鉱山の異変
あれから入浴を済ませたケントたちはハルヴァンの家に戻り、彼に勧められるままそこで一夜を過ごすことになった。
「悪いな、客人に雑魚寝させちまって」
「いや、寝床を提供してくれるだけでもありがたいさ」
宿とは違いハルヴァンの家は一民家でしかなく、流石に四人もの来客を泊めるのは無理があった。そのため、寝床は居間の一角に布団を敷いただけの比較的簡素なものである。
「ハルヴァン兄ぃ! ワタシ、今日はここで寝たいです!」
そう言ってソニアは自室からせっせと寝具を運んで、エルナたちの側に敷き直す。
「いや、寝たいもなにも、既にここで寝る気満々だろお前……」
彼女は普段は自分の部屋で寝ているのだが、今夜ばかりはケントたちと更に親睦を深めるために就寝を共にするつもりでいるようだった。
「まあ別に構いやしねえが、みんな長旅で疲れてんだ。お喋りすんだったらほどほどにしとけよ?」
「はーい!」
「んじゃ、俺はこの辺で。また明日な」
ハルヴァンは最後に「おやすみ」と一言付け足して、そのまま自室に入っていった。
「……あ!」
ソニアは、ケントがエルナたちから離れた場所で就寝の準備をしているのを見ると、彼の元まで近付いて腕を自分の両腕で抱えるようにして引っ張る。
「ほらほら、ケントさんもそんなに離れてないでこっちで一緒にお話ししましょうよお」
「いや、俺は遠慮しておく。ハルヴァンの言う通り、こう見えても結構疲れてるから早めに寝たいんだ。それに……」
ケントはエルナたちの方に視線を向ける。三人は布団に潜って、早速歓談を始めていた。
「(あの中に混ざって寝る度胸は、俺にはない……)」
野宿の時とは違い、三人とも胸元がやや露出気味の丈の長いワンピース型の肌着に着替えて、普段見慣れた冒険者としての格好よりもだいぶ無防備な姿となっており、そんな華やかな少女たちに囲まれても動じず眠るには、ケントはあまりにも若かった。
「そんなあ。ケントさんとも、まだまだお喋りしたいですよお」
「悪いな。明日でよければいくらでも付き合うから、今日はもう寝かせてくれ」
ケントは脱いだマントを身体の上に掛けて横になり、昨日からの旅の疲れを癒すかのようにあっという間に深い眠りにつく。やがて、ひそひそと盛り上がっていた女性陣もいつしか完全に静まり返り、部屋からは寝息だけが聞こえるようになった。
そして朝――
「ん、朝か……」
窓から差し込む日の光を浴びて、ケントが目を覚ます。重い瞼を擦りながら軽く伸びをしていると、エルナたちも次第に起き上がった。
「よう、おはようさん。よく寝られたか?」
すると、先に起きて朝食の準備をしていたハルヴァンがケントたちに声をかけた。
「ああ、おかげでぐっすりだ」
「そうか、そいつは何よりだ」
野宿は野宿で趣があって楽しかったが、やはり雨風をしのげる上に魔物に警戒することなく落ち着いて眠れる屋内こそが至高だと、ケントはひしひしと感じていた。
「飯ならもう出来てるから、冷めねえうちに食っちまおうぜ?」
ハルヴァンは朝食の置かれたテーブルを、親指でクイッと指し示す。そこには、軽くつまめる程度の量のパンとスープが人数分並べられていた。一同は促されるままに、テーブルに座って朝食を食べ始める。
「ところで皆さん、今日は何か予定はあるんですか?」
「予定? うーん、今のところは特にないわね……」
「私たち、ケントさんの記憶に関する手掛かりを探しに来たわけですが、具体的に何か用件がある訳じゃないですからねえ」
「そうだな。どうだ、ケント君? 何か思い出したりはしてないか?」
「いや、何も。どれも初めて見た景色だとしか思えないくらいだ」
普段の景色とは違う、見渡す限りの砂と岩。ジリジリと照り付ける日差し、そして獣人。どれも新鮮な体験だと感じることこそあれど、彼の記憶に触れるようなことはなかった。
「と言っても、まだここに来てから大して時間が経ったわけじゃないからな。今日のうちに、色々見て回ることにするよ」
「……なあ、それならちょっといいか? お前らを信用できる冒険者と見込んで、頼みたいことがあるんだ」
すると、ケントたちのやり取りを聞いていたハルヴァンがとある提案をした。
「ん? 何だ?」
「もしよかったら、これから俺の依頼を受けちゃくれねえか?」
「……? あんたの?」
