修行を終えて
ケントたちが修行を開始してから、十日が経過した。
村の外にある、修行には最適な開けた場所。ケントはそこでラファールと最後の打ち合いをしているところだった。
「……よし、ここまでだ!」
そして空が赤く染まり始めたのを見計らって、ラファールはケントにそう告げる。
「ふぅー、疲れた……」
その言葉を聞くと、ケントは限界だとばかりに訓練用の剣を鞘に納めて膝に手をついてうなだれる。そんな彼の元に、ラファールが近付いていった。
「私があげた剣の扱いは、もう慣れたようだな。それに、剣術の方も修行を始める前と比べて大分動きが良くなった。これなら、今後の戦いも上手くやっていけるだろう」
「ありがとうございます。短い間でしたが、おかげで充実した修行になりました」
ケントはそのままの姿勢でラファールに頭を下げる。短期間ではあったものの、彼の指導の下で戦闘技術を磨いたことで、ケントは自身の成長を実感出来ていた。
「さて、これで修行は終わりだが、家に戻る前に少しだけ休もう。まずはゆっくりと呼吸を整えるといい」
「はい、そうさせてもらいます」
疲労困憊といった様子のケントを見て、ラファールは休息を提案する。そして、二人はその場に腰を下ろした。
「そういや前から聞きたかったんですけど、ラファールさんのあの高速で移動する技って、どうやってるんですか?」
「ん? ああ、あれは私の持つ風属性の魔力を足に集めて、それを一気に地面に放出しているんだ」
休憩中の話題探しとしてケントが尋ねると、ラファールはそのように返答する。これはかつてマヤが使役していた、高純度の魔力を放出する技術と同じものである。彼の場合は足に魔力を集中させてから放つことで、正に疾風のような目にも止まらぬ速度での移動を可能にしていた。
「なるほど。魔力を使ってたんですか。俺も教えて欲しかったんですけど、それだと無理そうですね」
「残念ながら、そうだな。もっとも、仮に君が風属性の魔力を持っていたとしても、あれが出来るようになるには少なく見積もっても二年は掛かるだろうが」
「えっ、そんなに掛かるんですか? 単に移動するだけだと思ってたんですけど、意外と難しい技なんですね」
「ああ。それに、見た目以上に多くの魔力を消費する上に足にも負担が掛かるのでな。私でも、日にそう何度も使いたくない技だ」
「(その割には、初対面で俺の後ろに回り込むためだけに使ってたような……)」
話しはそこで終わり、それから数秒の沈黙が流れたところで、ケントは次の話題を切り出す。
「それにしても、こうして認められて良かったですよ。実は俺、ラファールさんにあまり歓迎されてないんじゃないかって不安だったんで。何というかこう、娘に纏わりつく質の悪い虫みたいに思われてるんじゃないかって」
「何も歓迎していなかったわけではないさ。君の人柄や日頃の働きぶりは、エルナからの手紙で知っていたからな。だが、年頃の娘が男を連れてきたとなれば、まずはああするのが礼儀というものだ」
「そ、そういうものですかね……?」
どうやら自分は、目の前の男性に嫌われてはいないらしい。そのことが分かってケントは胸を撫で下ろす反面、修羅のような形相で見下ろしてきたのは冗談に見えなかったが、実際はただの冗談だったという事実に内心困惑した。
「もっとも、実際にどれ程の人物なのかこの目で見極めるつもりではいたがね。これで私の期待を裏切るようであれば、修行という体で密かに消えてもらう算段を立てていたのだが、その必要もなさそうで安心したよ」
「(うわあ、やっぱりこの人怖いなあ……)」
これも冗談なのだろうが、反面冗談でないようにも聞こえる。真意が掴めないラファールの言葉に、ケントはうっすらと血の気が引くような感覚を覚えていた。
