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作戦決行Ⅱ

「…………」


 一方その頃、村の裏口近くではリューテが変異種のヴィルトボアと対峙していた。

 敵は全身の毛を逆立て、牙をカチカチと鳴らして威嚇している。あと少しでも刺激してしまえば、襲い掛かってくるのは明白だった。


「さあ、こっちだ。付いてこい」


 リューテは自分を攻撃の対象だと思わせるため、あえて背中を向けながらボアから距離を取り始める。


「……! ギュイイイイイ!」


 それを見たボアは、自身に根差した獣の習性に従って真っ直ぐに彼女を追い掛け、突進を見舞った。


「はっ!」


 リューテは右横方向に身体を捻って転がり、難なくそれを(かわ)す。

 ボアもまた、地面を脚でしっかりと踏みしめて突進の勢いを殺すとリューテの方に向き直り、再び互いに睨み合う形となった。


「さて、問題はここからだな」


 目の前の魔物は変異種といっても、リューテならば問題なく戦える程度の強さしかない。しかし、下手に手傷を負わせれば不利を悟って逃げ出す恐れがあり、かといって自分一人では逃げる前に倒せるという保証に乏しい。

 もし逃がしてしまえば目の前のボアは警戒して当分この村に近寄らなくなるが、ほとぼりが覚めた頃にまたやって来て村を襲う恐れがある。

 これ以上の村への被害を防ぐため、チャンスがあるうちに逃さず確実に倒さなければならなかった。


「……っと!」


 膠着も束の間、再びボアが突進したのを、リューテは横に跳んで回避する。


「このまま躱し続けるのでは埒が明かないな。二人とも、急いで来て――」

「お待たせしました!」


 すると、リューテの独り言が終わらぬうちに、ソニアが快活な声と共に暗闇の向こうから颯爽と駆けてきた。


「ソニアちゃん、来てくれたか! ケント君は?」

「多分、今はお肉を運んでる最中だと思うので、後から来ますよ!」

「お肉……? ああ、そちらでも戦闘があったということか」


 断片的な説明だったが、それでも二人の身に何が起こったのか、リューテはおおよそ理解した。


「それにしても、あれが変異種ですか。さっき戦ったやつよりも大きくて、骨がありそうですねえ」

「出来れば彼が来るのも待ちたかったが、それは流石に悠長過ぎるな。ひとまず私たちだけで戦おう」


 万全を期すのであれば全員揃ってから戦うべきではあるが、時間を掛ければ逃げられるか、あるいは村の家屋や家畜に被害が及ばないとも限らない。そのため、リューテは攻勢に出ることを決めた。


「ソニアちゃん。少し前にも言ったが、目的はあれの討伐だ。だから、逃がさないよう気を付けて戦ってくれ」

「了解! それじゃあ、行きますよお!」

 

 たとえ変異種であっても、ソニアは臆することなく立ち向かっていく。

 対するボアは、迎え撃つように通常の個体と比べて更に肥大化した二本の牙で掬い上げるように攻撃した。それを、ソニアは危なげなく回避する。


「うおりゃあああっ!」


 そして、横っ腹に拳で渾身の一撃を見舞った。

 弱い魔物であればこれだけでも戦闘不能になるであろう鋭い攻撃。だが、目の前の魔物は僅かにひるんだだけで、手痛いダメージを負った様子はなかった。


「……っ! 効いてない!?」


 ボアはソニアからやや距離を取り、ぶるぶると(かぶり)を振る。その時、身体からポロポロと何かが崩れて、地面に落ちていく。それは、乾いた泥だった。

 ヴィルトボアが泥浴びをした際に体表に泥が付着するが、それが固まることによって毛深い体毛と筋肉質な肉体も相まって意外な固さを発揮する。それが通常種の倍以上の体躯を誇る変異種ともなれば、まさに自然の鎧とでも言うべき強固さであった。

