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洞窟内の死闘

「ハルヴァン、あいつは!?」

「分からねえ! 見たこともねえ魔物だ!」


 その魔物は亀に近い見た目をしていた。全身は鉱石のような物質に覆われており、見上げるほどの巨大な図体を揺らしながら重々しく動くその姿は、言うなれば小さな鉱山のようだった。


「まさか、異変の正体はこいつか? だとしたら魔物が増えたように見えたのは……」


 魔物は決して数が増えていたわけではない。ただ、元々鉱山の人目の付かない場所を縄張りにしていた魔物たちが、突如として現れたこの亀型の魔物に恐れをなして逃げていただけだった。


「お前ら、ここは退くぞ! 一度ギルドに戻って報告を――」

「グオオオオオオオオオオォォォ!」


 その時、目の前の魔物が一際大きな、洞窟内を震わすほどの咆哮を上げた。


「なっ……!?」


 そして次の瞬間、それの身体を覆っている鉱石の一部が弾けるようにして、ケントたち目掛けて発射された。それを見たリューテが、即座に全員に指示を出す。


「皆、伏せるんだ!」


 ケントたちは姿勢を低くし、腕で頭を庇いながら無差別に襲い掛かる石の雨をやり過ごそうとする。


「きゃあああああああああ!」

()っ……!」


 それは彼らが今までに見たどの攻撃よりも苛烈なものだった。直撃せずとも地面に当たって砕けた石の破片が皮膚を掠める。

 やがて攻撃が止むと、ケントたちは敵の様子を伺いながら慎重に立ち上がる。だが、それで終わりではなかった。


「……っ!? ソニア、上だ!」


 ハルヴァンはソニアの頭上から何やらパラパラと石の破片が落ちてきていることに気付く。そして次の瞬間、天井の岩が崩れ、落石が彼女目掛けて降り注いだ。


「う、うわあああああああっ!?」

「おおおおおっ!」


 不運にも魔物から発射された石弾のうちのひとつが、ソニアの真上の天井を直撃していたのだ。ハルヴァンは咄嗟にソニアの元まで駆けて、彼女を突き飛ばす。


「は、ハルヴァン(にい)……?」


 ソニアは起き上がると、つい先程まで自分が立っていた場所に目を向ける。そこには、彼女の身代わりに岩の下敷きになったハルヴァンの姿があった。更に悪いことに頭にも石が落ちてきたようで、額から血を流していた。


「ぐっ……」

「ハルヴァン兄! ハルヴァン兄っ!」

「お前ら……早く、逃げ……ろ……」


 ハルヴァンは朦朧とした意識の中でソニアたちにそう告げると、そのまま気を失った。


「オオオオオオオオオオッ!」

「まずい! これ以上奴に暴れられたら、この洞窟が持たないぞ!」


 目の前の魔物はあれだけの凶暴性を見せてもなお落ち着く様子もなく猛り狂っており、このままでは敵の攻撃に巻き込まれて、今度こそ洞窟が崩壊する危険性があった。


「くそっ、どうする……!」

「……ハルヴァンさんの言う通り、ここは一旦退くべきかもしれません」

「なっ……!?」


 ニュクスの口から発せられた言葉に、ソニアは驚きの声を上げる。


「待て、ニュクス! それじゃあ、ハルヴァンが……!」

「あの魔物、恐らくですがBランク相当の危険な魔物です。ハルヴァンさんを救助しながら対処する余裕があるとは思えません。それに、そうでなくともあの魔物に関する情報が少なすぎます。ここで全員生き埋めになるよりは、一度撤退してからギルドを通して優秀な冒険者の協力を要請した方がいいかと」

「嫌です!」


 どうやら、ニュクスは目の前の魔物は自分達の手には負えないと判断したようだった。だが、ソニアは彼女に詰め寄ると、断固とした態度でその提案を拒否する。


「ハルヴァン兄はワタシのたった一人の大切な兄なんです! 逃げろと言われたからって見捨てて逃げるなんて、そんなこと出来るわけないじゃないですか!」


 ソニアの必死な、それでいてどこかすがるようにも聞こえる口調と表情を見て、そして『たった一人の大切な兄』という言葉を聞いて、ニュクスはかつて盗賊から何も出来ずに家族を奪われた無力な自分を思い出して、どこかばつの悪そうな表情をする。


