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ボレアスへの道

 それから市場で寒さ対策の防寒具や道中の食料を購入して万全の準備を整えたケントたちは、王都を出て中継地点の村を目指して歩いていた。


「あら?」


 王都を発ってから八時間が経過したところで、エルナは何かが上からポツポツと降ってきたことに気付いて、手のひらを上に向けて空を見上げる。髪に、肩に、指先に触れて間もなく溶けてなくなるそれは、爪の先ほどの大きさの白雪だった。そして気が付けば王都を出たときには晴れ渡っていた空は一面の雲に覆われており、いよいよ北の地に足を踏み入れたのだということを如実に示していた。


「少しだけど、雪が降り始めたわね」

「ああ。それに気持ち冷えてきたな。ボレアスに近付いている証拠だ」

「……っと、見えてきたな」


 そして雪が降り始めたのと時を同じくして、彼らの視線の先に木製の柵で回りを囲われたそこそこ大きめの村が見えた。


「あれがララベルさんの言ってた村か。ひとまず、今日の目的地までは辿り着けそうだな」

「そうだな、あと一息だ。完全に暗くなる前に、村に入ってしまおう」


 既に日は半分以上沈んで見えなくなっており、夜になるのはまさしく時間の問題である。ケントたちはその前に、村まで立ち止まることなく着々と進んでいった。




 そして十分後、村に到着したケントたちは早速宿を取り、案内された部屋で荷物を下ろして休憩していた。


「ここからボレアスまで半日歩くことを考えると、明日は余裕を持って日が出る前にここを出発したい。そのためにも、今日は早めに休むとしよう」

「半日かあ、あんまり寒くならないといいのだけど」


 エルナはベッドの縁に座りながら、パタパタと憂鬱そうに足を上下に振る。防寒具があるとはいえ寒空の下をそれだけの長時間歩き続けなければならないというのは、なんとも気の滅入る話だった。


「そういやソニア。結局、お前だけ市場で防寒具を買わないで来たな。本当に大丈夫なのか? 一応この村の雑貨屋でも売ってるみたいだし、買うなら今しかないぞ?」

「もうっ、大丈夫ですってば! ケントさんは心配性なんですから!」


 自身の肉体の丈夫さを示すかのように、ソニアは右手で自分の胸をバシンと叩く。


「安心してください! 獣人の身体はどんな所でも平気なように出来ているんです。寒さの一つや二つ、どうってことないですって!」

「だったらいいんだけど……何か不安なんだよなあ」


 とりとめのない雑談もそこそこに、ケントたちは明日に備えて英気を養うためベッドに潜り込み、夢の中へと入っていく。

 そして空が白み始めた翌日の早朝。ケントたちは起床するとすぐに準備を整え、宿の前に集まった。


「おはよう、ケントくん」

「ん、おはよう……」


 ケントは寝ぼけまなこを擦りながらその場にいるリューテとマヤ、そしてエルナとニュクスの四人に挨拶を返すと、口を開けて大あくびをする。


「あー、駄目だ。まだ頭が回ってない……」

「ふわあ~。私も、まだ眠いよお……」

「まあ、無理もない。皆、いつもはまだぐっすりと寝ている時間だからな。とはいえ、暗くなる前にボレアスに到着しておきたい。野営をするにも、この先の雪原で夜を越すのは厳しいからな」


 いくら備えはしてあるといっても、寒冷な気候の中での野営はしないに越したことはない。そのためボレアスに向かう冒険者は皆、この村から日を(また)ぐことなくボレアスに辿り着くことを心掛けており、彼らもそれに倣う形となった。


「おっはよーございまーす!」


 その時だった。宿の出入り口から、底抜けに明るい声が響き渡った。


「こんなに早い朝だってのに、お前は元気だなあ……」

「だってえ、いよいよ新しい街に行くことが出来るんですよ! もうワクワクして、昨日は中々寝付けませんでした!」


 最後にソニアが来て全員が集まったところで、リューテは満を持して口を開き、他の五人にこう告げた。


「よし、皆揃ったな。では行こう。今から歩けば、夕方頃にはボレアスに着くはずだ」

「よーし、いざ出発ー!」


 ソニアが浮かれた声で号令を掛けると共に、ケントたちはボレアスの方角に向けて歩き出した。




 彼らが村を出てから、早十時間が経過した。辺りの景色はそれまでの草木が茂る緑の大地から一転、すっかり雪に覆われており、まさに銀世界とでも言うべき様相を呈していた。街道は雪で埋もれて見えなくなるためか途中からなくなっており、代わりに大昔の冒険者が建てたとされている、等間隔で置かれた石柱を目印に彼らはボレアスまでの道のりを歩いていた。


「ケントさん……」

「何だ、ソニア?」

「寒くなってきました……」

「何となくそんな予感はしてた!」


 寒さなど問題ないと豪語した彼女の言葉を信じたものの案の定な結果となってしまい、これにはケントも痛切なツッコミを入れざるを得なかった。


「だから言っただろ! 念のために防寒具を買っとけって! いくら獣人の身体が丈夫だからって、そんな肌を出した格好で平気なわけないだろ!」

「だってぇ、こここ、こんなに寒いなんて思ってなかったんですもん……」


 実際、獣人の環境への適応力は高く、多少の寒さであればものともしない。しかしソニアは今まで雪を見たことがなく、そのためボレアスの寒さを完全に侮っていた。おまけに彼女の格好は流石に足元はブーツを履いているものの、それ以外は腹部や脚を露出した軽装ということも相まって、余計に肌身に寒さを感じていた。