 ボアは反撃の体勢を整えると、突進しつつ牙を振りかぶって攻撃する。


「わっとっと……」


 ソニアはそれを間一髪で避けると、体勢を立て直そうとリューテの近くまで距離をとった。


「大丈夫か、ソニアちゃん」

「ええ。ただ、ワタシのパンチが全然効きませんでした……」

「図体がでかいだけとはいえ、存外面倒なものだな……」


 攻撃自体は至って単調そのものでも、体格の違い一つで脅威度は目に見えて変わる。無論、魔物は小さいからといって油断ならないものではあるが、それでも事実として強力な魔物というのは得てして身体が大きな傾向がある。

 大きさというのは分かりやすい強さの指標であると、リューテはそう感じずにはいられなかった。


「二人とも、待たせた!」


 その時だった。ソニアと協力して討伐した二頭のボアを運び終えたケントが、リューテたちの元へと合流する。


「来たか、ケント君!」

「悪い。あっちで倒したボアを村まで運んでて遅れて……って、うおっ! 本当にでかいな……」


 ケントは少し前に自分が戦ったボアと比べてはるかに大きな体躯を前にして、思わずたじろぐ。同じ種類の生物でも、身体が大きいだけで強さも凶暴さも段違いのように感じられた。


「そうだな。たしかにでかいが、それでも私たち三人ならば必ず倒せるさ。二人とも、少しこちらに来てくれ」


 リューテはボアの動向に注意しながら、二人を自分の元に集めてそっと耳打ちする。


「なるほど、それなら……」

「出来るか? ソニアちゃん」

「もっちろんですよ! それくらい、お安い御用です!」


 三人は個々の力を合わせ、連携でボアを仕留めるつもりだった。そのための準備として、まずはソニアが前に立ち、二人がその後ろで剣を構えて待機する。


「さーて、それじゃあ行きます……よっと!」


 ソニアは掛け声と共に腰を落として地面を踏みしめ、敵に向かって一直線に走り出す。

 ボアもまた首を引っ込めると、真っ直ぐにソニア目掛けて突っ込んでいく。双方の距離は、瞬きの間に縮まっていった。


「――っ! ここだぁ!」


 だが、真っ向からぶつかるわけではなかった。

 ソニアはボアにギリギリという所まで肉薄した瞬間、素早く身をよじって回避し、それからすれ違い様に真横から足払いを仕掛ける。自らの勢いも相まって、ボアはひっくり返るようにして転倒した。


「リューテさん! 今です!」


 ボアが起き上がろうとするところに、リューテはすかさず炎を纏わせた剣で切り裂いた。


「炎龍……一閃!」


 彼女の剣技は泥の鎧を切り裂き、皮膚まで到達する。すると剣の炎はボアの毛に燃え移り、その身体をゆっくりと侵掠していく。これこそが、彼女の狙いだった。


「ギイイイイイィィィ!」


 ボアは悲鳴を上げながら暴れ、足を踏み外して再び転倒すると、火の着いた身体を地面に擦り付けるようにしてその場に転げ回る。

 野生動物は本能的に火を恐れる。それは一部の魔物も同じで、ましてや自分自身に火の着いたヴィルトボアは恐怖のあまり混乱状態に陥っていた。


「今だ、ケント君!」

「ああ!」


 そこにケントとリューテは素早く接近し、二人掛かりで無防備になったお腹に剣を突き立てる。

 混乱し、どうにかして火を消そうと暴れ回った結果、身体の泥もいくらか剥げ落ちたことで、刃は容易くボアの身体を貫いた。


「ギ、イィ……」


 剣で刺された箇所から血が流れ、ボアはみるみるうちに弱っていく。それでもまだ、生まれたての小鹿のようによろよろと立ち上がり、逃げるためかはたまた戦うためか、どちらともつかぬ足取りで一歩、また一歩と地を踏み出す。


「これで……終わりだ!」


 最早戦う力は残されておらず、息も絶え絶えのボアに、リューテは止めを差すべく近寄ると、その首目掛けて剣を振り下ろす。

 村を襲った脅威は地に伏し、呻き声一つ上げることなく絶命した。

ここまでご覧いただき、誠にありがとうございます。

次回もお付き合いいただけますと幸いです。

最後に、評価・ブクマ・感想等いただけますと大変励みになりますので、よろしければお願いいたします。

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