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貴族と平民

 それから依頼を終えてマヤの屋敷まで戻ってきたケントは、報告のために自室にいるランベルトと向かい合う。その傍らには、妻であるニーナもいた。


「……以上が、今回の依頼の報告となります」

「ふむ。鏡に映る者と同じ力を行使する魔物、か」


 ケントからの報告を聞いたランベルトは、その魔物の正体に思い当たることがあるようでしばらく考え込むような素振りを見せる。


「お父さん、もしかして……」

「そうだな。そのような魔物が自然界に存在するというのは考えにくい。十中八九、禁術によるものと見ていいだろう」

「禁術?」

「クラヴィス様の遺した手記によると、かつて無機物に自身の命を分け与えるという魔術を研究し、開発した者がいたそうだ。だが、それはあまりにも致命的な欠陥がある危険な魔術であったがために王国によって禁術という名称を付けられ、使用はもちろん、研究すらも禁止されることになったという歴史がある」


 禁術とは何か分からないケントに、ランベルトはそれがどのようなものかを説明した。


「国が直々に禁止の勅令をだすというのも、相当なことですね。具体的に、どのような欠陥があったんですか?」

「これも手記に書かれていることだが、どうやらその魔術は対象の無機物に自身の生命を分け与えるのではなく、転移させてしまうものだったらしい。クラヴィス様はこの魔術の仕組みに気付いて、開発者を止めにいこうとしたそうだ。だがその時には既に、その者の肉体はまるで脱殻のように少しも動かなくなってしまっていた」

「それはつまり、死んでいたということですか?」

「そうだ。その上、その者の生命が転移した石像はとても人の魂を宿しているとは思えない、ただ敵意に反応して手当たり次第に周囲を攻撃をするだけの凶悪な物体だったとか。術者の命を代償にする上、御し切れずに周囲に危害を及ぼすなどという魔術が広まれば、国中に混乱をもたらすことになる。これこそが、王国がこの魔術を禁術とした所以だ」


 それからクラヴィスや騎士団の働きによって騒動が鎮圧された後、彼は速やかにこの魔術の研究及び使用を禁止するべきだと国王に進言した。それにより禁術として指定され、万が一研究や使用が発覚した際には当人やその関係者に対して爵位の剥奪や重労役、場合によっては処刑といった厳罰を課されることとなった。


「ということは俺たちが戦った魔物も、何者かによって創られたというわけか。禁止されているのに、どうして……」

「たとえ禁忌であるとしても、それを冒してしまう輩というのはいつの世にもいるものだ。あるいは、禁術だということ事態知らなかったか。いずれにしても、愚かな話ではあるがな」


 魔術師には研究者としての一面もあり、それ故に知的好奇心に負けて禁術を究めようとする者も長い歴史の中で現れてしまうものである。

 しかしケントたちが戦った魔物の創造主は禁術の代償によって既に命を失っており、最早どのような理由で禁術を使用したのかを確認する術は残されていなかった。


「ともあれ、これで依頼は達成だ。禁術の魔物の件も含めて、ギルドには私の方から直接報告しておく。ついでに、魔術師団にも伝えねばな」


 ランベルトはそこまで言うと、顔をしかめてため息を吐く。


「しかし、禁術によって創られた魔物を討伐したというのにそれを証明する手立てがないというのでは、魔術師団の有力派閥の連中は信じまい。全く、あのような権力欲と自己保身の塊のような奴らが、王国やそこに住まう人々のために終生尽力したクラヴィス様の理念も忘れて魔術師団長の地位を汚していると思うと、はらわたが煮えくり返る思いだ」


 魔術師団は元々、様々な魔術を研究、開発することにより、国家及び国民の平和を守るという理念のもとに創設された組織である。しかしその理念は二百年という長い年月と、何よりアデルマギア家の当主が団長の座から降ろされたことによって今では形骸化されてしまっており、そのことがランベルトには腹立たしくてならなかった。


「マヤ、お前もお前だ。冒険者の仕事をさせる前に、私は言ったはずだ。くれぐれも平民に迎合することのないようにと。だがこの前の髪飾りの件といい、近頃のお前はどうにも貴族としての意識が欠けているように見える。手早く功績を積むにはこれが最善かと思っていたが、このような事態が続くようなら考えを改める必要がありそうだな」


