訪問
街の中は昼時ということもあり、多くの人で溢れ帰っていた。
武器屋や雑貨屋が並ぶ商業区域では冒険者や巡回中の騎士が往来し、遠くからでも見えるほどの大きな銅像が置かれている広場では吟遊詩人や大道芸人が多くの人々を集めている。
中には獣人の姿もあり、国中から出身や職業、種族の垣根を越えて人が集まるここは、この国のどこよりも活気に満ちた場所だと言えた。
「はえー、王都って本当にゼピュロスより賑やかなんですねえ。人もお店もいっぱいで、何だか見てるだけで楽しくなってきました!」
「本当、懐かしいわ。建物とかは少し変わったけど、この雰囲気はあの頃のままね」
エルナは父と母に手を引かれていた頃を思い出しながら、かつての面影を残す街並みを見回す。
「これだけ大きな街ならば、情報も物資も探せば大体の物はありそうですね」
「ケントくんの記憶もそうだが、近頃の魔物の動きについても何か掴みたいところだな」
そのようなやり取りを交わしながら、マヤとケントたちは更に歩き続ける。そしてそれまでの通りにあった一般の民家とは比べ物にならないほどの大きな屋敷の前まで辿り着くと、そこでマヤは足を止めた。
「ふうっ、やっと着いた」
「で、でかいな。いかにも貴族って感じだ……」
ケントたちが目の前の建物に呆気に取られているうちに、マヤは入口の門を開ける。
「それじゃあ、今からお父さんに皆と会ってもらえるか聞いてくるから、少し時間が掛かるかもしれないけど、ここで待ってて?」
そう言って屋敷の扉を開き、中へと入っていった。
「…………」
それから待つこと十分以上が経過した。その間特にすることもなかったケントたちは、漫然とした気分で屋敷の外観を眺めていた。どこからともなく聞こえる街の喧騒とは裏腹に、彼らの周りには目の前の屋敷の荘厳さを引き立たせるかのようなしんとした空気が立ち込めていた。
しばらく待っていると、エルナが沈黙を破るようにして喋り始める。
「マヤのお父さん、私たちと会ってくれるかしら?」
「どうだろうな。だが、あの娘の話を聞く限りでは、あの娘の父親は貴族としての気位が高い人物に思えるな」
「そうなると、私たち平民には易々と会ってはくれないかもしれませんね」
「だけど、自分たちのご先祖様が持ってた本と似たような本を俺が持っているっていうのは向こうとしても気になる情報だろうし、門前払いってこともないんじゃないか?」
そのようなことを話しているうちに、やがて屋敷の扉が音を立てて開き、中からマヤが顔を出す。
そして門の前で待たせていたケントたちの元まで小走りで駆け寄ってこう告げた。
「皆、待たせてごめんね?」
「いや、大丈夫だ。それで、君の父親は何て言ってた?」
「うん。お父さん、話を聞いてくれるみたい。それで準備が整ったから、皆を連れてくるようにって」
「……よし!」
急な来客ということもあり、ともすれば歯牙にもかからずに断られる可能性もあったが、ひとまず話をする段階までこぎ着けることが出来た。
マヤはケントたちに門を通って敷地内に入るよう促す。
「それじゃあ皆もどうぞ入って? 私がお父さんの部屋まで案内するから」
そうしてケントたちは、彼女の背中を追うようにして屋敷の中へと足を運んだ。
ケントたちが屋敷に入ってまず目についたのは、壁に飾られている一枚の大きな肖像画。彼らはそれに描かれている人物がすぐにクラヴィスなのだろうと判断した。
そして天井が見上げるほど高い位置にある広い空間やカーペットやシャンデリアといった内装。細かなところでは階段の手すりの造形に至るまで、どれ一つ取ってもこれまで見たどの建物とも違っており、特にエルナはまるで別世界に迷いこんだかのようにそわそわと落ち着かない様子となっていた。
「うぅ……貴族の屋敷なんて初めてだから、何だか緊張してきたわ。失礼のないようにしないと……」
「折角こうして話をする機会に恵まれたのですから、機嫌を損ねて追い出されるなんてことだけは避けたいですねえ」
