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新たなる決意

 村を出てからおよそ一時間が経過した頃、ケントたちを乗せた馬車は王都の門を通り、無事に孤児院へと帰還を果たした。

 時刻はすっかり夕方となっており、ケントとニュクスの二人はシスターが村で貰った作物の運び込みから戻って来るのを待つ間、孤児院の庭に置かれているベンチに腰掛けて休んでいた。


「背中の傷はどうだ、まだ痛むか?」

「ええ、少し。大事をとって、明日は休んでいた方が良さそうですね」

「なんなら、帰ってからでも俺が治そうか?」

「……いえ、今回はお気持ちだけいただいておきます。この傷の痛みはすぐに忘れてはいけない。何となくですが、そんな気がするんです」


 引っかき傷程度であればケントが例の力で一瞬で治せるが、ニュクスは敢えてこれを拒否する。背中の傷は今もズキズキと痛むにも関わらず、彼女はどういうわけか心の内に得も言われぬ暖かさを覚えていた。


「お二人とも、お待たせいたしました。後はこちらの書面をギルドに渡して、報酬をお受け取りください」


 そうしているうちに作物の運び込みを終えたシスターがやって来て、一枚の紙をケントに手渡す。それは冒険者が依頼を遂行したことを伝える旨の文章が、依頼人であるシスターの名前と共に記載された証明書だった。


「本日はご協力いただき、本当にありがとうございました。あなたがたに、(しゅ)のご加護があらんことを」

「ああ、ありがとう」


 必要な書面を受け取ったところで、ケントはベンチから立ち上がってギルドに向かおうとする。


「その、ケントさん。申し訳ありませんが、先にギルドに向かっていてくれますか? 私、少しこの方と話をしたいんです」


 しかし、一方でニュクスは立ち上がることなくケントを呼び止めて、先にギルドに行くようにと頼む。どうやらシスターに対して、何か用事があるようだった。


「あら、私にですか?」

「ええ。いきなりで済みません。ですが、どうしても聞いてほしいことがあるんです。シスターである、あなたに」


 『シスターである』。ニュクスのその言葉を聞いて、シスターは彼女の話の内容が何なのか。その意を汲み取った。


「……いいですよ。そういうことでしたら、喜んで力になりましょう」

「だったら、ギルドには俺一人で報告を済ませておくよ。お前は話が終わったら、そのまま真っ直ぐ家に帰ってくれ」

「はい。お気遣いありがとうございます」


 二人は、一足先に孤児院を去っていくケントの背中を見送る。それから十数秒が経って彼の姿が見えなくなったところで、シスターはベンチの、先程までケントが座っていた場所に腰掛ける。そして、それまでの優しげな雰囲気とはまた違う、まるで全てを包み込むような慈悲深げな笑みをニュクスに向けてから、ゆっくりと口を開いた。


「……さて。あなたは先程、シスターである私と話をしたいとおっしゃいましたね。それはつまり……」

「ええ。私がこれから話すのは、私自身の懺悔です。少し長くなりますが、聞いていただけますか?」

「ええ、勿論」

「では……」


 こうしてニュクスは、シスターに促されるまま自身の暗い過去、そして暗殺者として今までに犯してきた罪を語り始めた。


「そうですか。あなたの過去に、そのようなことが……」

「しかし彼はそんな私に、自分の命は自分のために使ってほしいと言いました。ですが、私にそのような資格があるとは、とても思えないんです。散々罪を重ねておきながら、改心したなら幸せになっていいなんて、そんなの虫の良すぎる話ですから」


 ケントとエルナの強い想いに触れたことで、ニュクスは心を入れ替えて暗殺稼業からは足を洗った。しかし、だからと言ってそれで犯した罪が消えるわけではない。正しく生きようとすればするほど、彼女の心は自責の念で押し潰されそうになっていた。


「どうか教えてください。十字架を背負う人間が日の当たる場所を歩くことは、許されないことなのでしょうか」

「…………」


 そこまで言うと、それまでニュクスの言葉に静かに耳を傾けていたシスターがゆっくりと口を開いた。


「たしかに、命を奪うというのは重い十字架を背負うということでしょう。しかし、私たちは誰もがあなたと同じ十字架を背負っているのですよ?」


 それからシスターは、さらにこう続ける。


「ある時は平和を守るために魔物の命を奪い、またある時は空腹を満たすために鳥や牛のような生き物の命を奪う。私たちは、ただ生きるだけでも多くの命を殺めている、罪深い存在なのです」

