心境
そして次の日の朝、昨晩と同じように全員でテーブルを囲んで朝食を食べている時のことだった。
「……今日一日、マヤに自由な時間を与えてやってほしいだと?」
それは、明日の依頼に向けて必要な物資の調達を街で行う際にマヤも同行させてほしいという、ケントの要望だった。
その言葉を聞いて、ランベルトはため息を吐くとやれやれといったように頭を振る。
「何を言い出すかと思えば……我が家のことに口を挟むなと、昨日言ったはずだが?」
「それは承知しています。ですが、明日の依頼で行動を共にするのにも関わらず、俺たちはまだこの娘のことをあまりよく知りません。魔物との戦いで円滑な連携を取るためにも、交流を深める時間を貰いたいんです」
もちろんそれは半分建前で、マヤに体良く休んでもらうための口実である。とは言えケントの言い分に一定の理があることも事実で、ランベルトは無言のまま苦い顔をしている。
「私からもお願い、お父さん!」
その様子を見て、マヤもまたケントに合わせるかのように父に懇願する。
「多分、明日の依頼は魔物とたくさん戦うことになると思うから、準備はちゃんとしておきたいの。もちろん、勉強のことも忘れてないよ? 今日休んだ分は、絶対にどこかで埋め合わせるから!」
「そういう問題では……」
病気や怪我など、やむを得ない理由でもない限り日々の座学や魔術の訓練を休ませることはないため、ランベルトはなおも顔をしかめて難色を示している。
その時だった。それまで三人のやり取りを見守っていたニーナが、ちょうど良いタイミングを見計らって口を開いた。
「良いではありませんか、あなた」
「……ニーナ?」
マヤに助け舟を出した妻に、ランベルトは困惑したように顔を向ける。
「お前まで何を言う。この娘はアデルマギア家を再興し、引いてはクラヴィス様の遺志を果たす使命を担っている。そのためには一秒たりとも時間を無駄には出来ないことは、お前も分かっているはずだろう?」
「一日くらい休んでも罰は当たりませんよ。それに、クラヴィス様にだって人との繋がりの中から学んだことがあるはずです。まして今回はこの子が無事に依頼をこなすための助けになるかもしれないんですから、これもアデルマギア家の再興のためだと思って認めてあげましょう?」
「…………」
三人がかりでそこまで言われては、さしものランベルトも無下に一蹴することは出来ない。不本意そうではあるものの、ようやく堪忍したようにケントに対してこう言った。
「今回限りだ。ただし、日が落ちるまでには娘を連れて戻ってくるように。万一守らなかった際には、昨日の話はなかったことにさせてもらう」
「ありがとうございます! 大丈夫です。約束は必ず守りますから!」
それから朝食を終えるとすぐに、ケントたちは普段着へと着替えて街へと出かける準備を始めた。
「ふう……昨日の今日だというのに、相変わらず危ない橋を渡ろうとしますね、あなたは」
支度を終えて外に出ると、ニュクスは呆れたようにケントに言う。昨日の口論はどうにか何事もなく収まったものの、何がきっかけでまた揉めるかも分からないため、内心穏やかではないようだった。
「何も考えなしってわけじゃないさ。この家にとって得になる提案なら、仮に断られたとしてもあの人の機嫌を損ねるまではいかないと思ったんだ」
事実、効果的な連携を行うために仲間と親交を深めることは利にかなっており、そこに「アデルマギア家のため」という建前を付け加えれば多少の無理は聞いてくれるのではないかと、ケントはそう踏んでいた。
「ケントさん、もしかして私のことを気遣ってくれたの?」
「ああ。マヤがこの家に来てから、あまり元気そうには見えなかったからさ。迷惑じゃなかったか?」
「ううん。嬉しい! 私も、皆と一緒に遊びたいって思ってたから」
マヤの時間は当主である父親によって厳しく管理されており、普段は遊ぶどころか外に出ることすらもままならないことが多い。日頃からアデルマギア家の子孫としての責務に追われている彼女にとってケントの申し出は、自由な時間を得られる千載一遇のチャンスと言えた。
「とはいえ、明日の準備も怠るわけにはいかないからな。まずは皆で回ろうじゃないか」
こうしてリューテの言葉通り、ケントたちは最初に明日の依頼に必要な物を買い集めるため、マヤと共に街へと向かって歩き出した。
屋敷から歩くこと数分。ケントたちは飲食物から武器、日用品に至るまで種々雑多の店が立ち並ぶ商業区域までやって来た。街は既に多くの人で溢れかえっており、店員の威勢の良い呼び込みや子供たちがはしゃぎ回る声といった喧々とした賑わいを見せている。
六人は歓談を交えながらゆっくりと店を回っていたこともあって、必要な物資を全て揃える頃にはちょうど昼になっていた。ケントたちは、休憩がてら近くの酒場で軽い食事を取る。
「流石は王都だ。武器から食料まで、本当に欲しいものが何でも売ってあるな」
「でも広すぎて、今日一日じゃ全部回りきれそうにないわね」
「まあ、それでも明日の依頼に必要なものは一通り手に入れたからな。約束の刻限までにはまだ時間があるし、ここからは各自で自由行動でもいいだろう」
この数時間でケントたちが回った店は、全体で見ればほんの一部分でしかない。午後からは各々が気になる店を見て回るための、完全な自由時間にすることになった。
「それじゃあニュクス。私と一緒に服を見て回らない? きっとゼピュロスでは売ってない可愛い服もいっぱいあるわ!」
「ええ、いいですよ。私も最近寝間着がキツくなって来て、新しいものを買おうと思っていたので」
「ワタシは食べ歩きです! 他にも美味しいお肉が食べられるお店を探しますよー!」
「それは別にいいけど、夕飯だってあるんだからほどほどにしとけよ?」
「それならソニアちゃんが食べすぎないように、私が同行して見ておこう」
「そうなると俺は……」
エルナはニュクスと、ソニアはリューテと、それぞれ共に行動をすることが決まった。
そしてまだ決まっていない者同士、ケントはマヤと互いに目を合わせる。
「どうする? 君さえ良ければ、俺と一緒に行動しないか?」
「いいの? 私、行ってみたいところが沢山あるから、ケントさんを振り回しちゃうかも……」
「別にいいって。今日街に出かけたのはマヤのためでもあるんだから、遠慮なんかする必要はないさ。俺で良ければいくらでも付き合うよ」
「本当⁉︎ それじゃ一緒に行こ、ケントさん!」
話がまとまったところで、ケントたちは食事を切り上げて酒場を出る。そして、先程の会話の通り三組に分かれた。
「ケント、最初にマヤを家から連れ出そうって提案したのはあなたなんだから、ちゃんと責任を持ってエスコートしてあげるのよ?」
「分かってるって。それじゃ皆、またマヤの家の前でな?」
マヤにはケントがしっかりと付いていること、それを確認したエルナたちは二人に背を向けて、それぞれの目的地まで歩いていった。
「さて、俺たちも行くとするか」
「うん! じゃあ、まずはこっちの方から!」
貴族の娘でも冒険者でもなく、一人の女の子としてある程度気心の知れた仲間と回れることがよほど楽しみなようで、マヤはケントの手を引くようにしてやや早足になって駆け出した。
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