勝利の宴
それからエントドレイクを討伐したケントたちは、森を抜けて王都への帰路につく。そして、日が沈み始めた頃には街への帰還を果たし、ギルドの前まで到着していた。
「何とか、暗くなる前に帰ってこられたわね」
「そうだな。後はギルドに報告するだけだ。皆、行こう」
ギルドに報告し、達成が認められるまで依頼は終わらない。困難な戦いを締めくくるため、ケントたちは逸る足取りでギルドに入っていく。
そして受付前まで来ると、そこには受付嬢のララベルの姿があった。
「いらっしゃい。あら? あなたたちはもしかして、昇格依頼を受けてる……」
「ああ。依頼通り、エントドレイクを討伐してきた。これがその証拠だ」
ケントは四人を代表して窓口の前に立つと、討伐した証であるエントドレイクの尻尾が入った麻袋をララベルに差し出す。
「ちょっと待っててね? 今から中身を確かめさせてもらうから」
ララベルはそれを受け取ると、後ろで待機していた複数人の研究者風の職員に手渡す。すると彼らは袋に入っていた尻尾を取り出して、それが本当にエントドレイクのものなのかどうかを改めた。
「……分かりました。ありがとうございます」
しばらくして職員と話し終えたララベルが戻ってくると、彼女はケントたちにこう告げた。
「お疲れ様、依頼達成よ」
「それじゃあ……」
「ええ、おめでとう。あなたたち四人を、今ここにCランクの冒険者として認定するわ」
「よし!」
「やったあ!」
それを聞いたケントたちは、嬉しさと達成感のあまりその場で沸き立つ。その表情は晴々しく、戦いの疲れなどどこかに吹き飛んだかのようだった。
「それじゃあ、これを受け取って?」
そう言ってララベルは、今回の依頼の報酬金と「C」の文字が彫られた冒険者証をケントたちに手渡した。
「あなたの仲間から聞いてるわ。あなたたちは異変の調査に参加するために、この昇格依頼を受けたのよね?」
「ああ。これで、俺たちも参加資格を得たことになるんだよな?」
「ええ。だけど気を付けてね? 異変の調査依頼は変異種みたいな恐ろしい魔物と戦う可能性が高くて、普通の依頼より危険になるかもしれないの。だから、あなたたちのもう二人の仲間とよく話し合って決めるのよ?」
「そうだな。だけど一先ずは、この結果を二人に知らせないと」
何をするにも、まずはリューテとマヤに今回の結果を伝えなければならない。帰りを待っている二人のため、ケントたちはララベルに見送られながらギルドを後にした。
成すべきことを全て終え、ケントたちは自分と同じく仕事を終えて家路へと向かう人々とすれ違いながら真っ直ぐ帰宅する。そして家の扉を開けると、玄関口から物音がしたのを聞きつけたマヤがぱたぱたと足音を立てて駆け付けてきた。
「お帰りなさい! 待ってたよ!」
「ああ、ただいま。それで、リューテはいるか? 今すぐ報告したいことがあるんだ」
そう言ってケントはギルドで貰った冒険者証を懐から取り出して、それをマヤに見せる。
「それってCランクの冒険者証? それじゃあ……」
「ああ。俺たち四人、無事に皆昇格した」
「わあっ、おめでとう!」
マヤはその知らせを聞くと、まるで光に照らされている花のようにぱあっと明るい顔になり、今にも跳び跳ねんばかりの勢いで喜んだ。
「リューテお姉ちゃんなら居間にいるから、早く教えてあげに行こ!」
この吉報を急いで伝えてあげたいとばかりに、マヤは先んじて居間へと駆けていく。それに続いてケントたちが遅れて入ると、そこにはテーブルの椅子に腰掛けているリューテの姿があった。
「おかえり、四人とも。その様子だと、どうやら無事に依頼を成し遂げたようだな」
「ああ。リューテもマヤも、ありがとな。俺たちをギルドに推薦してくれて」
「何、全ては君たちがCランクの冒険者として相応しい実力を身に付けていたからこそだ。でなければ、私たちも推薦はしていない」
