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孤児院にてⅡ

 それから、ケントたちは依頼について詳しい話を聞くため、教会の奥にある応接室に案内された。


「それで、依頼っていうのは?」

「はい。明日の昼頃に、先程あなた方と一緒にいた二人を連れてセレノ村という村に余った作物を分けてもらいに行くのですが、道中で魔物に襲われることのないように護衛をお願いしたいのです」


 依頼の内容は単純明快なものだった。しかし、わざわざ子供を連れていく意図が分かりかねたようで、ケントはシスターにこう尋ねた。


「護衛の依頼か。だけど一つ気になるのは、どうしてあの二人を連れていくんだ? たとえ護衛がいたとしても、危険だぞ?」

「私たちはセレノ村には何年も前からお世話になっているのですが、実はあの子たちは元々はそこの出身なんです。それで私どもが村まで行くことを聞いて、自分たちも連れていってほしいと」

「どうしてもか?」

「ええ。あの子たちがここに来て、そろそろ一年が経ちます。ですので、私どもとしても危険は承知のうえで、それでもせめてご両親のお墓参りくらいはさせてあげたくて」

「なるほど、そういう事情があるのか……」


 孤児院の子供たちは、本来は簡単には街の外まで出られない。だからこそ、せめてこういう時くらいは希望を汲もうと考えていた。


「……分かった、引き受けるよ。ニュクスはどうだ?」

「ええ、いいですよ。私も同行いたしましょう」

「ありがとうございます。では、ギルドには後程話を通しておきますね?」


 こうして話は滞りなく終了し、二人は教会からの依頼を受けることとなった。

 そしてその帰り、シスターはケントたちを門の前まで見送る。


「本日はお越しいただいてありがとうございました。あの子たちがしたことについては、私が後程叱っておきますので」

「ああ、そうしておいてくれ。それじゃあ、また明日の昼にここに来るよ」

「はい。お待ちしております」


 元々は明確な目的のない気晴らしのための外出だったが、思わぬ出来事がきっかけで仕事をすることとなった。

 ケントたちはシスターとの別れの挨拶を済ませたところで、明日の準備のために屋敷へと帰っていった。






 そして翌日。二人は約束した時刻に間に合うように、再び教会へと赴いた。


「おはようございます。ケント様、ニュクス様」


 すると、前の日にケントたちと会話をしたシスターがやって来て、二人と挨拶を交わす。


「今日という日に天候に恵まれたこと、心より嬉しく思います」

「そうだな。こういう日は仕事がしやすくて助かる。それに、両親の墓参りなんて日に雨に降られたりなんかしたら、あいつらも気分が滅入ってかなわないだろうしな」


 軽い談笑もそこそこに、早速ケントたちは仕事の話を切り出した。


「それで、外に馬車が待機してたけど、出発の準備はもう済んでいるのか?」

「済みませんがただいま準備に少々手間取っておりまして、あと五分ほどお待ちいただければと。それと、そろそろあの子たちを呼んでこなければならないのですが……」

「それじゃあ、あいつらは俺たちが探して来るよ。この中にいるんだろ?」

「よろしいのですか? それでしたら、あちらの扉を通って左にお進みください。少し歩けば子供たちの部屋が見えてくるので、どうかお願いいたします」


 シスターの案内を受けて、ケントたちは教会の奥にある扉を通って子供たちの部屋がある場所へと向かっていく。

 それから十数秒、途中でここに住んでいるであろう子供たちと何度かすれ違い、その全員から知らない人間がいると奇異の目を向けられながらエリオとエフィの二人を探す。


「ん? あれは……」


 そしてしばらく歩くと、ケントたちはエリオとエフィの姿を視界に捉える。しかし、二人の近くには彼らよりも身体の大きい、二つか三つは歳が上そうな男の子がおり、何やら揉めているところだった。


