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対決、フロストコヨーテ

 それから明朝。ケントたちは起床してから準備を整えると、すぐにボレアスの北門から今回の依頼の目的地である水晶の洞窟に向けて歩き出した。


「うぅ、何だかまた寒くなってきたわね……」


 街を出てしばらく経った頃、エルナが白い息と共にそう呟く。


「確かに、街にいた時よりも風が冷たくなりましたね。ただ、雪はそこまでひどくないのは幸いです。これ以上積もったら、歩くことさえままならないでしょうから」

「ボレアスに向かう時はここまで寒くなかったよな。何というか、北に行くにつれて寒さが増してきてないか?」

「その通りだ。どういうわけか、ボレアスは北に行けば行くほどこうなる。あの先に見える山に至っては吹雪も酷くて、誰一人として近付くことすら出来ないそうだ」


 リューテが指差した先にあるのは、頂上付近が白銀の薄いベールに覆われているかの如く不明瞭になっている高い山だった。そこはいついかなる時でも激しい吹雪が止むことなく吹き荒れているため誰も入れず、何があるのかすらも分かっていない、正に未開の地だった。


「そんな場所もあるのか。これ以上寒くなって、おまけに吹雪まで吹くっていうんじゃ、どうあがいても探索なんか無理だろうな」

「そうだな。先人が何百年と掛けてなお、足を踏み入れることも叶わなかった領域だ。万全な準備程度でどうにかなるようなものではない。私たちは近付かないのが賢明だろう」

「そう考えると、自然ってのは魔物より余程恐ろしいもんだな。そういう前人未踏の地も、いつかは切り拓ける日が来るんだろうか」

「どうだろうな。だが一つ言えるとすれば、そのいつかを作るのは、今を生きる我々だということだ。私たちは自分に出来ることを精一杯やればいい。それがきっと、より良い未来を作るための礎になるはずだからな」


 未来とは現在の延長線上にある。であれば、今の自分たちにとっては異変の解決に尽力することこそが良き未来へと繋がる第一歩になると。リューテはそう考えていた。


「……そうだな。俺たちの今が、これからを作っていくんだ。そのためにも、まずはこの依頼を絶対に成功させないとな」


 そして雑談もそこそこに、目的地へと向けて雪に覆われた大地を一歩ずつ踏みしめていった。




 街を出てから三時間が経った頃、ケントたちはようやく依頼にあった洞窟のある場所へと到着した。


「着いたな。ここが目的の洞窟で間違いないはずだ」


 彼らは雪を凌いで寒さを和らげるため、急いで洞窟の中へと避難し、そして奥まで続く道に目を向けた。


「見た感じ、結構深そうだな。道に迷わないよう気を付けて進まないと」

「それもあるけど、一番の問題は魔物よね。何の異変もなければいいのだけど」

「ケントさん。ロロアさんから頂いた魔物の資料は持っていますか?」

「ああ。ちょっと待っててくれ」


 ケントは懐から、依頼を受注した際に受付嬢のロロアから受け取った、この洞窟に生息している魔物について書かれてある書類を取り出した。


「えーっと……まず、この洞窟には三種類の魔物がいるみたいだな。名前はそれぞれ、『イエティ』、『フロストコヨーテ』、『ニヴルレオ』って言うらしい」

「その中だと、最も警戒すべきはニヴルレオだな。力も早さもさることながら、水の魔術でこちらを撹乱させてくる、Cランクでもかなりの難敵だ。だが、他の二匹も驚異度は下がるが同じCランクの魔物だ。決して油断することのないようにな」


 リューテの言葉に、全員がコクりと頷く。皆がこの先に進む準備が済んでいることを確認したところで、彼女はゆっくりと前に出た。


「では行こう。陣形はいつも通りだ」


 号令を掛けるとすぐに、五人は自身の持ち場に着く。

 まず、戦闘慣れしているリューテとソニアの二人が先頭に立ち、その後ろに魔術師であるマヤ、そして遠距離からの攻撃や補助に優れた後の三人が彼女を守るようにして最後列に立つ。彼らが六人で行動する際の、攻守に優れた定石といえる陣形だった。

