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女剣士リューテ Ⅲ

 そして次の日、リューテはエルナとニュクスが受けた、コボルト討伐の依頼に同行していた。


「む、ここにいたか。二人とも、戦闘の準備を」


 森の中を少し進んだ場所にある開けた場所。そこにコボルトの群れを確認したリューテは、二人に武器を構えるよう指示する。その後まもなく、コボルトたちが三人の存在に気付いて臨戦態勢に入った。


「ニュクス、気を付けて!」

「ええ、任せておいてください」


 ニュクスは一本のダガーを逆手に構えて、コボルトの群れに向かってゆっくりと前進していく。そんな彼女から敵意を感じ取ったコボルトたちもまた、ニュクスの正面に広がるようにして陣形を組んで立ちはだかった。


「グルルァァァ!」


 そしてひと際大きな咆哮と共に、手に持ったこん棒を振り上げながら一斉にニュクスへと襲い掛かった。


「遅いですよ!」


 統率の取れた動きだったが、それでも一体一体は大した強さはないコボルトである。冷静でいれば、対処は比較的容易だった。

 ニュクスは自身に振り下ろされたこん棒を紙一重まで引き付けてから躱すと、無防備になった首筋に素早くダガーを突き立てた。


「はあっ!」


 そして、すかさず懐から二本のナイフを取り出すと、それを残る二体のコボルトに目掛けて投げつける。ナイフには麻痺(パラライズ)の魔法が仕込んであったため、コボルトたちはたちまち地面に膝をつき、動きが鈍くなった。


「エルナさん! お願いします!」

「分かったわ!」


 ニュクスの声と共に、エルナが一体のコボルトにつがえていた矢を射る。一直線に飛んでいった矢はコボルトの胸を正確に射抜き、そして絶命させた。最後に残る一体をニュクスが仕留めたことで、三匹の群れは全て討伐された。




 その後、特に何かあるというわけでもなく依頼を順調に片付けた三人は、依頼場所の森を抜けてから付近の野営地跡で休憩していた。


「二人とも、大したものだな。とてもEランクの冒険者とは思えない身のこなしだった。単純な実力だけなら、Cランクの冒険者にも決して引けを取らないだろう」


 依頼自体は三匹のコボルトを討伐するという比較的簡単なものだったが、それでも二人はリューテが感心するほどに的確な判断と鮮やかな武器の扱いをしてみせていた。


「それだけの技術、誰かに教わったのか?」

「ええ。私は両親が二人とも優秀な冒険者だったから、子供の頃から弓の扱いと冒険者としての基礎を教えてもらっていたの」

「なるほど、通りで良い弓の腕をしているわけだ」


 リューテはエルナの弓の冴えに納得したといった顔をすると、今度はニュクスに振り向く。


「君もそうなのか?」

「あ、いえ、私は……」


 ニュクスの短剣を扱う技術と魔法はもともと人を殺すために身に着けたものであり、そんな自分の過去を話すことに抵抗があった彼女は、そのことをうまく言えずに口ごもった。


「リューテさん。その、ニュクスは……」

「いえ、大丈夫です。エルナさん」


 ニュクスは自分を庇おうとするエルナを手で制してから、リューテに自分の過去を語り始めた。


「実は、私は元々は冒険者ではなく、暗殺者だったんです」

「……何?」


 目の前の少女が暗殺者であったということは流石に予想外だったようで、リューテは驚きの表情を見せる。


「六年前、私は両親を盗賊に殺されました。そのうえ身寄りの無くなった私を助けてくれたと思った人にも裏切られて、それで弱い者を理不尽に虐げようとする人間を憎むようになって、悪事を働く人間を狙う暗殺者になったんです。そして少し前、ケントさんとエルナさんに出会ったことをきっかけに暗殺稼業からは足を洗いました。今は私のことを友達だと言ってくれた二人に報いたいと、そう考えています」


 ニュクスはリューテに、自身の犯した罪を打ち明ける。そのうえで、今まで殺すだけだった自分の人生に意味を見つけるため、出来ることなら更生したいと、彼女は自らの心情を吐露した。


「……なんて、虫の良い話ですよね。どのような理由であっても、今まで私が人の命を奪ってきたのは事実なのですから」

「…………」


 リューテは何も言わず、ただニュクスの顔をじっと見つめる。やがて、何かを察したかのようにして口を開いた。


「君は、とてもいい目をしているな」

「え……? 目、ですか……?」

「ああ。嘘がない、強い意思を持った目だ。それを見て確信した。君は罪を犯したが、決して悪人ではないとな」


 冒険者としてそれなりに魔物との戦いを経験してきたリューテは、目から相手の動きを読み取る癖を身に付けていた。そして、それは人を見る際にも有効なものだった。

 目というのは何よりも雄弁なものである。口ではいくら綺麗事を並べ立てたとしても、目だけは誤魔化せるものではない。そのうえでニュクスの目は信用に値すると、リューテはそう判断した。


