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セレノ村

 それからケントたちが孤児院の入り口まで戻ると、シスターの方も丁度準備を済ませたようで二人のことを待っている様子だった。


「シスター。あの兄妹、もうそっちに着いてるか?」

「ええ、ありがとうございます。二人とも、先程あちらの馬車に乗り込みました」


 そう言ってシスターは馬車のある場所を手で示す。そこには彼女の言う通り、エリオとエフィが既に座った状態で待機していた。


「さあ、あなた方もこちらへ。いざというときはよろしくお願いしますね?」

「ああ、任せてくれ!」


 シスターに促され、ケントたちも同様に馬車に乗り込む。そして最後にシスターが乗って操縦士の男性に出発の合図を出したところで、馬車は目的地に向かって動き出した。




 馬車が街の外へと出てから十数分。ケントたちは特に魔物に襲われることなく順調に村までの道を、揺られながら辿っていく。その途中、ケントは周囲に魔物の姿がないことをしっかりと確認してから、気さくな態度でエリオに話し掛けた。


「なあ、お前らがいたセレノ村ってのは、どんな村なんだ?」

「別に、特に何かあるわけでもない。家畜と作物を育ててるだけの、どこにでもある普通の村だよ」


 ケントの問いに、エリオはぶっきらぼうに答える。すると今度はエリオの方が、若干食い気味な口調でケントにこう尋ねた。


「それよりも、あんたら冒険者なんだってな。だったら、俺に剣の使い方を教えてくれよ!」

「……はあ?」


 正に寝耳に水とでも言うような何の突拍子もない頼み事に、ケントは思わず面食らったような顔をした。


「いきなり何を言い出すかと思えば……駄目に決まってるだろそんなこと。大体、そんなもの覚えてどうするつもりなんだ?」

「そんなの、魔物を倒すために決まってるだろ? 俺は父さんと母さんを奪ったあいつらが許せない。だから強くなって、いつかは一匹残らず魔物を倒してやるんだ!」


 ケントの問いに、エリオは言葉に怒気を滲ませながら理由を話す。すると、それを隣で聞いていたシスターが諭すようにしてエリオをたしなめた。


「そのようなことを言ってはいけません、エリオ。冒険者のお仕事というのは、とても危険なものなのですよ? もしあなたまで魔物の手にかかったとしたら、天国に行ったあなたの両親が一体どれだけ悲しむか……」

「シスターの言う通りだ。俺たちはお前が考えている以上に命懸けで魔物と戦ってる。一歩間違えれば死んでたかもしれないことだって、何度もあった。魔物を憎む気持ちは分かるけど、それだけのことで冒険者になろうなんて考えるもんじゃない。素直に父親のような木彫り職人でも目指したらどうだ? そっちの方が余程安全だぞ?」


 ケントもまた、シスターの言葉に追従してエリオをたしなめる。彼自身、冒険者という仕事の危険性を嫌というほど経験しており、まだ幼く様々な将来性のある子供に勧めようとは思えなかった。


「俺だって本当はそうしたかったよ! だけど、俺一人じゃいくら頑張っても、父さんみたいに上手く出来ないんだ!」


 しかしケントの言葉はエリオにとって耳の痛い話だったようで、彼は声を荒らげて反発した。


「こんなことになるなら、父さんが生きてた時にもっと色々教わっておけば良かった! それもこれも、全部魔物のせいだ! あいつらさえいなければ……」


 怒り、悲しみ、無力感。溢れる感情を抑えきれずにわなわなと震える兄の手を、隣に座っているエフィが心配そうにそっと握る。


「お兄ちゃん……」

「……くそっ!」


 行き場のない怒りをぶちまけるかのように、エリオはそう吐き捨てる。こうなっては最早何かを話す気分にもなれず、皆揃って沈黙してしまう。馬車の車輪が回る音は、彼らの虚しさをより一層引き立てた。