 そして隊列を整えたところで、ケントたちは慎重な足取りで洞窟の奥の方へと踏み出していった。





 ケントたちが洞窟の探索を始めてから十分が経過した。内部は彼らの足音が鮮明に聞こえるほど静かで魔物と遭遇することもなく、先へ先へと順調に歩いていた。


「何だか変わった所ですねえ。きらきら光る石があちこちに落ちてますよ」


 ソニアがキョロキョロと辺りを見回す。彼女の言う通り、道中には淡い光を帯びた石が所々に転がっていた。


「ロロアさんが、ここのことを水晶の洞窟と言っていただろう? ボレアスの周辺には、珍しい石が採れる洞窟がいくつもあってな。ここはその一つというわけだ」

「何だかノトスみたいですねえ。まあ、周りの環境はあっちと正反対ですけど」


 それからも適度に周囲を警戒しつつ、時折他愛のない雑談を交えながら、ケントたちはどんどん先に進んでいく。

 そして更に十分が経過した頃、彼らは岩壁に囲まれた無機質な道のりを抜けると、一段と開けた空間に出た。


「ほえー、すっごい綺麗です……」


 そこにあった光景を見て、ソニアをはじめとした全員が呆気に取られる。天井や壁には赤や青、黄といった様々な色の水晶がいくつも生えていた。そしてどの水晶もほんのりと穏やかな光をたたえて空間内を照らしており、まさに自然が作り出した芸術とでも言うべき幻想的な風景に、ケントたちは思わず言葉を飲み込んで釘付けになっていた。


「本当、何だか違う世界に迷い込んだみたい。凄く神秘的だわ」

「そうだな。とはいえ、ここは魔物の住処でもある。心を奪われそうになる見事な景色だが、いつ戦いになってもいいよう注意しておいてくれ」


 これまでの道のりに魔物はおらず、そしてここのような明るく目立つ場所にいるというのも考えにくい。であれば魔物がいるのは、ここより更に奥である。

 視界に映る光景を十分に目に焼き付けたところで、ケントたちは再び洞窟の奥へと向けて歩を進めた。




「結構歩いたけど、まだ奥が見えてこないな」


 水晶が群生していた場所からだいぶ進んだが、未だ最奥まで辿り着く気配はない。ケントたちは現状、ただ歩くばかりで変化に乏しい時間を過ごしていた。


「思っていた以上に深い洞窟ですね。今のところは一本道なので、迷うことがないのは幸いですが」

「……むむっ!」


 その時だった。ソニアが何かに気付いたようで、辺りの気配を探ろうと目をつぶって耳を揺らす。すると、程なくして魔物が現れた。


「あの見た目は……フロストコヨーテだな」

「ということは、ここに生息している魔物ですか。数は七匹。見たところ変異種もいないようですし、異変とは無関係と見てよさそうですね」

「よし、ではすぐに片付けて先に進もう。皆、戦闘の準備を」


 リューテの指示と共に、全員武器を構える。そしてその直後、七匹のうち最も前列に立っていた二匹のフロストコヨーテが同時に襲い掛かってきた。


「皆、まずは私の近くに!」


 マヤの言葉を聞いて、他の五人はすぐに彼女を取り囲むように集合する。


「≪逆巻く火柱(フレイムピラー)≫!」


 そして次の瞬間。マヤは名前の通り火柱を発生させる火の中級魔術を、無詠唱で即座に発動させた。

 火柱は彼女ら六人を取り囲むようにして噴き上がり、二匹のコヨーテは突如として目の前に現れた炎の壁に自ら突っ込む形となる。そしてそのまま燃え盛る火炎に全身を焼かれ、二匹はなす術もなく地面に倒れ伏した。


「よし! まずは二匹!」


 すると、残った五匹のコヨーテは一ヶ所に集まったかと思うと、扇状に広がりながら徐々にケントたちとの距離を詰めていく。


「あの様子、どうやらあいつらも連携して襲い掛かってくるつもりだな」

「あの数のコヨーテをまともに相手するのは得策ではない。ここは分散させて、一匹づつ確実に仕留めるぞ」


 襲撃する側と迎撃する側。両者は相手の微かな動きすら見落とすまいとばかりに睨み会う。そして互いの緊張が最高潮に達したのを示すかのように刹那の静寂が流れた瞬間、コヨーテは一斉に襲い掛かってきた。


