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エルナの故郷、両親との再開

 そして翌朝。ケントとエルナは目を覚ましてからすぐに村を出る。予定としては今日の夕方までに目的地に辿り着くつもりであるため、昨日よりも早めの足取りで西の方角へと歩を進めていく。

 やがて、空が紅く染まり始めた頃のことだった。


「おっ、ゼピュロスが見えてきたな」


 ケントたちの目には、懐かしい光景が映っていた。西の街、ゼピュロス。かつて二人の冒険者活動の中心だった、自然に囲まれた穏やかな街である。


「俺たちが王都に行くって決めたのが、たしか三週間くらい前だったか。あの時は、まさかあっちに移り住むことになるなんて思ってなかったから、何だか懐かしい気持ちになるな」

「ええ、そうね。それまでは私たち、ずっとあの場所を中心にしていたものね」


 ケントがエルナと出会った日を起点として、二人はおよそ半年の時間をゼピュロスで過ごしている。そんなかつての日々が、今では王都に移り住んだことで思い出になっているなど、当時の二人には想像も出来なかったことである。

 ケントたちはしばらくの間立ち止まり、昔を懐かしむかのようにその街の外観を眺めていた。


「どうする? 一旦ゼピュロスに立ち寄る?」

「いや、大丈夫だ。今は特に不足している物資とかもないからな。このまま真っ直ぐ村まで向かおう」

「分かったわ。それじゃあ、暗くならないうちに急ぎましょう? こっちよ」


 そう言って、エルナは村のある方角を指差す。ここまで来れば、村までの距離はそう遠くない。思い出に浸る時間もそこそこに、二人は再び歩き出した。






「見えたわ、あそこよ!」

「おお、あれがエルナの故郷の村か!」


 それから二十分も歩くと、二人の視界の先に村が見えた。


「そういや、村の名前とか聞いてなかったな。何て村なんだ?」

「あっ、そういえばそうだったわね。ヘリオス村っていうの。これといった特徴は無いけど、のどかで良い村よ」


 ケントにそう尋ねられて、エルナはそのように返答する。

 そうして歩いているうちに、二人は門の入り口をくぐり、目的地へと到着した。


「ふぃー、やっと着いた。朝からずっと歩きっぱなしだから、流石に疲れたな……」

「そうね。私も、もうへとへとだわ」


 エルナとケントは肩で息をしながら言葉を交わす。馬車なども使わずに二日かけての大移動はやはり大変であり、二人はすっかりくたびれてしまっていた。


「それじゃあ、早速私の家に行きましょう? こっちよ」


 エルナは家のある方角を指差す。そして、ケントと共にそこに向かって歩いて行った。


「ふふっ。久しぶりに帰ってきたけどここはあまり変わらないわね」


 エルナはそう言いながら、周囲を見回す。王都の近隣にある村のように広大な牧場や農地があるわけでもなければ、こじんまりとしていて寂れた雰囲気もない。先のエルナの言葉通り、ただただ平凡で牧歌的な村の光景がそこには広がっていた。


「あともう少しで、エルナの両親とご対面か。あー、何だか緊張してきた。マヤの両親の時みたいに、また変なこと言わないようにしないと……」

「そんなに心配しなくても大丈夫よ。私の家はあの子のお家みたいな、複雑な事情があるわけじゃないから……あっ!」


 そこでエルナは、何かに気付いて突然声を上げる。その視線の先には、紺色の髪をした背丈の高い壮年男性の姿があった。


「あそこにいるの、お父さんだわ! お父さーん!」


 どうやらその人物は、エルナの父親のようだった。彼女は手を振りながら、大声で父親を呼ぶ。


「あの人がエルナのお父さんなのか……って、ん?」


 その時だった。ケントは何が起きたのか分からず、きょとんとした顔をする。先程まで自身の視界に移っていたエルナの父親と思しき男性の姿が、瞬きの間に忽然(こつぜん)と消えたからだ。

 だがその直後、背中から不穏な気配を感じ取って、ケントはゆっくりと後ろに振り向く。


「あ……え……?」

「君は……何者だ?」


 そこには、怨嗟と絶望を一つにまとめて煮詰めたかのような、世にも恐ろしい形相でケントを見下ろしている男性の姿があった。それを見たケントは、理解が追い付かずに蛇に睨まれた蛙の如く固まってしまう。


