旅路
「……うん、こんなものかしらね」
「水、食料、砥石。これだけあれば十分だな」
リューテとソニアが王都行きの馬車を手配するためにギルドへ相談に向かう傍ら、ケント、エルナ、ニュクスの三人は市場で旅に必要な物資の調達を済ましていた。
「後はリューテさんとソニアさんが馬車を確保すれば、準備は万全ですね」
「そうだな。必要な物は一通り揃えたし、一度リューテたちの様子を見に行って――」
「おーーーい、みなさーーーん!」
その時だった。ソニアが三人を呼ぶ声とともに、右手をぶんぶんと振りながら駆け付けてきた。
「あら、噂をすれば」
「どうしたんだ、ソニア?」
「はい! えーっとですね……確か……あれ、何でしたっけ?」
「おいおい……」
どうやらソニアは、ケントたちに何かを伝えるためにギルドから市場まで来たようだった。しかし、広い市場から彼らを探そうと夢中で走り回っているうちに、その内容を度忘れしてしまっていた。
「ちょっと待ってくださいね。すぐ思い出しますから! 何せワタシは賢いので!」
「いや、賢いならそもそも忘れないだろ」
そう言ってソニアは腕を組むと、うなり声を上げながら三人に伝えようとした内容を必死に思い出そうとする。
「……あっ、思い出しました! リューテさんがですね、馬車を用意出来るかもしれないから一度ギルドに来てほしいと言ってました!」
「おっと、そいつはいいタイミングだな。俺たちも、丁度そっちに向かおうと思っていたところなんだ」
ケントたちが市場で買い物をしている間に、リューテの方も王都に向かう馬車の当てを見つけていた。そして、そのことを伝えるためにソニアを三人の元まで行かせたのだ。
「わざわざソニアに私たちを呼びに行かせるってことは、リューテさんだけで決められないってことよね。何かしら?」
「ギルドですし、依頼に関係することではないでしょうか?」
「かもな。とにかく行ってみよう」
三人は購入した物資を袋にしまうと、ソニアと共にギルドへと向かっていった。
歩くこと十数分、四人はギルドに到着した。
中へと入り、ソニアに従ってリューテの所まで向かっていく。併設された冒険者の集う休憩場に、彼女は座っていた。
「待たせたな、リューテ」
「む、来たか」
机を挟んだ向かいには、顎ひげをたくわえた四十代ほどの見た目をした男性が座っている。恐らく彼こそが馬車を用意してくれる男性なのだろうと、ケントはそう考えた。
「その様子だと、そちらは既に済ませたようだな」
「ああ。そっちも、王都行きの馬車を用意出来そうだってソニアから聞いたよ」
「この者が私たちに協力してくれるそうだ。もちろん、その条件として彼の依頼を受けることになるが」
リューテはそう言って、自分の正面に座っている壮年の男性に顔を向ける。
「やっぱりか、ニュクスの言う通りだったな。で、どんな依頼なんだ?」
「それについては私から話そう」
するとその男性はリューテたちに依頼をすることになった経緯を説明し始める。
それによると、彼は複数人と隊を組んで商いを営んでいる商人で、次の仕事はここから反対にある東の街まで行かなければならないため、いつ帰ってこられるか分からない。そこで、どうしてもこの街に住んでいる家族と一日だけ過ごしたいと思い、それで仲間を先に行かせてここに残っていたとのことだった。
「ただ、先に行った仲間もマグヌス村という王都の近くにある村に一日だけ滞在することになっていてな。そこで合流すると約束しているんだ。君たちには、それまで私を護衛してもらいたい」
「なるほど。その代わりとして、道中は馬車に乗せてくれるというわけか」
「そういうことだ。もっとも、商売用の荷馬車だからな。乗り心地は保証しないが、それでも王都までの道をずっと歩いていくよりはいくらかマシだろう」
行商人や旅人を乗せた馬車を護衛する依頼というのは、毎日のようにギルドに転がり込んでくる。そのため馬車の積み荷の量や目的地や護衛の人数など、余裕がある場合はついでに自分たちを乗せてもらえるよう交渉する冒険者も少なくはない。
リューテがケントたちを呼んだのはこのためだった。
「いいんじゃないか? 俺たち五人で護衛を交代しながらいけば、そう何度も休まずに目的地まで辿り着けるだろうし。まさに渡りに船、いや、馬車と言ったところだ」
ケントの言葉にエルナとニュクスも異論はないようで、二人はリューテの顔を見てこくりと頷く。
王都まで楽に辿り着きたいケントたちと安全に辿り着きたい商人。両者の利害は完全に一致していた。
「どうやら、皆賛成のようだな。では、あなたの依頼を受けよう。明日はよろしく頼む」
「おお、それはありがたい限りだ! こちらこそ、明日はよろしく頼むよ!」
商人は人の良さそうな笑顔を浮かべ、リューテと握手を交わす。
それからケントたちはギルドで依頼の受注に必要な手続きを取ると、それぞれ解散してから自由な時間を過ごして一日を終えた。
そして翌日。ケントたち五人と商人は街の入り口に集合していた。
「いやー、いよいよ王都に出発ですね! どんな出会いが待っているのか、今から楽しみですよ!」
「そうだな。だけど、その前に一仕事だ」
既に商人は出発の用意を整えており、あとはケントたちを待つのみとなっていた。
「これくらいの大きさの馬車なら、護衛役は二人いれば十分そうだな。まずは俺がやるとして、あと一人誰か頼めないか?」
「では、私がやろう。これの切れ味がどれ程のものか、試しておきたいからな」
リューテは腰に差してあった剣を正面に掲げると、鞘から少し引き抜く。すると、一点の曇りすらもかき消すような銀色に光る刀身が顔をのぞかせた。
「おっ、もしかしてそいつがミスリルの剣か!?」
「ああ。希少な鉱石ゆえ父も加工に手こずっていたが、どうにか珠玉の一品を完成させてくれたよ」
「たしかに、見ただけでも普通の剣とは違うっていうのが伝わってくるな」
鉄や鋼では引き出せない、まるで剣の持つ無機質さを殊更に強調するかのように洗練されたミスリルの異質とも言える輝き。それだけでも他の剣とは違うと、彼女と同じ武器を振るうケントにもそれとなく理解出来た。
「一振りでいいから、俺にも使わせてくれないか?」
「それは構わないが、私がまだ一度も使ってないんだ。だから、そのうちな」
ケントの要望を軽くいなしつつ、リューテは剣を鞘に納める。
そして、全員に出発の合図を送った。
「さて、そろそろ行くとしようか。昼過ぎになったら交代するから、三人はそれまで馬車で休んでいてくれ」
その声とともにエルナ、ニュクス、ソニアの三人が馬車に乗り込む。それからその横にケントとリューテが付いたのを見て、商人は手綱を振って馬に合図を送った。すると、馬はいななきと共にゆっくりと脚を前へ動かし始める。
五人の王都に向かう旅が、今ここに幕を開けた。
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