ささやかな宴
その後、ケントたちは変異種を含めた三匹のヴィルトボアを一旦村長に預けてから、家に戻って就寝の準備に取り掛かる。戦いを終えて平穏を取り戻した村は、少し前までの殺伐とした空気が嘘のように静かで、緊張の糸が緩んだ三人はあっという間に深い眠りに着いた。
そして日が昇り始めた頃、三人が目を覚まして外に出ると、何やら村が賑わっている様子だった。
「何だ? 昨日とはうって変わって、何だか凄い賑やかな雰囲気だな」
「これはこの村の、ちょっとした催しのようなものだよ。討伐した魔物の面倒な解体処理を、村の者に任せてやってもらう。その代わりとして、肉は村の人たちで分け合って宴を開くんだ。私も昔、ここで依頼をこなしたときに同じような歓待を受けた」
「へえ、そうなのか。まあ、俺たちだけで三匹分の肉を食べきるなんて無理そうだし、ちょうどいいな」
宴といっても村に住んでいる全員が一同に介して和気あいあいと盛り上がるといったものではない。解体した魔物の肉を各民家に配って回り、それを各々が調理してから仲の良いもの同士で集まって食べたりと、好き勝手に楽しむという比較的自由なものである。
とはいえ、村の平和を取り戻し、魔物の肉という中々に貴重な食材を提供してくれた冒険者を一目見ようと、村中の人々が代わる代わるケントたちの元へとやって来た。そして、軽く雑談を交わしたり、畑で採れた野菜を分け与えたりしてから自分の家に帰っていく。そうしているうちに、やがて起きたときには不在だった村長が、解体を任せたと思しき二人の村人を連れて戻ってきた。
「おお、もう起きていたか!」
どうやら昨日の戦いで被害にあった家がないかを確認して回っていたようで、その事を三人を伝えてから、深々と頭を下げる。
「あんたらのお陰で、村の安全は守られた。いやはや、本当にありがとう!」
「礼には及ばないさ。これが私たちの仕事だからな」
「とんでもない。命を懸けて儂らの生活を守ってくれたんだ。村を代表してお礼を言わせておくれ」
それから村長は顔を上げると、リューテの隣で何かを期待しているかのように目を輝かせていたソニアに気付いたようで、笑いながらこう言った。
「ほっほっほ。分かっておるよ。お嬢ちゃんの目的はこれじゃろう?」
すると、後ろで待っていた二人の男性がずいと前に出る。その手には食べやすいサイズに解体された、村中の人々に配り歩いてもまだ有り余るほどのヴィルトボアの肉、そして毛皮や牙といった何らかの用途に使えそうな素材の数々があった。
「おおっ、まだこんなにあるのか……!」
「うむ。やはりあのデカブツの肉が多すぎてな。十分に配ったはずが、こんなに余らせてしまった」
「こ、これ、全部食べていいんですか!?」
「もちろん構わんさ。元々はあんたらが討伐したもんじゃからな。その辺りにあるかまどを使って、好きなだけ食べていくといい。ああそれと、追加の報酬もここにある。これはあんたに渡しておこう」
村長はいくらかの硬貨が入った小さな袋を懐から取り出すと、それをリューテに手渡す。
「ああ、確かに受け取った」
「さてと、儂はまだ他の家を回らないといかんのでな。この辺で失礼しよう。またこの村を出るときにでも声を掛けておくれ」
それから村長は三人に軽く一礼してから振り向くと、まだ見回っていない家に向けて歩いていった。
「……さて。それじゃあ私たちも、存分に戦勝会を楽しむとしようじゃないか!」
「うおおおお! 待ってましたあ!」
三人が周囲を見ると、そこには村長が言っていた通り、小さなかまどと肉焼き用の金網と串があった。そこに木の枝と枯れ草を入れてから、火打ち石を用いて着火する。
そして、串に肉や貰った野菜を刺してから、それを金網の上に並べていった。
「えっへっへー。まだかなまだかなー?」
「おいおい。楽しみなのは分かるけど、まだ気が早すぎるっての」
「焦らずとも肉は逃げたりしないさ。ひとまず、そこに腰掛けようじゃないか」
三人はかまどの周りに置かれてある手頃な大きさの石の上に座り、肉が焼けるのをボーッと眺めて待つ。
少しして辺りに香ばしいにおいが立ち込め始めた頃、肉が中まで十分に焼けたことを確認した三人は、金網に乗っている串をそれぞれ手に取る。
「わーい! いっただっきまーす!」
そしてソニアの活気ある号令と共に、三人揃って一斉に口に運んだ。
「んはぁー、美味しい!」
ソニアは歓喜の声を上げ、ケントとリューテも満足げな顔を浮かべてすぐさま二口目を口にする。歯ごたえのある弾力。噛んだ瞬間に口いっぱいに広がる肉汁。彼らが食欲の僕となるには十分すぎるほどのものだった。
