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初めての野営

 次の日の朝、四人はノトスへと向かうべく、街の東門に集合していた。


「この道を真っ直ぐ行けば、明日の夕方にはノトスに着くだろう」


 そう言って、リューテは右方向に続いている道を指差す。そこは、まだ街の周囲の開拓すら進んでいなかったほどに昔のこと、ケントたちにとっては大先輩とでも言うべき先人の冒険者の手によって、人や馬車が通れるように長い年月を掛けて、少しずつ整備されていった道である。


「さて、出発しようか」


 ケントたち三人は、ノトスまでの道のりを知っているリューテに率いられるようにして歩いていった。

 道中は至って快適だった。魔物はこの付近が冒険者の往来する道で危険だと分かっているためか、まったく姿を表さなかった。四人は適当に会話をしながら時折休憩を挟みつつ、たまに他の冒険者とすれ違った際には互いに軽く会釈をするなどして、悪天候に見舞われることもなく順調に目的地まで歩を進めていった。

 そしてすっかり日が暮れ夜になったころ、四人は他の冒険者が利用していた形跡のある野営地を見つけ、そこで夜を明かすことを決めた。


「よし、今日はここで休むとしよう」


 四人は道中で集めてきた枯れ草や木の枝を一ヶ所に集めると、それを囲うようにして地面に腰を下ろす。そして、リューテが背嚢(はいのう)から火打石を取り出すと、それを打ち付けた。


「むっ……」

 

 最初は「カッ、カッ」と石と鉄がぶつかり合う音がするばかりで中々着火しなかったが、何度かやっているうちに火花が散り、ようやく枯れ草に火が付いた。


「ふう、何度やっても中々うまくはいかないものだな」

「……なあ、リューテ」


 その様子を見ていたケントが、ふと疑問に思ったことをリューテに尋ねる。


「あんたは火の魔術が使えるんだから、そんなことをせずとも直接魔法で火を着ければいいんじゃないか?」

「いや、ケント君。たしかに魔術を使えば簡単に火を起こせるが、それは無粋というものだよ」


 リューテは、自分の右隣で片膝を立てて座っているケントにそう言った。


「何事も楽をすればいいというものでもない。こういう時は、敢えて物事に一手間も二手間も掛けることで旅の雰囲気を味わうというのも、また一興だ」

「あっ、リューテさんの言ってること、何だか分かるかも。さっきリューテさんが火打ち石で火を起こしたとき、何だか私まで嬉しくなったもの。そんな感じで仲間と達成感を共有できるのって、旅の醍醐味だと思うわ!」


 エルナはリューテの言葉に同調する。その声は、まるで今にも歌い出しそうなほどに上機嫌なものだった。


「エルナ、何だかいつもより元気そうじゃないか?」

「ええ! 私、野宿って初めてだから何だかワクワクしちゃって!」


 元々明るくて活発な彼女だが、今はよりその性格が顕著になっていた。


「ふふっ、それは分かるよ。私も初めて他の冒険者とこうして火を囲んで談笑した時は、不思議と心が躍ったものだ」

「たしかに、言われてみればそんな気がしてきたな」


 二人と話しているうちに、ケントもまた無性に楽しい気分になっていくのを感じていた。外という開放的な空間。そして夜の闇に包まれたこの時間は、まるで世界に自分たちしかいないかのような静けさを醸し出し、それが三人に得も言われぬ高揚感を与えていた。


「…………」


 しかしそんな三人とは対照的に、ニュクスは膝を抱き抱えるようにして座りながら、パチパチと燃える焚き火の炎を寂しげに見つめていた。


「ニュクス? どうかしたか?」

「……ああ、いえ。ただ、私が初めて野宿をしたときのことを思い出したもので……」


 ニュクスが初めて野宿を経験したのは六年前、両親を盗賊に殺された後のことだった。大切な人と帰る場所を一度に失った彼女は、人気のない建物の裏路地で寒さと悲しみに震えながら、一睡も出来ずに夜を明かした。その時から始まった過酷な生活を思い出して、彼女は暗澹(あんたん)とした気分になっていたのだ。


「そうか、お前は……」

「……すみません。折角の楽しい雰囲気に、水を差してしまいまして」

「ニュクス……」


 エルナはニュクスの隣に座るとそっと寄り添い、包み込むようにして彼女の手を握った。


「あなたはもう一人じゃないわ。だから、大丈夫……」

「エルナさん……はい、ありがとうございます」


 ニュクスもまた、その感触を確かめるようにぎゅっとエルナの手を握り返す。寒空の下で凍えながら、孤独な毎日を過ごしていたあの時とは違う。焚き火の炎とエルナの手の温かさに、彼女は安心感を覚えていた。