 そして、その苛立ちの矛先はマヤにも向けられる。

 目に見える功績のためとはいえ冒険者業の中でマヤが多くの平民と交われば、彼らの価値観や思想に影響され貴族としての自身の責務を忘れてしまうのではないかと、ランベルトはそのような懸念を覚えていた。


「貴族の意識って、マヤはこの家のためにしっかり依頼をこなして――」

「これはアデルマギア家の問題だ。君が口を挟むことではない」


 マヤを擁護するために口出ししてきたケントを、ランベルトは事務的な態度で黙らせる。


「何にせよ、クラヴィス様の掲げた理想を果たすためには、この程度ではまだ不十分だ。優れた魔術師であることは、あくまでも前提条件に過ぎん。今のお前に必要な物は、彼のような崇高な精神だ。そのことを肝に銘じ、今後もアデルマギア家の未来のため、自分の才に慢心することなく精進しなさい」

「……うん」


 こうなった父親には言えば言うだけ、何倍にもなって返ってくる。長年の積み重ねでそれを分かっているためか、マヤはただくぐもった声で返事をするのみだった。


「さて。約束通り、君にはクラヴィス様の遺した本の写しを譲ろう。ニーナ、例の物を――」

「その前に、一つ訊かせてもらっていいですか?」


 その時だった。ランベルトの言葉を遮るようにして、ケントが口を開く。


「何だ?」

「ランベルトさん。貴方にとって、マヤは何なんですか?」


 ケントの問いに、ランベルトは眉をひそめてこう聞き返す。


「……質問の意図が分かりかねるな」

「貴方にとって自分の娘は、没落した家を建て直すための道具なのかと訊いているんです」

「何だと……!」


 その物言いにとうとう堪忍袋の緒が切れたランベルトは、机を叩いて勢い良く椅子から立ち上がった。


「客人だからとこちらが下手に出ていれば……貴族の世界に平民の尺度を持ち込むなと、何度言えば分かる!」

「身分なんて関係ない! 俺は貴族じゃなくて、あんたという一人の人間と話しているんだ!」


 まるで火蓋が切られたかのような剣呑(けんのん)とした雰囲気に、マヤは驚きと不安が入り交じった顔をする。エルナやソニアも彼女と同じような表情でケントを見つめており、ニュクスは苦い顔をして頭を押さえていた。

 だが当のケントはその事など意にも介さず、いよいよ激昂した様子でランベルトに食って掛かる。


「この娘がどういう思いで今まで厳しい修行に耐えたり、命がけで冒険者の仕事をこなしてきたと思ってるんだ! 自分の意思を押し殺してでもあんたの期待に応えようとするこの娘の気持ちを、少しでも考えたことがあるのか!?」

「言っただろう! 優れた力を持つ者は、それを正しく振るう責任があると! 望むと望まざるとに関わらず、この子はそういう宿命を背負っているのだ! そしてそのためにこの子が一人前の魔術師となれるよう教え導くのは、父親たる私の役目だ!」

「死にそうな思いで魔物を倒してきた娘に労いの言葉すら掛けないで、何が父親だ! マヤはその責任ってのに押し潰されそうになりながら、それでもあんたのために今までずっと頑張ってきたんだぞ!? なのにあんたは、家だとか責任だとか自分の都合ばかりを押し付けて、マヤのことなんかこれっぽっちも見ていない! あんたは卑怯者だ! 親だって言うなら、何よりもまずは子供の気持ちに向き合ってやれよ!」

「貴様……」


 何度説き伏せようとしても一歩も引き下がろうとしないケントに、ランベルトは更に苛立ちを募らせる。


「これだけ言ってもまだ、自分の置かれている立場が理解できないようだな! これ以上当家に余計な干渉をするというならば、こちらもそれ相応の――」

「もうやめてっ!」


 その時だった。二人の怒声をかき消すかのようなマヤの悲痛な声に、両者は同時に彼女の方へ振り向く。見ると彼女は、大粒の涙をこぼしていた。


「マヤ……?」

「もう、嫌……勝手な理想ばっかり押し付けないでよ……私はクラヴィス様でも、お父さんでもないのに……」


 二人の怒りに感化されたのか、マヤは泣きじゃくりながらそれまで堪えていた気持ちを一気に噴出させる。その姿は普段は父親に見せることのない、年相応の感情の発露だった。


「私はただ、昔みたいに家族皆で笑い合いたかった。だから、私が頑張ってお父さんを安心させれば、またそんな日が来ると信じてた。でも、こんなことになるならもう……頑張れないよ……」


