昇格依頼
そして翌朝、ニュクスは目を覚ましてからすぐに居間へと向かい、先に起きていたリューテに昨日の出来事について話した。
「なるほど、そんなことがあったのか」
「今まで私は、皆さんから多くのものを与えられてきました。ですから私も、誰かに何かを与えられるようになりたい。そしてそのための一歩は、皆さんと共に踏み出したいんです」
「……そうか」
ニュクスの言葉は以前とは違う、嘘偽りない本心からのものである。リューテはそのことを彼女の言葉ではなく、決意に満ちた表情から読み取った。
そしてその覚悟と対等に向き合うようにして、リューテはこう答えた。
「分かった。きっと厳しい道のりになるだろうが、これからも共に頑張ろう」
「……え?」
思いの外簡単に認められたことで、ニュクスは一度は断られていただけに困惑してしまう。
「良いのですか? そのようにあっさりと認めてしまって」
「勿論だ。言葉を聞かずとも、目を見れば分かる。迷いのあった二日前の時とは違う、信念を持つ者の目だ。今の君に、私たちと行動を共にすることを認めない理由などありはしない。いや、むしろこちらから頼みたいくらいだ」
リューテは爽やかな笑みを浮かべながら、ニュクスに手を差し伸べる。
「異変の正体を掴み取るため、どうかこれからも私たちに力を貸してほしい」
「……ええ、喜んで!」
ニュクスもまた、その手を強く握り返した。
「おはよう、二人とも」
そうしている間に、上で寝ていたケントが目を覚まして居間まで降りてくる。やがて他の仲間も次々と降りてきて、間もなく朝食の時間となった。
「さて。全員が揃ったところで、今日は君たちに話したいことがある」
眠気覚まし代わりの軽い雑談もそこそこに、リューテは適当なタイミングを見計らって仕事の話を切り出した。
「実は昨日、私とマヤちゃんでギルドに掛け合ってみたんだ。君たち四人を、どうにかCランクに昇格させられないかとな」
リューテとマヤは異変についての情報収集を行う傍ら、ケントたちが少しでも早くCランクに上がれるようにするため、ギルドに昇格の相談を持ちかけていた。
「うん? 昇格って、そんな推薦みたいな感じでも出来るのか?」
「一応な。それに、今は非常事態だからな。ギルドも有望な人材を確保したくて、間口を広くしているというのもある。そこで、君たちのこれまでの活動実績を説明して、どうにか推薦依頼を受け取ることが出来た」
そこまで言うとリューテは、はす向かいの位置に座っているマヤに目配せをする。その視線に気付いたマヤは、こくりと頷いてから一枚の依頼書を取り出す。
「皆には、この依頼をこなしてほしいの」
そして、それをケントたちに差し出した。四人は、すぐにそこに書かれてある内容に目を通す。
「どれどれ……ここから南西の森に生息するエントドレイクを一匹討伐せよ、か」
ケントは書類から目を離すとまず、一目見て気になったことをリューテに尋ねる。
「エントドレイクっていうのは、初めて聞く魔物だな。一体どんな魔物なんだ?」
「詳しいことは、ギルドにある資料を見て自分で調べてほしい。私からは、龍の魔物とだけ言っておこう」
龍。その単語を聞いて、ケントは驚きと困惑が半々で入り交じったような複雑な顔をした。
「ちょっ、ちょっと待ってくれ。龍っていうのはもしかして、あの空飛ぶ大きなトカゲみたいな生き物のことか?」
「そうだ。Cランクからは、こういった龍の討伐が依頼されることもある。つまり、君たちがこいつを討伐出来たのであれば、Cランクの冒険者として十分な実力を持っていると認められるわけだ」
龍は縄張り意識が強く、村や街など人里近いような場所には一切生息していない。そのためDランク以下の依頼に龍の魔物は存在せず、それ故に龍を討伐出来ることが、Cランクの冒険者足り得るかの指標になる。
「私たちも色々な魔物と戦ってきましたが、龍の魔物を相手にするのは今回が初めてですね。これは普段以上に、気を引き締めてかからねば」