これまで行動を共にした時間を通して、リューテはケントたちには既にCランクの冒険者としてもやっていけるだけの力があると判断していた。そして今日、彼らはその期待に応えたのである。
それから全員で喜びを分かち合いながら、リューテは折を見てから改まった態度でこう告げた。
「だが、本当に大変なのはこれからだ。調査依頼に関しては、私やマヤちゃんにとっても未知数だからな。今まで以上に気を引き締めて掛からねば」
「そうね。Cランクに上がれたからって慢心はしていられないわ。今後の活動をどうするか、皆で決めていかないと」
彼らの本来の目的は魔物に起こっている異変を調べるための依頼を受けることで、つまりここからが肝心である。
そのためにも明日からの活動方針を定めていかなければならないという、その時だった。
「……あ」
ソニアのお腹から、ぐぅと虫の鳴る音がした。
「えへへ……帰ってきて安心したら、お腹が空いてきちゃいました……」
「相変わらず緊張感のない奴だな。リューテが気を引き締めるようにって言ったばかりなんだから、もうちょっと我慢して――」
すると、ケントの腹からも先程のソニアと同じ音が鳴る。二度に渡る腹の音はその場にあった緊張感を完全に奪い去ってしまったようで、マヤは耐えきれずに笑いだした。
「あははっ。そう言うお兄ちゃんも、お腹が空いてるみたいだよ?」
「うわー、凄い恥ずかしい……」
「……ふっ。まあ、皆疲れているだろうし、明日からのことは明日に考えるとしよう。それよりも今日は君たちの昇格を祝して、パーティーでもしようじゃないか」
「パーティーですか!? うはー、やったー!」
今は明日以降のことを考えるよりも四人を労うために祝賀会を開きたいと考え、リューテは木製の酒器を用意するために、食器棚の置かれてある所へと向かう。
「それなら、俺たちはまず荷物を下ろしに行かないとな」
「ええ。そしたらすぐにご飯を作りましょう? 今日はいつもより腕によりをかけなきゃ!」
ケントたちもまた、武器などの仕事道具を各々の部屋に置いてからすぐにパーティーの準備を始めた。
それから二十分後、ケントたちは完成した料理をテーブルの上に並べ、全員の酒器に飲み物を注ぐ。パーティーと言ってもいつもの食事と何ら変わりなく、主食のパンの他には野菜のスープと肉、そしてエールがあるのみである。
「では、四人のCランク昇格を祝して……乾杯!」
「乾杯!」
乾杯の号令と共に、ケントたちはそれぞれ手に持っている酒器をあおる。そして最初の一口目を飲み終えたところで、リューテが口を開いた。
「改めて昇格おめでとう、四人とも。君たちの成長ぶりには、本当に驚くばかりだ」
「ありがとう、リューテさん。だけど、私一人じゃここまで強くなれなかったわ。これも全て、皆が居てくれたお陰よ」
「そうだな。って言っても、俺はまだまだ皆に追い付くので精一杯だけど」
ケントのその言葉を聞くと、リューテは酒器から口を放してこう返す。
「そう言う君も、最近は随分と自信が付いてきているんじゃないか?」
「そうか? まあでも、昔と比べたら落ち着いて動けるようになった気がするな」
「そうよ。今日の戦いでも、ちゃんと魔物の動きをよく見てて冷静に対処してたじゃない。お陰で私たちも助かったわ」
エルナの言葉に、ニュクスとソニアも頷いて賛同する。先の戦いにおいて、ケントを足手まといだと考える者はこの場に誰一人としていなかった。
「大丈夫だケント君。君はもう、剣もまともに振れていなかったあの頃とは違う。既にしっかりと肩を並べて戦えているさ。君に魔物との戦い方を教えた、私が保証しよう」
戦う力すらなく仲間に助けられてばかりだったのも、今となっては過去の話。数々の戦いを経験していく中で、ケントもまた大きく成長していた。
「しかし、あれからもう半年が経つのか。まさか、ここまで気の合う者たちが集まることになるとはな」