「とは言っても、貴族相手の振る舞いなんてどうすればいいんだか……マヤのお父さんはそういうの厳しいのか?」
「うん。私、アデルマギア家の人間として恥ずかしくないようにって、小さい頃からお父さんに礼儀作法をたくさん教えられてきたから……」
「そうなのか? 何だか俺も不安になってきたな……」
「で、でも、流石に平民にまで貴族の作法を求めたりはしないと思うから、余程のことがなければ大目に見てくれるんじゃないかな? 多分」
マヤはどこか自信なさげな口調で言う。初めに会った頃は朗らかだった彼女の表情は、今では張り詰めた糸のように緊張しており、それだけでも彼女の父親の人となりを察せられた。
それから少し歩くと、マヤはある部屋の前で止まり、扉をノックする。どうやら、この部屋に彼女の父親がいるようだった。
「お父さん。皆を連れてきたよ?」
「そうか」
そこには一人用のやや大きめの椅子がテーブルを挟んで向かい合うように二つ。そしてその側面には複数人が腰掛ける用の長椅子が一つ置かれている。どうやら、応接の間のようだった。
そして奥側にある一人用の椅子には眉間にシワを寄せたいかにも厳格というような雰囲気を漂わせている、眼鏡を掛けた壮年の男性が座っていた。
「マヤ、お前は部屋に戻って、少し休んだなら食事の時間まで座学をしていなさい」
「うん、分かった……」
父親の言葉を聞くと、マヤは肩を落として寂しげに部屋から退室する。
そうして部屋の扉が閉まってマヤの姿が見えなくなると、男はケントたちの顔をそれぞれ一瞥してから、最後にケントに視線を合わせて重々しく口を開く。
「……私はアデルマギア家七代目当主、ランベルト・オズ・アデルマギアだ。娘の話にあった、クラヴィス様の遺した書物と似た書物を持っている少年というのは君のことか?」
「はっ、はい! その通りです」
ケントはどのように振る舞えばいいか迷って、ひとまず軽く頭を下げて恭しく一礼をする。
「まずは座るといい。君はそこに、他の者はそっちに掛けてくれ」
ケントはランベルトに促されるまま向かい合っている椅子に座り、残るエルナたち四人はテーブルの側面に用意されていた長椅子に腰を下ろした。
「俺はケントって言います。まずは突然の来訪にも関わらず応対していただけたこと、とてもありがたく存じます。それで、俺たちがこの家を訪ねた経緯なんですけど……」
「いや、君たちの名前や素性といった大体の話は既に娘から聞いている。前置きは気にせず、本題から話してくれて構わない」
「はい。それでは……」
ケントは足元に置いた背嚢から例の本を取り出すと、それをランベルトに手渡す。
「まずはこの本に目を通してもらえますか?」
「ふむ、これが……」
ランベルトは本を受け取ると、パラパラと指を滑らせページをめくる。
途中、驚いたり顔をしかめたりする様子を見せながら、しばらくすると再びケントに顔を向けた。
「……なるほど。読めない以上同じとまでは言い切れないが、確かに表紙や書いてある文字はクラヴィス様の遺した本と似ているな」
そう言ってランベルトは本を閉じ、そのままケントに返す。
「それで、君の頼みはクラヴィス様の遺した、それに似た本を譲って欲しいというものだそうだな?」
「はい。もしかしたら、そこに俺の記憶に結び付く手がかりがあるかもしれないんです。いきなり押し掛けて差し出がましいお願いだとは思いますが、どうか譲っていただけませんか?」
ようやく見つけた自身の記憶に関わるかもしれない貴重な情報。この機を逃せば次はいつ来るか分からない。
千載一遇のチャンスだとばかりに、ケントは頭を下げて懇願する。
「……いや、それはならん。確かに気になる話ではあったが、それ以上にあの本はクラヴィス様に関わる貴重な資料だ。それをたった今会ったばかりの者に信用して渡すほど、私はお人好しではないのでな」
「そ、それは……」
