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冒険者登録

 エルナは街に入ると、ケントを連れてある場所へと向かった。


「着いたわ、ここよ」


 木造の家が立ち並ぶ道を歩いて辿り着いたそこは、街の中でも一際大きな建物だった。性別や年齢を問わず、中から多くの人間が出入りしているのが見える。


「もしかしてここが……?」

「そう、ギルドよ!」


 エルナはそう言うと、建物の中へと入っていく。ケントも彼女の後ろを付いていった。

 ギルド内を行き交う人々の間を通り抜けると、二人は何やら受付のような場所まで辿り着く。


「リリエッタさん!」

「ん? おや、エルナちゃん!」


 リリエッタと呼ばれた受付嬢と思しきその女性は、椅子に座って気だるげに頬杖をつきながらボーッとしていたが、エルナに名前を呼ばれると元気そうに立ち上がった。


「おかえりー。依頼、終わったのかい?」

「ええ、だけどその前に……」


 エルナは自分の斜め後ろにいるケントの方を見る。リリエッタもまた、彼女の視線の向いている方へと顔を向けた。


「うん? この子は?」

「彼、ケントって名前で、私が依頼に行った森の中で会ったの。何でも記憶を失くしているみたいで、取り敢えずギルドに行けば何か情報があるかもしれないって思って連れてきたのだけれど……リリエッタさん、何か知らない?」

「うーん……」


 リリエッタはまじまじとケントを見つめる。初めに表情、次に頭からつま先を。一通り確認し終えると、彼女はエルナにこう告げた。


「分からないなぁ。私が記憶している限り、ケントって名前で冒険者の登録をした人はいないし、ギルドの中でこの子を見かけたこともないから、少なくともここの所属ではないと思うけど……ねえ君、覚えてる範囲でいいから、君のこともう少し詳しく教えてもらえるかな?」

「ああ、分かった」


 ケントは自分が目覚めてからの一部始終を、リリエッタに話した。


「……というわけなんだ」

「なるほどねえ、どこから来たのかも分からない。手掛かりになりそうなのはその本だけと……」


 リリエッタは顎に手を当てて考え込むが、やはり何も心当たりはなかったようで首を横に振った。


「ごめんね。やっぱり君の記憶について、力になれることはないかな」

「そう、か……」


 自分が何者であるかを知るための足掛かりを掴めるかと思いきや結局何も分からずじまいとなり、ケントは残念そうに肩を落とす。


「まあ、仕方がないか」

「……? ケント?」

「なあ、エルナ。ギルドの冒険者ってのは、誰でもなれるもんなのか?」

「え? えっと、うん。基本的にはここで手続きをすれば誰でもなれるけど……」

「分かった。じゃあ、リリエッタさんだったよな? 俺、冒険者になりたいんだけど」

「ちょ、ちょっと待って!」


 ケントの突拍子もない発言に驚いたエルナは、二人の間に割って入る。


「冒険者になるだなんて、いきなりどうしたの?」

「いやな、ずっと考えていたんだ。もしここに来ても自分の記憶について手掛かりがなかったらどうしようかって。それちょっと前にあの森でエルナの話を聞いた時に、冒険者ってのに興味を持ったんだ」

「それじゃあ、記憶のことはどうするの?」

「確かに自分が何者なのか分からないってのは不安ではあるけど、それでもくよくよ悩んでたって思い出せないもんは思い出せないからな。だからそのことはひとまず考えないでおいて、今は自分に出来そうなことをするさ。というか俺、お金とか持ってないし、まずは記憶より日銭を稼ぐ手段を探さないと」


 そう言うとケントはエルナと並ぶようにして、カウンターを挟んでリリエッタの正面に立った。


「そういうわけだからリリエッタさん。冒険者になるための手続きをしてくれないか?」

「んー……まあ、お金がないんじゃどうしようもないしねえ。それに、冒険者って色んな街とか村に行くから記憶の手がかり探しにも丁度いいし。君の言うことは至極もっともだから、協力したいとは思うんだけどねえ」