「……いずれにしても、決断が遅れればそれだけ私たちもハルヴァンさんも助かる可能性がなくなっていきます。皆さん、どうしますか?」

 

 犠牲を出してでも撤退して確実にギルドへ情報を持ち帰るか、それとも危険を冒してでもハルヴァンを助けるか。ニュクスは他の仲間の判断を仰ぐ。

 幾ばくかの沈黙の後、やがてケントが口を開いた。


「……そうだな。俺たちは冒険者だ。命を懸けている以上、時として非情な決断をしなければいけないこともある」

「そ、そんなっ!?」


 ニュクスに続き、ケントまでもがそのような判断をしたのかと、ソニアは愕然とする。


「ぐぬぬ……だったら、ワタシ一人だけでもここに――」

「だけど、それは今じゃないはずだ」

「……え?」


 そこで一度言葉を区切ると、ケントはソニアの元まで近寄りながらこう続けた。


「ソニア。実を言うとな、俺には変わった力があるんだ」

「か、変わった力、ですか……?」

「ああ。それを使えば、もしかしたらあの魔物を倒しつつハルヴァンを助けられるかもしれない」

「本当ですか!?」

「本当だ。ただ、そのためには……」


 そこでケントは、エルナたちに振り向く。


「みんな、どうか俺に力を貸してくれないか? まだ出会って間もないけど、それでもハルヴァンのことは友達だと思ってるんだ。ここで見捨てるようなことはしたくない。だから、頼む……!」


 そして自分の頼みを聞いてほしいと、彼女たちに頭を下げた。

 なるべくならば使わずにおきたい力だが、今ここで自分に出来る最大限のことをせずに逃げれば、いずれ確実に後悔すると、そう思っての行動だった。


「ワ、ワタシからもお願いします! 一緒にハルヴァン兄を助けてください!」


 ソニアもまた、同じ思いを胸にケントと並んで三人に懇願する。その場に、しばしの間沈黙が流れた。


「……も、もちろんよ!」


 そしてその沈黙を最初に破ったのは、エルナだった。彼女は震える声でこう続ける。


「正直あの魔物は怖いけど、それでも戦うわ! それに、ここでハルヴァンを見捨てたくないのは、私だって同じだもの!」

「私も協力しよう。みだりにその力を使うのはどうかと思うが、人命がかかっている以上最善を尽くさないわけにもいかないからな」

「…………」


 ケントに賛同する二人の様子を見て、ニュクスは少し考えるような素振りを見せてからこう言った。


「……まあ、あなたならそう言うんじゃないかと思っていましたよ」


 そして懐から二本のナイフを取りだし、両手に構えた。


「私も戦います。戦力は一人でも多い方がいいでしょうし。もっとも、あの巨体に私の武器が通用するかは甚だ疑問ですが」

「みんな……!」

「あ、ありがとうございます!」


 全員の意見が一致したところで、ケントたちは態勢を整えて魔物とにらみ合う。


「よし、まずは私が出よう。ここでモタモタしていれば、奴はまた無差別にこの辺り一帯に攻撃をばらまいて来る。そうなる前に迅速に倒さなければならない。であれば、この中で最も大きな一撃を与えられる私が適任だろう」


 リューテは他の仲間より一歩前に出ると、剣を鞘から引き抜く。


「分かった。それじゃあ、気を付けてな」


 ケントはリューテと口付けを交わす。そして自分の身体に力がみなぎってくるのを確認したあと、彼女は剣に炎を纏わせて目の前の魔物に向かっていった。


「ケ、ケントさんは何をしたんですか!?」

「あれが先程言っていた、彼の持つ変わった力ですよ」


 ニュクスは二人のやり取りを遠巻きに見ていたソニアに、ケントの能力について簡単に説明する。やはりというべきか、彼女は困惑した様子で目を点にしていた。


「え、え~? キスで強くなるなんて、そんなことがあるんですか……?」

「ええ、本当におかしな力でしょう? でも、これならこの状況を何とか出来るかもしれないわ」

「はあああああああっ!」


 敵の懐まで肉薄したリューテは、勇ましい掛け声と共に魔物の身体に剣を振り下ろす。並みの魔物なら灰すら残さず一瞬で焼き尽くすであろう炎を纏ったその斬撃は、鉱石に覆われた堅固な鎧をまるで飴細工のように溶かし、切り裂いていく。