自分にとっては記憶の手がかりでしかなくとも、目の前の男性にとっては偉大な先祖の遺物であり、誰彼構わずおいそれと渡して良い代物ではない。もっともなことだとはいえやはり聞き入れてはくれないかと、ケントはがっくりと肩を落とした。
「だが客人として君たちを迎えたからには、無下に返すわけにもいかない。そこでだ」
しかし話はそこで終わらず、ランベルトは軽くエルナたちの方を一瞥してからこのように続けた。
「君たちは何故私の娘が冒険者の仕事をしているのか、既に聞いているそうだな?」
「はい。何でも、この家の復興のためだとか」
「そうだ。クラヴィス様は貴族になるより以前から、その絶大な魔術の腕を人々を守るために振るっていたという。それと同じようにあの子の力がこの国のためになることを示すには、人々の命を脅かす魔物を討伐するのが最も手っ取り早い手段ということだ」
平民が貴族になるというのは、並大抵のことではない。ただ非凡な才を持つというだけではなく、その才を国のために振るう意志があることを王家や貴族に示さなければならない。
つまりクラヴィスは魔術の才能だけでなく、その人格が国の繁栄に寄与するものだと周囲に認められたからこそ、当時の国王から爵位を与えられたのだ。
「それで、二日後に娘はまたギルドから引き受けた依頼をこなしにいくことになっているのだが、もしそれに協力してくれるというのであれば、報酬として君の頼みを聞こう」
「本当ですか!?」
「無論だ。アデルマギア家の当主として、約束を違えたりはしない。ただし、譲るのは写本だ。流石に原本を譲るわけにはいかないのでな」
「それで構いません。みんなは?」
ケントがそのように尋ねると、それまで事の成り行きを見守っていたエルナたちは互いに顔を合わせながら、最終的にリューテがケントに向けてこくりと頷いた。
「……どうやら、依頼を引き受けてくれると見てもよさそうだな」
「はい。では早速、あの娘が受けた依頼の内容を聞かせてもらえますか?」
「うむ、少し待ってくれ」
ランベルトは立ち上がると、近くにある棚から一枚の地図を取り出して、それを戻ってからテーブルの上に広げる。
「少し前、ある商人のキャラバンがこの街道を通った際に魔物の群れに襲われたということがあってな。それでギルドが詳しい話を聴いたところ、どうやら襲ってきたのはこの街道とは大きく離れたところにある、この辺りの遺跡を縄張りにしている魔物だということが判明したそうだ」
ランベルトは王都から南西の方向にある街道を指でなぞった後、遺跡のある地点を指差す。そこは街道とは逆の、南東の方向に位置していた。
「それ以降街道近くに遺跡の魔物が現れたという話は聞かないが、このまま野放しにしておけばまた街道を通る人々に危険が及ばないとも限らん。そこで君たちには、娘と共に遺跡内にいる魔物を一匹残らず討伐してもらいたい。それとギルドからは、何らかの要因がある可能性も考慮して遺跡内部を可能な限り調査してほしいとの要請もあった。そちらの方も、魔物討伐と並行して進めてくれ」
魔物が縄張りから大きく離れたところに現れたのは偶然なのか、あるいは何らかの原因によって引き起こされたものなのか。ここ最近の魔物の動向が怪しいこともあり、ケントたちはランベルトの説明を聞きながらも、内心穏やかではなかった。
「ところで、君たちは西の街から来たそうだが、もし宿が決まっていないならば今日より三日間、この屋敷を使ってくれて構わない。大したものはないが、食事も用意しよう」
「い、いいんですか!? そこまでしてもらって……」
「アデルマギア家は没落したとはいえ貴族だ。当家の発展に協力するというのであれば、身分の隔てなく最大限の礼を尽くそう」
全ての話がまとまったところで、ランベルトはゆっくりと腰を上げる。
「では、これから客間に案内しよう。付いてきてくれ」
そして、ケントたちは寝泊まりの拠点とするための客間まで案内されることとなった。
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