修行の始まり
そして翌日。ケントは起床し、食事を済ませるとすぐに特訓の準備に取り掛かる。それからラファールに連れられて、村の外まで出ていった。
五分ほど歩いたところで、二人は周囲に木や岩といった自然物以外は何もない、開けた場所に到着する。
「よし、この辺りでいいだろう」
「いよいよか。それで、どのような修行をつけてくれるんですか?」
「その前に、まずは今の君の実力を確かめさせてほしい」
するとラファールは、背中に掛けていた二本の剣のうち、片方をケントに差し出す。
「訓練用の、刃を落とした剣だ。それを私に何度か打ち込んでみてくれ」
「え!? いいんですか!?」
「勿論だ。私の剣の腕前については、エルナから聞いているのだろう? 老いたとはいえ、まだまだ若い者に後れを取ったりはしないさ。遠慮せずに、全力で向かって来るといい」
そう言うとラファールもまた、背中にあるもう片方の訓練用の剣を抜いて構える。
「……っ!?」
その途端、ラファールの周囲を取り巻く空気が変化したような感覚を覚えて、ケントは思わず身構える。風の無い水面の様に静かで、それでいて研ぎ澄まされた刃の様に鋭い闘気。その佇まいは老いてもなお熟練の戦士としての風格を漂わせており、それだけでもケントは自分よりも明らかに卓越した力量を持っている相手だということを理解した。
「……分かりました。それじゃあ……はあっ!」
いくら訓練とはいえ、大切な仲間の父親と打ち合うことにどこか心理的抵抗があったケントだが、その心配は不要だと悟った。むしろ、余計な気遣いを見せて本気でやらない方が、目の前の人物を失望させてしまう。
ケントは覚悟を決めて、元々腰に差していた自分の剣をその辺りに置いてから、受け取った剣に差し直す。そして、剣を鞘から引き抜いて構えると、掛け声と共にラファールに斬りかかった。
「くっ……」
初撃は上段からの振り下ろしだったが、ラファールは右足を軸に身体を左側に向けることで、難なくこれを避ける。それを見てケントが剣を横に倒して追撃するも、あっさりと剣で防がれる。その後も立て続けに剣を振り続けるも全て躱され、一度も攻撃を当てられずにいた。
「(くそっ、どう見ても動きを完全に読まれてる……!)」
どのように攻めても、まるで未来でも見えているかのごとく防がれ、躱されてしまう。ケントは剣を振るいながら、どうすればラファールの裏をかけるか考えを張り巡らせようとした。
「さて、次はこちらからも攻めていくとしようか」
ラファールはそう言うと剣を横一文字に薙ぎ払ってから、ケントから一旦距離を取る。そして、次の瞬間だった。
「……っ! 消えた!?」
「こっちだ」
自分の背後から聞こえた声に反応して、ケントは咄嗟に振り返る。すると、それを待っていたかのようにラファールが剣を振り下ろした。
「うぐっ……!」
辛うじて防いだものの、手が痺れるような感覚にケントは顔をしかめる。そこから、ラファールはケントの攻撃を捌きながら、時折攻めに転じるようになる。対するケントは相変わらず攻撃は当たらず、その一方でラファールからの攻撃に対応する必要も出てきたため、傍から見れば完全に手玉に取られている状態だった。
しかし、何度も打ち合っているうちに、ケントはあることに気付く。
「(この人、もしかして……)」
それは、ラファールがわざと防がれるような攻撃しかしていないということだ。
最初の攻撃の際、ラファールはケントの背後に高速で回り込んだにも関わらず、わざわざ居場所を知らせてから攻撃した。その後の攻撃も、ケントは辛うじてではあるが反応し、防いでいる。目の前の男性がその気なら、防がれないように攻撃することなど造作もないはず。それをしないということは、何か意味があるはずだと。ケントはそのような考えに至った。
「(落ち着け。もっと、この人の動きをよく見るんだ……)」
ケントは一度深呼吸をして気持ちを切り替えると、ラファールの剣筋を見極めるべく集中する。それから、少しずつ相手の動きを分析し始めた。
「(これは……)」
そして、ケントは遂にラファールの動きの癖を掴んだ。
それは、彼が攻撃の動作に入る際、必ず左足を前に踏み込むというものだ。それはつまり、ラファールは常に右足を軸に動いているということを意味していた。
「(よし、それなら……)」
その事を踏まえた上で、ケントは剣を構え直し、その場から動くこと無くただひたすらに相手の出方を伺い続けた。
「どうした? 来ないならばこちらから行くぞ?」
やがて十秒程が経過した頃、ラファールは攻勢に出るため左足を前に踏み込む。そして次の瞬間、彼はケントに肉薄していた。
「……っ! ここだ!」
ラファールが目の前で立ち止まってから剣を振り上げたのと同時に、ケントは相手から見て右側に回り込む。
防御に回られてはこちらの攻撃が当たらないため、相手に攻撃に転じさせてから一瞬の隙を突いて反撃するというのがケントの狙いだった。
「うおおおおおっ!」