「あれ……さっきまで、あそこにいたはず……え?」

「もう! 何やってるのよお父さん! いきなりそんな風に近付いて、ケントがびっくりしてるじゃない!」


 そんな時だった。エルナは怒ったような表情でケントと父親に近付くと、二人の間に割って入った。


「紹介するわね? この人が私のお父さん。昔話した通り元Aランクの凄腕冒険者で、さっきみたいに速く動くのが特技なの」

「ラファールという。よろしく」

「あっ、はい。俺はケントって言います。こちらこそ、よろしくお願いします……」


 先程までの修羅のような形相から一転、穏やかな面持ちでラファールと名乗ったその男性に対し、ケントはぎこちない動作で恭しく頭を下げる。


「ほう。君がケント君なのか」

「……え? 俺を知ってるんですか?」

「ああ。昔、娘から送られてきた手紙に、君のことが書かれてあったからね。何でも娘が世話になっているとか」

「いえ。俺の方こそ、エルナさんには何かと助けられてばかりで、いつも頭が上がらない思いです」

「もう、何でそんなに畏まってるのよ……」


 目の前にいる男性の恐ろしい顔が余程脳裏に焼き付いているのか、いつになく腰が引けているケントの様子を見て、エルナは苦笑する。

 それからラファールは、改めてエルナに顔を向けた。


「それにしても、驚いたよ。まさか、お前がこの村に帰ってきていたなんてな。前もって手紙でも寄越してくれれば、出迎える準備をしていたのだが」

「いきなり帰ってきちゃってごめんなさい。ただ、色々と事情があって」

「……ふむ、どうやらただ事ではなさそうだな」


 久しぶりの帰郷という割にはいまいち浮かない表情を浮かべた娘の姿を見て、ラファールはすぐに何かあったのだろうと察する。


「何にせよ、まずは一度家に戻るとしよう。母さんもいるから、そこでゆっくりと話をしようじゃないか」

「ええ、そうするわ」


 エルナは父親と共に家のある方角に足を向ける。


「さあ、君もこちらに」

「は、はい!」


 そしてケントもまた、二人の後を追うようにしてエルナの実家へと向かっていった。






 それから歩くこと数分。三人は家の前へと到着する。元は優秀な冒険者で、引退後にこの村に移り住むようになったという一風変わった経歴を持つエルナの両親が住んでいる家だが、その外観は周囲の民家と何ら変わり無い質素なもので、村の一員としてごく自然に溶け込んでいるのが見てとれた。

 三人は入口の扉を開け、家の中へと入っていく。玄関を入ってすぐの場所に居間があり、同時に一人の女性が夕飯の支度をしている姿があった。


「おかえり……って、まあ! エルナじゃない!」


 女性はラファールが帰ってきたことに気付いて振り向くと、目を丸くして驚いたような顔をする。


「ただいま、お母さん!」


 その人物は、エルナの母親だった。エルナは母親の元まで駆け寄ると、笑顔で抱きつく。母親もそれを優しく受け止め、嬉しそうな顔を浮かべて娘の頭を撫でた。


「久しぶりね。最近活動拠点を王都に移したって聞いたけど、もしかしてあそこからここまで帰ってきたの?」

「うん。色々と理由があって、こっちまで戻ってきたの」

「そう。それで、そちらの子は?」


 母親はエルナから身体を離すと、ケントの方に視線を向ける。


「紹介するわ。この人が昔手紙で書いた記憶喪失の冒険者、ケントよ」

「あら、この子がそうなの」


 母親は興味深げにケントの顔を見つめる。それに対して彼は挨拶をしなければならないと思い立ち、やや緊張した様子でお辞儀をした。


「初めまして。ケントと言います。今後ともよろしくお願いします」

「フィリアよ。娘が世話になってるようでなによりだわ」


 フィリアと名乗ったその女性は、ケントに明るく微笑みかける。エルナと同じ金色の長い髪に、整った外見。年頃の少女らしい快活さを持つエルナと比べて落ち着いた雰囲気を身にまとっており、まさにエルナをそのまま大人にしたような感じの女性だと。ケントはそのような印象を受けていた。


「それにしても、お母さん安心したわ。お仕事は順調みたいだし、しかもこんな素敵な彼氏まで連れてきちゃって。村にいた頃からは想像も出来ない積極性ね」

「え、ええっ……!?」


 母親のその言葉を聞いて、エルナは顔を赤らめて慌てた様子で顔の前でバタバタと手を振る。


「お、お母さん! ケントとはそんなんじゃないから!」

「あら、そう? 久しぶりに帰ってきたと思ったら男の子を連れてきたものだから、てっきりそういう関係かと思ったのだけど」

「別にケントを紹介するために帰ってきた訳じゃ……いや、紹介するつもりではいたけど……でもそういう意味じゃないの!」


 エルナは耳の先まで真っ赤になりながら、必死になってケントとの関係を否定しようとする。そんな娘の初々しい反応が面白いようで、フィリアは意地悪そうにくすくすと微笑んでいた。