 そこまで言うと、マヤは顔を押さえて部屋を飛び出していく。


「待て、マヤ!」


 ランベルトが呼び止めようとするのも虚しく、マヤは足を止めることなく自室まで走り去っていった。

 マヤがいなくなった後、目まぐるしく変わっていく状況にどう収拾をつければよいのかも分からず、ケントたちの間には微妙な空気感を孕んだ沈黙が流れている。


「……あなた、この続きは明日にしませんか? 皆さまもお疲れでしょうし、もう夜も遅いですから」

「…………」

「あなた?」

「……あ、ああ。そうだな。そうするしかあるまい……」


 ランベルトは頭に血を上らせていた反動もあり、半ば放心していた。そこで、ひとまずニーナがその場を取り持つこととなり、この続きはケントたちも依頼から帰ったばかりで疲れていることも鑑みて、明日に改めて話し合う運びとなった。


 


 ランベルトの部屋を出た後、エルナたちはケントの利用している部屋に集まっていた。


「全く、本当に何を考えているやら」


 ニュクスはベッドの縁に腰掛けているケントと向かい合うようにして、腕を組んで壁に寄り掛かりながら、誰よりも真っ先に口を開いた。


「あそこまで怒らせてしまったんです。これで恐らく、あの方は報酬の件を反故にするでしょうね」

「それでもいいさ。あんな、自分のエゴをもっともらしい言葉で取り繕って押し付けるような人間の助けなんて、借りたいとも思わない」

「……はぁ。まだ分からないんですか? あなたがよくても、私たちがよくないんですよ」


 ケントのその言葉を聞いて、ニュクスは呆れた様子で頭を押さえてため息を吐く。


「あなたはどうか知りませんがね、少なくとも私たちがあの方から依頼を受けたのはこの家のためではなく、あなたのためなんですよ? それなのに、あなたは一時の感情に振り回されてあの方の機嫌を損ねて、報酬の件をうやむやにしたんです。これでは、私たちは何のために働いたのか分からないじゃないですか。一体どういうつもりなんですか?」


 元々ケントたちが王都に来たのは、情報収集を行って今後の冒険者としての活動方針を決めるためであり、今の状況は本来の目的からは逸脱している。つまり彼以外の全員は彼の記憶の手掛かりとなる本のために協力しているに過ぎない。その事にようやく気付いたようで、ケントはハッとなった。


「そ、それは……」

「確かにあの方の期待は、マヤさんを追い詰めているのかもしれません。ですが、必要以上に義憤に駆られて後先考えずに突っ走って、その結果はどうです? あの方を怒らせて私たちの働きも無駄にして、事態を悪化させただけじゃないですか。周りを省みずに自分のエゴをそれらしい建前で隠して押し付けてるのは、結局のところあなたも同じなんですよ」

「……そう、だな。その通りだ。皆のことを思うなら、たとえ正しいことなんだとしてもあんなことはすべきじゃなかった。本当に、悪かった……」


 一方はアデルマギア家の再興に執着するあまり娘の心中を推し量ろうともせず、もう一方はそんな彼女の力になりたいと思うあまり仲間の頑張りを軽んじた。置かれている立場が違うというだけで自分のやっていることはランベルトと変わらないのだと。そう指摘されてケントはがっくりと肩を落とした。


「何もそこまで言わなくたっていいじゃないですか。ワタシは、ケントさんが間違ったことを言ったなんて思いません。だってマヤさん、この家にいる時はすごく悲しそうなんですもん。自分の家なのにそんな風になるなんて、やっぱり変ですよ」