相手は完全に攻撃の動作に入っており、防御や回避に切り替える余裕はない。その上で軸足の側に回り込まれれば、少なからず対応が遅れるはず。このわずかな時間で決めてみせるしかない。ケントはラファールの脇腹目掛けて、剣を振るおうとする。しかし、それは叶わなかった。
「ぐあっ!?」
ケントが剣を振るうよりも早く、ラファールは彼の剣を弾き飛ばす。そして、武器を弾かれた反動でよろめいて無防備となっている背中に、自身の剣を叩きつけた。
ケントは軽く吹っ飛ばされて、そのまま体勢を崩してうつ伏せに倒れてしまう。
「狙いは悪くなかったが、身体の重心が左に傾いていた。それでは私には通用しないな」
ここまで、ラファールはわざと右足を軸にして動くようにしていた。そしてケントが不自然に攻撃を止めたこと、何より身体の重心の傾きから、彼がその癖に気付いた上でそれを突いて反撃してくるだろうと読んでいた。ケントの渾身の攻撃にあっさりと対応出来たのは、そのためである。
「ぐっ、まだまだ……!」
失敗したとはいえ、この程度で挫けるわけにはいかない。ケントはすぐさま立ち上がると、弾き飛ばされた剣の元まで駆け寄ってからそれを拾い、再び構え直す。するとラファールは、左手を前に突き出して彼を制止した。
「いや、ここまでだ。君の戦い方は、十分に理解できた」
そして、剣を鞘に納めてからケントに近付く。
「ご苦労だったな。君も剣を納めるといい」
「あっ、はい」
ケントは言われた通りに剣を下ろして、鞘にしまう。それを確認してから、ラファールが話を切り出した。
「まず剣の腕についてだが、基本的な動作はしっかりと身に付いている。Cランクの実力相応といっていいだろう」
「ほ、本当ですか!?」
「ああ。聞けば、君は初めは戦うどころか剣の扱いすらままならなかったとか。それが半年でここまで上達するというのは、大したものだ。君自身の頑張りもさることながら、良い師に恵まれたのだな」
「ありがとうございます。ただ、結局一度も攻撃を当てられませんでしたけど……」
「それについては気にしなくていい。言っただろう? まだまだ若い者に後れはとらないと。簡単に当たってしまうようでは、元Aランク冒険者としての沽券に関わるからな」
ケントもそれなりの経験を積んではきたものの、それでも実力者であるラファールには遠く及ばない。Aランクの冒険者とは自分の想像を遥かに超えた腕前の持ち主なのだと、ケントは再認識せずにはいられなかった。
「さて、話を戻そう。何より感心したのは、私が敢えて作っていた動きの癖を、しっかり見逃さなかったことだ。実戦であっても、その冷静さと観察力は決して失わないようにしてほしい。そうすれば、仲間にとっても大きな助けとなるだろう」
「はい! ありがとうございます!」
「うむ。とはいえ、強い魔物と戦うにはまだまだ地力が不足しているのは否めない。後は、やはり武器だな。普通の鉄の剣では、これから君たちが戦うことになるだろう魔物には通用しなくなると考えていい」
「なるほど。やっぱり、今より強い武器は必要になりますか」
ケントは近くに置かれてある、元々自分が持っていた剣に視線を移す。強力な武器の必要性については仲間同士での話し合いでも課題として上げられており、そこはラファールも同じ認識のようだった。
「それでだ。まず、この剣を見てほしい」
そこで、ラファールは腰に差してあった剣を取り外すと、それをケントの前にかざす。刀身は鞘に隠れて見えないが、ラファールが持っている剣ならば相当な業物なのだろうとケントは推測した。
「……見た感じ、ただの剣ってわけじゃなさそうですね」
「ああ、その通りだ。あそこにある岩を見ているといい」
するとラファールは自分の右手の方向にある岩を指差す。そしておもむろに剣の柄に手を掛けると、その岩目掛けて居合の要領で剣を引き抜いた。
「なっ……!?」
その瞬間、剣から刃のような形の衝撃波が飛んでいき、彼の背丈の半分程もある大きさの岩を両断した。
「あんな離れた場所にある岩が、真っ二つに……」
「これが、この剣の力だ」
ラファールは抜き身になった剣を、ケントの前にかざす。日の光を受けて薄緑色に輝くその姿は、武器でありながら芸術品のような美しささえ感じさせるほどで、ケントは思わず息を飲んだ。
「この剣は特別な素材で作られていてな。これ自体に、風属性の魔力が込められているんだ」
「剣自体に? ってことはもしかして、魔力を持たない人間でも、今みたいな攻撃を繰り出せるってことですか?」
「その通りだ。と言っても、何度も使うと魔力切れを起こして、しばらくの間は使えなくなるが」
「それでも十分凄いですよ。だけど、一体どんな素材を使っているんですか?」
「そうだな……簡単に言えば、かつて私が倒したとある魔物の身体の一部を素材にしているのだが、詳しくは割愛する。修行と関係のある話ではないからな。興味があるならば、暇な時にでも話そう」
そう言うと、ラファールはその剣をケントに手渡す。
「では、それを君に譲ろう」
