解読作業
そして翌日。日が昇り、街が多くの人々で賑わい出した頃、ケントたちは昨日に引き続き生活拠点の整備に取り掛かる。
午前のうちに全て済ませるため、足りない生活用品と食料の購入や浴室で使うための水汲みなど、残っている雑務を手分けして行う。そしてそれらが終わって再び全員が集まった頃には、時刻はちょうど真昼となっていた。
「家の中は片付いたし、必要な物も揃ったし。これでようやくお仕事を再開できるわね」
全てが一段落着いたところで、ケントたちは食卓を囲んで昼食を取る。その中で、エルナが今後の予定についての話しを切り出した。
「そういえば、お姉ちゃんたちは魔物の異変について調べるために、ここに来たんだっけ?」
「ええ、そうよ。そのためにも、まずは皆でギルドに行かないと」
エルナがそう言ったところで、リューテはきまりが悪そうに口を開く。
「エルナちゃん。済まないが、それは明日にしてもらえないだろうか? 今日は都合が悪くてな」
「あら。リューテさん、どうしたの?」
「予定よりも長くこの街に滞在することになりそうだからな。その旨を父に知らせるために、手紙を書きたいんだ」
活動拠点になる家を確保出来たことはリューテにとっては予想外のことであり、そのため当分は家を離れて王都であるアネモイに腰を据えて仕事をすることを、父親に伝えねばならなかった。
「俺もそろそろランベルトさんから貰った本の解読をしたいから、ギルドに行くのは明日の方が助かるな」
「あっ、そうね。ケントはそれがあったのよね」
昨日は家の清掃に忙殺されていたため、ランベルトから譲り受けた本を読む暇もなかった。それからようやくまとまった時間が作れるようになり、ケントは一刻も早く本を読みたいといった様子だった。
「分かったわ。それじゃあ、活動再開は明日からで。ここのところずっと働き詰めだったし、今日は休みにしましょう」
今後常に六人で固まって動くわけではないとはいえ、最低でもギルドに行くまでは足並みを揃えて行動しておきたい。そういった意図もあり、ケントたちはこの日は自由行動となった。
「……さてと」
それから昼食を終えてすぐに、ケントは自室に戻ると彼が所有していた本とランベルトから譲り受けた本を持って机に向かう。
「エルナには解読するなんて言ったけど、そもそも読める部分があるのかどうか……」
ケントは貰った方の本を開いて、一ページでも読める箇所がないか端から端までくまなく目を通す。しかし、そのような箇所は一ページどころか一文字たりとも見つからなかった。
「はぁ……案の定分からないな。ランベルトさんも読めないって言った時点で、何となくそんな気はしてたけど……」
元々彼が持っている本の読める部分も、脳に焼き付くかのように自然と言葉が思い浮かんでくるというだけで、文字が持つ意味自体は理解していない。
念のためもう一度読み直してみるも、やはり結果は変わらなかった。
「だけど、共通してる文字はいくつかあるな。ってことは、やっぱりこの二つの本は無関係じゃなさそうだ。それなら……」
そこで、ケントは自分の本の解読できるページを開くと、そこに書かれてある文字をあらかじめ用意していた真っ白な紙に書き写していった。
「読める文字には、もしかすると何かしらの規則性があるのかもしれない。それを見つけて、こっちの本の文字に当てはめることが出来れば……」
自分の憶測が正しいという一縷の望みに賭けて、ケントはいよいよ文字の解読に取り組む。
「……くそっ、駄目だ!」
しかし、その望みは無情にも呆気なく打ち砕かれる。結局、これといった成果も得られないまま刻一刻と時間だけが流れていき、気付けばすっかり日は落ちて夕方になっていた。
「この二冊の本に何かしらの関係があるのは間違いないはずだ! それなのに、どうして一文字も読めないんだ!?」
この手掛かりは、仲間が自分のために危険を冒して手に入れた。にも関わらず何一つ分からないというのでは、記憶を取り戻せないばかりか仲間に報いることも出来ないと、ケントは焦燥に駆られていた。
