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いざ、王都へ

 ケントたちが依頼を終え、シエナ村から街まで帰還してから一週間が経過した朝のことだった。

 空はすっかり明るいものの、まだまだ日の位置は高くない時刻。リューテは起床すると、身だしなみを整えてから工房のある一階まで降りていく。すると、そこには鍛冶屋の店主である父親の姿があった。


「おはよう、父よ。上にいないと思ったら、もう起きていたのか」

「おう、ようやく起きたか! 遅え目覚めなこった!」


 父親に開口一番にそう言われて、リューテは窓から外を確認してみる。しかし目が覚めた時と変わらず、日は周囲の建物に阻まれてまだまだ姿を見せていない。


「……いや、いつも通りの時間に起床しているはずだが?」

「そうじゃねえ。俺がこいつをお(めえ)に見せたくて待ちくたびれちまったってことだ。ほれ!」


 父親は近くの壁にこれ見よがしに丁重に立て掛けてある剣を手に取ると、鞘から引き抜いてリューテに見せる。鈍く、混じり気のない銀色に光る刀身。それは、ノトスで貰ったミスリルを加工して作られた剣だった。


「ちと手間取ったが、やっとお前に頼まれてたもんが出来上がったぜ?」

「おおっ! ようやくか!」


 リューテは父親から剣を受け取ると目を輝かせ、まるで魅入られたかのようにじっと見つめる。完成の時を今か今かと待ち侘びていただけに、手にできた感動もひとしおだった。


「これがミスリルの剣……素晴らしいな。この輝き、この造形。持っているだけでも力が伝わってくるようだ……」

「俺も結構な数の剣を打ってきたが、そいつはそん中でも間違いなく一番の業物だ。何せ……」


 そう言ってリューテの父親は、どこからともなく真っ二つに切断された三本の大根の束を取り出した。


「見ろ! 試しにこいつを斬ってみたら、まるで紙みてえにスパッと斬れたぜ!」

「……いや、待て待て待て!」


 目の前で鮮やかな断面をさらけ出している大根と、それを得意気な顔で見せびらかす父親を見て、リューテは困惑と非難の混ざった声を上げる。


「何故大根を!? 折角希少な素材から作った剣の記念すべき一振り目を、そんな包丁みたいな扱いで済ます奴があるか!」

「まあいいじゃねえかこんくらい。それに、そいつの本当にすげえ所は切れ味じゃねえぞ?」


 父は持っていた大根を適当に放ると、自分の娘が手にしている剣を指差す。


「そいつにいつもと同じ要領で、ほんの少しだけ魔力を通してみな」

「少し? こんなものか?」


 リューテは言われた通りに、手に持った剣に軽く魔力を込めてみる。すると、本当に軽くであったにも関わらず、今まで使用していた剣に全力で魔力を込めた場合と遜色ない勢いで炎が巻き上がった。


「おおっ、これは……」

「すげえもんだろ? それこそがミスリルの持つ特別な性質だ。実は俺もさっき試してみたんだけどよ。加減を間違えて危うく工房を火の海にしちまうとこだったぜ! だっはっは!」

「おいおい、上で寝ていた私のことも考えてくれ……」


 ミスリルには魔力を増幅させる力があり、本来は肉体よりも魔力を行使して戦う魔術師の武器の素材として用いられることが多い。無論、剣として錬成した場合もその性質は健在であり、一度魔力を通せば強力無比な一撃を繰り出せるようになる。


「そいつさえありゃあ、お前の腕ならBランクの魔物ともやり合えるようになるだろうよ。ただし……分かってんな?」


 するとリューテの父親はそれまでの豪快でひょうきんな振舞いから一転、厳格な表情を自分の娘に向けた。


「武器の力を己の力だと思うな、だろう? 無論、分かっているさ。私がまだ駆け出しの冒険者だった頃、毎日のように言われたことだからな。この剣に相応しい人間になれるよう、これからも精進を重ねていくつもりだ」


 彼女が今ミスリルの剣を手にしているように、力を得るというのは存外容易い。だが、それはあくまで与えられたものでしかなく、そのことに(おご)って自身の研鑽を怠れば、いざ戦いになっても最大限に力を発揮できず、そのまま怪我や、あるいは死へと繋がることにもなりうる。