「来るぞ!」


 まずは連携を崩すため、エルナが扇状に広がった五匹のうち、中央のコヨーテに向けて矢を放つ。機動力の高いフロストコヨーテからすれば、ただ真っ直ぐ飛んでくるだけの矢を躱すことなど造作もなく、ケントたちから見て左に跳んで回避する。


「今だ! 全員、前へ! 奴らを分断する!」


 中央のコヨーテはすぐに持ち場に戻ろうとするも、それをエルナが続けざまに矢を射かけて妨害する。更に、他のコヨーテも近付かせないようにニュクスとマヤが牽制した上で、統率を乱した群れの中に突っ込んでいく。結果としてコヨーテの群れは、二匹と三匹の組に分断された。


「こいつは俺が引き付ける。二人はもう一匹を集中攻撃してくれ!」

「分かったわ!」


 二匹の組の方は、ケント・エルナ・マヤの三人で対処することになった。

 まずは各個撃破を狙うため、二匹のうちの一匹をケントが足止めする。その隙にエルナとマヤが、もう一匹のフロストコヨーテと対面した。


「……マヤ、魔術での援護を頼める? 少しでも隙を作ってくれれば、私の弓で射貫いてみせるから」

「うん、任せて! お姉ちゃんは行けると思ったら、いつでも攻撃して!」


 エルナとマヤの二人は、遠距離からの支援能力は高いが近接戦闘力は皆無に等しく、そのため何としてでも敵の接近を許さないように立ち回る必要がある。そして現在、彼女たちの前にいるのはたった一匹のコヨーテであり、これならいくらでも手のうちようはある。

 マヤは杖を掲げると、すぐに魔術を発動させた。


「≪火球(ファイア)≫!」


 マヤが唱えた魔術は、詠唱すら必要ない火属性の初級魔術、≪火球(ファイア)≫である。

 いかに基礎的な魔術であっても、立て続けに連射するとなれば魔力を練るために多少の時間を要するため、並の魔術師では連続で唱えようとすると発動の間に隙が生じる。しかし、彼女は並外れた才能を持つ魔術師であり、魔力が尽きない限り間断なく何発でも撃ち続けることが出来た。

 絶え間なく襲い来る火球を避けているうちに、コヨーテは高所に追い込まれる。そして、そこにも飛んできた火球を躱すために飛び降りた、その瞬間だった。


「……ここっ!」


 いかに素早いコヨーテといえど、空中では回避行動を取ることは出来ない。着地の瞬間を狙って、エルナが矢を放つ。前脚に矢が命中したコヨーテは、うまく着地出来ずにバランスを崩して盛大に転倒した。


「これで……止めよ!」


 コヨーテが起き上がって回避行動を取るよりも早く、エルナは二撃目を放つ。矢は敵の眉間に命中し、コヨーテは衝撃で軽く飛ばされた後、ピクピクとしながら息絶えた。


「よしっ、これで一匹!」

「……っと!」


 一方、ケントはもう一匹のコヨーテと交戦している最中だった。


「確かに何匹かで同時に攻めてきたら恐ろしいんだろうが……一体だけならっ!」


 コヨーテという種の強さは群れでの連携にあり、単体であれば上位種のフロストコヨーテであってもただのコヨーテより少し強い程度でしかない。

 ケントは敵が飛び掛かってきたところに合わせて、左手に持っていた剣の鞘で叩き落とした。


「お兄ちゃん、下がって!」


 それを見たマヤは、すぐさま杖を構えてケントに指示を送る。ケントはその声を聞いて、マヤとエルナの元まで後退した。


「≪逆巻く火柱(フレイムピラー)≫!」


 そして次の瞬間。コヨーテの身体が一本の火柱に包まれる。無詠唱で威力が落ちているとはいえ、中級魔術をCランクでも下位の魔物がまともに食らえばひとたまりもない。やがて炎が消え去った跡には、黒焦げになった一匹の骸が横たわっていた。


「よし! こっちは片付いた!」


 二匹のコヨーテをどちらも討伐したところで、ケントたちはリューテ・ニュクス・ソニアの三人がいる方に目を向ける。三人は今まさに、三匹のフロストコヨーテと交戦している最中だった。