「皆が俺のために頑張ってくれたんだ。それを俺が無駄にするわけにはいかないのに……くそっ!」
焦りは自然と苛立ちとなり、ケントは怒りや不安で鬱屈した心の内をぶちまけるかのように荒々しい声を上げた。
「ケントー、開けるわよー?」
その時だった。エルナが部屋の扉を軽く叩いてから、様子を伺うようにしてゆっくりと入ってきた。
「ああ、エルナか……どうかしたか?」
「ご飯が出来たから、呼びに来たのよ。だけど、どうかしたの? 何だか大きな声が聞こえたけど」
「えっ!? ああ、悪い。聞こえていたのか……」
心配そうに見つめてくる少女に、ケントはきまりの悪そうな顔で事情を打ち明ける。
「実は、今までずっとあの本を解読しようとしてたんだけど、全然進展がなくてな。共通してる文字を抜き出したりしてどうにか読めるようにならないか試してはみたけど何も分からなくて、それでちょっと苛立ってたんだ」
「そうだったの……それは残念ね……」
「はあ……折角有力な手掛かりだと思ったってのに、まさか何の収穫もないなんてな」
彼がこの世界で目を覚ましてから数ヶ月。それまで記憶に関しては何の進展もなかった。その事に焦りを覚えていたわけではなかったが、やはりいざ手掛かりを見つけたとなれば何としてでもそれを手に入れたいと思わずにはいられない。だが、実際に手に入れてみれば中身は一切解読不能で、成果らしい成果をまるで得られなかった。こればかりは流石の彼も相当堪えたようで、がっくりと肩を落として意気消沈としていた。
「何だか、この街に来てからずっと空回ってばかりだな、俺……」
「ケント……」
すっかり自信を喪失してしまっているケントを目にして、エルナはどうにか彼を励まそうと肩にそっと手を置く。
「大丈夫、そんなことだってあるわよ。それに、少しだけど進歩はあったんじゃないかしら?」
そう言って、エルナは机の上に無造作に置かれてある本に目を向ける。
「さっき、そこの二冊の本に共通してる文字があるって言ったわよね? それなら、クラヴィスさんが持ってたっていう本は、きっとケントのものと同じじゃないかしら?」
「ああ。俺もそう考えて間違いないと思ってる」
「それに、クラヴィスさんはあなたと同じで記憶喪失で知らない場所にいたって、マヤは言ってたわよね? そしてあなたみたいに、他の人にはない凄い力も持っている。ここまで一致するのは偶然とは思えないわ」
エルナの言う通り、ケントとクラヴィスには共通している要素がかなり多い。これが何を意味しているのか。そのことを伝えるため、彼女は更にこう続けた。
「つまり、あなたと似た境遇の人が、この国にはいるのよ。それなら、またいつかあなたの記憶に繋がるような出来事もきっとあるわ。私たちだって、これからも協力する。だからそんなに気を落とさないで、ね?」
「……そうだな。たとえ一歩でも、前には進んでいるんだ。それなら、諦めなければいつかは記憶に辿り着けるよな」
何も今回が最後のチャンスというわけではない。自分以外にも同じ境遇の者が存在するのであれば、記憶を取り戻す切っ掛けはいずれ訪れる。期待した通りの成果は得られなかったものの、それが分かっただけでも十分な収穫である。
エルナの励ましに、ケントはようやく気力を持ち直した。
「ありがとな、エルナ。お陰で元気が出たよ」
「それなら良かった。いつまでも落ち込んでるなんて、あなたらしくないもの」
すると、下の階からマヤの呼ぶ声が聞こえた。
「お兄ちゃーん、エルナお姉ちゃーん。早くしないと、ご飯が冷めちゃうよー!」
「あっ、いけない! ケント、早く降りましょう?」
「そうだな。ずっと考え事してたから、もうすっかり空腹だよ」
解読作業をしていた時は集中していたため分からなかったが、ふと気が抜けると一気に空腹の波が襲ってきた。
ケントは部屋を出て、エルナと共に仲間の待つ居間へと降りていった。
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