「まあだけど、これは防寒具がないとかなりキツいな。これからもっと寒くなるだろうし、急いでボレアスに向かわないと」

「そうだな。だが、これだけ寒くなってきたということは街までの距離はそう遠くないはずだ。ソニアちゃん、悪いがもう少しの辛抱だ。気合いを入れて頑張ってくれ」

「は、はい~……」


 ここまで来たら引き返すという選択肢はない。彼らを導くように置かれている石柱を頼りに、ケントたちは前へ前へと進んでいく。

 そしてまたしばらく経った頃、ソニアが白い息を吐きながら、喉から絞り出すような弱々しい声を周囲に漏らした。


「うぅー、寒い……それに、何だか眠くなってきました……」

「なっ!? それはまずい! 寝るなソニア! こんな所で寝たら死ぬぞ!」

「あ、あの川の向こうにいるのはワタシのおばあちゃん? 待っててください。今からそっちに行きますよ~」

「いや待て! その川を越えたらお前の婆さんが悲しむぞ! 今なら間に合うから、早く戻れ!」


 半開きの目で亡くなった祖母の幻を追うソニアを、ケントは彼女の両肩を掴んで揺すったり呼び掛けたりしてどうにか現実に引き戻す。


「……あれ、ケントさん? ワタシのおばあちゃんどこに行ったか知りませんか?」

「はあ、こうなったら仕方がない……」

「待って、お兄ちゃん。ここは私に任せて?」


 ケントが自分の防寒具を脱いでソニアに着せようとしたのを、マヤが二人の間に入って制止する。


「ソニアお姉ちゃん。ちょっと背中借りるね?」

「背中ですかあ? よく分かりませんけど、どうぞ~……」


 マヤはソニアの背中にそっと乗ると、落ちないように彼女の首元に腕を回してしっかりと密着する。


「よいしょっと。じゃあ、いくよ?」

「……ん、あれ?」


 すると、ソニアは自分の身体に何やら変化が起きたことに気付く。


「おおっ、凄い! 急に身体が暖かくなりました!」

「わわっ、そんなに激しく動かないでお姉ちゃん。集中が乱れるから……」


 どうやらマヤは、何らかの手段でソニアの身体を暖めたようだった。その一部始終を眺めていたエルナが、感心しながらリューテに話し掛ける。


「へえ、凄いわね。あれも魔術の力なのかしら?」

「いや、魔術ではなさそうだな。恐らく、火属性の魔力を体内で練り上げて、それを少しずつ放出しているのだろう」

「火属性の魔力をですか? それならば、リューテさんも実は出来たり……?」

「残念ながら無理だ。あれは人体に影響を与えるほどの高純度な魔力と、それを手足のように扱うだけの繊細な技術が必要だ。ただの剣士でしかない私には、到底真似できるものではない」


 自身の火属性の魔力を、ただ放出するだけで周囲に影響を及ぼすほどに極限まで練り上げ、その上で暴発してしまわぬように慎重に行使する。魔術師として幼い頃から研鑽(けんさん)を積んできたマヤだからこそ、出来る芸当である。


「だが、あれほどの高度な技術を扱うには、かなりの集中力がいるはずだ。もし集中力を乱されるようなことがあったとすれば……」


 そこまで言うとリューテは、ケントたち三人の方に目を向ける。


「どう、お姉ちゃん。暖かくなった?」

「はい! もうバッチリ復活しました! 身体も心もポカポカです!」

「へえ、そんなに暖かいのか? どれどれ……」


 マヤの身体がどれだけ暖かいのか気になったのか、ケントは手を伸ばして彼女の首筋に触れてみる。


「ひゃうっ!?」


 集中していたところに敏感な部分をいきなり冷たい手で触られたことで、マヤは反射的にビクッと身体を震わせて短い悲鳴を上げた。


「おわあああああああああああ!?」

「うわっ!?」

 

 すると、ソニアの背中から魔力で出来た炎が瞬時に燃え上がった。ケントの何気ない行為によって、マヤの集中が途切れて練り上げた魔力が暴発してしまったのである。


「熱っ! 熱っっっ!? ぎええええええええっ!」

「わあああっ! ごめんなさいお姉ちゃん!」

「……あのようになる」

「あらら……」


 背を襲う熱さにじっといていられず、ソニアは暴れ馬のように辺りを駆けずり回る。やがて落ち着きを取り戻したマヤが魔力の放出を止めたことで、炎はすぐに消し止められた。


「わ、悪い、マヤ! 怪我はないか?」

「うん、大丈夫。自分の魔力で傷付くことはないから。お姉ちゃんは大丈夫?」

「うへー、危うく火傷するところでした……」

「ソニアも悪かったな。というか、今ので火傷してないのもどうなんだ……?」

「そりゃあもう、獣人の身体は頑丈ですから」

「頑丈で説明がつく話じゃないと思うけど……まあいいや、無事なら」


 魔力の扱いの難しさ、そして獣人の身体の神秘を体験したところで、ケントたちは気を取り直してボレアスを目指して歩いていった。

ここまでご覧いただき、誠にありがとうございました。


次回以降もお付き合いいただけますと幸いです。


最後に、評価・ブクマ・感想等いただけますと大変励みになりますので、よろしければお願いいたします。

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