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女剣士リューテ Ⅱ 

「はあ、まったく……」


 あれから衣服を身に着けたリューテは、正座をしているケントを軽蔑の視線で見下ろした。


「その……悪かった。ただ、あまりにも戻るのが遅かったから、何かあったのかと思ってな……」

「……まあ、君にしっかりと行き場所や目的を告げなかった私にも落ち度はある。だから、先程のことは水に流そう」


 リューテはそう言うと、ケントの足元に目を向ける。


「ところで、足の方はどうだ? もう街まで歩けるくらいにはなったか?」

「それは……悪い、もう少し時間が掛かりそうだ」


 ケントは姿勢を崩して楽な体勢をとってからそう答えた。


「そうか。ならばそうだな……退屈しのぎに、少し私の話でもしようか」


 リューテはこれから特訓に付き合うにあたって、互いの心理的な距離を縮めるために自分のことについて話そうと考えた。

 それから剣を手の届く場所に置くと、ケントの隣に腰を下ろしてから自分の過去をゆっくりと語り始める。


「かつて、私の父は鍛冶屋であるだけでなく冒険者でもあったんだ。この剣も、父から教わったものだ」

「…………」

 

 ケントはリューテの顔を見ながら、話に黙って耳を傾ける。


「私は父がする魔物との戦いの話が好きだった。昔は、父が仕事から帰るたびに聞かせてくれとせがんだものだ」


 リューテは目を閉じると、昔を懐かしむようにして空を仰いだ。


「それじゃあ、あんたが冒険者になったのは、あの親父さんの影響なのか?」

「そうだ。幼い頃の私には、父の背中はとても大きく、そして頼もしく感じた。だから、私も父のように誰かを守れるような強い人間になりたいと思い、冒険者を志すようになったんだ」


 そして、いつかは父と肩を並べて魔物を倒すべく剣を振るう。それが小さき頃の彼女の夢だった。


「ただあんたの親父さん、今は冒険者をやってるようには見えなかったな。何かあったのか?」

「ああ……」


 ケントがそう尋ねると、リューテは表情を曇らせて俯く。


「私の母はあまり身体が丈夫ではなくてな。十三年前、私が六歳の時に病で亡くなったんだ。それから父は冒険者を辞めて、男手一つで私を育ててきた」

「そうだったのか……」


 母親に続いて自分まで死んでしまえば、リューテの心に深い傷を残すことになってしまう。そう思ったが故に彼女の父は冒険者を辞め、鍛冶職人に専念することとなったのだ。


「その……大変だったんだな、色々と」

「そうだな。冒険者としての道を諦めてでも私を育ててくれた父には、感謝してもしきれない」


 自分の夢は叶わぬものとなったが、それでも父の判断は間違っていないと、彼女はそう思っていた。


「ただ父は見ての通り、豪快で大雑把な人だ。だからだろうな、そんな父に育てられた私も不器用で、どうにも女らしさというのが欠けているようだ」


 リューテは地面に横たえてある剣を手に取ると、それを正面に振りかざす。


「冒険者として強くなることばかりを考え、気付けば料理や縫い物も満足に出来ず、自分でも分かる程にがさつな性格になってしまった。そんな私の裸など、見たところでさほど魅力的ではなかっただろう?」

「いや……そんなことはないさ」


 ケントは少し照れたような表情でリューテの方を見る。


「ケント君……?」

「たしかに、第一印象では勇ましいというか凛々しい人だなって思ったけど、だが川で水浴びをしていた時のあんたは普通に女性らしくて……その、綺麗だと思った。だから、女らしくないなんて、別にそんなことはないんじゃないか?」