「Dランクの依頼とは訳が違う、手強い依頼になりそうだな……」
「だけどワタシたち、Cランクより強い魔物とも戦ってきたじゃないですか。だから今回もきっと大丈夫ですよ!」
いかに今回の魔物が手強いと言えど、ケントたちは既にCランクを超える魔物とも戦った経験が何度かある。そのため、ソニアはどうとでもなるだろうと楽観的に捉えていた。
「でもその時はリューテさんやマヤも一緒にいたわ。それに、ケントの力だって……」
エルナがそこまで話すと、リューテはその場の雰囲気を察してケントの方を見る。
「ケント君。分かってはいると思うが……」
「ああ。あの力を使わないように、だろ?」
「そうだ。いくら龍が相手とはいえ、今回の依頼はあくまでCランクに上がるための取っ掛かりでしかない。それであの力に頼らなければ依頼をこなせないようであれば、今後の戦いでは通用しないだろうからな」
今までケントは、自分たちの手に余るような凶悪な魔物と対峙した際にはいつもあの能力を使っていた。しかし、この依頼においてはそれは出来ない。ケントは肉体的な強さだけでなく、精神の強さも試されていた。
「だがまあ、私は君たちが積み重ねてきた努力を知っているつもりだ。だからこの依頼も、きっと乗り越えられるさ。そしてまた、皆で肩を並べて戦える時が来るのを楽しみに待っているよ」
「ああ、任せてくれ。絶対にこの依頼を達成して、二人に追い付いてみせるさ」
これでケントたちの昇格が決まれば、晴れて全員がCランク以上の冒険者となり、足並みを揃えて異変の調査依頼を受けられるようになる。
そのためにも必ずこの依頼を成功させなければと、ケントたちは今から気合いが入っていた。
そして翌日。彼らは街の出入口である門の辺りまで歩いて、そこで立ち止まった。
「ニュクス、この前の傷の具合はどうだ?」
「ご心配なく。エルナさんに≪治癒≫の魔術を掛けてもらって、しっかり治しておきましたから」
ニュクスが先の依頼で受けた傷は、流石に自然治癒だけでは一日で完治し切らなかったため、昨日の夜にエルナの魔術で治すこととなった。そのお陰で今は傷口はすっかり塞がっており、戦闘に支障を来すことがないまでに回復していた。
「出発の前に、まずは今日戦う魔物について情報を整理しましょう?」
昨日の依頼に向けた準備の際、ケントたちはギルドにある資料を閲覧してそこに書かれてある情報を共有しており、それを戦いの前に改めて確認しようとしていた。
「魔物の名前はエントドレイク。身体が樹皮で覆われていることから別名で樹の龍と呼ばれていて、ある程度の地の魔術も行使出来るみたいね」
「ええ。そして身体は龍の中では小柄ですが、それでも以前戦ったマンティコアよりは大きいとか。体格差がある以上、まともに攻撃を受けるのは避けたいところですね」
「だけど、弱点もはっきりしているのはありがたいな。龍だけど空は飛べないから一方的に攻撃されたり逃げられたりはしないし、そして何よりも火に弱い。戦いになったら、ここを上手く突いていきたいところだな」
Cランク以上の魔物は捕獲が難しいため研究も進んでおらず、そのため多くの魔物の資料には断片的な情報しか書かれていないものなのだが、それでも有用な情報はいくつもあった。そして、ケントたちはそれを元に市場で使えそうな道具をいくつか買い揃えており、これを利用して戦いを有利に進めようと考えていた。
「戦いになったら、まずはいつも通りワタシが前に出て様子を見ますね?」
「ああ。それを見て俺たちが次の動きを考えるから、深追いしない程度に敵の力を引き出してくれ」
おおよその段取りを決めたところで、ケントたちは門の外に目を向ける。
「よし、それじゃあ出発だ!」
そして魔物討伐のため、目的地である南西の森へと歩を進めていった。
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