「あ、これはどうもありがとうござ……って、はい!?」
あまりにも自然な動作で差し出されたために何の疑問もなく受け取ったケントだったが、ラファールのその言葉を聞いた瞬間、思わず頓狂な声を上げてしまう。
「ちょ、ちょっと待ってください! 譲るって、どうしてそんないきなり……」
「この辺りには弱い魔物しかいないからな。その剣に頼る必要もない。君の方が、今の私よりそれを有効に活用出来るだろう」
「いえ、そういうことではなく、どう見ても貴重な剣ですし、こんなあっさり貰っても申し訳ないというか……」
「ほう、価値のあるものを手に入れるためには、相応の苦労が必要だと考えているのか。感心な若者だ」
間違いなくありがたい申し出なのだが、何の対価や条件も無く強力な武器を貰えるというのはいくらなんでも都合が良すぎると思ったようで、ケントはつい遠慮がちになる。そんな彼の言い分を聞いて、ラファールは冗談めいた口調で返してから、こう続けた。
「ならば、それは先払いだと思ってくれればいい。これから始まる修行を乗り越えた記念のな」
「……なるほど。そういうことでしたら、異存はありません」
ここで剣を渡すのはあくまでも修行の一環に過ぎず、修行を完遂した見返りとして改めて譲り受けることになる。ラファールの意図が分かったことで、ケントは彼の言い分に納得した。
「よし。では最初に、その剣の使い方を覚えてもらう。まずは私と同じように、あそこにある岩に当ててみせるんだ」
「はい、分かりました!」
ケントは先程のラファールの真似をして、別の岩に向けて鞘に納められている剣を引き抜く。
「はあっ!」
するとラファールの時と同じように、風の刃が横一文字に飛んでいく。しかし狙い所が悪かったようで、刃は岩の上を通り過ぎてしまう。
「っと、外したか……」
「止まっている標的に当てられないようでは、魔物相手にも当てられない。さあ、もう一回だ」
「はい!」
ケントは次の攻撃の準備をするべく、剣を鞘に納める。そして姿勢を屈め、手に持っている鞘を地面と平行になるくらいに倒してから、先程と同じように剣を引き抜く。
すると、今度はしっかりと岩に命中した。
「よし! 命中!」
「ふむ、中々に飲み込みが早いな。その調子だ」
「ありがとうございます。ただ、ラファールさんのように真っ二つには出来ませんでしたね。何かコツとかあるんですか?」
同じ攻撃であるはずなのに何故威力に違いが出ているのか。疑問に思ったケントが、ラファールにそう尋ねる。
「いや。あれは単に、私自身が持つ風属性の魔力をその剣に上乗せして放っただけだ。風属性の魔力を持たない者だと、誰が使っても威力はそれくらいのものだよ」
元々風属性の魔力を持っている者なら、自身の魔力で風の刃を更に強化して放つことが出来るが、魔力を持たないケントではそこまでの威力は出せない。岩に傷を付ける程度の攻撃ではEランクやDランクの魔物ならともかく、Cランク以上の魔物には効き目が薄いというのが実際のところだった。
「そうだったんですか? それだと、魔物に対してはうまく急所を狙わないと決定打になりませんね」
「確かに、その技だけでは致命的な一撃にはなり得ない。だが、相手の力の流れを崩すくらいは出来るだろう」
「力の流れ?」
聞き慣れない言葉が耳に入ってきたケントは、その言葉の意味をラファールに尋ねた。
「言うなれば、十分な力を発揮するために必要な一連の動作のことだ。例えばだが、剣で斬るという動作は、剣を構える。剣を振り上げる。そして剣を振り下ろすという大まかに三つの動作に分けられるが、もしこの内の一つでも邪魔をされてしまえば、本来の力を出し切れなくなる。分かるかい?」
「はい。何となくですが、分かります」
「これは魔物も同じだ。どれだけ強い魔物であっても、力の流れというものを必ず持っている。それを見極め、的確に妨害することで、戦いを有利に進めることが出来るようになるはずだ」
最大限の力を引き出すための所作。これさえ分かってしまえば、例えどのような攻撃であっても冷静な対処が可能となる。無論簡単な話ではないものの、強力な魔物に対抗するために必要なのはこういった技術の積み重ねである。
「力の流れか……今まで考えたこともなかったな」
「ならば、今後魔物と戦う時はそれを意識するといい。観察力のある君にとっては、最適な戦術になるだろう」
最初は中距離から魔物の動作に気を配り、攻撃を妨害しながら隙を伺い、ここぞという場面で一気に接近して勝負を決める。それがケントに求められる技能だと、ラファールはそう指南した。
「さて。引き続き、狙った所に当てる練習だ。剣の魔力が尽きたら今度はまた私とかかり稽古をするから、そのつもりでいてくれ」
「はい!」
風の剣を使いこなし、その上で基礎能力を更に向上させる。修行の方針を明確にしたところで、ケントは張り切りながら修行を再開した。
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