 だが、その時だった。「ギィン」とでもいうような鈍い音が、洞窟内に鳴り響く。


「なっ……!?」


 音の正体はリューテの持つ剣だった。刃が魔物の皮膚に到達しようという寸前、強化された彼女の力と魔物の固さに耐え切れず折れてしまったのだ。折れた刀身が、くるくると弧を描いてリューテの後ろに飛んでいく。


「オオオオオオオオォォォッ!」


 すると、魔物はここぞとばかりに勢いをつけて身体をひねり、尻尾をリューテに叩き付けた。


「ぐあああああっ!」


 リューテは衝撃を少しでも軽減しようと、咄嗟に後ろに振り向いて攻撃を背中で受け止めたものの、もんどりうってケントたちの元まで吹き飛ばされた。


「リューテ! 大丈夫か!?」

「ぐっ……私は大丈夫だ。だが……」


 リューテは刀身が無惨に折れてしまった自身の剣に視線を向ける。


「まさかあそこまで固いとは、迂闊だった……」


 そうしている間にも、魔物は怒号を轟かせてケントたちを威圧する。先程のリューテの攻撃が、敵の神経を更に刺激してしまったようだった。


「まずい、もう時間はなさそうだ! 早く次の手を打たなければ……!」

「しかし、ケントさんの力が加わったリューテさんの剣が通らないのでは、私やエルナさんの攻撃も通るとは……」

「くっ、どうする……どうすればいい……!」


 また動かれる前に、何としてでも決定打を与えなければならない。焦燥に駆られながら、ケントはそれでも思案を振り絞る。


「……っ! そうだ!」


 そして、ある考えに思い至った。


「ケント?」

「みんな、俺に作戦がある。少し耳を貸してくれ」


 ケントはその場にいる全員を集め、思い付いたことを耳打ちする。


「……なるほど! それならいけるかもしれないわ!」

「しかし、そのためにはソニアさんにも……」

「ああ、分かってる。ソニア、どうか俺に力を貸してくれないか?」

「う、うーん、でも……」


 流石のソニアも知り合って間もない男相手にキスというのは羞恥心があるのか、恥ずかしそうにうつむいている。


「……まあ、悩む気持ちは分かっているつもりだ。だけど、あいつを倒してみんなで生き残るためには、お前の力も必要なんだ。だから、頼む」

「…………」


 しばらくすると、吹っ切れたようにこう告げた。


「……分かりました! ハルヴァン兄のため、そしてここにいる皆さんで助かるためなら、キスの一つや二つくらいやってやりますよ!」


 そうしているうちにも魔物はのしのしとケントたちの方ににじり寄ってきており、いつ攻撃してくるかも分からない状態だった。


「奴の様子を見る限り、これが最後のチャンスだろうな」

「失敗したら生き埋めですか。責任重大ですねえ……」


 誰か一人でも失敗すれば、それはすなわち死に繋がる。退っ引きならない状況に、その場にいる全員が緊張しているようだった。


「済まん、みんな。出来ることなら代わってやりたいが……」

「気にしないで。あなたにはあなたにしか出来ないことがあるんだから、今はそのことだけに集中して?」


 話がまとまったところで、ケントたちは作戦を開始する。


「それじゃあ、ソニア」

「はい……」


 目を閉じながら待っているソニアに、ケントは肩を置いてからそっと口付けする。


「んっ……!」


 すると、ソニアは跳ねるようにしてケントから身体を離す。どうやら、自身に起きた変化に困惑しているようだった。


「す、凄い……本当に、身体中から力が溢れてくるみたいです!」


 ソニアは驚いた様子で、自分の手のひらを見つめる。顔は薄っすらと上気しており、ケントの能力が作用したことを如実に表していた。


「ソニア、頼むぞ!」

「はい!」


