天才魔術師、マヤ
それから野営をして一夜を明かした次の日の朝。ケントたちは昨日のように交代で馬車を護衛しながら、時折襲ってくる魔物を倒して村までの道を進んでいく。
そして夕方、一行は目的地の村、マグヌス村へと到着した。
「ここがマグヌス村か。他の村と比べると随分と大きい村なんだな」
「そうだろう。何せここは王都に最も近い村だからな。輸送が容易だから家畜や作物を育てるのにはうってつけなんだ。それに、商人や冒険者もここを中継地点にするから、大きめの宿も建てられている。ほら」
商人が指差した先には、周囲の民家より一際大きな二階建ての建物があった。その後ろには荷馬車が数台、馬と共に置かれてある。
「おお、ようやく来たか!」
するとその宿から、一人の壮年の男性がケントたちの元までやって来た。
「待っていたぞ。久しぶりの家族との団らんはどうだった?」
「おかげさまで楽しい一日を過ごせたよ。それと済まないね。私の都合に巻き込んでしまって」
「何、お前とはもう十年以上の付き合いなんだ。今更気にせんでもいいさ。それで、後ろにいるのは護衛の冒険者か?」
「ああ。なんでも王都を目指しているらしくてな。私の護衛も兼ねてここまで乗せてきたんだ」
「そうか。君たちもご苦労だったな」
男はケントたちに顔を向けると、労いの言葉を掛けてから軽く一礼する。どうやら、彼こそがケントたちが護衛した商人の仲間のようだった。
「さて、皆疲れているだろうし、立ち話もなんだ。一度宿に行こうじゃないか」
「そうだな。私は馬車を停めて、それから他の仲間にも顔を合わせてくるから、君たちは先に宿泊の手続きを済ませてくるといい。ここまで本当にありがとう」
そう言って商人はもう一度馬車に乗り込むと、宿の裏にある厩舎を目指して馬を走らせる。
そんな彼の背中を見送った後で、ケントたちはもう一人の商人の後を追って宿の中まで入っていった。
「それじゃケント。私たちは部屋で休んでるから」
「ああ。また食事の時間にな」
ケントは宿泊の手続きを済ませると、少しの間エルナたちと別れて単独で行動することとなった。
「さてと、夕飯まで時間もあるし、ここは噂の女の子を探してみるか……ん?」
するとケントは、いかにも冒険者といった出で立ちの二十代半ばくらいの男女二人組が、自分の所まで近付いてきていることに気付いた。
「よ! お前が今日来るっていう商人を護衛した冒険者か?」
「ああ、そうだ。俺はケント。仲間と一緒にここまで来たんだ。その言い方だと、もしかしてあんたらは先に行った商人を護衛してた冒険者か?」
「その通りだ。俺はウーノ。で、こっちの気の強そうな顔の女がドゥーエだ」
「ちょっと、気の強そうなは余計よ!」
ドゥーエと呼ばれたその女性は不本意とばかりに、ウーノと名乗った男を肘で軽く小突く。
その遠慮の無いやり取りから、二人が気の置けない間柄なのだろうということが見てとれた。
「まあとにかく、よろしくね? それと、私たちの他にもう一人仲間がいるんだけど……」
「もしかして、そのもう一人って天才魔術師と呼ばれてる女の子だったりするか?」
ケントの質問を聞いて、二人は虚をつかれたかのように目を丸くする。
「あら、知ってたのね。そう、マヤって名前の、私たちより一回りは年下なのに、色々な魔術を扱える女の子よ。実は私たちがここに来るまでに戦った魔物は、全部その娘が倒したのよね」
「いやホント、あれにはたまげたぜ。Cランクの、普通に戦ったらそれなりに面倒そうな魔物を数体、魔術であっという間に吹っ飛ばしてたからな。おかげで俺とこいつは何もせずにのんびりとここまで来れたってわけだ。ははは!」
「あんたねえ。私たち一応は先輩冒険者だっていうのに、情けないと思わないの?」
「つってもなあ、冒険者ランクは俺たちよりあの娘の方が一つ上だぜ? ありゃあ本物の天才だ。あの娘と比べられたら、誰だって情けなくなるっての」
ドゥーエの呆れたような言葉もどこ吹く風とばかりに、ウーノは肩をすくめる。そのやり取りを見たケントは、この二人もだいぶ腕の立つ冒険者に見えるが噂の少女はそれ以上なのかと、内心でそのように考えた。
「実は俺たちが護衛した商人からその娘の噂を聞いてな。是非とも会ってみたいと思ってたんだ。で、その娘は今どこに?」
「牛を見にいくって言ってたから、居るとしたら牧場の方かしらね。桃色の髪で綺麗な身なりの、明るくて人懐っこい娘よ。話し掛けてみればすぐに分かると思うわ」
「ついでに、そろそろ夕飯の支度をするから戻ってこいって伝えといてくれないか?」
「了解。それじゃ、ちょっと行ってくる」
ケントは早速少女を探してみようと、情報を教えてくれた二人に礼をしてから宿を後にした。
村の中には数多くの民家と畑が並んでおり、迷うほどではないものの街の郊外にも引けを取らない程度には広い。
ケントはすれ違う村人に何度か道を尋ねつつ、牧場までやって来た。
「取り敢えず牧場に着いたけど……さて、桃色の髪をした女の子はどこにいるのか……」
そこではどうやら牛を放牧しているようで、ある牛は牧草を食べたり、またある牛は数頭の群れになってのんびりと敷地内を散歩していた。
その中のどこかに人がいないか、ケントは辺りを見回してみる。
「……ん?」
すると少し離れた所に、ドゥーエの言う通り、肩までかかるくらいの桃色の髪の毛の、綺麗な身なりをした小柄な少女がしゃがんで牛をじっと見つめていた。