 たとえどのような力を得たとしても、最後に重要なのはそれを扱う者の心意気なのだと。片時も忘れたことのない父の教えを胸に、リューテは剣を鞘に納める。


「ともあれ感謝する、父よ。これで、今まで以上に彼らのことを助けてやれそうだ」

「…………」


 その時だった。リューテは顔を上げると、自分の父親が腕を組ながら悩ましい顔つきで自分を見つめていることに気付く。


「……うん? どうした? 私の顔に何か付いてるか?」

「いや……お前、何だか母ちゃんに似てきてんなあと思ってよ」


 父親の言葉の意味がいまいち理解出来ず、リューテは怪訝な顔をする。


「母に? 私がか?」

「ああ。昔、まだ俺が冒険者だった頃だ。仕事の帰りに綺麗な花を見つけたんで、摘んで帰ったらよ。あいつはその花よりも愛らしい顔で喜んでくれたってことがあったんだが、近頃のお前の顔はそん時のあいつそっくりだ。そんな顔、少し前までは滅多にしなかったってのによ」


 リューテは決して不愛想ではないが、かといって感情を明け透けに出す性格でもない。そんな娘が普段は見せないような穏やかな顔で喜ぶ姿を見て、父親は亡き妻の面影を見出だしていた。


「はっはーん。もしかしてお前、気になる男でも……」

「なっ……! そ、そんなわけないだろう! 彼とは私が剣を教えたよしみで行動を共にするようになったというだけで、決してそのようなふしだらな関係になったわけではない! 馬鹿なことを言うな!」


 必死になって弁明する娘を前に、父親はニヤニヤとした表情を浮かべる。


「おいおい、俺は気になる男でもいるのかって聞いただけだぜ? なのに、何でいきなりあの(あん)ちゃんが出てくんだよ?」

「……はっ!? い、いや違う! これは単に彼と仕事をすることが多くなったからとっさに頭に思い浮かんだというだけで、彼を特別意識しているわけでは……」


 自身の発言を撤回しようと更に弁明を重ねるも、動揺で回らない頭ではそれもままならず、リューテは次第にしどろもどろになる。


「だーはっはっは! お前は本当に分かりやすい奴だな!」

「ぐっ……! そろそろ出る! 皆を待たせているんでな!」


 これ以上言い合いをすればますます墓穴を掘ることになりかねない。そう判断したリューテは剣を腰に差すと、そのまま強引に会話を打ち切ってずかずかと家を出ていった。




 そして同じ頃、エルナとニュクス、そしてソニアの三人は、ケントの部屋に一同に介していた。


「それにしてもリューテさん、何の話かしらね」

「さあ? だけど、わざわざ定例会の予定を早めて俺たちを集めるくらいだから、大事な話ではありそうだな」


 ケントたちは常に五人全員で行動しているというわけではなく、その中で何人かと組んだり、時には一人で依頼を受けるということもある。

 そこでばらばらに行動した際に知り得た情報を共有するため、こうして定期的に全員で集まって話し合う機会を設けているのだが、今回はリューテの提案により予定日をやや前倒しにして開かれることとなっていた。