 その後も、四人は出発前に街の市場で購入した干し肉を食べながら、取り留めのない会話を続ける。


「さて……」


 そして食事を終えた頃、リューテが近くに立て掛けていた剣を鞘から抜いて、砥石を取り出してから刀身の手入れを始めた。


「おや、リューテさん。武器の手入れですか?」

「ああ。これから魔物や賊に襲われないよう見張りをする必要があるから、その準備をしなければな」

「そういうことでしたら、私もお手伝い致しましょうか? 一人で夜通し見張りというのは大変でしょう?」

「ありがとう、ちょうど誰かに頼もうと考えていたところだったから、助かるよ」


 そうしてニュクスもまた、自身の得物である短剣を懐から取り出して、傷や刃こぼれの有無を確認し始めた。


「そういや、ニュクスの武器は短剣だったな」

「ええ、そうですけど、それがどうかしましたか?」

「いやな、短剣って普通の剣よりも小さくて、武器としては頼りなく見えるから、魔物相手にどうやって戦うんだろうと思ったんだ」

「なるほど。でしたら、私が短剣の強さについて教えて差し上げましょう」


 ニュクスは取り出した短剣を一旦服の内側にしまうと、ケントに向き直った。


「先程の口ぶりから察するに、ケントさんは小さいということを欠点だと考えているようですが、逆です。この小ささこそが、短剣の最大の利点なんです」

「そうなのか? 小さいと攻撃が届かなかったり、戦いには向いてなさそうなもんだけど……」

「確かにそういった欠点もあります。しかし、短剣には普通の剣には出来ない戦い方というものがあるんですよ?」


 手元にあった木片を無造作に焚火の中に放り込んでから、ニュクスは続ける。


「ケントさん、魔物を殺す最も確実な手段は何か、分かりますか?」

「そうだな……弱点を狙うとか?」

「ええ、その通りです。弱点、すなわち首を掻っ切るか内臓を傷つけるかすれば、魔物に限らず大抵の生物は死にます。短剣は、小ささと軽さを生かして相手に素早く接近して、そして確実に急所を突くことに特化した武器というわけです」


 人間であれば、刃物で皮膚を切り裂くだけでも痛みで戦意を喪失させるだけの傷になり得る。しかし、より強い肉体を持つ魔物はその程度では決して怯んだりはせず、それどころかより闘争本能を刺激することにもなりかねない。そこで、神経や内臓を狙うのが人間以上に効果的なのだが、そういった特定の部位を狙って攻撃するというのは、重さのある武器では難しい。つまり短剣は、剣以上に一撃で深手を負わせることに特化した武器ということになる。


「なるほどな。だけど、魔物によっては皮膚が硬かったり分厚かったりして、首や心臓を狙えないことだってあるかもしれないだろ? そういうときはどうするんだ?」

「その場合は厄介ではありますが、しかし打つ手がないわけでもありません。何故なら、どのような生物にも絶対に刃が通る部分というのが存在するからです。それがどこか、分かりますか?」

「絶対に刃が通る部分……?」


 一体どこなのだろうかと、ケントは考える。しかし、少し考えた程度では答えは出なかった。


「ふふっ、そんなに難しく考えなくても大丈夫ですよ? 絶対に刃が通る部分。つまり柔らかくて、どれだけ身体に力を入れようと決して固くならない部分です。それは……」


 そこまで言って、ニュクスは答えを示すかのように自分の目元に指を添える。


「眼球と、そして口の中。すなわち、身体の内側です」

「ああ、そうか……!」


 ケントは納得した。どのような生物も粘膜まで固いということはなく、そこを狙えば一気に致命傷を負わせられる。それが目のように小さな部位であれば、振るうだけでも体力を消耗するほど重さのある剣よりも、短剣のような軽い武器の方が向いている。戦うためではなく、殺すための技術。暗殺者として生きてきた、実にニュクスらしい戦い方だった。


「どうです? 短剣は見た目以上に優れた武器であるということ、分かっていただけましたか?」

「ああ、よく分かったよ。悪かったな、頼りない武器なんて言って」

「いえいえ、お気になさらず。ああ、それともう一つ……」


 ニュクスは立ち上がると、ケントの側まで近付いてから腰を下ろした。


「小さくて軽いということは、かさばらないので何本でも持ち歩けるということでもあります。例えば、このように……」


 そしてケントに見せつけるようにして、おもむろに片手でスカートをめくり上げる。すると、太ももにナイフの入ったホルダーが括り付けられているのが見えた。


「こんなところにまでナイフを忍ばせておくことが出来るんですよ?」

「おっ、おい……」


 ニュクスはギリギリまでスカートをめくり上げているため、肉感的な太ももが露になっており、その扇情的な光景にケントは思わず目を反らした。


「どうです? まだまだ夜は長いですし、よろしければ私の身体を探ってみませんか? もしかすると、意外なところに短剣が隠されているかもしれませんよ?」


 ニュクスはケントの側まで近寄ると、彼の手を掴んで自分の身体を触らせようとする。


「ちょっ、ちょっと待て!」

「まあまあ、私とあなたの仲じゃないですか。そう遠慮なさらず、さあ……」


 ケントは反射的に抵抗しようとするも、ニュクスがやめようとする気配はない。やがて、彼の手が彼女の胸元まで到達しようという、その瞬間だった。


「はいそこまでっ!」


 エルナが間に割って入り、両手で二人を引き離した。


「そうやってすぐに話をいやらしい方向に持っていくの禁止! ケントもデレデレしないの!」

「いや、してないって……」


 自分に対してムッとした表情を向けているエルナを見て、ケントは困惑する。


「ふふっ、すみません。やはり夜というのは、気分が舞い上がってしまうものですね」


 ニュクスはクスクスと笑ってから立ち上がると、元居た位置に戻って武器の整備を再開する。


「さて、明日も早いでしょうから、今日はもう寝たほうがいいでしょう。リューテさん、まずは私が見張りますので、先に休んでおいてください」

「ああ。しばらくしたら替わるから、それまでよろしく頼むよ」


 ニュクス以外の三人は毛布を用意すると、就寝の準備を始める。四人はゆっくりと眠りながら、月明かりに照らされた空の下で一夜を過ごした。

ここまでご覧いただき、誠にありがとうございました。


次回もよろしければお付き合いいただけますと幸いです。

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