「おいエリオ。お前、まだそんな木彫りなんてやってんのかよ。才能ないんだからやるだけ無駄だって言ってんのに、よくやるぜ」

「そんなこと、お前には関係ないだろ! 何なんだよ! いつも下らないことで突っ掛かってきやがって! 他にやることないのかよ!」

「……ちっ。俺より年下のくせに、本当に生意気な奴だな」


 そう言うと男の子は、エリオが手に持っていた木彫りの人形をひったくるようにして無理矢理奪い取った。


「あっ、おい!」

「何だこりゃ? お前が作ったにしちゃあ、随分と上手く出来てるな……」

「ふざけるな! 返せ!」


 エリオは人形を取り戻そうと勢いに任せて掴みかかろうとするも、男の子は足をひっかけて転ばせた。


「はっ、返してほしけりゃ力ずくで取り返してみろよ!」

「ぐっ、この……!」

「……や、やめて!」


 すると、今度はエフィが男の子に掴みかかった。


「うおっ!?」

「駄目! それはお父さんがお兄ちゃんの誕生日に作った、大切な人形なの! お願い、そんな乱暴にしないで!」


 気弱な性格でいつも兄の後ろに付いているようなエフィにまでそうされるというのは予想外だったようで、男の子はやや困惑したような顔をする。

 しかし人形を取り返そうにも身長に差がありすぎて、いくら背伸びをして手を伸ばしてもまるで届いていなかった。


「お、おい、エフィ!?」

「く、くそっ……やめろ!」

「きゃあっ!」


 男の子がたじろぎながらエフィを腕で払いのけると、尻餅をついて床に倒れ込んでしまった。


「エフィ! この、よくも……!」


 妹が乱暴されたことでエリオが激昂した、その時だった。一連の流れを見ていたケントが、男の子の真後ろまで近付いた。


「……あ?」


 そして掲げている木彫りの人形を奪い取り、彼の頭に拳骨をかました。


(いって)え!」


 男の子は殴られた部分を頭を押さえると、涙目になりながらケントを睨み付けた。


「何だよお前! いきなり何しやがるんだ!」

「俺は通りすがりの冒険者だ。いやな、子供の喧嘩にしちゃあやり過ぎだって思ったから、手出させてもらったぞ?」


 いくら子供のすることと言えど弱い者いじめは流石に見過ごせず、ケントは彼らの仲裁に入ったほうがいいと判断した。


「何でもこの人形、この子たちの父親が誕生日にくれたものなんだってな。お前もここにいるってことは、親を失ってるんだろ? だったら、これがこの二人にとってどれくらい大切な物かくらい、分かるんじゃないのか?」

「……っ、うるせえな! いきなり出て来たかと思えば、偉そうに説教しやがって!」


 すると余程ケントの言葉が癪に障ったのか、男の子は大声でがなりたてる。


「くそっ! どいつもこいつもふざけやがって……!」


 そして、捨て台詞を吐いてどこかへ退散していった。


「よお、また会ったな」

「……あ! 昨日のお兄さんとお姉さん!」


 エフィはケントたちに駆け寄ると、申し訳なさそうにぺこりと頭を下げた。


「その、昨日は財布を盗んでごめんなさい……」

「そのことならもういいって。それより――」


 ケントは男の子から取り返した木彫りの人形をエリオに差し出す。


「ほら、大切な物なんだろ?」

「あー、その……どうも……」


 エリオは小声でぼそぼそとお礼を言いつつ、それを受けとった。


「っていうか、何で今日もここにいるんだよ?」

「俺たちは冒険者の仕事をしててな。昨日ここのシスターから、セレノ村に行くまでの護衛をするっていう依頼を受けたんだよ。それで、その村にお前たちも同行するって話だから探しにきたんだ」

「……そ、そうだった!」


 ケントの話を聞いて、エリオは自分たちがシスターに呼ばれていたことを思い出した。


「こんなところで話してる場合じゃない! 行くぞ、エフィ!」

「あ、待って、お兄ちゃん!」


 そして、外まで駆け出していく。エフィもケントたちにお辞儀をしてから兄の後に続いていった。


「さて、私たちも戻りましょうか」

「そうだな。それにしてもさっきのガキ、何だってあんな酷いことをしたんだか……」


 子供同士の喧嘩に介入するのは気が引けたが、孤児でありながら他人の親の形見をぞんざいに扱うというのは、ケントとしては見るに耐えなかった。


「きっと、ああでもしなければやっていられないんでしょう。何となく分かるんです。かつての私がそうでしたから」


 ニュクスは寂しげで、どこか自嘲的な笑みを浮かべてこう続ける。


「知っていますか? 大切な人を理不尽に失うと、あまり悲しいって気持ちにならないんですよ。それ以上に心にぽっかりと穴が空いて何も考えられなくなって、そのうちどうして自分がこんな目にって、怒りとか不満の感情が沸き上がって来るんです。そうなったらもう、周りを傷付けることでしか心の穴を埋められなくなってしまいます。先程の子供や、恐らくあのエリオさんという少年も、それくらい追い詰められてしまっているのでしょうね」


 幼い子供にとって親の死というものは何よりも耐え難いもので、心構えをする時間さえ与えられないというならなおのことである。当たり前にあった幸せが、ある時何の前触れもなく奪われる。そのような経験をしてしまえば、心の傷を暗い感情で埋めようとしてしまうのも無理はない。

 かつて両親の命を奪われたニュクスがそうしていたように、この孤児院で生活している子供たちの中にも、胸の内で燻る不満を何かにぶつけずにはいられない子供がいるのである。


「そういうものなのか。確かにあいつらくらいの歳じゃ、親の死なんて簡単に受け入れられるものじゃないよな」

「ええ。私にとってのあなたやエルナさんのように、あの子たちにも何か心の支えがあればいいのですがね……」


 不幸な境遇で子供たちの精神状態が歪んでしまうことを苦々しく思いつつ、ケントたちは仕事のためシスターの元に戻っていった。

ここまでご覧いただき、誠にありがとうございました。


次回以降もお付き合いいただけますと幸いです。


最後に、評価・ブクマ・感想等いただけますと大変励みになりますので、よろしければお願いいたします。

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