 それからしばらくして、ケントたちは目的地であるセレノ村に到着した。


「おお、あんたか! 待っておったぞ!」

「お久しぶりです、村長殿」


 村に入るとすぐに、村長と思しき老人がやって来てシスターと挨拶を交わす。


「王都からはるばるご苦労じゃったな。さて、あんたらはゆっくりと休みなされ。その間に、作物は村の者に積ませておこう」

「お気遣い感謝します。それと、この子たちなのですが……」


 シスターは右に数歩足を動かすと、自分の後ろにいたエリオとエフィに前に出るよう促した。


「お前たちは……そうか、あれからもう一年になるのか……」

「久しぶり、村長……」


 村長は二人の顔を見て、すぐにその子供がエリオとエフィの兄妹だと理解した。


「その、父さんと母さんの墓は……?」

「安心せい。お前たちの家があったあの場所に、今もある。いつでもお参りにいくといい」

「うん。それじゃ、シスター……」

「ええ、いってらっしゃい」

 

 エリオは早速両親の墓がある場所に向かおうと、エフィの手を引いて鉛のような暗く重たい足取りでその場を離れていった。


「あいつ、孤児院では父親みたいに木彫り細工の練習をしてるみたいなんだよ。だけど、中々上手くいかないらしくてさ」

「ほう。そうなのか……」


 ケントの話を聞いて、村長は複雑な面持ちになる。


「あの子たちの父親は、本当に腕の立つ職人でな。村の子供たちは皆、よくあやつの作る木彫り人形を欲しがっておった。あの子も、いつかは父親と肩を並べて仕事をしたかったろうに……」


 そして、まだ二人の両親が健在だった頃の思い出を語り出す。かつて兄妹が村に住んでいた過去を知っているだけに、亡き父親の背中を追いかけようとするエリオが村長には不憫でならなかった。


「全く、嫌な世の中じゃな。ワシのような老いぼれはしぶとく生きるというのに、有望な若いもんが先に死ぬ。あの子たちはせめて、両親の分まで長く生きてほしいのう」


 そして村長はうちひしがれるかのように空を仰ぐ。その姿は長く生きている者の、そこはかとない無情感を漂わせていた。





 村長との挨拶が済んだ後、ケントとニュクスは旅人向けの小さな宿まで案内される。シスター達の用事が終わるまでしばらく時間が掛かるため、その間そこの一室を借りて休むことになった。


「あの子たち、大丈夫でしょうか……」


 ニュクスはふと、床の上で両腕を枕代わりにして寝そべっているケントに呟く。


「大丈夫って、何がだ?」

「やはりと言いますか、あの子たちは今も、両親を失った怒りや悲しみを引きずっています。特にエリオさんの方は、相当鬱屈とした感情を抱えているように思えますね」


 自分の身に降り掛かった不幸に耐えられず、衝動的で自棄気味な振る舞いをする。そんなエリオの姿はかつての自分と重なるものがあり、そのことがニュクスはどうにも気掛かりだった。


「確かに、ここに来る前のあいつの状態は、ちょっと見てて不安になったな。何というか、出会ったばかりの頃のお前と似てたような気がした」

「ええ。ですが、あの子の手はまだ汚れてはいません。私のように、誤った道を進まなければいいのですが……」


 ケントとニュクスがエリオたちの心配をしている、その時だった。二人が休んでいる部屋の扉が、ガンガンと大きな音を立てて叩かれる。


「お前さんたち、手を貸してくれんか!?」


 そして何やら慌ただしい様子で、村長が部屋の扉を開けて入ってきた。


「何があった!?」

「コヨーテが現れた! それも表門と裏門の、両方からじゃ!」

「……っ! 魔物の襲撃か!」

 