 そんなケントを見かねたのか、ソニアが彼の肩を持つようにして会話の中に入っていく。


「変かどうかなんて、そんな次元の話はしていませんよ。マヤさんは貴族で、私たちとは住んでいる世界が違うんです。あの方も言っていましたが、そもそも私たちのような平民の尺度で語るべきではないんですよ」

「それじゃあ、マヤさんが辛い思いをしてても見て見ぬ振りをしなきゃいけないってことなんですか!? あんなに頑張ってお仕事をしてきたのに、自分のお父さんから褒められもしないなんて、そんなの可哀そうじゃないですか!」


 ソニアのまるで責め立てるような言葉に、ニュクスは悲しげに俯く。両親と過ごす時間が憩いとならないマヤの境遇に、彼女も思うところがないわけではなかった。


「……仕方ないじゃないですか。ソニアさんが考えているほど、単純な話じゃないんです。私たちには、どうすることも出来ないんですよ……」


 それまで会話の主導権を握っていたニュクスが喋らなくなったことで、ケントたちの間にはますますしんみりとした空気が流れる。

 やがて、気まずい沈黙が少しだけ続いたところで、リューテが口を開いた。


「そこまでだ。みな自分の主張があるのだろうが、これ以上私たちが言い争うのは不毛だ。何にせよ、明日の朝にでもまたあの人と話すことになるだろう。ケント君のしたことが正しかったかどうかは、その時に分かるさ。今日のところは解散にして、早めに寝ようじゃないか」


 互いに譲れぬものがある以上、どれだけ話しても平行線になるだけである。リューテはその場を収めるために、全員に自室へと戻って休むよう促す。

 そして最後に彼女が退室する間際、おもむろにケントの方へ振り向いた。


「……ケント君。本来であれば今回の依頼の報酬を誰よりも必要としているのは、他ならぬ君自身のはずだ。君の求めているものは、本当に一時の感情で不意にしていいものなのか、頭を冷やして考えてみるといい。その上で明日、もう一度あの人と話し合うんだ」


 それだけ言うと、リューテは自分の部屋に戻っていった。




「…………」


 それから一時間ほど経過した頃、ランベルトは少し前の出来事が尾を引いているようで、依然として自室の机に腰掛け、顔の前で手を組んでうなだれていた。

 すると、何者かが部屋の扉を叩いてからゆっくりと入ってくる。


「失礼しますわ、あなた」


 それは妻のニーナだった。彼女は二人分の紅茶を乗せたトレイを持ってランベルトの部屋を訪ねてきた。


「やはり、まだ起きていらしたのですね」

「ニーナか。こんな遅くに、何の用だ?」

「少し様子を見に来ました。あなたのことですから、こんな時はまた一人で寝ずに考え事でもしてるのではないかと思いまして」


 何か深刻な悩みがあると誰にも言わずに部屋に閉じこもって自分一人で思い詰める。ランベルトの昔からの悪癖だった。

 そんな彼の手元に、ニーナはそっと紅茶の入ったカップを置く。


「マヤはどうしている?」

「あの娘なら自室で眠っているみたいです。今日は色々と大変なことがありましたから、きっと疲れてしまったのでしょう」

「そう、か……」


 ランベルトは余程気落ちしているのか、差し出された紅茶に手を付けようともしなかった。


「眠れないようでしたら、私と少し昔話でもしませんか?」


 するとニーナは懐から一枚の絵を取り出して、それをランベルトに見せる。


「部屋を整理していたら、偶然懐かしいものを見つけまして」

「これはたしか……」

「覚えていますか? あの娘がまだ五歳だった頃、庭で魔術の訓練をしているあなたの姿を描いた絵です」


 この時はまだ、マヤの中に眠る魔術の才にランベルトは気付いておらず、それ故に二人の間にアデルマギア家に関する諸々のしがらみもなく、親子仲も今ほど悪くはなかった。


「ああ、よく覚えている。この後、私が戯れに何度か簡単な魔術を使ってみたら、あの娘はそれを真似して全く同じ魔術を使ってみせたな。あの時ばかりは、私も肝を抜かされたものだ」

「それからでしたね。あなたがあの娘に、魔術を教えるようになったのは」


 マヤの魔術の才能は、当時のランベルトの予想を遥かに凌駕していた。普通の人間であれば二つ持っていれば上等な地水火風の四大属性の適正を全て持っており、ランベルトが十七歳の時にようやく扱えるようになった中級魔術も、彼女は八歳の時点で唱えられるようになっていた。


