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目醒めのキス Ⅰ

 次の日、二人は依頼をこなすために昨日の森へと来ていた。エルナは依頼されている薬草を摘みながら、その一つ一つについて色や形などの特徴をケントに教えている。


「どう、ケント? 分かった?」

「うーん……」


 薬草の見分けがつくようになったかというエルナの問いに、ケントは首を傾げて唸る。


「いくつかは覚えられたんだが、見た目が似ているものとかもあってどうにも難しいな」

「たしかにそうね。そういうのは注意深く見て判断するしかないわ。例えば……これね」


 エルナはしゃがみ込んで足元に生えている草を摘み取ると、それをケントに差し出す。


「これは……たしか、ここに来て最初のあたりに見つけた野草がそんな形をしていたな」

「残念だけど、少し違うわ」


 エルナはそう言うと、採取した野草を入れてある袋からケントが言ったものと同じ薬草を取り出すと、手に持っていた薬草と一緒に地面に並べて置く。


「ほらここ、よく見て」


 そして、二つの草の茎の部分を指差す。見ると、それぞれ色が違っていた。


「ここの部分が青白い色をしているのがあなたの言った薬草よ。それで、今採ったこれは茎が青紫色をしてるでしょ? こっちは毒草なの」

「そうなのか……」

「ええ。葉っぱの形が似てるから、茎の部分を見ずに間違えて採取する人が多いの。そのまま気付かずにギルドに持っていったら、当然依頼を達成したことにはならないから注意してね?」

「ああ、分かった」

「うん、どうやら大丈夫そうね。さ、まだ必要な分は足りてないから、急いで採取しましょう?」


 そして、二人は野草を手に入れるために森の中をさらに進んでいった。




 日が傾き始めた頃、エルナは袋の中身を確認する。


「……うん、これだけあればいいわね」


 そして、報酬を受け取るには十分な数を採取したことを確認すると、ケントに振り向いた。


「ありがとうケント! あなたが手伝ってくれたおかげで、いつもより多く取れたわ!」


 冒険者の怪我を治すための薬はいくらあっても困るということはない。それ故に、その材料となる薬草を採取するという依頼というのは常に張り出されており、駆け出しの冒険者にとっては比較的安全かつ確実な収入源となる。


「いや、俺の方こそ色々と教えてもらって助かったよ」

「ふふっ。それなら、もう一人でもやっていけそうかしら?」

「え……いや、それはだな……」

「なーんて、冗談よ。採取以外にだって教えることはまだまだあるわ。それまで一緒にいるから、安心して?」


 エルナはからかうような口調でそう言うと、顎に人差し指を当ててウィンクをした。


「さて、暗くなったら森から出られなくなるし、早いところ街に戻りましょうか」


 その時だった。二人の周囲の茂みから、ガサガサという音がいくつも鳴った。


「……っ! 何!?」


 音の正体は何匹ものコボルトだった。樹の後ろや背の高い草の陰から、二人の様子を伺っている。


「まずいぞ、囲まれている……!」

「一体どうして? こんなところに、魔物の群れがいるはず……」


 コボルトは警戒心が強く縄張り意識の高い魔物で、そのため森の奥や山など人気の少ない場所に多く生息する。この辺りは森と言っても多くの冒険者が自分たちと同じように薬草を採取しに来る程度には人通りのある場所で、少なくともコボルトの生息圏からは外れており、群れなどいるはずはない。エルナは目の前の光景が信じられずにいた。


「……っ!? エルナ、あれは……?」


 ケントが指差した方向には、他よりも一際大きな、彼の首元ほどもある大きさのコボルトがジリジリとにじり寄って来ていた。


「う、嘘……あれってまさか、群れの女王……?」


 コボルトは雄の個体がほとんどで、雌が生まれることは稀である。だが、その稀に生まれる雌というのは雄よりも強く大きな個体となって、群れの女王として君臨することになる。女王が率いる群れは通常の雄だけで構成される群れよりも統率が取れているためか手強く、駆け出しの冒険者がたかがコボルトの群れだと油断してかかって命を落とすということもあるため、ギルドではCクラス相当の討伐対象として位置づけられている。