「ああ。これまで大変なことも色々あったけど、そういうのも全部ひっくるめて、楽しいって思えるよ」
「そうだな。私ももう三年以上はこの仕事をしているが、この半年間はその中でも最も楽しく、充実していたよ。いやはや、君たちと出会えて本当に良かった……」
リューテは目を閉じると、ケントたちと出会った過去に想いを馳せるように天井をあおぐ。すると、彼女の頬を一筋の涙が伝った。
「おっと、いかんな。感傷に浸るあまり、つい涙が出てしまった」
リューテは左腕で涙を拭うと、右手に持っている酒器に残っていたエールを全て飲み干す。
「あんた、さては酔っ払ってるな?」
「はははっ、何をおかしなことを言うケント君。私がこの程度で酔うものか」
するとリューテは空になった酒器をテーブルに置き、ごく自然な動作で隣に座っていたニュクスの酒器を手に取り、それを一気に飲み干した。
「あの、それは私の……」
「さて! これから先、私たちの戦いはますます熾烈なものになるだろう。しかしどのような困難が来ようとも、私たちが力を合わせれば恐るるに足りないはずだ。だからこれからも、皆で一緒、に……」
そこまで言うと、リューテは倒れるかのように頭から机に突っ伏した。
「リューテ……?」
「もしかして、眠ったのかしら?」
「みたいですね」
ソニアが肩を軽く揺すってみるも、リューテは既に安らかな表情ですやすやと寝息を立てており、起きる気配はない。
「さっきまであんなに元気に喋ってたのに、どうしちゃったんでしょうかねえ?」
「きっと、安心して気が抜けちゃったんじゃないかな。リューテお姉ちゃん、皆のことをずっと心配してたから」
今回の昇格依頼はケントたちにとっては、冒険者として本格的により強い魔物と戦っていくための、言わば試練だった。そして魔物との戦いは常に何が起こるか分からないもので、リューテは彼らなら出来ると信じてはいたものの、やはり四人が自分の目を離れて強敵と戦うということに不安がないわけではなかった。しかし、四人はさしたる怪我もなく無事に帰ってきた。自分の心配が杞憂となったことで、彼女はすっかり安堵していた。
「でも羨ましいなあ、リューテお姉ちゃん」
「羨ましいって、何がだ?」
「だってリューテお姉ちゃん、皆との思い出がいっぱいあって、本当に楽しそうだったから。私はまだ皆の輪の中に入ったばかりでそういう思い出が少ないから、ちょっと寂しかったなあ」
マヤ以外の五人は既に半年という時間を共に過ごしており、その間には確かな絆が存在する。しかし、その中で彼女だけは彼らの仲間に加わってからまだ数日程度しか経っていない。積み重ねてきた時間の差をまじまじと見せつけられ、マヤは蚊帳の外だとばかりにわざとらしく拗ねたような顔をしてみせる。
「ふふっ。そんな顔しないで、マヤ。あなたもこれから、私たちとの思い出をたくさん作っていきましょう?」
「そうそう。俺たち六人、きっと今まで以上に楽しくて、掛け替えのない思い出が作れるさ」
ケントとエルナの言葉に、他の二人も同意を示す。
「エルナお姉ちゃん、お兄ちゃんも……えへへ、嬉しい!」
例え一緒にいる時間はまだまだ短くとも、自分もまた彼らの輪の中にしっかりと入っている。そのことを再確認したことで、マヤは心の内側がほんのりと温かくなるのを感じていた。
「そんじゃ、そろそろお開きにするか。明日からの調査依頼。皆、頑張っていこうな?」
時刻は真夜中。ゆりかごの中のような安穏とした祝宴は終わり、次なる戦いが刻一刻と迫ってきている。
ケントたちはテーブルの上の食べ終わった食器や酒器を片付けた後、Cランクの冒険者としての決意を胸に、眠っているリューテを抱えてそれぞれの寝室へと戻っていった。
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