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別邸の清掃

 昼前、ケントたちはあれからアデルマギア家の屋敷を出てすぐに、マヤに案内されて街の郊外にあるというクラヴィスの別邸まで歩を進めていた。


「皆、着いたよ!」


 そして歩くこと数十分。先頭を歩いていたマヤは、目的地の前で足を止める。


「ここがクラヴィス様の別邸だよ!」

「おおっ……」


 ケントたちはその家を見上げて感嘆する。元々クラヴィスが家族との団欒(だんらん)を楽しむために建てたというそれは、流石にアデルマギア家の屋敷と比べれば二回り程小さいものの、ケントたち六人の生活拠点としては申し分ない大きさと言えた。


「これだけ大きい家なら、俺たち全員で住むことも出来そうだな。それに、あまり管理してなかったって言う割には、結構綺麗じゃないか?」

「確かにそうだな。庭の草木は伸びっぱなしだが、家の窓は一枚も割られていない。誰が見ても無人の家だと分かるのに、よく盗賊に荒らされなかったものだ」

「一応この辺りは治安もいいし、騎士の人たちが定期的に見回りに来てくれてるから。でも掃除とかはしてないし、家の中はだいぶ汚れてるかも……」


 マヤは門を開けて家の扉の前まで歩くと、懐から父親から預かった鍵を取り出して鍵穴に差し込む。そして「ガチャン」という音がしたのを聞いたところで、マヤはゆっくりと扉を開けた。


「うわぁ……」


 中の光景を見て、ケントたちは一様に絶句する。マヤの言っていた通り、家の中は床から残されている家具に至るまで見渡す限りホコリに覆われており、ランベルトが言っていた通り長いこと管理されていないのだということを分かりやすく示していた。


「何と言うか、まるで幽霊屋敷だな。中途半端に家具が残ってるところとか特に」

「これは大掛かりな掃除が必要ね」


 このままではここに住むどころの話ではない。エルナは一歩前に進み出て、この家の清掃を仲間に提案する。


「まずはホコリを払わなきゃいけないわね。マヤ、この家に掃除用具はあるかしら?」

「どうかなあ。昔ここに遊びに来た時は、たしかあったと思うんだけど……」

「うーん。もし無かったら、街に買いに行くしかないわね。それから、使えなさそうな家具や物は処分してしまっても大丈夫かしら?」

「うん。お父さん、中にあるものは好きに使っていいって言ってたから、使えないものなら捨てても大丈夫だと思うよ」


 それから掃除の段取りを決めていく中で、ケントは親指で外を指し示しながらエルナにこう尋ねる。


「家の中だけじゃなくて、庭の草刈りもしないといけないよな? そっちは俺に任せてくれないか?」

「ええ、助かるわ。それなら、外はあなたにお願いするわね?」

「なら、私もケント君を手伝おう。あの広さだと、二人がかりでなければ大変そうだからな」


 こうして、屋外の清掃はケントとリューテの二人で。後の四人が中の掃除をすることが決まった。


「決まりね! それじゃあ、早速始めましょう!」


 仲間と共に新たな環境で腰を据えて活動するため、ケントたちは家の掃除に乗り出した。






 掃除用具がある場所について、マヤは自身の昔の記憶から心当たりのある部屋を捜索する。すると運の良いことに、居間の端に置かれていた大きめの箱の中にホウキやはたき、雑巾といった清掃に使う用具が多く残されていた。

 ケントとリューテはその中から鎌を拝借してから外に出る。しかし改めて庭の惨状を見ると、二人ともすぐにやる気が削がれる思いに駆られた。


「これ、いっそのことマヤに頼んで火の魔術でまとめて焼き払ってもらうっていうのはどうだ?」

「気持ちは分かるが、そんなことをしたらこの辺り一帯が火の海になるぞ。面倒でも地道にやるしかあるまい」

「まあ、そうなるよなあ」


 庭は長いこと手入れされていなかったこともあって、雑草が地面を覆い尽くさんばかりの勢いで伸び散らかしている。中にはケントの背丈程にまで成長したものもあり、もはやちょっとした植物園とでも言うべき様相を呈していた。