そこからは、三人はその食欲の赴くままに焼いては食べ、焼いては食べをひたすら繰り返し、あっという間に半分を平らげた。
「やっぱり、一仕事終えた後のお肉は最高ですねえ!」
「そうだな。腹が空いてるからか、なおさらそう思えるよ。本当、思いもよらぬ戦利品を手に入れたもんだ」
「戦利品はこれだけじゃないさ。ほら」
リューテは二人に目配せをしてから、肉の近くに置かれているものに視線を送る。そこには、一緒に運ばれてきた毛皮や牙、骨が並んでいた。
「思いのほか沢山獲れたな。こんなにあると、街まで運んでいくのも大変そうだ」
「だがまあ、ここにあるもの全部が何かしら便利な道具の材料になるんだ。頑張って持ち帰ろうじゃないか」
「そうだな。しかし、こうして見ると変異種は身体の一部だけでもだいぶ迫力があるな。この牙なんて、まるで剣みたいだ」
ケントはその中でも自分の腕と同じくらい太く長い、異常なまでに発達した牙を両手で拾い上げると、それをまじまじと眺める。
「それは商人に買い取ってもらう。変異種の骨や牙なら、それなりの金になるだろうからな。今後、私たちが冒険者として活動するための資金の足しになるだろう。他にも毛皮は防寒具の素材にするとして、通常種の牙は父に頼んで、ソニアちゃんのための武器に加工してもらうつもりだ」
ソニアはリューテの話に自分の名前が出たことに反応し、肉を頬張りながら彼女の方に振り向く。
「んえ? ワタシの武器ですか?」
「ああ。今日もそうだが、ここ最近は意図せず手強い魔物と戦うことが多くなってるからな。今は良くても、そのうち素手ではやっていけなくなるだろう。というより、何故今まで素手で戦っていたんだ?」
「だって重い武器なんか持ったら、それだけ速く動けなくなっちゃいますし」
「いやまあ、分からないでもないが、だからといって何も持たないというのはいくらなんでも極端過ぎるだろう……」
事実、獣人は己の肉体こそが最良の武器であると考える者が多く、それ故に人の手で造られた武器をあまり好まない。しかし、それでもクローやナックル、あるいはナイフといった携帯性に優れ、かつ動きを阻害しない武器を使用するのが一般的で、ソニアのように素手で戦う者は滅多にいない。
「俺としてはむしろ、今までは素手で戦ってこられたってことの方が凄いけどな。丸腰で魔物と戦うなんて、考えるだけでも恐ろしい話だ」
「でもワタシ、考えてみればこの前戦ったおっきな亀みたいな魔物も今回の魔物も、あんまりうまく戦えなかったんですよねえ。うーん……」
実際のところ、彼女は獣人の中でも一際高い身体能力を有しており、素手でも下手な冒険者より余程強い。それだけに、これまで武器に頼るという発想を持つことはなかった。
しかし、少し前に戦った亀の魔物、シルトルーガ。そして今回戦ったヴィルトボアの変異種と対峙して、世の中には今のままじゃとても歯が立たないような魔物がいくらでもいるのだと、彼女は自身の力に限界を感じつつあった。
「やっぱり、ワタシも何か武器を持った方がいいですかねえ?」
「そうだな。もし君がナックルでもナイフでも使っていたなら、今日の変異種くらいの魔物なら一人でも簡単に倒せていただろう。これからのことを考えるならば、やはり何らかの武器は持つべきだと私は思う」
「そうですかあ……」
これまで肉体一つで魔物と戦ってきたソニアは、素手での戦闘スタイルがすっかり身に染み付いていた。武器は己の身体ただ一つ。鍛えるべきも己の身体ただ一つ。その単純明快さが何より彼女の性に合っていた。しかし、今より強くなりたいのであれば、これからは武器を用いた新たな戦い方を身に付けていかなければならない。悩みに悩んで、遂に彼女は覚悟を決めた。
「……分かりました! それじゃあ、よろしく頼みますね! 出来れば軽くて小さい武器がいいです!」
「ああ、任せてくれ。君の力を今以上に引き出せるようなものを作ってもらうさ」
「よお、あんたら!」
その時だった。昨晩に協力を仰いだ二人の村人が、手を振りながらケントたちの元までやって来た。
「ああ二人とも、昨日は色々とありがとな。おかげで助かったよ」
「いやいや、礼を言うのはこっちの方だって! 厄介な魔物を駆除してくれたうえに、朝からこんないいもんまで食わせてもらえてんだからな」
そう言って彼らは、適当に辺りの地面へ腰を下ろす。その手には、分けて貰った肉とエールが注がれた木製の酒器が握られていた。
「しっかしあんたらが戦ってるところ、見てみたかったなあ。あんな馬鹿でかいボア、一体どうやって倒したんだか」
「全くだ。俺たちじゃ念入りに準備して、ようやく小さいのを一匹仕留められるかどうかだってのに。やっぱり、冒険者ってのは凄えもんだな」