 初めは互いに相手の出方を伺いながら、ジリジリと間合いを詰めていく。そして、初めに動き出したのはコヨーテの方だった。


「来るぞ、気を付けろ!」


 三匹は先頭に立っているリューテめがけて、真っ直ぐ向かって来る。まず最初に、一匹目のフロストコヨーテが飛び掛かると同時に、氷のブレスを吐いた。

 射程と範囲こそ狭いものの、まともに食らえば凍傷になる恐れがある攻撃。リューテはその場で炎をまとわせた剣を横に振り、ブレスを薙ぎ払う。


「はあっ!」


 しかし、それは陽動である。リューテが一匹目の攻撃に対処する隙を突いて、二匹目のコヨーテが彼女に接近して鋭い爪で切り裂こうとする。


「……っ!」


 そしてそれを躱した瞬間に、三匹目のコヨーテがブレスを吐いて攻撃しつつ、反撃を阻止する。更にそれを回避しても、すぐに他の二匹が爪とブレスによる攻撃を交互に繰り出す。

 自分たちの隙を潰して一方的に攻撃を仕掛けてくるため、流石のリューテも防戦を強いられていた。とはいえ、彼女は戦闘経験のある冒険者であり、今は仲間も共にいる。この状況を打破するのに、そう時間は掛からなかった。


「やはり一対三は厳しいな。だが!」

 

 リューテはそこで、ソニアとニュクスに目配せをする。そして二人がそれに気付いてこくりと頷いたのを見ると、すぐに剣に炎をまとわせた。

 敵の攻撃に反撃出来ないのは、あくまで回避行動を取るからである。つまり、回避を考えなければ反撃は出来る。


「そこだ!」


 どのコヨーテがブレスを吐いてくるかさえ分かれば、先読みして動くことは難しくない。リューテは爪を躱すと、すぐに次に攻撃してくるコヨーテに振り向き、ブレスごと剣で切り伏せた。それと同時に、回避を捨てた無防備な背中に鋭い爪が襲い掛かろうとする。しかしその瞬間、二本のナイフが飛来してコヨーテの身体に突き刺さった。


「よし、これで後一匹ですね」


 それはニュクスの投げた、≪麻痺(パラライズ)≫付きのナイフだった。リューテの背後を取っていたコヨーテは痺れて動けなくなり、そのまま地面に倒れ伏す。

 もう片方のコヨーテもブレスの構えを取っていたが、すぐにソニアが近付いて膝蹴りを叩き込んだ。


「二人とも、完璧な援護だ。おかげで助かったよ」


 相手の連携を崩すためとはいえ、あえて自ら隙を作るという一見すれば捨て身とも言える戦術。しかしニュクスとソニアがそれをカバーすることで、敵の反撃を封じることに成功した。

 そして最後にリューテがまだ息のある二匹のコヨーテにとどめを差し、戦いは幕引きとなった。


「よし、これで全部だな。皆、ご苦労だった」


 ケントたちは武器を納めると、安全確認のために一度集合する。


「流石はCランクの魔物といったところだな。普通のコヨーテとは、明らかに動きが違った」

「ララベルさんも話していたが、ここらの魔物の強さは王都周辺の魔物の比ではない。何せ、このような過酷な環境で生きているんだからな」


 寒冷地であるボレアスでは植物はまともに育たない。そのため、魔物は餌を取ることすらままならず、厳しい生存競争を強いられる。しかし、それだけに生き延びている魔物はどれも他の街の魔物と比べて強く、生命力も段違いだった。


「ソニアちゃん、どうだ? 他の魔物の気配はするか?」

「うーん……」


 付近に他の魔物が潜んではいないか、あるいは戦闘の音を聞き付けた魔物が増援に来ていないか。それらを確かめるために、ソニアは耳をピコピコと揺らして辺りの気配を探ってみる。


「この近くにはいなさそうですねえ」

「分かった。ではここで少し休憩して、それから調査を再開しよう」


 朝からここまで歩きっぱなしであることに加え、戦闘を終えた後ということも相まって、ケントたちは流石に疲労を感じていた。

 そこで彼らは近くの壁まで移動すると、その場で腰を下ろす。そして、武器の汚れを落としたりしながら束の間の休息を取った。

ここまでご覧いただき、誠にありがとうございました。


次回以降もお付き合いいただけますと幸いです。


最後に、評価・ブクマ・感想等いただけますと大変励みになりますので、よろしければお願いいたします。

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