孤児院にて
それからエリオとエフィの兄妹に連れられて歩くこと十数分。ケントたちは二人が世話になっている孤児院まで到着した。
「ほら、ここが俺たちが住んでる孤児院だよ」
「これって……教会か?」
ケントの言葉通り、それは正に教会だった。
建物は周囲の民家と比べて一際大きく、年季のある石造りの外観やステンドグラスはどことなく荘厳な雰囲気を漂わせており、どちらかと言えば孤児院を兼ねている教会と言うのが正確だった。
「ケントさん。孤児院というのは、大体は教会が慈善事業の一環として経営しているものなんですよ」
「へえ、それは知らなかったな」
ケントたちは敷地内を通って、教会の中へと続く扉の前に立つ。そして、エリオが扉を開けて教会内に入るとすぐに礼拝堂が見え、そこでは何人かのシスターが仕事や談笑をしていた。
すると、一人のシスターがケントたちに気付いて近付いてきた。
「ようこそいらっしゃいました。何やらこの孤児院の子たちと一緒のようですが、どういったご用件でしょうか?」
「あー、それがだな……」
ケントは何故自分たちがここに来ることになったか、その経緯を自己紹介も兼ねてかいつまんで説明した。
「……というわけなんだ」
「まあ! そのようなことが……」
話を聞いたシスターは片方の手で口元を覆って驚くような仕草を見せると、困ったような顔でエリオ兄妹に顔を向ける。
「あなたたち、どうしてそんなことを……?」
「ふんっ……」
シスターがそう尋ねるも、エフィはおどおどとしながら兄の背中に隠れ、エリオは口をつぐんで答えようとしない。
「黙っていては何も分かりません。怒らないから、正直に話してみて?」
「俺がさっき聞いた時は、金が欲しかったって言ってたよな。そこまでして金が要る理由でもあるのか?」
「……シスターだって知ってるだろ? 近頃、この孤児院への寄進が減ってきてて、このままだと俺たちの食事も少なくなるって。だったら、俺たちが何とかして金を手に入れるしかないじゃないか」
孤児院の経営は基本的に貴族をはじめとした裕福な篤志家による寄進によって成り立っているのだが、ここ最近はどういうわけかその額が減少しつつある。エリオが盗みに走ったのは、そのことをシスターの会話から知って、切羽詰まって暴走した結果だった。
「まあ! それで……」
「だからって、人から盗んだらただの泥棒だろ。孤児院のためみたいに言ってるけど、結局は孤児院に迷惑を掛けてるじゃないか。目的は手段を正当化しないんだぞ?」
「だったらどうしろっていうんだよ!? ひもじくても、悪いことをするくらいなら飢えて死ねって言うのか!? 俺もエフィも親が死んだってのに、何でそんな思いまでしなきゃいけないんだ!」
ケントの言葉に、エリオは逆上する。彼らはただでさえ孤児として散々辛い目に遭ってきており、その上でこれ以上の不条理に耐えることなど、到底許容出来るものではなかった。
「おい、少し落ち着けって……」
「もういい! いくぞ、エフィ!」
「あっ、お、お兄ちゃん……」
ケントがエリオをたしなめようとするも、エリオは頭に血が昇った様子でエフィの手を引いて教会の奥にある部屋へと入っていった。
「……大変申し訳ありません。ご迷惑をお掛けしたこと、あの子たちに代わってお詫びいたします」
残されたシスターは自分の孤児院の子供が迷惑を掛けたことを詫びるため、ケントたちに向かって深々とお辞儀をする。
「あの子たちはここから少し離れた村の出身で、ご両親は彫刻のお仕事をされていたそうなんです。ですがある時、ご自身の制作物を売りにこの街に向かう途中で魔物に襲われてしまい、命を落とされたそうで……それから、残されたあの子たちをこの孤児院で預かることになったんです」
それから、彼ら兄妹がここに引き取られるようになった経緯を二人に話した。
「そうなのか。それじゃ、あの子が売ろうとしてた木彫り細工はもしかして……」
「ええ。あの子が作ったものでしょう。お祈りや勉学の後の自由時間に、あの子が手頃な木を彫っているのをよく見かけますから。ですが、中々上達しないことを悩んでいるみたいで、それを他の子供たちにもからかわれたりしていて、そのせいで最近は荒れがちになっていたんです。本当は心根の優しい、いい子なのですが……」
「妹まで巻き込んで盗みを働いたのも、そのせいってことか」
「私たちが至らないばかりに、本当に申し訳ございません」
そう言うとシスターは、改めてケントたちに深々と頭を下げた。
「……まあ、何であれ用事は済んだし、そろそろ帰るかな。あいつには、もう二度と盗みなんかするなとでも伝えておいてくれ」
兄妹を教会まで連れていくという目的は果たし、ケントとニュクスが踵を返そうとした、そのときだった。
「お待ちください。その出で立ち、もしかしてあなたたちは冒険者ですか?」
「ああ。そうだけど」
「それであれば、どうか私たちの依頼を受けて頂けませんか?」
思わぬところから依頼話を持ち掛けられたと、ケントとニュクスは虚を突かれたかのように互いの顔を見合わせる。そして、乗り掛かった船とばかりに話を聞くことにした。
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