ケントはその少女にそっと近付いて、控え目に声を掛けてみる。
「あーその、ちょっといいか?」
少女は突然見知らぬ男に呼ばれたことに驚いて少しだけビクリと反応しながら、ケントの方に振り向いた。
「え、えーっと……」
「ああ、悪い。まずは自己紹介をすべきだよな。俺はケント。仲間と一緒に冒険者をやっているんだ。君が護衛していた商隊の中に一人、後から遅れてくる人がいるって話は聞いているか?」
「……あっ、うん! ということは、もしかしてその商人さんをここまで護衛してきた冒険者さん?」
「そうだ。よろしくな」
「うん! 私はマヤっていうの。よろしくね、ケントさん!」
マヤと名乗った少女はそれまでの緊張したような表情から一転、大輪の花のように朗らかな笑顔をケントに向けた。
「(……この娘が例の天才魔術師なのか。あの商人の言う通り、本当に小さな女の子なんだな……)」
ケントはマヤのことを、それとなく見つめてみる。
彼の胸元くらいまでしかない背丈に、小柄な体躯と若干のあどけなさを残す容姿。小さな宝石がはめ込まれたブローチで結び目を固定したマントや瀟洒な模様の刺繍が施された衣服からは冒険者というよりも、箱入りのお嬢様といったような印象を受ける。
唯一背中に掛けている杖だけが彼女が戦う力を持っていることを示しているものの、それでも目の前の少女が相当な腕前を持つ冒険者だと言われていることが、ケントにはにわかに信じがたかった。
「……? どうしたの? もしかして、私の顔に何かついてる?」
「いっ、いや! 何でもない! ちょっと考え事をしててな」
どうやらいつの間にか不自然なくらいにじっと見つめていたようで、ケントは怪しまれないように話題をさりげなく切り替える。
「マヤの方こそどうしたんだ? さっきまで牛をずっと見てたみたいだけど」
「あ、うん。実は牛さんをこんなに近くで見たのって初めてで、どう接したらいいのか分からなくて……」
「そうなのか?」
それは意外だと、聞いててケントは思った。
冒険者はその仕事柄あちこちの村に訪れることになるため、その中で牛と触れ合う機会はいくらでもある。ウーノとドゥーエが自分たちをマヤよりも先輩の冒険者と言っていたことから、経歴自体はそこまで長くはないのかもしれないと、ケントはそう考えた。
「それなら見るだけってのも味気無いし、折角なんだから撫でてみたらいいんじゃないか?」
「でも、いきなり触ってもびっくりしないかな?」
「大丈夫だって、ほら」
牛は自分のことを見つめている二人のことを気にも留めず、地面にどっしりと身体を据えてくつろいでいる。
ケントはそんな牛に近付くと、そっと身体を撫でてみる。
すると、牛は余程気持ちが良かったのか、うっとりした様子で身体をケントに預けてきた。
「わあっ、本当だ! 凄く人懐っこい!」
「魔物は人間が近付いたら、逃げたり襲ってきたりするだろ? だけど、こいつらは俺たちがここまで近付いても何もしてこない。人間を全く警戒してない証拠だ。きっと、ここの村人に大切にされているんだろうな」
その時だった。牛はおもむろに起き上がると、嬉しそうな鳴き声を上げながらケントにのしかかる。
「って、おわあっ!?」
そしてそのまま覆い被さるように地面に押し倒すと、今度は友好の証とばかりに顔を擦り付けた。
「ケ、ケントさんっ!?」
「ちょっ、やばいっ、助け……うおあああっ!?」
「わあああっ! 牛さん、駄目駄目!」
牛にとっては単にじゃれているだけでも、人にとっては割りと命懸けである。
マヤはどうにかして牛をケントから引き離そうとした。
「ふう、びっくりしたあ……」
「人懐っこいっていうのも考えものだな……」
しばらくして牛はどうやら満足したようで、のしのしと歩いて何処かに退散していく。
ケントは気を取り直してからゆっくりと立ち上がると、当初の目的を達成しようとマヤに顔を向けた。
「それで、マヤ。いくつか聞きたいことがあるんだけど、いいか?」
「うん、なあに?」
「実は……」
しかしケントの言葉はそこで遮られる。というのも、村人が何やら慌てた様子で二人の元まで駆け寄ってきたのだ。
「おい、あんたら! 今すぐここを出るんだ! 魔物がこっちに向かっている!」
「何、魔物が!?」
突然の魔物が襲撃してきたという知らせに、ケントは何とも間の悪いことだと面食らう。しかし、すぐに落ち着きを取り戻してから村人にこう伝えた。
「安心してくれ、俺たちは冒険者だ。それで、魔物はどこから来る? 数はどれくらいだ?」
「でかい狼みたいなのが七、八匹、あっちの方から来てるそうだ! このままだと、柵を壊してここに入ってくる! 既に他の奴を宿にいる冒険者のとこに向かわせたが、間に合うかどうか……」
「分かった、なら俺たちが先に行って足止めする! マヤ、君も来てくれるか?」
「もちろん! 私だって冒険者だもん。一緒に戦うよ!」
マヤは意気込みを示すかのように、拳を握り締めてグッとガッツポーズをする。
「よし、そうと決まればすぐに行こう! あんたは念のためここの動物たちを避難させておいてくれ」
「ああ! 済まんが頼む!」
もたもたしていては魔物に村を襲われてしまう。そうなる前に一刻も早く対処しなければならない。
二人は急いで魔物のいる方向へと走り出した。
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