「それに何より、娘が君を連れて村に帰ってきたあの日、晩飯時に冒険者になってからの出来事を話していたあの子は、本当に楽しそうな顔をしていた。それだけでも、君が信用に足る人物だと判断するには十分だ」
言葉だけならば、あるいは信用していなかったかもしれない。しかし、今まで知らなかった場所に旅をすることへの期待と不安。初めて訪れた村や街で出会った人々との交流。そして、仲間との出会い。それらを語る娘の笑顔こそが、ケントが信用の置ける人間であることの何よりの証明だった。
「だからこそ、改めてその剣を託そう。そして頼む。どうか、エルナを守ってあげてほしい」
ラファールはケントに身体を向けると、真剣な眼差しで彼を見る。その目にどのような想いを込めているのか、分からないケントではなかった。
「(そうか。この剣は修行を終えた証ってだけじゃない。俺に対するラファールさんの、信頼の証でもあるのか)」
ケントが今手にしている剣はラファールにとって何十年という年月を共にしてきた、宝物といっても差し支えない程に大切なもののはずで、それを誰かに託すというのは並大抵のことではない。
目の前の男性はそれ程までに自分を認めてくれているのだということを理屈ではなく肌で感じられて、ケントは素直に嬉しく思うと同時に、張り詰めた糸のように身が引き締まるのを感じていた。
「……はい。エルナのことは、必ず守ってみせます。たとえ、どんな困難があろうと」
そう言うとケントはラファールから託されたものの重みを確かめるかのように、受け取った剣を手に取り、刀身の部分を鞘の上から強く握りしめた。
それからしばらく経った頃、エルナは一足先に修行を終えて、母親であり弓の師でもあるフィリアと共に家に帰っていた。
「お父さんたちも、そろそろ帰ってくる頃かしらね」
エルナとフィリアは適当に談笑しつつ、夕飯の支度をしながら二人が帰ってくるのを待つ。
「それにしても、もう十日になるのかあ。時が経つのはあっという間ね。折角お家に帰ってきたのに、あまりくつろげ無かったのは少し残念かも」
ケントが修行に明け暮れる裏側で、彼女もまた母親の指導の下鍛練を重ねており、その甲斐あって弓の腕は上がったものの、一家団欒の時間はそれほど取れてはいない。せめて一日くらいは何もせずに羽を休める時間が欲しかったというのが、エルナの心残りだった。
「お母さんとしては、別にもう少し居てくれてもいいのよ?」
「ううん。本当はそうしたいけど、皆を待たせるわけにもいかないし、あまりゆっくりしていられないから」
その言葉を聞いて、フィリアは微笑ましげにエルナの顔を見る。
「ふふっ。あなた、本当に変わったわね。ちょっと前まで、手紙に泣き言ばかり書いて送ってきてたのが嘘みたいだわ」
「あ、あの時は自信を失くしてて、他に頼れる人もいなかったから……」
かつての自分のことを引き合いに出されて、エルナは気恥ずかしさから顔を赤らめる。
「これもあの子のお陰なのかしら?」
「……ええ、そうね。ケントに出会わなかったら、きっと今の私は無かったわ」
始めは記憶喪失のケントを放ってはおけず、人助けのつもりでしばらくは面倒を見るというだけだったのが、気付けば自分もまた、彼に助けられていた。
冒険者という職業の理想と現実の違いに戸惑い、二の足を踏んでいた彼女が前に進めたのは、紛れもなくケントの存在が大きかった。
「ねえ、エルナ。どうしてあの子が、あなたのことを変えられたと思う?」
「……え?」
唐突な母親からの質問に、エルナはつい返答に窮してしまう。
「それはね。あなたに足りなかったものを、あの子が分け与えてくれたからよ」
「私に足りなかったもの?」
「何か分かるかしら?」
自分に足りなかったものとは何か。エルナは少しの間考えを巡らせる。そして何秒か経過し、彼女は一つの答えに至った。
「……きっと、勇気ね」
「ええ、その通りよ。ちゃんと分かってて何よりだわ」