 リリエッタは何やら悩むような、ためらうような素振りを見せる。


「ケント君だっけ? ギルドの仕事ってどんなものかは知ってる?」

「ああ、薬や武器を作るための材料を集めたり、魔物を討伐したりするんだろ? エルナから聞いた」

「そうだね、大体その通り。でもさ、ここに依頼が来るって、どういう意味か分かる?」

「意味……?」


 リリエッタの言わんとしていることがいまいちピンと来ず、ケントは彼女の言葉をオウム返ししてしまう。


「例えばだけど」


 リリエッタは自分のいる位置から少し離れた場所に置かれているイスを指差す。


「もし君があそこにあるイスを上の階に運ぶ必要があるとしたら、エルナちゃんに頼む?」

「……? いや、頼まないけど」

「それはどうして?」

「別にあれくらいの小さなイスなら自分で運べるし、エルナにやらせる必要はないからな」

「うん、そうだね。自分の力で簡単に出来ることだったら、わざわざ誰かに頼まなくたっていい。ここまで言えば、私がさっき言ったことも、分かるんじゃないかな?」

「……ああ、なるほど」


 彼女の言わんとしていることがようやく飲み込めたようで、ケントはハッとした顔になる。


「どうやら分かったみたいだね。そう、ここに持ち込まれる依頼っていうのは全部、その人には出来ない、あるいは出来たとしても難しいことだから、代わりに誰かにやってもらおうっていうものなんだ」


 魔物討伐はその最たる例である。戦う力がなければ追い払うことすら出来ず、あるのだとしても戦うことで怪我をしたり、最悪命を落とすことだってありうる。危険なことだからこそ、それを承知で引き受けてくれる人間というのが求められる。ギルドはそういった需要に応える施設なのだ。


「冒険者の仕事は君が考えている以上に大変で、大きな責任が伴うものだよ? 最初のうちは安全な依頼しか受けさせないけど、それでも経験を積んだら危険な依頼を受けてもらうことになる。そういう依頼を引き受けて、そのまま姿を見せなくなった人だって何人もいる。実際、君もエルナちゃんが来なければ危なかったわけだしね。それでもまだ、君は冒険者になりたいって思うの?」


 リリエッタはケントを試すように、真っ直ぐな視線で彼を見据える。気だるげな雰囲気とは裏腹に、その表情は真剣そのものだった。

 彼女はギルドの受付嬢として多くの冒険者と相対し、その背中を見送ってきた。その中には先程彼女が言った通り、依頼をこなしに行ったきり二度と戻って来なかった者もおり、その度に彼女は依頼の受注を認めてもよかったのかと思い悩むこともあった。もっとも、彼女はあくまで仕事を斡旋する立場の人間でしかないため、受注資格さえあるなら相手の意思を無視して止める権利は持っていない。だからこそ、目の前の男には軽い気持ちで冒険者になってほしくはなかった。


「…………」


 そんなリリエッタの思いを、ケントはひしひしと感じていた。冒険者になることを認めてもらうには、彼女に自分の覚悟を示さなければならない。だが、今のケントは何も出来ない。武器が扱えるわけでもなければ、魔法が使えるわけでもない。そもそも、自分に関することだってほとんど何も知らない。それでもただ一つ、言えることがある。

 ケントは目の前の女性にそれを伝えるため、意を決して口を開いた。


「正直、説明されただけじゃそういう大変さってのは実感出来ない。だけど、あんたが俺を……というより冒険者のことをすごく考えてるってのは何となく伝わった。今の俺はまだコボルト一匹にすら勝てない、何の力もないただの子供だ。だけど、これから頑張って強くなって、いつかあんたの期待に応えられるような冒険者になってみせる。だから、俺を冒険者として認めてくれないか?」


 ケントは真っ直ぐな目でリリエッタを見つめる。これが、今の彼が示すことの出来る覚悟だった。


「…………」


 そんなケントの目を、リリエッタも同じように見つめ返す。コボルト一匹にすら勝てないというのは、冒険者を目指す人間の言葉としてはどうにも頼りなく感じたが、少なくとも目の前の男が嘘偽りのない本心で自分に向き合っているということは、一点の曇りもないその眼差しから見て取れた。

 彼が本当に自分の期待に応えられるかのような冒険者になれるかどうかは分からない。だが、その心意気だけで今は十分だと、リリエッタは彼の示した覚悟に対する答えを口にした。