 村長の言葉を聞いて、二人は武器のすぐに立ち上がって近くに置いてあった武器を手に取る。


「挟み撃ちとは厄介ですね。ケントさん、どう動きましょう?」

「コヨーテ自体は大した魔物じゃない。ここは二手に分かれて戦おう。村長、あんたは他の村人や家畜の避難を頼む。それと、俺たち二人だけだと奴らの数次第では倒しきれなくて村まで抜けられるかもしれない。もし俺たち以外に戦える人がいるなら、後方支援を頼めないか?」

「うむ。一匹二匹程度であれば、ワシらでも何とかしてみせよう。二人とも、よろしく頼んだぞ!」


 そして急いで宿を出ると、ケントが裏門。ニュクスが表門に分かれて、村に襲い来るコヨーテの討伐へと赴いていった。





 ニュクスが表門の前に着くとすぐに、コヨーテの群れと相対した。数は四匹、既にニュクスを攻撃しようと態勢を整えている。しかし、ニュクスは難なくこれを討伐した。

 まず最初に二匹による同時攻撃をヒラリと躱し、次に襲ってきた三匹目の攻撃をギリギリまで引き付けてから紙一重で回避しつつ、すれ違いざまに逆手に持ったダガーで首を掻っ切って仕留める。そしてすかさずそのダガーに麻痺(パラライズ)の魔術を付与すると、手の中でくるりと回してから四匹目のコヨーテに投げつけ動きを止めた。


「さて、後は……」


 そして新しいダガーを取り出して、動けずにいるコヨーテに素早く近付いて止めを差す。最後に残った二匹も、がむしゃらに飛び掛かって抵抗するも虚しく、彼女の手によってその命を刈り取られた。


「……ふぅ」


 こうして全てのコヨーテを討伐したのを確認したところで、ニュクスはダガーをしまう。


「どうやら、これで全部みたいですね。村の両門から攻められたというのは厄介ですが、四匹程度の群れだったのは幸いでした」


 ニュクスの冒険者としての実力は、既にCランク相当はある。いかに数的不利があるとはいえ、全力を出せる状態であればDランク程度の魔物に遅れを取るはずもなかった。


「おーい、あんた! ちょっとこっちに来てくれないか!?」


 すると、村人の一人が切羽詰まったような大声でニュクスを呼ぶ。何とその隣にはエフィの姿があり、二人とも血相を変えた表情でニュクスを待っている。これはただ事ではないと、ニュクスは急いで二人の元まで駆け寄った。


「どうかしましたか? それに、エフィさんも……」

「はぁ、はぁ……た、助けて! お兄ちゃんが魔物に襲われてるの!」

「なっ……!?」


 息を切らせながら告げられたその言葉を聞いて、ニュクスの顔は青ざめる。


「お兄ちゃんと二人でママとパパのお墓参りをしてたらいきなり魔物が出てきて、それで私を逃がすために、お兄ちゃんが……」

「くっ、急いでケントさんと合流して……いえ、それでは遅すぎる……」


 いかにコヨーテが弱い魔物とはいえ、武器も持ってない子供のエリオではどうにもならない。肝心の本人の状況も分からない以上、一刻を争う事態だった。


「どこです!? あなたのお兄さんは、今どこに!?」

「あ、あっち。ママとパパのお墓の方……」

「あちらの方角ですね!?」


 ニュクスはエフィの指差した方を見る。


「お願い! お兄ちゃんを助けて!」

「ええ! それと、そこのあなたに頼みがあります。裏門の方にケントという名前の、剣を持った冒険者の男の人がいるはずです。その人を呼んできて貰えますか?」

「あ、ああ、分かった。すぐに呼んでこよう!」


 村人にケントの加勢を頼むと、ニュクスはすぐさま二人の両親の墓がある場所まで全速力で駆けていった。

最後までお読みいただきありがとうございました。今年の投稿はこれが最後となります。


来年も精力的に活動を続けて参りますので、今後ともお付き合いいただけますと幸いです。


最後に、評価・ブクマ・感想等いただけますと大変励みになりますので、よろしければお願いいたします。

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