洞窟に潜むもの
ケントたちはギルドでの依頼の発注及び受注の手続きを済ませると、すぐにハルヴァンに連れられて彼ら獣人の仕事場である鉱山に向けて出発した。
八方どこを見ても荒れ果てた不毛の大地。魔物もいたが、遠くから眺めて警戒しているだけで襲い掛かってくる気配はない。自分たちに危害を加えてこないのであれば無益な殺生をする必要もないため、ケントたちは無視して目的地を目指して進んでいく。
やがて二時間も歩くと、山のふもとまで到着した。
「あと少しだ。この先に、俺たちの仕事場がある」
そこからさらに数分ほど歩くと、大きな洞窟が見えた。入り口はケントたち全員が横一列に並んだとしても余裕をもって入れるほどに広く、左右には一対の燭台が置かれている。
どうやら、この洞窟こそがハルヴァンの言った採鉱場のようだった。
「済まないが、洞窟に入る前にここらで少し休ませてほしい。依頼にはなるべく万全の状態で臨みたいからな」
「そうだな。何が起こるか分からねえし、その方がいいだろう」
リューテの提案により、一同は辺りの地面に腰を下ろして休息をとる。
「しかしあんたら、いつもこの場所へ採掘に来てるのか。街からここまで歩くだけでも時間がかかるってのに、そのうえ石を掘らなきゃならないんだから、相当重労働なんじゃないか?」
「まあな。つっても、今回は日帰りの調査だから急ぎ足で来てるだけで、採掘作業は何十人で何日かに分けて行うからめちゃくちゃ過酷ってわけでもねえんだけどな」
普段ハルヴァンが他の獣人と共に仕事をする際には、採掘を行う者、魔物に警戒する者、掘り当てた鉱石を外に運び出す者と、彼の指示のもとで一人一人の負担を可能な限り軽減するために役割を分担して進めている。もっとも、それでも厳しい作業であることに変わりなく、仕事終わりにはさしもの獣人も心身共に疲労困憊となることが多かった。
「それにしても、どうしていきなり魔物の数が増えたのかしら?」
「考えられる可能性としては、今は魔物の動きが活発になる時期とかでしょうか?」
「いや、それはねえ。ここらの魔物が一番活発になるのは何ヵ月か前の、もっと暑い時期だ。だが、今はその時よりも魔物の数が多い。もっと別の原因があるんじゃねえかと、俺は踏んでる」
「……となると、ますますこの先が怪しくなってくるな」
ケントはどこまで続いているかも分からない、吸い込まれそうになるほどに真っ暗な洞窟をじっと見つめる。
「何にせよ、私たちだけで解決出来ればいいのだがな」
「全くだ。これ以上魔物に増えられたら仕事にならねえし、さっさと何とかしねえとな」
それから適当な雑談をしているうちに、彼らが休憩を始めてから二十分ほどが経過したところで、ハルヴァンはゆっくりと立ち上がる。
「……さてと、日が暮れちまったら依頼どころじゃねえからな。そろそろ行くとするか」
そして、携帯していた背嚢から松明を取り出してから、それに火をつけた。
「中は大分暗そうだが、それ一本だけで大丈夫なのか?」
「ああ、心配いらねえよ。予備は持ってきてるし、明かりを絶やさねえように色々と工夫もしてるからな。例えば、こいつだ」
そう言ってハルヴァンは、手にした松明で入口前の燭台に火を灯す。
「こういう燭台が、洞窟内にもいくつか置かれてある。だから通る時にこいつで火を灯していけば、しばらくは洞窟内を照らしてくれるし、帰るときは目印にもなるってわけだ」
かつてアストリオス王国が採掘事業を獣人と協力して行うことを決めた際、採掘に適した作業場を確保するために冒険者が山中にあるいくつかの洞窟を探索し、その際に光源として燭台が設置されたということがあった。
もっとも、それらの燭台は経年劣化に伴って全て撤去されており、今置かれてあるのは獣人によって新しく取って代わったものである。
「よし。そんじゃあ、行こうぜ」
ハルヴァンは案内役として、皆に先導するようにして洞窟へと入っていく。そんな彼に追従して、ケントたちもまた未知の空間へと足を踏み入れていった。