ただ漠然と、自分が変わったと思っているだけではない。何で以て変われたのか、娘はそれが理解出来ていると、フィリアは嬉しそうな様子だった。
「あの子は、ただ困難に立ち向かう心を持っているってだけじゃない。その心を、周りの人にも沸き起こさせる力を持っているの。それこそが、本物の勇気なのよ?」
「……そうね。ケントを見てると、不思議と私も頑張ろうって気持ちになれるの」
記憶が無ければ、戦うための力も無い。そのような状態であっても、ケントは決して挫けずに努力を積み重ね、そしてどのような逆境であっても諦めることなく立ち向かっていた。
そんな彼の持つひた向きさに、エルナは間違いなく触発されていた。
「エルナ。冒険者のお仕事も大事だけど、あの子の記憶を取り戻すお手伝いもしてあげてね? 人生を変えるような出会いなんていうのは滅多にあるものじゃないんだから。あの子との出会いを、もっと大切にしないと駄目よ?」
「ええ、分かってる。ケントが諦めない限りは、私も協力するつもりでいるわ」
母親の言葉に、エルナはしっかりとした口調で返す。今までも、そしてこれからも、ケントとは互いに助け合える相棒でいたい。いつからかエルナは、そう思うようになっていた。
「それと、あの子のことが好きなら、気持ちを伝えるのは早い方がいいわよ? もたもたして他の子に取られてからじゃ、後悔したって遅いんだから」
「もう! またそうやって私をからかうんだから……」
「あら。お母さん、これでも真面目に忠告してるのよ?」
するとフィリアは、優しげな表情こそ変わらないものの、どことなく静かで、さながら一本の矢のような鋭い雰囲気を身に纏う。普通の人は気付かない程度の違いだが、弓の師匠としての母親の厳しい一面も知っているエルナは、その変化をきっちりと感じ取っていた。
「それじゃあ聞くけれど、あの子があなた以外の女の子と結ばれたらどう? 素直に祝福出来るかしら?」
「それは……」
こうなれば今までのように適当にはぐらかす訳にもいかず、エルナはある一つの想像をする。
「(ケントが、他の女の子と……)」
ニュクスが、リューテが、ソニアが、マヤが、ケントの隣にいて互いに笑い合っている。自分はその様子を後ろから見つめているだけ。そのような光景を思い浮かべた途端、胸の奥が締め付けられるような感覚がして、エルナは唇を固く結ぶ。
ケントを異性として意識したことがないわけではない。しかし、一人また一人と仲間が出来ていくうちに、エルナはそれまで築いてきた関係を壊したくないと思い、いつしかケントのことを大切な仲間の一人だと考えるようにしていた。だが、最早その気持ちに蓋をすることは出来ない。やがてエルナはフィリアを真っ直ぐに見据え、こう答えた。
「……ううん、きっと出来ない。ケントには、私のことを一番に見てほしい」
「なら、その気持ちをはっきりと伝えなさい。あなたがあの子から勇気を貰ったって思うなら、それをあの子自身に証明してみせるの」
そのようなやり取りをしているうちに、玄関の方から扉の開く音が聞こえる。そしてすぐに、ケントとラファールが二人の元までやって来た。
「ただいま」
「あら、おかえりなさい二人とも」
二人の帰りを、フィリアは微笑みながら迎える。
「どうやら、そっちも大丈夫みたいね」
「ああ。この十日間、教えられる限りのことは教えたつもりだ」
ラファールはそう言うと、満足げにフィリアに笑い返す。短い期間ではあるものの、ケントとエルナはそれぞれの師匠からお墨付きを貰えるくらいに成長していた。
「それじゃあ、ご飯にしましょうか。最後の日だもの、腕によりをかけて作らなきゃね!」
フィリアは立ち上がって、夕飯の支度に取り掛かる。
出発の前夜、四人揃っての食事は最終日ということもあり、一層賑やかなものとなった。
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