「私たちは戦うことが仕事だからな。日頃からしっかりと鍛えている。それに、あれより強い魔物と戦ったことだってあるんだ。ボア程度、今更恐れはしないさ」
「(俺は結構恐ろしかったけどな……)」
それからは、お互いに昔話や仕事の苦労話などをして会話に花を咲かせる。
そうしているうちに持ってきた酒がなくなったところで、二人は顔を合わせて立ち上がった。
「んじゃ、酒も切れたし俺たちはこれで。また奴らが現れたときにはよろしく頼むよ。あんたらみたいな優秀な冒険者がいてくれりゃ、この村も安泰ってもんだ!」
「また会えるのを楽しみにしてるぜ! もしよかったら、次はあんたらの戦いぶりを近くで見させてくれよな!」
そして別れの言葉を掛けてから、二人は退散していった。
「優秀な冒険者、か……」
二人の去り際の言葉を思い返して、ケントは表情に影を落とす。そんな彼の変化を、リューテは見逃さなかった。
「……うん? どうした? ケント君。何だか浮かない顔をしているじゃないか」
「いや、な。あの二人、俺たちに優秀な冒険者だって言っただろ? だけどリューテとソニアはともかく、俺までそこに入ってるってのはどうにもな……」
ケントからすればリューテは剣の師で、何かと世話を焼いてくれる頼れる先輩冒険者である。そしてソニアは冒険者ランクこそ自分と同等だが、本来ならばもっと強い魔物とも渡り合えるくらいに常人離れした戦闘センスを持っている。
そんな誰かに認められるような仲間と行動を共にしていることが、彼には誇らしかった。だがその一方で、そんな彼女らと自分が並んで称されたことに、そこはかとない違和感を覚えていた。
「何を言う。彼らは君の働きぶりを見たうえでそのように言ったんだ。素直に受けとればいいじゃないか」
「いや、俺なんて二人の足を引っ張らないようにするので精一杯だったさ。昔よりは動けるようになってるとはいえ、まだまだ優秀な冒険者だなんて言われるような身分じゃないって」
「はあ、なるほど……」
ケントが何を思ってそのようなことを言ったのか、リューテは何となく察した。
「実際に優秀かどうかというのはひとまず置いておくとして、君のことだ。自分は周りと比べて才能がないだとか大した役に立っていないだとか、そんな風に考えているんじゃないのか?」
「まあ……だけど、実際その通りじゃないか?」
冒険者であれば大体の人間が多かれ少なかれ有しているはずの魔力を持たず、かと言って身体能力が特別秀でているわけでもない。あるのはキスによって他者の傷を治し、強化する力だけで、それ以外は自分と行動を共にしている四人の少女の誰よりも弱いと、彼は思っていた。
「そんなことはないだろう。現に今日の戦いは、変異種相手にあの力を使わないでも勝てたじゃないか。それに、私たちとの連携もうまく取れていたしな。文句なしの立ち回りだった」
「そういえば……」
ケントは昨晩の戦いを思い返す。今までもやむを得ない状況でない限りは使わずに戦っていたが、今回の変異種のような強敵が相手でも使わなかったのはこれが初めてだった。
「なに。心配しなくても、君は確実に強くなっている。それは、これまで君が私たちに追い付こうと頑張ってきたからだ。だから、自分の努力を疑うようなことはするな」
「そうですよ! ハルヴァン兄が言ってました。強くなりたかったら、今の自分に出来ることを全力でやれって。ケントさんが強くなってるなら、きっと大丈夫ですよ!」
「二人とも……ああ、ありがとう」
彼女たちの言葉を聞いて、ケントは自分の心がスッと軽くなるのを感じていた。
困ったときには親身になって寄り添い、時には諌め、時には勇気を与えてくれる。自分は彼女たちの輪の中に冒険者として、そして仲間としてしっかり入っているのだと、ケントは改めてそう思えた。
「さて、折角のご馳走なんだ。湿っぽい話はここまでにしようじゃないか」
「リューテさんの言う通りです! どんなご飯も、楽しく食べなきゃ美味しくないんですから!」
「ははっ、それもそうだな。いっぱい食って、街に帰るまでの体力をつけるとするか!」
そう言って、ケントは焼き上がったボアの肉に手を伸ばす。
朝、まるで村の活気を映し出しているかのように晴れ渡った空の下。三人はささやかな宴を心ゆくまで堪能していった。
ここまでご覧いただき、誠にありがとうございます。
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可能な限り早い再開を心掛けますので、今後ともお付き合いいただけますと幸いです。