 しかしそれでも、二人は気合いを入れ直して除草作業に取り組んでいく。そして数十分ほど経過した頃、ケントはふと手を止めると、せっせと草刈りに勤しんでいるリューテに声を掛けた。


「……なあ、リューテ」

「うん? 何だ、ケント君」

「その、昨日は助かったよ。俺が頭に血が上っていたのを、たしなめてくれただろ? 俺の勝手な行動で皆には迷惑を掛けたけど、それでも最悪の事態にならずに済んだのはあんたがいてくれたお陰だ」


 マヤの境遇を知ってからというものの、ケントは彼女のことばかりを気に掛けるあまり他の仲間のことを考えられなかった。更には仲間内でも彼の行動に関して意見が割れて、一触即発な雰囲気になりかけていた。それを仲裁してその場を穏便に済ませたのは、他ならぬリューテである。


「礼には及ばないさ。君の何が悪かったのかは、ニュクスちゃんが指摘してくれたからな。そして、君はそれを受け入れて反省した。であれば、私がすべきは非難することではなく、事態の改善策を考えることだ。それに私個人としては、君がマヤちゃんのためにあそこまでしてくれて良かったと思っている」

「……? どうしてだ?」

「もし私が君の立場だったら、私はマヤちゃんのために声をあげることはしなかった。貴族の世界に平民が安易に口出しすべきでないと、見てみぬ振りをしていただろう。そうすれば、少なくともあそこまで角が立つことはなかったからな」


 事実、マヤの家の問題はケントたちにとって本来は無関係の話であり、下手に深入りせず報酬である本を受け取ったらすぐさま退散するという選択肢もあった。


「皆のことを考えるなら、マヤには悪いけど俺もそうするべきだったな」

「そうとも言えないだろう。現に君の行動によってマヤちゃんの父親の心が変わり、依頼の報酬だって反故にされることなく受け取れたのだからな」

「結果だけ見ればそうかもしれないけど、あの時の俺はしっかりと考えて行動を起こしたわけじゃない。俺のしたことは、無謀でしかなかっただろ?」

「確かに考えなしに動くのは褒められたものではないな。だが、私たちは予言者ではないんだ。たとえどれだけ考えを巡らせたとしても、先のことなど分かりはしない。であれば勇敢と無謀の違いは、結局のところ自分の望む結果を出せたかどうかだ。私には出来ないことが出来る君が、少し羨ましいよ」


 ケントのしたことは傍から見れば無謀でも、その無謀によってマヤが救われたのもまた事実である。より良い未来を切り拓くためには危険を回避するだけでなく、時には危険の中に飛び込むことも必要になる。それを成し遂げた彼に、リューテは感心を覚えていた。


「何も取り返しのつかない失敗をしたわけじゃないのだから、あまり気に病む必要はないさ。ただ、君が誰かのことを真剣に思うように、君のことを真剣に思ってくれる人もいる。そのことだけは、覚えておいてほしい」

「リューテ……」


 自分のしたことが正しかったのか間違っていたのか自信が持てず、昨日の夜から落ち込んでいた。その答えは結局分からないものの、少なくとも完全な間違いではなかったと。ケントはようやく胸のすく思いになった。


「さて、そろそろ作業に戻ろう。君も休んでいないで手を動かさないと、このままでは日が沈んでも終わらないぞ?」

「ああ、そうだな!」


 つい話し込んでしまっていたが、作業はまだまだ四分の一も進んでいない。二人は会話もそこそこに切り上げ、早々に仕事を再開した。






 それから時刻は夕方。ケントとリューテは何時間もの格闘の末、無秩序に生えていた雑草を一本残らず根元から刈り取った。

 そして作業を終えた二人が家に戻ろうと扉の前まで来たところ、エルナが中から出てきた。


「あら、二人ともお疲れ様! 丁度、呼びに行こうと思っていたところなの」

「何だ、そうだったのか。俺たちも今しがた全部片付いたから、家に戻ろうとしてたところなんだ」


 そこでエルナが扉を全開にすると、二人は家の中へと入っていく。


「おおっ、随分と綺麗になったな!」

「そうでしょ? 一応、居間にテーブルと食器棚があったのだけど、それはまだまだ使えそうだったわ。でも椅子は何脚か駄目になってたから、それ以外の調度品と併せて明日街に買いに行こうと思うの。ケントも付き合ってくれるかしら?」