「そこまでしてここにいる全員に聞かせたい話となると……何か大きな依頼話とかですかね?」

「もしかしたら、ワタシたち皆で旅をしようって話かもしれないですよ!」


 四人であれやこれやと会話に花を咲かせているうちに、しばらくすると宿屋まで到着したリューテがケントの部屋へと入ってきた。


「……っと、皆揃っていたか。待たせて済まなかった」

「いや、大丈夫だ。おはようリューテ」

「……え!? あ、ああ……」


 ケントと目が合った瞬間、リューテはつい反射的に顔を逸らして、それからぎこちなく返事をする。


「(待て、なぜ咄嗟に目を逸らしてしまったんだ! 明らかに不自然すぎるだろう!? これではまるで、私が本当に彼を意識しているみたいじゃないか!)」

「……? 何だか元気がなさそうだけど、どうかしたのか?」

「い、いいい、いや! 問題ない! 問題ないぞ!? それよりも、今すぐに本題に入りたいのだが構わないか!?」

「あ、ああ。構わないけど……」


 リューテは話題を無理矢理変えようと、咳払いをしてから全員を集めた理由について説明し始めた。


「さて、今日皆に集まってもらったのは他でもない。今後の我々の活動方針について、私から一つ提案したいことがあるんだ」

「活動方針?」


 ケントの問いに、リューテはこくりと頷いてから話を続ける。


「既に何度も話しているが、ここ最近の魔物の動きにはどこか不穏なものがある。強力な魔物が本来の縄張りから離れた場所に現れたり、先のノトスでは絶滅を疑われていたほどに希少な魔物と遭遇した。リリエッタさんにも聞いたんだが、これと似たような事例はギルドの方でもたまに報告が上がっているそうだ。となれば、これは偶然で済ますべきではないだろう」

「やはり、何か原因があるとお考えですか?」

「ああ。とはいえ、断定するにしても今のままではあまりにも情報が足りなさすぎる。そこでだ」


 リューテはそこで一旦間を置いてから、続く言葉を紡いだ。


「魔物についてより多くの情報を集めるため、皆で王都に行ってみないか?」


 ここにいる全員、冒険者としての姿がすっかり板に付いてきた。しかしそれと同時に仕事の方も段々と厳しく、予測し難いものとなりつつある。

 加えて、本当に魔物に何らかの異変が起こっているのであれば、これまで以上に予期せぬ危険な魔物と遭遇するという事態が増えてくることになる。

 そういった諸々の状況を踏まえた上で、今後の活動方針を決定するにはまずは情報収集が急務であると、リューテは考えた。


「王都か……たしか、アネモイって言ったか?」

「そうだ。あそこならば、私たちが知らない情報もたくさんあるだろう」


 王都であるアネモイには、王城のみならずギルドの本部も置かれており、地理的にも機能的にも王国の中心に位置する。そのため、東西南北にある全ての街から数多くの冒険者が訪れることから、情報を集めるにはもってこいの場所である。


「王都かあ、何だか懐かしいわねえ……」

「懐かしい? エルナは王都に行ったことがあるのか?」

「ええ、幼い頃に両親に連れられて遊びに行ったことがあるの。雰囲気はこの街と似ているけど、ここよりもたくさんの人と物に溢れてて、凄く活気のある街だったわ」


 彼女は冒険者になるまではほとんどの時間を村で過ごしており、ゼピュロスに行くことすら稀だった。そのため家族三人で王都まで旅した記憶は、十年近く経った今でも深く思い出として残っていた。


「……うん! 私は王都行きに賛成! あの時はただの子供だったけど、冒険者になった今ならまた違った経験が出来ると思うし。それに、ここにいる皆で街を見て回るだけでも、きっと楽しいもの!」

「私も異存ありません。この国中から人が集まるような所なら、情報に限らず今後の私たちの活動に役立ちそうなものも色々とあるでしょうからね」

「勿論、ワタシも同行しますよ! エルナさんの話を聞いただけでも楽しそうで、今からワクワクしますねえ!」


 三人が賛同の意を示したのを確認してから、リューテは残るケントの方を見る。


「君もいいか?」

「ああ、賛成だ。魔物のこともそうだけど、ついでに俺の記憶についての手掛かりも見つかるかもしれないからな」

「よし、ならば明日の朝に出発しよう。恐らくノトスの時よりも長い旅路になるだろうから、くれぐれも準備だけは怠らないようにしてくれ」


 リューテが最後に締めくくりの言葉を述べたことによって、定例会はお開きとなる。

 その後は全員、宿を出ると市場を訪れて明日からの長旅に向けて必要なものを買い揃える。

 観光、仕事、そして情報収集。自分たちがこれから何を見て、何を知るのか。五人は期待に胸を踊らせる一方で、魔物の不自然な動向について漠然とした不安を抱いていた。

ここまでご覧いただき、誠にありがとうございます。


今後も不定期ではありますが投稿を続けて参りますので、次回もお付き合いいただけますと幸いです。


最後に、評価・ブクマ・感想等いただけますと大変励みになりますので、よろしければお願いいたします。

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