「ああ、詳しいことはここのギルドで話す。どのみちお前らもあそこには寄るだろうし、そっちの方が手間が省けるだろう。という訳で、飯を食い終わった後で俺に付いてきてくれ」
ハルヴァンはそこで会話を中断する。どうやら、ケントたちが冒険者であることを考慮して、ギルドで改めて説明した方が良いと判断したようだった。
それからケントたちは朝食を終えると、すぐに外出の準備を始める。
「ケント。私たちは準備に少し時間が掛かりそうだから、悪いけど先に行っててもらえる?」
「ん? 時間が掛かるって、何かあるのか?」
「もう、そういうところ鈍いんだから。着替えよ、着替え。こんな格好じゃ、お仕事なんて出来ないもの」
「そういうことだ。ここのギルドの場所なら私も知っているから、君は彼と先に行っててくれ」
「分かった。そういうことなら、入り口の辺りで待ってるよ」
ケントはエルナたちに言われるまま、ハルヴァンと共に先んじてギルドへと向かっていった。
早朝、外は既に何人もの獣人たちが行き交っていた。ある者は近隣の川まで水を汲みに行く準備をし、またある者は採掘に使うであろう仕事道具を整備したりと、一日の始まりを告げるかのように段々と賑わいを見せていた。
ケントとハルヴァンの二人はそんな中で時折すれ違う獣人と軽い会話を交えながら、目的地へと歩を進める。
「なあ、ハルヴァン。あんたら獣人がこうして人間に協力を依頼するのは、よくあることなのか?」
「ないってことはねえが、大抵は俺たちだけで何とか出来ちまうから、そこまで頻繁には頼まねえな」
「……ってことは、今はあんたらだけじゃ解決できない問題が起きてると?」
「それもおいおい話すさ……っと、あそこだ」
しばらく歩いていると、二人は冒険者ギルドの象徴である飛翔する荒鷲が描かれた旗が置いてある、周囲の建物と同じ石造りの建物の前へとやってきた。
「ここがノトスのギルドか」
「ああ。ゼピュロスのとこよりは小せえだろ?」
ハルヴァンの言う通り、目の前の建物はギルドではあるが、ケントが知っているゼピュロスのものと比較して外観が一回りは小さい。
これは、ノトスはその土地柄ゆえに他の街と比べると冒険者の往来があまり多くはなく、そのため建物の規模を縮小したとしても問題なく機能するためだった。
「そうだな。というか、ゼピュロスのギルドを知ってるのか?」
「そりゃまあ、俺たちの国はゼピュロスの方角にあって、そこから来たわけだからな。あの街には、この国に来て最初に訪れたぜ?」
「ああ、そういえばそうだったな」
ケントは数日前に、獣人についてエルナから教えてもらったことを思い出す。
アストリオス王国に入国した獣人は、ほぼ全員がまずはゼピュロスを経由して、それからノトスをはじめとした各々の目的地へと向かっていく。ハルヴァンとソニアも、そうしてこの街へとやって来たのだ。
「お待たせー!」
少し経ってから、エルナたちが遅れて到着した。全員冒険者の装いとなったことでそれまでの年頃の少女らしさは鳴りを潜め、華やかながらもキリッとした雰囲気を醸し出していた。
「来たか。そんじゃ、入るぞ」
ハルヴァンの言う通り、外観もさることながら中もあまり広くはなく、冒険者や住民が集会に使うテーブルと椅子の他には質素な装飾が施されているだけである。ケントたち以外にも他の冒険者の姿もあったがまばらであり、閑散とまではいかないもののどこか物寂しい雰囲気があった。
カウンター奥では受付嬢と思しき女性が椅子に座って読書に耽っていたが、ケントたちに気付くと本を置いてから立ち上がる。
「やあ、いらっしゃい」
「なっ……!?」
その女性の顔を見た瞬間、ケントは驚いて半歩後ずさった。
「あ、あんた、リリエッタさん!?」
その女性の容姿は西の街、ゼピュロスのギルドで受付嬢をしているリリエッタに瓜二つだった。ただ一つ、髪の長さがリリエッタは背中まで垂らした長髪であるのに対して、目の前の女性は耳が隠れる程度のショートヘアで、どことなくボーイッシュに見えるという違いがあった。
「いや、違うぞケント君。確かに顔は似ているが、この人はリリエッタさんの妹だ」
「やあ。君はたしか、リューテさんだったかな? 久しぶりだね。元気そうで何よりだよ」
どうやらリューテとは顔見知りらしく、右手をひょいと挙げて気さくに挨拶を交わす。
「……っと、他の子とは初めましてになるかな」
女性は恭しく、胸に手を添えて自己紹介を始める。