「……分かった。君を信じて、これを渡すよ」


 彼女は近くの棚の引き出しを開けると、中から首にかけられるくらいの長さがある紐を通した、緑色に縁取られている小さな金属のプレートと一枚の地図をケントに手渡した。


「これは?」


 ケントは渡されたプレートを掲げる。見ると、そこには飛翔する荒鷲を思わせる絵と、裏には「E」という文字が刻まれてあった。


「ここのギルドの所属であることを示すためのアクセサリーだよ。冒険者であることを証明する必要がある時には、それを見せればいいから」

「この、裏にあるEっていうのは?」

「それは冒険者としての実力を表すためのランクだね。最初はEランクから始まって、経験や実績を積むにつれてDランク、Cランク、最高でAランクまで上がっていく仕組みになってるんだ」

「へえ……」


 これは冒険者が自分の実力に見合わない魔物討伐の依頼を引き受けて、いたずらに死者や負傷者を出さないようにするための制度で、そういった背景からか昇格の基準は強力な魔物と戦うだけの実力を持っているかどうかによって決まることが多い。基本的には普通に依頼をこなしていけば勝手に昇格していくものだが、ほとんどの冒険者はCランクで留まることが多く、Bランクでもその実力を高く評価され、Aランクともなるとそのギルドでは知らない人はいないというレベルの実力者として認知されることになる。


「ま、Eランクなら命の危険に晒されることはそうそう無いから、ここでじっくりと冒険者としての基礎的なことを学んだらいいよ。それとその地図はこの国、アストリオス王国の地図ね。冒険者をやるならこの国の地理が分からないなんてわけにはいかないから、時間のある時に見ておいて?」

「分かった。何から何までありがとう、リリエッタさん」

「これが仕事だからね、礼には及ばないよ。ああ、それと……」


 リリエッタは、エルナの方を振り向く。


「エルナちゃん。もし良かったらさ、最初のうちは彼に付いて色々教えてあげてよ」

「え、私が!?」

「うん。彼、記憶喪失なんだし、知ってる人と一緒にいた方が何かと安心でしょ?」

「で、でも……私だって、ケントと同じでまだEランクの見習い冒険者よ? 大したことは教えられないし、こういうのって、もっと経験のある人に頼んだ方が……」

「いや、俺からも頼む」


 ケントもまた、リリエッタと同じように彼女の顔を見る。


「ケント……?」

「今日ここまで一緒に来るまでに、エルナにはすごく元気づけられたんだ」


 ケントはコボルトに助けられた時のことを思い出す。その後も傷の手当てをしてもらい、記憶がなくて落ち込んでいる自分を励ましてくれ、そしてこの街まで連れてきてくれた。いつまでも世話になるわけにはいかないと思いつつも、見ず知らずの自分にここまでしてくれた彼女と離れるのは、やはり一抹の不安があった。


「まだ会って大した時間が経ったわけじゃないけど、お前は優しいし、信頼できる人間だって思ってる。今の俺には腕の立つ冒険者よりも、お前みたいな奴がいてくれた方が心強いんだ。だから頼む、なるべく早く一人でも冒険者としてやっていけるように努力するから、しばらくの間俺と一緒に冒険者の仕事をしてくれないか?」


 そう言って、ケントは自分の気持ちが少しでも彼女に伝わればと、深々と頭を下げた。


「ケント……」


 その姿を見て、エルナは心を動かされる。元々ケントと同行することが嫌というわけではなく、むしろ記憶のない彼がこの先うまくやっていけるかを心配しており、出来ることなら協力したいと思っていた。だが、人に何かを教えられるほどの腕前と経験はないため、指導役を引き受けることを躊躇していたのだ。しかしケントが、それでも一緒に仕事をしてほしいと真摯に頼んできたのを見て、ならば自分も見習いだからなどと理由をつけて誤魔化したりせずに、彼のために出来ることをしようと、彼女はそう決心した。


「……分かったわ。あなたが冒険者の仕事に慣れるように、私も手伝ってあげる!」

「本当か!?」


 エルナの快い返事を聞くと、ケントは頭を上げてやったといったふうに顔を(ほころ)ばせた。


「ありがとう、エルナ!」

「うん! だけどその代わり、しっかり仕事を覚えてもらうわよ?」

「ああ、任せてくれ!」


 ケントは手に持った冒険者の証を握りしめると、力強くうなづいた。

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