「ですが、私が奪ったのは人の命です。それも、私が悪人だと思ったからという、それだけの理由で。魔物や家畜を殺すのとは訳が違うでしょう?」

「善人も悪人も、魔物や家畜であっても、主の前では全て等しく尊い命であり、そしてそれを奪うということは等しく罪深いことです。なのにどうして私たち人に、他の命の貴賤を決めることが出来ましょうか?」


 人の命を重く見るのはあくまでも人の道理でしかない。神の下では全ての命は平等であり、故にそれを奪うという罪もまた平等なのである。


「しかし、主はそれでも母の如き慈悲で以て、私たちの罪をお赦しくださいます。それは主が、私たち人は己の背負う十字架と向き合い、悔い改める強さを持っていると信じておられるからです。ですからあなたも、日の当たる場所を歩くことを後ろめたく思うことはないのですよ?」

「……分かりません。罪を犯してもなお赦されるというのなら、赦されない罪とは一体何なのですか?」


 本心では赦されたいと思っても、心の内に宿る罪悪感が(かたく)なにそれを認めようとはしない。ニュクスはどこまでも自罰的だった。


「それは、背負った十字架を軽んじることです。自らの罪を省みることなく己の欲望のままに生きる者を、主は父の如き怒りで以て罰することでしょう」


 赦されない罪とは、過ちを犯すことではない。過ちを犯してなお、それを省みないことこそが真に赦されざる罪だと。シスターはニュクスにそう説いた。


「……であれば、私は本当に赦されても良いのでしょうか」

「では聞きますが、あなたが村で自分が傷付くことも厭わずエリオを庇ったのは、本当に罪滅ぼしのためですか? 仮に罪滅ぼしにならないのだとしたら、自分はあの子を庇っていなかったと。そのようにお考えですか?」

「それは……」


 シスターのその問いに対する答えはすぐに出たが、それを自分が口にしてしまえば途端に軽くなりそうで、ニュクスはもどかしげに俯く。しかし、シスターはそんな彼女の心境を見抜いてこう続けた。


「お気付きですか? あなたは贖罪のためではなく、あなた自身の優しさでエリオを助けたのです。それは、かつてあなたのご両親があなたにしてくれたことと同じではありませんか?」

「私が、両親と……」


 あの時のニュクスの行動に打算は一切ない。彼女は純粋な感情でエリオを助けており、それは正に命を賭して我が子を守り抜いた彼女の両親が心に宿していた想いと同じものだった。


「あなたはもう、奪うだけの人間ではありません。誰かを救うことだって出来るのです。そのような人間を、主がお赦しにならないはずがございません。ですから後は、どうか自分自身を赦してあげてください」


 シスターが話終えた、その時だった。


「あっ、お姉さーん!」


 遠くから、女の子の声がした。ニュクスがその声の方向に振り向くと、そこにはエフィが嬉しそうに手を振っている姿があった。その隣にはエリオもいる。どうやら、二人でニュクスのことを探し回っていたようだった。


「では、私はこれで。ニュクスさん。あなたの進む道が、光に満ちたものであることを祈っております」


 これで自分の役目は十分に果たしたと、シスターはベンチから立ち上がって建物に戻っていく。そして入れ替わるように、二人の兄妹がニュクスの元まで駆けてきた。


「エリオさん。足の方はもう大丈夫なのですか?」

「まあ、歩けるくらいには」


 魔物から逃げようとして足を挫いたエリオだったが、迅速な処置と怪我をしてからある程度時間が経ったこともあって、現在はそれなりに回復していた。


「その……今日は助けてくれて、ありがとう……」


 エリオは照れ混じりにやや小さめの声で、魔物の襲撃から助けられたことの礼を言う。


「それで、あれから色々考えたんだけどさ。俺、やっぱり冒険者になるのはやめるよ。もう、あんな怖い思いをするのはこりごりだからさ。あいつが言ってた通り、父さんのような木彫り職人を目指してみようと思う。上手くやれるか分からないけど」

