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作戦決行

「これでよし、と」


 あれから三人はヴィルトボアを討伐するため、村の人々とも協力しながら簡単な罠を村の二つある入口に準備した。


「あとは夜になってから、ボアが現れるのを待つだけだ」

「ううー。夜が待ちきれないですよー!」


 ヴィルトボアは夜行性のため、本格的に活動を始めるのはもう少し時間が経ってからである。

 いよいよ魔物との戦いが始まると思った矢先にお預けを食らったソニアは、もどかしそうにその場で足踏みをする。


「そういやリューテ、ノトスで魔物と戦ったときに剣を折られていたよな? その剣、ハルヴァンから貰った鉱石で作ったのか?」


 ケントはリューテの腰の辺りを指差す。そこにはそれまで使っていたものとは違う、別の剣が差してあった。


「いや、これはただの家に置いてあった予備の剣だよ。ミスリルは加工に時間が掛かるそうでな。しばらくはこれを使うつもりだ」


 リューテは刀身を見せるようにして、鞘に納められていた剣をわずかに引き抜く。これといって特徴のない、どこにでもあるような鉄製の剣だった。


「そうか。ハルヴァンが言うには相当珍しい石らしいし、それで作られた剣ならさぞかし強いんだろうな」

「ああ。父も『自分の鍛冶屋人生で最高の一品を作ってやる』と言って気合いが入っていた。一体どれ程の業物が出来るか、今から楽しみだよ」

 

 リューテは村長の家がある方角に足を向け、それからケントたちに振り返る。


「さて、夜までまだしばらく時間がある。今のうちに仮眠をとって、少しでも英気を養っておくとしよう」

「いいのか? 寝過ごしたりしないか心配だな」

「心配はいらない。私は体調が万全なら、寝る前にあらかじめ決めた時間に目を覚ますことが出来るからな。私が君たちよりも早く起きて、それから君たちを起こそう」


 とりとめのない会話もそこそこに切り上げ、三人は村長の家まで戻ると、そこで部屋の一室を借りてしばらくの休息をとった。

 そして夜――


「二人とも、起きるんだ」

「ん……」


 事前に言っていた通り、ケントとソニアよりも早く起きたリューテは、寝息を立てて眠っている二人の身体を軽く揺さぶる。

 そばには、討伐の際に伝令役として協力してもらえるよう彼女が頼んでおいた二人の村人もいた。


「そろそろ時間か、よし……ソニア」

「ふわぁ~い」


 ケントは起き上がると、すぐさま近くの壁に立て掛けておいた剣を手に取る。ソニアも寝ぼけ眼だったものの、あくびを一つするとすぐに目をパッチリとさせて準備に取り掛かった。


「じゃあ手はず通り、俺とソニアで表の入口の方を見張るから、リューテは裏の方を頼む」

「ああ。変異種が現れた時には、すぐに伝令を送ろう。二人もよろしく頼むよ」


 リューテの言葉に、二人の村人はこくりと頷く。

 こうして当初の作戦通り、ケントたちは二手に別れると伝令役の村人と共に、それぞれの持ち場へと向かっていった。




「よし、この辺りに隠れよう」


 ケントたちは持ち場に着くと、やや離れた場所に生えている茂みに身を隠して、ゆうべに仕掛けておいた罠の様子をうかがう。

 それは地面を一度掘り返してから、そこに水を混ぜて作った即席の泥場だった。

 ヴィルトボアはぬかるんだ泥を見かけると、そこに自らの身体を擦り付ける習性がある。理由は魔物の生態を研究する学者の間で様々な議論がなされており、身体を綺麗にするためか、あるいは付着した虫を落とすためとも言われている。いずれにしても定かではないが、敵の習性を利用して油断させ、一気に奇襲を仕掛けて逃げる隙を与えずに倒すのがケントたちの狙いだった。


「魔物、中々来ませんねえ……」

「そうだな。いくらなんでも罠が露骨すぎたか?」


 ケントは自分とソニアの後ろでしゃがんで待機している伝令役の男の方に振り向く。


「いや。奴らはそんなに賢くねえし、あれくらいあからさまでも引っ掛かるはずだ。実際、前に冒険者にボアの討伐を頼んだときも、あんな感じの罠でうまくいってたからな」

「何にせよ、気長に待つしかないか」


 それからも三人は息を殺して辛抱強く罠を見守る。すると、やがて何やら四足歩行の小さな影が二つ、頼りない月明かりに照らされてケントたちの方へと向かってくるのが見えた。


「……来た!」


 それは間違いなくヴィルトボアだった。二匹とも目の前の泥場に飛び込み、泥浴びを始める。


「うーん……変異種ではなさそうですかねえ」

「そのようだな。だけど、どのみち討伐対象であることに変わりないさ。ソニア、まずは頼むぞ」

「はーい!」


 ケントが合図を出すと同時に、ソニアは茂みから勢いよく飛び出した。そして、そのままボアの元まで真っ直ぐに向かっていく。


「うおおおおおっ!」


 二頭のボアは泥場に寝転んでいたため少し反応が遅れたものの、ソニアが接近していることに気付くと慌てた様子で起き上がって逃げ出し始めた。


「どおりゃあ!」


 ソニアはすぐさま逃げ出した二匹のうち一匹に追い付くと、タックルをかまして覆い被さるようにして身体を押さえ付ける。

 捕まったボアはしばらくは拘束から抜け出そうともがいていたが、格闘の末にソニアが頭部に肘鉄をくらわせる。そのあまりの衝撃に、彼女の捕らえたボアは短く呻いた後、そのまま気絶した。