「それに私はまだ、そういうのはよく分からないし……」

「そうだぞ。そんな話は、この子にはまだ早い。こういうのはもっと段階を踏むべきだ。私が母さんと出会った時だって初めは――」

「もう! 話がややこしくなるからお父さんは静かにしてて!」

「(……仲が良いんだなあ)」


 エルナが両親を好きなことは、これまでの付き合いの中で分かっていた。それをこうして実際に目の当たりにしたことで彼女の家族に対する信頼性が改めて垣間見え、ケントは微笑ましく感じていた。

 それから、ラファールが改まった様子でそばにあったテーブルの椅子に腰かける。そして、ゆっくりと口を開いた。


「……さて。冗談はこのぐらいにして、そろそろ聞かせてくれないか? どうしてその少年と一緒に、この家に帰ってきたのかを」

「あら、何か訳ありなのかしら?」


 夫の様子を見て、二人が何やら複雑そうな事情を抱えてこの家に来たことを感じ取ったようで、フィリアも同じようにラファールの隣の椅子に腰掛ける。


「あ、うん。その事なんだけどね……」


 エルナもまた、ケントと共に二人と向かい合う形で椅子に座ると、この家を訪ねるまでに至った事の経緯を説明し始める。その間ラファールは、テーブルの上で手を組みながら娘の言葉に静かに耳を傾けていた。


「……というわけなの」

「なるほど……」


 やがてエルナが一通りの説明をし終えると、ラファールは少しの間目を閉じて軽く俯く。


「確かに、それはおかしな事態だな。私と母さんが現役だった頃には、そのような話は聞いたこともない」

「物騒なことになってるわねえ。この村の辺りは特に異常は無いのだけど、心配だわ」


 ラファールは難しい表情を浮かべ、その横でフィリアも頬に手を当てながら不安げに呟く。二人は既に現役を退いている身であるため今の冒険者の情勢に詳しいわけではないが、それでも事の深刻さは十分に理解できたようだった。

 そこで、夫婦は一度顔を見合わせる。どうやら、修行を手伝ってほしいというエルナの頼みを聞き入れるかどうか、互いに意思を確認しているようだった。ケントとエルナは、固唾を呑んでその場を見守る。それからまもなく、ラファールとフィリアは穏やかな笑みを浮かべて、二人に向けてこう言った。


「……分かった。そういうことなら、喜んで協力しよう」

「本当に!?」

「もちろんよ。娘とその友達が困ってるんだもの、親として手を貸してあげなきゃね」


 二人は快く承諾してくれた。彼らの言葉を聞いて、ケントはほっと胸をなでおろし、エルナは嬉しそうな笑顔を浮かべていた。


「ありがとう、二人とも! やっぱり、ここに来て良かったわ!」

「私たちに任せなさい。ただし、やるからには徹底的によ? あの頃よりもキツい訓練メニューを考えておくから、今のうちに覚悟しておくように」

「私もだ。娘と肩を並べるに相応しい男か、じっくりと見極めさせてもらうとしよう」

「えっと、あはは……」

「お手柔らかに頼みます……」


 ラファールとフィリアは爽やかに笑ってそう宣告する。しかし目だけは笑っておらず、その表情だけでもこれから始まる特訓が厳しいものとなることを感じ取ったようで、二人は苦笑いをしながら頭を下げた。


「ただ、今日のところは明日に備えて、ゆっくりと休んで英気を養うといい。王都からここまで歩いてきたのなら、流石に疲労が溜まっているだろうからな」

「そうとなれば、今日は腕によりを掛けて晩ごはんを作らないといけないわね!」


 明日からの特訓のため、そして遠路はるばる帰ってきた娘とその友達をもてなすため、フィリアは気合いを入れて夕飯を作ろうと椅子から立ち上がる。


「そうだ。食事中は二人の冒険者の話でも聞かせてもらおうかしら。ここにはいない仲間の子の話とか、沢山聞かせてね?」

「ええ、楽しみにしてて! 私も、二人に話したいことがいっぱいあるから!」


 それからしばらくして、いくつもの料理が食卓を覆いつくさんとばかりに並び、四人は談笑しながら楽しく食事をする。会話はその後もしばらく続き、やがて就寝の時間になると、二人はそれぞれ寝床に案内される。

 家族との団らんの時間は終わり、強くなるための修行が始まる。期待と不安を胸に、二人は(きた)る明日に備えるべく眠りへと就いた。

ここまでご覧いただき、誠にありがとうございました。次回以降もお付き合いいただけますと幸いです。


最後に、評価・ブクマ・感想等いただけますと大変励みになりますので、よろしければお願いいたします。

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