「僕の名前はルルティア。ここ、ノトスのギルドの受付を任されてる。リューテさんも言ったけど、リリエッタは僕の姉なんだ」
「なるほど、姉妹だったのか。通りで……」
そっくりな姉妹が別々のギルドで受付嬢をしているとは思っていなかったため、ケントは未だ驚きを隠せずにいた。
「ところで、ここには何か用があって来たんじゃないのかい?」
「ああ、実はハルヴァンが俺たちに依頼したいことがあるらしくてな。ここで話をすることになってるんだけど……」
ケントは話し終えるのと同時に、ハルヴァンに目配せする。それを見たハルヴァンはコクリと頷いてから、依頼の説明を始めた。
「昨日話した通り、俺たちの仕事は採掘なんだがな。実はここ最近、鉱山の魔物の数がやけに増えてきてんだ」
「そうなのか?」
「ああ。ちょっと魔物の数が多くなるくらいならたまにあるから、少し経てば収まると思ってたんだがな、今回は全然収まる気配がねえ。普段奴らの対処は俺たちが採掘作業と並行してやってるんだが、もし今の状態が続いたとしたらいくら俺たちでも身体が持たねえ。怪我をする奴も出てきてるし、これ以上被害が増える前に何とかしてえんだ」
このまま負傷者が増えれば、そのうち採掘作業もままならなくなってしまう。幸い怪我人こそ出ているものの被害自体はまだ軽微であるため、今のうちに手を打てば何とかなるだろうと考え冒険者を頼ろうとしたところ、丁度この街を訪れたケントたちに白羽の矢が立ったのだった。
「なるほど。そうなると依頼は、魔物が増えた原因を探って解決することになるのか?」
「いや、確かにそこまでしてくれりゃあ俺たちとしては万々歳だが、ひとまずは調査だけで十分だ。何が原因かが分からねえことには、具体的な手の打ちようがねえからな」
魔物が増えた原因については一切情報がなく、場合によってはケントたちでは手に余る事態ということもあり得る。迅速であることに越したことはないが、根本的な解決を図るためには慎重さも欠いてはならないと、ハルヴァンはあれこれ思案を張り巡らしていた。
「そうか、分かった」
ケントは一通り話を聞き終えたところで、エルナたちの方へ振り向く。
「俺は引き受けたいと思っているんだが、みんなはどうだ?」
「ええ、私は賛成よ。この街の危機なんだから、放ってはおけないわ。それに昨日は美味しいご飯に温泉に、たくさんお世話になったし、そのお返しだってしたいもの」
ニュクスとリューテの二人も同意見らしく、エルナの言葉に続いてケントと顔を見合わせてから頷いた。
「よし、ハルヴァン。あんたの依頼、俺たちが引き受けるよ」
「ははっ、ありがとよ。お前らならそう言ってくれると思ってたぜ!」
ハルヴァンは軽快に笑いながら、ケントの肩に腕を乗せて寄りかかる。
「はーい、ハルヴァン兄ぃ! 勿論、ワタシも一緒に行きますよ!」
そこで、ここまで会話に入ってこなかったソニアが、元気のいい声でビシッと手を挙げた。
「お前なあ、ピクニックに行くんじゃねえんだぞ?」
「分かってますよお。鉱山に変なところがないか調べに行くんですよね? だったら途中で魔物に襲われるかもしれないですし、ワタシの力が役に立つじゃないですか! あんな奴ら、バシバシやっつけてやりますよ!」
そんな意気込みを見せるかのように、彼女はシュッ、シュッと虚空に向かってパンチを繰り出す。
「……まあ、いいぜ。元々お前も連れていくつもりだったからな。ただし一人で勝手に突っ走ったりしねえで、いつも通り俺の指示をちゃんと聞けよ?」
「わーい! やったあ!」
話がまとまったところで、ハルヴァンが受付の前に立つ。
「そんじゃあ、ここのギルドを通して改めてお前らに依頼するぜ? 内容は鉱山の異変の調査。報酬は……これくらいが相場か?」
ハルヴァンはルルティアに硬貨の入った袋を差し出す。
「1……2……うん、妥当な額だね」
ルルティアは袋から中に入っている硬貨を取り出すと、その枚数を数える。
「手に入れた情報は僕の方でまとめて、場合によっては本部に報告しなきゃならないから、なるべく詳細に頼むよ。それと、くれぐれも無茶はしないように。命あっての物種だからね」
「ああ、ありがとう」
こうしてケントたちは話がまとまると、ルルティアに礼をしてからハルヴァン主導のもと、問題の鉱山をめざしていった。
長期間活動を休止してしまい、誠に申し訳ございませんでした。
遅筆ながらこれからも投稿を続けて参りますので、どうか応援いただけますと幸いです。