「今にして思えば、あの娘は新しい魔術を覚える度に、嬉しそうな顔で私に報告しに来ていたな。それが、一体いつからだっただろうか。あの娘が私に、笑顔を見せなくなったのは……」


 昔は頑張れば頑張るほど父親から褒めてもらえることが、マヤは何よりも嬉しかった。しかし成長して魔術の腕が上達するにつれ、次第に家のため国のためにと多くのことを求められるようになり、いつの日か彼女は父親の期待に応えることに息苦しさを感じるようになっていた。


「……分かってはいたのだ。私に魔術の才能さえあれば、今ほどあの娘に重荷を背負わせてはいなかった。今のこの状況は、元はと言えば私の未熟さが招いた結果なのだと。だが、それでも私はアデルマギア家の当主だ。自分には果たせぬ程に大きな理想であるなら、せめて未来にそれを託して希望を繋げなければならない。それこそが当主としての私の責務だと、そう考えていた」


 そう言いながらランベルトは紅茶の入ったカップを手に取り、口に含む。


「……ニーナ、私があの娘のためにしてきたことは、間違いだったのだろうか……」


 そして、ニーナに対してそう尋ねた。

 それまで大人しかったマヤが感情を爆発させた姿を見たことで、ランベルトの心はすっかり揺らいでしまっていた。


「……あなたは、私のことを信じていますか?」

「……? どういう意味だ? あの少年といい、質問をするならもっと簡潔にだな」

「言葉通りの意味ですよ。信じているのかそうでないか、それだけです」


 ニーナの突拍子もない質問に困惑しながらも、ランベルトはそれに答える。


「……無論、信じている。私の父が魔術師団長の座を追われ、アデルマギア家の権威が失墜してもなお、お前は両親の反対を押しきって私の元へ嫁いで来てくれたのだ。そんなお前を、私が信じないはずもない」

「あら、嬉しい。私も、あなたを信じていますよ? そして、あの娘のことも」


 ニーナは温和な笑みを浮かべながら、更にこう続ける。


「あの娘は賢い娘ですから、きっとあなたの想いを分かっているはずです。だからあなたも、今はあの娘のことを信じてあげてみてはいかがですか?」

「…………」


 少し間を置いてから、ランベルトはそっと目を閉じて過去に思いを馳せる。

 当主になってからというものの、彼に心休まる日はなかった。魔術師団の一団員に成り下がったことで他の貴族に軽んじられ、それでも再興を夢見て職務に苦心する日々。だが最後に思い浮かんだのは、幼き頃のマヤの無邪気な笑顔だった。

 そしてランベルトはケントに言われた言葉を思い出して、自嘲するかのような笑みを浮かべる。


「……なるほど。あの少年の言う通り、確かに私は卑怯者のようだ」


 未来に希望を託すことが当主としての自分の役目だと言いながら、その未来を信用できずに使命や責務といった言葉を隠れ蓑に自身の理想を押し付けて娘を矯正しようとしていた。

 自身の心に巣くう欺瞞(ぎまん)は、気が付けばたった数日言葉を交わしただけの少年に看破されるほど肥大化していたのだと。その事に気付いたランベルトは、己を酷く恥じた。


「済まないな、ニーナ。おかげでようやく眠れそうだ」

「ふふ、お役に立てたようで何よりです」


 妻に諭されてようやく迷いが晴れたようで、ランベルトは気が付くと紅茶を全て飲み干していた。


「では、私はこれで失礼します。これ以上の夜更かしはお身体に障りますから、早めにお休みなさってくださいね?」

「うむ、そうしよう。それと、明日のことだが……」

「ええ、分かっていますよ。朝になったら、あの娘の部屋に行って話をしておきますから」


 ニーナは空になったカップを片付けると、ランベルトに一礼してから静かに部屋を後にした。

ここまでご覧いただき、誠にありがとうございました。


次回以降もお付き合いいただけますと幸いです。


最後に、評価・ブクマ・感想等いただけますと大変励みになりますので、よろしければお願いいたします。

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