 ソニアは地面を蹴り、猛スピードで突っ込んでいく。対する魔物は、それを迎え撃とうと上体を振りかぶり、そのまま前足を彼女めがけて振り下ろした。


「はあああっ!」


 単なる踏みつけであっても、目の前の魔物ほどの巨体から繰り出されるのであればそれはさながら大地をも破砕する鉄槌となる。ソニアは、それを真っ向から受け止めた。


「ぐぬぬぬぬぬぬぬぬぬっ!」


 魔物はなおもソニアを踏み潰そうと、力を緩めることなく全身の体重を前足に乗せる。象が蟻を踏み潰すかのような、普通であれば確実に耐えられないほどの圧倒的な重量。だが、彼女はケントによって身体能力が強化されたことにより、ギリギリのところで持ちこたえていた。


「よし、ニュクス!」

「はい!」


 ニュクスはケントとの口付けを済ませると、持っていたナイフをダガーに持ち替え、ソニアに気をとられている隙に魔物へと駆けていく。


「ふっ!」


 そして頭部まで接近すると跳躍し、それを片方の目に深々と突き刺した。ニュクスは素早くその場を離脱する。


「グッ……!? グオオオオオオォォォッ!」


 ケントの閃いたことというのは、これだった。いかに強靭な肉体や堅牢な皮膚を持っている生物であろうと、眼や口内といった粘膜の部分だけは絶対に柔らかい。二日前にニュクスと話したことを思い出したのだ。恐らくは今までに味わったことのないであろう想像を絶する痛みに、魔物は堪らず絶叫した。


「エルナ!」

「ええ、任せて!」


 そして痛みに耐えかね口を開けたこの瞬間こそが、ケントの一番の狙いだった。エルナはケントからの口付けの後、指先に魔力を集めて即座に魔法矢を生成する。


「狙いは一点、集中して……」


 そしてそれを弓につがえると、身体を揺らしてのたうつ魔物に合わせて何度も何度も狙いをつける。やがて完全に狙いが定まった瞬間、間髪入れずに指を離した。

 刹那──


「ゴ、オオオオオオオオオオッ!」


 放たれた矢は瞬きの間に空を裂き、見事に魔物の口内を貫いた。彼女の持つ風の魔力が炸裂し、内側からその肉体を破壊する。


「オ、オオ……」


 やがて魔物はピクピクと動いた後、そのまま事切れた。


「や、やった……!」


 エルナとニュクスの二人はその場にへたり込む。危機が去ったことで、すっかり気が抜けたようだった。


「……ふう。流石にヒヤヒヤしましたよ……」

「……そ、そうだっ! ハルヴァン兄!」


 ソニアは急いでハルヴァンの元まで駆けていく。


「ハルヴァン兄! ハルヴァン兄!」

「落ち着け、ソニア」


 ケントはハルヴァンの腕を掴んで引っ張ろうとするソニアを手で制する。


「岩の下敷きになってる状態で無理に引っ張るのは危険だ。まずは邪魔な岩を退かして、ハルヴァンの安全を確保してからそっと引っ張るんだ」

「わ、分かりました!」


 ケントたちはハルヴァンの上に積み重なっている岩の山を、下手に崩さないよう慎重に撤去していく。

 神経を使う地道な作業の末、彼らは無事ハルヴァンの救出に成功した。


「良かった。落石で脚が潰されてないかと不安だったけど、それはなさそうだ」

「だが、骨は折れてるかもしれないな。ひとまず応急手当をして、それから街まで慎重に運ばなければ」


 ここではまともな治療が出来ないため、ケントたちは緊急措置としてハルヴァンの頭の傷を布で塞いでから、両脚を木の板で固定する。


「よし! すぐにここから脱出するぞ!」

「うええ~ん、ハルヴァン兄~! どうか死なないで~!」


 そして、街へと帰還すべく急いで洞窟を後にした。

ここまでご覧いただき、誠にありがとうございました。

次回もよろしくお願いいたします。

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