ケントたちは周囲を警戒しながら、一歩一歩慎重に歩いていく。洞窟内は基本的に一本道で道に迷うことはないが、外から差し込む日の光と松明の光を合わせてもなお仄暗く、どこからともなく聞こえてくる水滴の音がそこはかとない薄気味悪さを漂わせていた。
ハルヴァンはそんな陰鬱さを紛らわすかのように、等間隔で置いてある燭台に、その都度松明の火を分け与えていく。
「それにしても、洞窟の中って本当に暗いのね。火のありがたみが良く分かるわ」
「今は外の光があるからまだ良いですが、仮に夜にここに来ることになって、それで明かりを失ったら死を覚悟しますね……」
「一応、探せば暗い所で発光する石みたいなのもあったりするんだけどな。まあ、それでも光源にしちゃあもの足りねえし、何より魔物もいるからな。夜はこんなとこに近付かねえのが賢明だろうよ」
ケントたちは適度に会話をしつつ、奥へ奥へと進んでいく。
しばらくすると、ソニアが残念そうな表情を浮かべてこう呟いた。
「それにしても魔物、出てこないですねえ……」
「まあいいんじゃないか? 戦わずに済むならそれに越したことはないだろ?」
「それはそうなんですけど、でもこのまま何もないのはそれはそれで拍子抜けだなーって」
「……ん?」
ケントとソニアが話していると、ハルヴァンは何やら不審な物音を聞き取ったようで、周囲に耳をそばだてる。すると、奥から四匹のリザードマンの群れが現れた。
「言ってるそばから出てきたな」
リザードマンの群れはケントたちと鉢合わせると、足を止めてきょろきょろと周囲を見回す不審な挙動をする。やがて臨戦態勢に入ったため、ケントたちもそれに応じるように急いで武器を構える。
「俺も手伝った方がいいか?」
「いや、大丈夫だ。片手が塞がってる状態じゃ戦いにくいだろ? それに、あまり依頼人の手を煩わせるってのも俺たちの立場がないしな。ここは任せてくれ」
「そうか。そんじゃ、頼んだぜ?」
そういうことならば戦いの邪魔にならないようにと、ハルヴァンは安全そうな場所まで後退する。
「よーし、張り切って行きますよお!」
ケントたちは各々の武器を取り、ソニアは両こぶしを構えて交戦する。
そして数分後──
「皆、怪我はないか?」
「ええ、大丈夫よ。私たちだって強くなってるもの、もうあれくらいの魔物に遅れは取らないわ」
ケントたちは武器をしまうと、仲間同士で怪我を負っていないか互いに確認しあう。
戦闘は急な交戦に対応しきれなかったリザードマンの、半ば不意をつく形となり、その上数でも有利なケントたちは、襲い来る魔物を難なく討伐した。
「…………」
その一方で、ソニアは勝ったにも関わらずどこか釈然としないというような表情をしていた。そんな彼女に、ハルヴァンが声をかける。
「どうしたよソニア。柄にもなく難しい面して」
「んー、さっきの戦い、何か引っ掛かるような感じがするんですよねえ」
「君もか、ソニアちゃん。実は私もそう思っていたところなんだ」
どうやらソニアとリューテは、先程の戦闘に思うところがあるようで、魔物の亡骸に視線を向ける。
「こいつら、殺気とか戦意みたいなのを全然感じられなかったんですよ。それに、群れで行動してる割には連携もバラバラでしたし、ここまで弱い魔物じゃないはずなんですがねえ」
「それだけじゃない。私には、奴らはどこか怯えているようにも見えた。まるで、何かから逃げてるような……」
その時だった。どこからともなく、洞窟内の大気を震わすような咆哮が鳴り響いた。
「──っ!? 何だ!?」
ケントは轟音の発生源を探ろうと辺りを見回す。
すると、道の奥にある側面の壁が崩壊し、中から四足歩行の巨大な生物が現れた。
「オオオオオオオオオオォォォォォ!」
「な、なんだこいつ……」
突如として出現した謎の巨大生物を、その場にいる誰もが驚きのあまり呆然と見つめていた。
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