「どうする、エルナ……?」

「私たちじゃ戦っても勝てない。逃げるしかないわ! せめて、どこか一つでも抜けられそうな所があれば……!」


 エルナは素早く周囲を見回して、一ヶ所だけ包囲が手薄になっている部分を発見した。そして背負っていた弓を構えて、指先に力を集中させる。すると、何やら光を帯びた粒子状のものが徐々に彼女の指先に集まり、やがてそれは一本の矢の形となって収束した。

 彼女の弓はただの弓ではない。所有者の魔力から矢を形成し、それを放つことが出来る、魔法弓だった。

 十分な魔力を持っていないとすぐに使えなくなるという欠点こそあるものの、本物の矢を持ち運ぶ必要がなくなるため携帯性に優れ、魔力で出来ているためか非常に軽く、つがえるのに大きな力を必要としないといった特徴から、主に女性冒険者が好んで使用する武器である。


「――――はっ!」


 エルナはすかさず包囲網の穴の近くにいるコボルトに矢を放った。それは正確に眉間を射抜き、コボルトは身体をピクピクと震わせた後、声を上げることもなく絶命する。だが、それを合図とするかのように、周囲にいたコボルトが咆哮しながら一斉に襲い掛かってきた。


「ケント、走って!」

「ああ!」


 二人は群れから逃れるため、全力で走り出した。




「はあっ……はあっ……」


 二人は脇目も振らずにひたすら走り続ける。その後を、コボルトの集団が追いかけてきていた。


「くそっ、しつこい奴らだな……」


 既にかれこれ三分は全力で逃げ回っているが、それでもなお敵が追跡の手を緩める気配は全くない。


()っ……!」


 道と言えるかも怪しい草木の生い茂る場所を進んでいるため、時折木の枝が二人の腕や脚の皮膚に引っ掛かり、所々切り傷を作っていた。だが、その程度のことで足を止めれば一瞬で追いつかれてしまうため、二人は痛みを堪えながら一心不乱に走り続けた。だが、それももう限界だった。


「そんなっ……!」


 二人は思わず足を止める。追い込まれた先に続いていたのは崖だった。下は川であり、下流へと流れている。二人が崖を前にして二の足を踏んでいると、やがて後ろから迫って来ていたコボルトたちにも、とうとう追いつかれてしまった。


「まさか、俺たちはここまで追い込まれていたのか……!?」

「いいえ! コボルトにそこまでの知性はないはずよ! だけど……」


 普通ならばあり得ない。だが、今二人が対峙しているのは普通ではない、女王に統率された群れだ。崖の下にある川が流れる音を聞いて、獲物をここまで誘導するだけの知性を有しているという可能性は否定しきれなかった。


「くっ……」


 エルナは弓を構えて抵抗しようとしたが、森の中は彼らの領域であり、多少の草木など意にも介さず素早く動くことが出来る。

そして、一匹のコボルトが彼女に襲い掛かった。


「がはっ……!?」


 回避が間に合わず、突進をまともに受けてしまう。

 エルナは吹っ飛ばされ、そのまま崖の下で流れている川の中へと落ちていった。


「エルナァァァァァァァァ!」


 突進の衝撃で気を失ってしまったエルナは、そのまま下流へと流されていく。


「ぐっ……」


 このままではエルナは確実に溺死してしまう。そして、後ろからは今にも他のコボルトが迫ってこようとしている。もはやためらっている暇などなかった。


「う、おおおおおおおおおおっ!」


 ケントもまた、自らガケを飛び降りて川の中へと入っていく。着水とともに、盛大に水しぶきが上がった。


「待ってろ、エルナ……!」


 そして水中から顔を出すと、間髪入れずに流されていくエルナを目指して泳ぎ出した。

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