「そうですか……私も、それがいいと思います。何事も、命があればこそですから」

「それと、これ……」


 そう言うとエリオは、手に持っていた父親の形見である人形をニュクスに差し出した。


「それは、あなたたちの父親の形見ですよね?」

「ああ。シスターだけじゃなくて、俺たちもあんたらに助けてくれたお礼がしたくてさ。でも大したものはあげられないから、せめてこれを受け取ってくれよ」

「……いえ、絶対に受け取れません。それは私ではなく、あなたたちに大切にされてこそ意味のあるものですから、気持ちだけ受け取っておきましょう」

「それはそうかもしれないけど、それだと俺たちの気が済まないんだ。あんたらにはたくさん迷惑もかけたし、だからせめて少しでもいいから何かさせてくれないか?」

「うーん、そうですねえ……」


 謝礼自体は依頼の報酬が全てで、二人に求めるようなことは何もない。しかし、エリオもこのまま引き下がってはくれなさそうで、ニュクスはどうするべきかと頭を悩ませる。

 そしてしばらく考えると、ニュクスはある物を思い出して、エリオにこう尋ねてみた。


「それなら、私たちが初めて会った時に持っていたあの木彫り人形を、代わりに譲ってくれませんか?」

「初めて会った時……? それって、もしかしてあの下手くそな犬の人形のことか?」

「ええ。それです」

「あんなので良ければ、別にいいけど……」

「ありがとうございます。それと、もう一つだけ……」


 そこでニュクスはベンチから立つと、膝を曲げて二人と同じところまで目線を合わせた。


「またいつか、この孤児院に来ようと思います。その時は、今度こそあなた方が作った人形を買わせてもらえますか?」

「え? それは……」


 その提案に、エリオはまだまだ自分の木彫りの腕に自信が持てていないこともあってか、すぐには答えられず俯いてしまう。 

 しかし、ニュクスの真摯な頼みを無下には出来ず、やがてエリオは決意を決めてこう答えた。


「……分かった。父さんみたいに出来る自信はないけど、それでもあんたが何としても欲しがるような凄い人形を作れるように、俺たち二人で頑張ってみるよ」


 目の前の恩人は今ではなく、遠い未来の話をした。であれば成長した姿を見せることこそが、彼女に対する一番の礼になると。エリオはそれを理屈ではなく、肌で感じ取っていた。


「それじゃお姉さん。私たちからも約束、していい?」

「ええ、何でしょうか?」


 エフィは小指を立てると、それをニュクスの手もとまでそっと近付ける。


「お仕事、大変だと思うけど、また絶対会いに来てね? 私たち、ずっと楽しみに待ってるから」

「……っ!」


 それを聞いたニュクスは、思わず感極まって目を瞑る。彼女もまた、その言葉の内にある意味を理屈ではなく肌で感じ取った。


「(こんなに汚れた私でも、誰かの道を照らすことが出来るんだ……)」


 胸の内に宿る、陽のように暖かな感情。命を救うために受けた痛みと、子供たちの純粋な優しさに触れて、ニュクスはようやくそれを取り戻した。


「ええ。必ず、またここに遊びに来ると約束します。ですから、あなたたちもどうかお元気で……」


 そして涙がこぼれそうになるのを堪えながら、小刻みに震える身体で目の前の差し出された小指に自分の小指を絡ませる。

 彼女の首を呪いのように絞め付けていた自虐の鎖は、いつの間にか綺麗さっぱり解けていた。




 それからニュクスはシスターやエリオ兄妹に別れを告げると、そのまま真っ直ぐ屋敷に帰還した。居間に行くと、先に帰っていたケントが座った状態で彼女を出迎える。


「ただいま戻りました」

「おっ、やっと帰ってきたか。って、その人形はたしか……」


 ケントはニュクスの手にある、どこか見覚えのある不出来な人形に注目する。それを大切そうに胸元に抱えながら、ニュクスはケントにこう告げた。


「ケントさん。私も、改めて魔物の調査に参加しようと思います。私の力を、皆さんのために役立てたいんです。そうすることがきっと、一人でも多くの人を守ることに繋がるはずですから」

「……そうか」


 ニュクスのその目は迷いに満ちて曇っていた昨日とはまるで違う、確固とした信念のある強い目で、そんな彼女の顔を見てケントは、これならリューテも必ず納得するだろうと確信した。


「ニュクス。これからも、一緒に頑張っていこうな?」

「……ええ!」


 こうして彼らの志は、改めて一つとなった。

ここまでご覧いただき、誠にありがとうございました。


次回以降もお付き合いいただけますと幸いです。


最後に、評価・ブクマ・感想等いただけますと大変励みになりますので、よろしければお願いいたします。

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