔物がいるとしたら、やっぱり頂上付近なんだろうな」
「……っ! 皆さん、何か来ます!」
すると、ソニアが魔物の気配を察知したようで、不意に大きな声を上げる。それと同時に、三匹の魔物が空から飛来して、一行の前に姿を現した。
「あれは、ハルピュイアね!」
「人型の上半身に鳥のような翼と下半身。それに、三匹の群れ……昨晩リューテさんが言っていた特徴と一致していますね」
「リューテ。この丘の主は、あいつらで良いんだよな?」
「ああ。資料には、ここの頂上を根城としているとあった。本来ならこんな所まで降りてくるはずのない魔物だ」
「それじゃあ、あの魔物たちは縄張りを追い出されたってことになるのかな?」
「恐らく、そういう事になるだろうな」
そのようなやり取りを交わした後、六人は戦闘態勢に入る。ハルピュイアたちも敵の存在を認識するや否や、獰猛そうに赤く光る目をつり上がらせて、隙を窺うかのようにケントたちを睨みつけた。
「来るぞ!」
そして、三匹のハルピュイアは一斉に襲い掛かってきた。
「先手必勝だ! はあっ!」
それを迎え撃たんと、ケントが横一文字に風の刃を放つ。しかし、一匹のハルピュイアが翼を勢いよくはためかせると、ケントの攻撃と似たような形状をした風が発射され、そのまま彼の放った風の刃と衝突して打ち消し合った。
「相殺した!?」
更に、もう二匹のハルピュイアが回り込むように左右に分かれると、ケントに狙いを定めて急接近して強烈な蹴りを上空から見舞った。
「っと……!」
ケントはこれを間一髪で避ける。すると、先程まで彼が居た地面をハルピュイアが踏み砕き、土を飛び散らせた。そして、反撃を食らう前にすぐに空高く舞い上がって離脱していき、また三匹で陣形を組み直す。
「お兄ちゃん! 大丈夫?」
「ああ、間一髪だったけどな。それよりマヤ、今のあっちの奴の攻撃……」
「うん。お兄ちゃんの剣と、同じ性質の攻撃だったよ」
すると、今度は三匹のハルピュイアが同時に、ケントたち目掛けて風の刃を放った。大きさはケントの斬撃より小さいものの、数が多く四方八方から雨のように降り注いでくるため、まともに躱しきれるものではない。
「マヤちゃん!」
「うん!」
となれば、取るべき行動は防御となる。マヤとリューテは素早くそれを判断し、迎え撃つべくそれぞれ武器を構える。
「≪火球≫!」
「はああああっ!」
そしてマヤの杖から放たれた複数の火の玉。それからリューテの剣から振り抜かれた炎の斬撃が、それぞれ迫り来る風の刃を全て撃墜した。
「どうにか防げたか。しかし、ここからどうするか」
「あれじゃあ、ワタシの攻撃が届かないですよお……」
攻撃には対処出来ても空を飛ぶ相手では反撃の手段が限られており、このままでは攻め手に欠ける。この状況を打開しなければ、防戦一方にしかならない。
「あれだけ素早いと適当に攻撃しても当たらないだろうしな。まずはどうにかして隙を作るところからか」
「それなら、私に任せて!」
そう言うなり、エルナが弓を構えて前に出る。すると、それまで縦に構えてた弓を横向きにした。
「その構え……エルナ、もしかして」
「ええ! 私の新しい技、見せてあげる!」
そして、人差し指と中指で同時に二本の魔力矢を生成し、弓につがえて力の限り弦を引っ張る。
「≪風裂の連矢≫!」
エルナは二本の魔力矢を同時に放つ。すると、矢は放たれたと同時に分裂し、いくつもの小さな魔力矢となって翼を射抜かんとハルピュイアに向かって飛んでいく。しかし、敵も大人しく攻撃を食らうわけではなく、飛び交う矢の隙間を縫うようにしてこれを回避する。
「もう……一発!」
エルナはすぐに二射目を放つが、これも回避される。しかし、エルナの目的は敵を仕留めることではなく、あくまで敵の動きを乱すことにある。そして彼女の狙い通り、ハルピュイアは完全に統制を失って分断された。そこで、足並みを揃えられなくなった一匹のハルピュイアがエルナ目掛けて襲い掛かろうとする。