「ああ、全然構わないぞ?」

「助かるわ。それと、マヤの家にお風呂があったけど、実はこの家にもあるみたいなの!」


 エルナの言葉を聞いて、ケントは目を丸くして驚く。


「なっ、こっちにもあるのか!? 流石は貴族の家だな……」

「さっき掃除が終わったところだから、今から案内するわ。こっちよ!」


 エルナは浴室のある場所まで二人を案内する。一階の居間の奥にある一部屋、どうやらそこが浴室のようだった。

 ケントたちが浴室へと続く扉を開けると、そこには脱衣所らしき小さな部屋があり、更に奥の方にもう一枚扉がある。その扉の傍には、一足の小さめな靴が綺麗に置かれていた。


「この先よ。ここからは、靴を脱いでから入ってね?」


 エルナの指示通り、二人は靴を脱ぐと既に置かれている靴の横に並べるようにして置く。そして、満を持して扉を開いた。


「あ、お兄ちゃん! リューテお姉ちゃんも!」


 ケントとリューテが案内されるまま浴室に入るとそこにはマヤがおり、二人の姿を見るや元気そうにぶんぶんと手を振る。どうやら今までエルナと共に浴室の掃除をしていたようで、服の袖を捲って裸足になっていた。


「二人もこのお風呂を見に来たの?」

「ああ、エルナに誘われてな。にしても結構大きいんだな。これなら、三人くらいは一緒に入れるんじゃないか?」

「そうね。でも残念ながら、今日はまだ使えないわ。明日、ソニアが水を運んできてくれるそうだから、その時までのお楽しみね」

「了解。だけどこれ、どうやって沸かすんだ? 下に薪を入れられるわけでもなさそうだし」

「それはね、あの石を使うの!」


 そう言ってマヤは、壁の方を指差す。そこには握り拳くらいの大きさの、くすんだ赤色をした石が何個か積み上げられていた。


「あの石、火晶石(ひしょうせき)か?」

「火晶石?」


 聞いたことのない名称の石に疑問符を浮かべたケントに対して、マヤはすぐにそれが何なのかを説明する。


「えっと、火晶石っていうのはね、火の魔力を注ぎ込むとしばらくの間発熱し続ける性質がある石なの」

「……なるほど、読めたぞ。つまり、あの石に熱を持たせてこの中に入れれば、水がお湯に変わるってわけだ」

「うん! それで、リューテお姉ちゃんも火の魔力を持ってるよね? もし私がいない時は、お姉ちゃんが代わりにあの石でお風呂を沸かしてほしいの」

「もちろん、お安いご用だ」


 現状、火属性の魔力を保有しているのはリューテとマヤの二人だけである。熱い風呂に入るためには、二人のうちどちらかの力を借りる必要があった。


「何にしても街の浴場と違って一人でゆっくり出来そうだし、今から楽しみだな」

「そうね。だけどケント、私たちが入ってる間に脱衣所に忍び込んだりしたらどうなるか、分かってるわよね?」

「あのな、俺にそんな度胸があると思うか?」

「これから女の子五人と一つ屋根の下で暮らすことになるのよ? そうでなくてもことあるごとにキスをしてくるのに、絶対に魔が差さないなんてことがあるのかしら?」

「……………ある!」

「そこは即答しなさいよ! そしてちゃんと目を合わせなさい!」


 二人が軽口を叩きあったところで、リューテが口を開く。


「さて、これで居間と浴室は問題なしだ。となると、後は寝室だな。エルナちゃん、そっちはどうだ?」

「そのことなんだけど、ちょっと付いてきてもらえるかしら?」


 どうやら寝室の方も直接見てほしいようで、エルナは三人を連れて浴室を後にする。そして二階へと続く階段を上った先にある、四つあるうちの一番近い部屋の前まで歩いて移動すると、そこで立ち止まった。