「流石の身体能力だな、ソニア」


 泥浴びに夢中になっていたものの、それを差し引いても素早く逃げるボアに追い付き、生身の身体ひとつで気絶までさせる獣人の身体能力には驚嘆せざるを得なかった。


「さてと、俺も負けてられないな」


 戦闘センスでは敵わないものの、それでも彼女よりも先輩の冒険者として多少なりとも戦果を上げようと、ケントは残ったもう一匹のボアの後を追う。

 自分を追ってきていると気付いたボアは、その場から逃げ出そうと更に一心不乱に駆け出し始める。

 しかし次の瞬間、ボアの足元が唐突に崩れ去り、出来上がった穴の中へと吸い込まれるように飲まれていった。


「よし! 上手いこと引っ掛かってくれたか!」


 それは落とし穴だった。ボアが泥浴びをしているところに奇襲をかけ、逃げ惑った際に運良く引っ掛かってくれればと、周囲の地面を何ヶ所か掘って仕掛けておいたのだ。

 ケントはあらかじめ村人から借りたこん棒を、穴から這い上がろうと必死にもがいているボアの頭に何度か振り下ろして気絶させる。そして剣を取り出すと、左前足のやや後ろ、心臓のある位置目掛けてゆっくりと突き立てて、確実に止めを差した。


「……ふう。これで全部だな」

「やりましたねえケントさん!」


 ソニアが自身が仕留めたボアを引きずりながらケントの元まで近付いていく。


「これで二頭分のお肉確保ですよ! この調子で変異種も倒してたっくさんお肉――」

「お、おい! その辺りはまだ落とし穴が――」

「え? あぎゃあああああああああ!」


 ケントが注意を呼び掛けようとしたのも虚しく、ソニアは落とし穴を綺麗に踏み抜き、そのままずるりと落下していった。


「うわああああん! 助けてええええええ!」

「落ち着け! お前がはまるほど深くないだろ!」

「あ、そうでした……よっこらせ」

 

 元々ボアを閉じ込めるのではなく、足止めをするために掘ったものである。そのため、広さはあっても深さはさほどでもないため、ソニアは自力で這い出てきた。


「うう、落とし穴のこと、すっかり忘れてました……」

「まったく。こうならないように目印をつけたってのに、どうして引っ掛かるんだ……」


 いざ戦闘になれば落とし穴の場所を意識して戦うのは難しいと考え、ケントたちはボアをうまく誘導出来るように、そして逆に自分たちが掛かってしまわないように罠のある地点には折れた木の棒を立てておいた。しかしそれすら忘れてしまったのではどうしようもないと、ケントはお手上げとばかりに肩をすくめた。


「だけど、お目当ての変異種はいなかったな。こんだけ戦いの跡が残ったらあいつらももう警戒して寄ってこないだろうし、一度リューテの所に……」

「おーい! あんたらー!」


 その時だった。ケントたちの元に、リューテに同行していた伝令の村人が駆けつけてきた。

 

「急いで来てくれ! 変異種とかいうのがこっちの方に来たみたいなんだ!」


 どうやら村の端から端まで大急ぎで走ってきたようで、男は息を切らせながら話を続ける。


「……っと、変異種はリューテの方に行ったのか」

「なんでも、奴を確実に仕留めるために応援が必要らしいんだ。それまであの嬢ちゃんが時間を稼いでいるそうだから、早く行ってやってくれないか?」

「分かった。すぐに向かおう。行くぞ、ソニア!」

「でも、これはどうするんですか?」


 ソニアは地面に向けて指を差す。そこには、二頭のボアの亡骸が無造作に横たわっていた。


「ああ、たしかに。このままここに放っておいたら死肉につられた魔物が寄ってこないとも限らないな。なら……」


 そこで、ケントは二人の村人の方を見る。


「あんたら、悪いんだけどこいつらを村の中央まで運ぶのを手伝ってくれないか? 俺一人じゃ、文字通り荷が重そうでな」

「ん? ああ、そんくらいならお安いご用だ。ただ、俺たちも二頭まとめてはキツいから、ちょっと他の奴に声掛けてくるよ」

「助かるよ、ありがとう」


 こうして話が終わると、二人のうちリューテに同行していた方の村人がその場を離れ、近くの民家を訪問する。

 ヴィルトボアは小柄とはいえ全身が筋肉と脂肪の塊で、一頭だけでもケントより重い。そのためスムーズに運ぶためには、更に人を呼んでくる必要があった。


「そういうわけだから、お前は先にリューテの所に向かっててくれ。俺もこいつらを運び終えたら、すぐに加勢するから」

「了解しました! それじゃあ、お先に行ってまーす!」


 するとソニアは、ダッシュでその場を去っていった。その光景を見て、もう一人の村人がポツリと呟く。


「すっげえなあ、あの子。もう姿が見えなくなっちまった。一体、どんな足してんだ?」

「あいつは獣人だからな。さて、あの二人だけに戦いを任せっぱなしにするわけにもいかないし、俺も急がないと」


 それからしばらくして、ケントは村の住民と協力しながら、自分たちが討伐した成果を村の中央まで運んでいった。

遅ればせながら、新年明けましておめでとうございます。

これからも遅筆ではありますが精力的に投稿を続けて参りますので、評価・ブクマ・感想などしていただけますと大変励みになります。

今年一年、どうかよろしくお願いいたします。

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