「とはいえ、君がしてきたことは紛れもなく殺人だ。本来ならば罪人として処罰されるべきことで、そこを取り繕う余地はない。だが、もし自分のしてきたことが間違っていたと思っているなら、これからは君のことを信じてくれる二人のために真っ当に生きるんだ。それが今の君に出来る、最大限の償いになるだろう」

「リューテさん……ありがとうございます」


 自分の過去を聞いたうえでしっかりとそれを受容し、さらには真っ当に生きろと背中を押すような言葉を投げ掛けてくれたことで、ニュクスは自分のことを受け入れてくれるかという張り詰めた緊張の糸が解けて安堵の表情を浮かべた。


「ともあれ、これなら今すぐに昇格させても問題はあるまい。ギルドに帰ったときに、私から受付に二人をDランクの冒険者として認定するよう口添えをしておくよ」

「本当!? ありがとう、リューテさん!」


 それからしばらくして、ふとケントのことが気になったエルナはリューテにこう尋ねた。


「そうだ、リューテさん。ケントの特訓の方はどう? 大丈夫そう?」

「ああ、今のところは問題なさそうだ。とはいえ、特訓はまだまだ始まったばかりだ。この調子で続いてくれればいいのだがな」


 彼女はこれまでも何人かの冒険者の鍛練に付き合っており、中には付いていけずに途中で諦める者もいた。それだけに、ケントが最後まで持つかどうかが心配だった。


「私からも、一つ訊いていいだろうか?」


 だがそれ以上に気になることが、リューテにはあった。


「ええ、構わないわ」

「その、彼のことなんだがな。頑張っている時にこのような言い方をするのは気が引けるが、君たちと比べるとお世辞にも冒険者としての才に恵まれているとは言い難い。それなのに何故、君たちは彼と同行しているんだ?」

「えっ? ああ、それは……」


 エルナは閉口してしまう。先程のニュクスの経歴だけではなく、ケントの能力についても自分たちが周りに秘密にしたい情報だった。


「エルナさん、教えてしまってもいいのでは?」

「ニュクス? でも……」

「リューテさんは少なくとも人の秘密を言いふらすような口の軽い方ではないでしょう。それに、話しておくことでケントさんの修行をしてもらう上で何らかの役に立つかもしれないですし」

「うーん……それもそうね」


 ニュクスの言うことも一理あると、そう考えたエルナはリューテに話すことを決めた。


「リューテさん、これからする話は誰にも喋らないって約束してもらいたいのだけど、いいかしら?」

「……? それは構わないが」

「それじゃあ、話すわね。実は彼には……」


 エルナたち三人の他に周りに人はいるわけではないが、それでも念のためエルナはリューテに耳を貸すよう促してから、彼女にケントの能力を耳打ちした。


「なっ……!? キ、キッ……!」


 それを聞いた途端、彼女は顔を赤らめてあたふたと狼狽する。


「キスした者を強くできるだと!?」

「ちょっ……リューテさん! 声が大きい!」


 万が一にも誰かに聞かれてはまずいと、エルナは慌ててリューテの口の前に手をかざした。


「あ、ああ、すまない。つい……」


 うっかり大声を出してしまったことを詫びつつ、それでも未だ興奮冷めやらぬといった様子で、リューテは再び地面に腰を下ろした。


「しかしにわかには信じがたいが、本当だとしたらなんというふしだらな力だ! まさか、君たちはその力で彼の手ごめにされて……!?」

「ま、待って! 落ち着いてリューテさん!」


 思考があらぬ方向に向かっているリューテを、エルナは全力で引き止める。


「たしかにケントのその力はいやらしいけど、でも本人はそこまでいやらしい人ではないわ。実際、彼が剣の扱いを覚えようとしているのも、その力に頼らなくても戦えるようになりたいって思ってのことだもの!」

「いや……しかし彼は昨日、私が川で水浴びしているところを覗いていたぞ?」

「え……? そ、それは……」


 そこでエルナはいつぞやの、ケントに部屋で自分とキスをしてほしいと頼まれた時のことを思い出す。仲間思いだが、かといって決して煩悩がないというわけではないというのが、彼女が考えているケントの印象だった。


「……と、とにかく、彼はそこまでふしだらな人間じゃないはずよ! 多分、きっと!」

「エルナさん……」


もはやフォローの体をなしていないと、ニュクスは苦笑いをしながらエルナの顔を見る。


「……まあしかし、彼は信頼に足る人物です。それだけは言っておきましょう」


 そしてそんな彼女に助け船を出すために、ニュクスは口を開いた。


「彼は他人に対して真剣に向き合い、そして自分のことのように親身になれる人なんです。そういう人だから、私もエルナさんも、彼と共にいるんです」

「そうか……」


 リューテはニュクスの表情を見て、その言葉が心からのものであると悟った。


「ねえリューテさん。もしよかったら、ケントともっとお話ししてみて? そうすればきっと、彼の良いところが分かると思うから!」

「……ふむ、そうだな。そうさせてもらうとしよう」

 

 それからもずっと、三人は日が傾くまで談笑に(ふけ)っていた。

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