「寝室はこの階にある四つの部屋を使おうと思ってるの。それでまず、一つ目の部屋なのだけど」


 そこまで言うとエルナは右手で扉の取っ手を掴み、ゆっくりと開ける。

 その部屋はケントたちが普段利用している宿の部屋よりも広く、流石に家具は空になった本棚と机しかないもののどことなく特別な印象を受けた。


「へえ、立派な部屋だな」

「マヤの話だと、この部屋がアデルマギア家当主さんの私室だったらしいの。だから、ここはマヤが使うことになったわ」

「なるほど、それは妥当だな。だけど、ベッドがないのは少し残念だな」

「いいえ、ベッドならあるわよ? ただ、一度汚れを落として綺麗にしないといけないから、ニュクスとソニアに外まで運んでもらってるの」


 部屋の奥の方をよく見ると、壁際の中央に不自然に何もないスペースがある。元々はそこにベッドが置かれていたのだが、長いこと放置されていたため汚れがたまっており、ホコリを払ってから日に干しておくことになったのである。


「何だ、そうだったのか」

「悪いわね、マヤ。今日だけは床で寝ることになるけど」

「ううん、それくらい大丈夫だよ!」


 マヤは貴族の生まれとはいえ、父親の意向で冒険者になってからは床や地面で寝ることも何度か経験している。そのため一日程度ならばどうということはないと、マヤはエルナに笑顔でそう伝えた。

 エルナはそこで最初の部屋の紹介を終えると、次に隣にある二つの部屋の扉を開く。両方ともマヤが利用する部屋ほどではないものの、一人ではもて余すくらいの広さはあった。


「それで、こっちの二部屋が私たちの寝室よ。私とニュクス、リューテさんとソニアで別れて使おうと思っているのだけど、それでいいかしら?」

「ああ、それで構わない」

「ありがとう。それで、最後にケントの部屋なんだけど……」

「ここだろ? 後残ってるのは、この部屋だけだしな」

 

 今しがた紹介した部屋の向かいにある最後の一部屋。ケントはエルナよりも先にそこの扉を開けた。


「って、皆の部屋より狭いな!」


 だがその先の光景を見て、ケントは思わず驚嘆する。彼の部屋はエルナやリューテたちが利用する部屋と比べると二回りは狭く、布団が一枚敷いてある以外は机がポツンと置かれているだけだった。


「ここ、元は物置部屋だったみたいなの。だからこの中で一番狭いけど、他に使えそうな部屋もないのよ。悪いけど、我慢してね?」

「うーん。まあ机があるから本くらいは読めるし、一人で使う分にはそこまで狭くもないか」


 アデルマギア家の屋敷で泊まった部屋を想像していただけにやや残念ではあるが、それでも寝室としては何ら不自由はない。そして何より、仲間と共同で生活が出来ることを考えれば部屋の狭さなど些末な問題だと、ケントはそのように納得した。

 部屋の案内が一通り終わったところで、ソニアとニュクスの二人も作業を終えて戻って来た。


「エルナさん! マヤさんのベッド、外に出してきましたよ!」

「二人もお疲れ様! それじゃあ今日はもう遅いし、ご飯を食べたら早めに寝てしまいましょう?」


 ひとまず食事と睡眠が出来る程度には綺麗になったが、まだまだやるべき事は残っている。ケントたちは明日に備えるため、食事を済ませた後はそれぞれの寝室で早めに就寝した。

ここまでご覧いただき、誠にありがとうございました。


次回以降もお付き合いいただけますと幸いです。


最後に、評価・ブクマ・感想等いただけますと大変励みになりますので、よろしければお願いいたします。

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