南の街、ノトス
ある日のことだった。ケントは依頼を終えて、ギルドで受付をしているリリエッタの元へと報告に向かっていた。
「……うん、そろそろいいかな」
リリエッタは近くにある棚の引き出しを開けると、中から冒険者証を取り出す。それには「D」という、冒険者のランクを示す文字が刻まれていた。
「おめでとう! 君をDランクの冒険者に認定するよ!」
そしてリリエッタは賛辞の言葉と共にそれを手渡す。ケントはリューテとの鍛錬の成果によって、今や簡単な討伐依頼ならば一人でもこなせるようになっていた。そして今日、その実績を認められてDランクに昇格したのだった。
「よし、やった!」
これでようやくエルナとニュクスに追い付いたと、ケントは両拳をグッと力を込めて握り締めた。
「いやあ、それにしても驚いたよ。初めて会ったときはどうにも頼りなげな感じだったのに、すっかり冒険者らしくなっちゃって」
「俺だけの力じゃないさ。これもすべて、いい出会いに恵まれたおかげだ」
「ふふっ、どうやらそのようだねえ」
エルナに助けられたことで冒険者としての道に進み始め、リューテには剣の扱いや戦いに対する心構えを教わった。ニュクスは最初の出会いこそ良いものではなかったが、今では大切な仲間の一人になった。記憶もなければ力もない自分がここまでやってこれたのもまさに周囲の人間の支えがあったからこそだと、ケントはひしひしと感じていた。
「じゃ、これからもその調子で頑張ってねー」
「ああ、ありがとう。リリエッタさん」
ケントは手を振って見送るリリエッタに礼をしてから、ギルドから出ようと踵を返して歩き始める。その時だった。
「っと……」
貰った冒険者証を見つめながら歩いていたため、ケントは前方から人が来ていることに気付かずぶつかってしまい、その拍子に手に持っていたそれを落としてしまった。
「ぶつかってすまん。前を見てなかった」
「いや、大丈夫だ。俺の方こそ悪かったな」
その男の姿を見て、ケントは少し驚く。彼がぶつかったのは猫のような耳と尻尾を生やした、普通の人間とは少し異なる風貌の男性だった。
その特徴的な見た目をした男は、床に落ちたケントの冒険者証を拾う。
「お、あんたDランクなのか?」
「ああ、今しがたEランクから上がったところなんだ」
「おお、ってことは見習い卒業ってわけか! そりゃめでたいな!」
そしてそれを手渡してから、陽気に笑いながらケントの背中を軽く叩いた。
「んじゃ、これからも頑張りなよ!」
「ああ、ありがとう」
ケントは受け取った冒険者証をポケットにしまってから、受付へと向かっていく男の後ろ姿を見つめていた。
それから、ケントはいつものようにエルナたち三人と共に、酒場で昼食をとっていた。
「なあ、エルナ。訊きたいことがあるんだけどいいか?」
「うん、何?」
「たまに犬とか猫みたいな耳と尻尾が生えてる人間を見るけど、一体何者なんだ?」
ケントは少し前にギルドで出会った猫の耳と尻尾を生やした人間のことを思い浮かべる。そういった見た目の人間は今までに何度も見てきたが、話したのは今回が初めてだった。
「えっと……もしかして獣人のことかしら?」
「獣人?」
飲んでいたエールをテーブルにおいてから、ケントはそう問い返す。
「ええ。彼らはここから西に行った先にあるティルナノグ王国っていう、私たちの国と友好関係のある国から来てる人たちよ。見た目は私たちとそう変わらないけど、あなたが言ったように犬とか猫のような耳と尻尾が生えていて、それと魔力を持ってない代わりに優れた身体能力を持っているの」
「へえ、そうなのか」
ケントは獣人という、人とは似て非なる種族に興味を示し始めていた。
「しかし記憶喪失とは聞いていましたが、まさか獣人という種族そのものを知らないとは。ケントさん、あなたは本当に謎の多い人ですねえ」
「そうだな。考えてみれば、俺の記憶に関してはまだ何もわかっていないんだよな……」
冒険者になってから大変なことも多くあったが、エルナをはじめとした多くの出会いに恵まれたため、ケントは今の生活にそれほど不満はなかった。そのため彼は、自身の記憶を取り戻すという当面の目的をすっかりと忘れていた。
「そっちの方も何とかなればいいんだけど……」
「ふむ……それなら、他の街に行ってみるというのはどうだ?」
自分のこれからの目的に行き詰っているケントに対して、リューテが救いの手を差し伸べるように提案する。
「そうだな……先程獣人の話題も上がったことだし、それにここからも近いノトスがよさそうだな」
「ノトス……確か、ここから南にある街だったな。そこは獣人と何か関係があるのか?」
「ああ。私は何度か依頼で立ち寄ったことがあるのだが、あそこは鉱石の採掘が盛んな街でな。ただ、その手の仕事は大変なことも多く、そのうえ街の周りはここと違って砂と岩に囲まれていていて、非常に険しい土地ときている。そこで、普通の人間よりも身体が丈夫で、そういった厳しい環境にも対応できる獣人に採掘を協力してもらえるよう、私たちの国が獣人の国との間で取り決めを行ったそうだ」
ティルナノグ王国は豊かな自然と動物に囲まれた国であり、そこに住んでいる獣人も狩猟を中心とした生活を送っていた。しかし、アストリオス王国と友好関係を築いた際に人間から農耕技術を教わる代わりに、ティルナノグ王国からは獣人を派遣し、強靭な肉体を生かして鉱山での採掘や魔物の討伐といった仕事を請け負ってもらうようになったという歴史がある。
「なるほどな。つまり、獣人と親交を深めるには丁度いい街というわけか」
「そういうことになる。それに他の街に行けば、君の記憶に関する何らかの手掛かりが見つかるかもしれないしな。どうだ? 行ってみないか?」
「もちろん賛成だ。記憶のことを抜きにしても、他の街がどんなところか興味があるしな」
ケントが冒険者になってから、早くも二ヶ月が経過しようとしていた。冒険者としての仕事に大分慣れてきていた彼は、自分がいる国やこの世界のことを、もっと知りたいと考えるようになっていた。
「私も賛成! ケントの言う通り、ここだけじゃなくて他の街も見て回りたいわ!」
「私も、特に異論はありません」
「ふむ、決まりだな」
満場一致で全員の意見がまとまったことで、リューテは三人にこう告げた。
「では、明日の朝に出発することにしよう。それと、一日は野宿をすることになるだろうから、今日中に水や食料と言った必要なものを各自で用意しておいてくれ」
こうして、四人は食事を終えるとそのまま解散し、市場で水や食料などを調達し、明日の準備を始めた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
この度、活動再開の目処が立ったため、この場を借りてご報告申し上げます。
引き続き少しでも多くの方々に楽しんでいただけるようなお話を書いていきたいと考えておりますので、次回もよろしければお付き合いいただけますと幸いです。