「キイイイイイィィィッ!」
「……そこだっ!」
ケントがすかさず剣を引き抜き、風の刃を放つ。それは一直線にハルピュイアへと向かっていき、命中する。Cランクの魔物を一撃で倒すほどの威力は流石に無いものの、それでも不意打ち気味に直撃したことで、ハルピュイアはバランスを崩して地面に墜落した。そこに間髪入れず、エルナが素早く弓矢を引き絞って魔力矢を飛ばす。それは墜落したハルピュイアの胴体を正確に射貫き、その命を奪った。
そしてこの一匹の討伐によって、戦いの趨勢はケントたちの方に大きく傾くことになる。
「やあっ!」
残る二匹のうち、自分に向かってきたハルピュイアを、ニュクスは迎え撃つ。魔術による風の刃を回避し、続く上空からの蹴りをバック転で躱す。そして再び上空へと飛ぼうと全身に力を込めた一瞬の隙を狙って、肩に目掛けてナイフを投擲した。それには当然麻痺が付与されており、ハルピュイアは全身の力が抜けて、地面に這いつくばる。
残る一匹も、マヤの魔術で翼を撃ち抜かれて地面に落とされていた。
「ソニアちゃん!」
「はい!」
ソニアは地面を強く蹴ると、リューテと共に地に伏している二匹のハルピュイアに接近する。そしてリューテが剣を、ソニアがクローを左胸に突き刺して、それぞれ止めを刺した。
「……よし。討伐完了だ」
リューテは周囲を警戒してから、武器を納める。それを見た他の仲間も、戦闘態勢を解いた。
「皆、いい動きだった。この二週間の修行の成果が、しっかりと出ていたな」
「ふっふーん。空にいる時はちょっと困りましたけど、皆の力を合わせたら楽勝ですね!」
空を飛ぶ魔物は陸の魔物よりも攻撃の起点を作るのが難しく、ハルピュイアはともすれば苦戦していたかもしれない相手である。しかし、エルナの新しい技が戦いの流れを変え、そこに他の五人の力も合わさったことで完全に主導権を手にし、見事に勝利を収めることが出来た。
「それにしても、本当に凄い技だったな、エルナ! 魔力で作った矢って、あんな風に分裂させることも出来るのか」
「ありがとう。だけど実はさっきの技、まだ未完成なのよね」
エルナのその言葉を聞いて、ケントは意外そうに驚く。
「えっ、そうなのか?」
「ええ。本当は二本じゃなくて三本の矢を射る技なんだけど、私の腕だと三本はまだまだ安定しなくて。それに、二本の矢を同時に生成するのに集中し過ぎて、敵に狙いを定める余裕もあまり無かったの」
エルナが見せた新技、『風裂の連矢』。それは魔法弓の名手である彼女の母親から教わったものなのだが、難易度が高い技であるため二週間という期間では完全な修得には至らなかった。
「そうだったのか。あれでもまだ未完成なら、完成したらもっと強力な技になるんだろうな」
「そうね。例えばお母さんだったら、さっきの魔物くらいなら最初の一発目で三匹とも撃ち落としてたかも。私も、それくらい出来るように頑張らなきゃ!」
不完全とはいえ、それでもCランクの魔物を複数体相手取って撹乱させるほど強力な技ではある。だが、本物を知っているエルナは決してそこで満足はしない。自らの修行の成果をようやく発揮したことで、彼女は気持ちを新たにした。
「さて。一段落着いたことだし、あの辺りで少し休憩としよう。ハルピュイアが本来の生息域から外れた場所にいたということは、頂上には別の魔物がいる恐れがある。この先で何があるにせよ、万全な体勢で臨まねばな」
そう言ってリューテが指差した先には、休むのには丁度良さそうな開けた場所があった。六人はそこまで歩くと腰を下ろし、戦いの空気から解放されたかのように精神を落ち着かせる。しかし、これは小休止に過ぎず、本番はここからである。今までの経験からしてこれで終わるわけがないと、誰もが皆そのように考えていた。
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