「そうか……」


 ケントのその言葉を聞いて、リューテは若干口元を緩めながら彼に振り向く。


「つまり、綺麗だという感想が浮かぶくらいには長く、私の裸を眺めていたのだな?」

「えっ!? あ、いや、そういうことじゃなくてだな……」


 ただ目の前の女性に対して、十分女らしい人間だと伝えるつもりがつい墓穴を掘ってしまう形になり、ケントは慌てて弁明しようとした。


「ははっ、冗談だ。先程のことは水に流すと、そう言っただろう?」


 それからリューテは立ち上がって、改めてケントに向き直る。


「さて、お喋りはこれくらいにして、そろそろ街に戻るとしよう。帰ったらすぐに素振りの練習だ」

「ああ、分かった」


 ケントもまた立ち上がると、リューテに続くようにして森を後にした。




 そしてケントは街まで戻ると、すぐにリューテに連れられ鍛冶屋の近くにある広場へと向かっていく。そこは人通りが少なく、訓練をするにはうってつけと言える場所だった。


「よし、まずはこれを使うといい」


 目的地まで到着すると早速、リューテは鍛冶屋から持ってきた細身の剣をケントに差し出した。


「これは……昨日振った剣よりもだいぶ軽いな」

「ああ、私の家にある訓練用の剣の中では一番細く、軽いものを持ってきた。最初はその剣から始めて、少しずつ重い剣へと替えていくつもりだ」

「よし……ふんっ!」


 ケントはリューテから離れると、試しに何度か振ってみた。


「ふむ……ちょっと待ってくれ」


 それを見たリューテが、ケントを呼び止めてから近付く。


「どうにも動きがぎこちないな。まずは背筋をしっかりと伸ばして、上半身から余計な力を抜くんだ」

「……こうか?」

「そうだ。そして振るときは腕全体ではなく、肩と手首を意識して、剣の重さを利用して振るようにしてみるといい」

「よし……」


 ケントはリューテの助言に従ってから、再び剣を振ってみる。 すると、今までよりもはるかに素振りとして見られる動作になった。


「だいぶ様になったな。よし、ではそれを五百回続けるんだ」

「ご、五百……!?」

「ああ。そうしたら一度休んで、また五百回だ」

「ってことは、合わせて千回……」


 昨日の剣より軽いとはいえ、それでもある程度は腕に負担がかかる。それを千回ともなると尋常ではない。ケントはどう返せば良いかも分からず、言葉を失った。


「ほら、もたもたしていると日が沈んでしまう。呆けている暇などないぞ?」

「……頭痛がしてきた……」


 それでもケントは、終わるまでに腕が無事で済むことを祈りながら、半ばヤケ気味に剣を振るい始めた。

 

「百、百一、百二……」


 最初は回数を数えながら素振りをしていたが、二百を超えたあたりから疲労で面倒になったのか数えるのを止めていた。もはや何回かもわからないままに、彼はひたすら剣を振り続ける。

 そうしているうちに日は傾き、気付けばすっかりと夕方になっていた。


「よし、今日はここまでにしておこう」

「ああ、やっと終わったか……」


 そしてとうとう千回振り終えた後、ケントは震えの収まらない手で剣をリューテに手渡した。


「ご苦労だったな。この調子で、明日からも頑張ってくれ」

「そうか、明日から一ヶ月、ずっとこれを続けるんだったな……」


 果たしてやり遂げることが出来るのだろうかと、ケントは不安になる。


「ふっ、まあそんな顔をするな。今日は出来たんだ。ならば明日だって出来るはずだろう?」

「いやいや、鬼かあんたは……」


 朝の限界のその先まで走るという発言といい今といい、まともに見えて実際は頭の一部がどこかすっ飛んでいるのではないだろうかと、ケントは目の前の女性に対してそう思い始めた。


「それと悪いが、明日からは一人で鍛練を行ってほしい」

「ん、どうしてだ?」

「君だけでなく、エルナちゃんとニュクスちゃんの実力も見ておきたい。彼女たちも、まだ新人のようだからな」


 最初はケントを鍛えるだけで済ませる予定だったが、今朝にエルナとニュクスの二人に挨拶を交わした際に、どうせならば彼女たちの手並みも拝見しておこうと、リューテはそう考えていた。


「まあ、それでも日に一度は君の様子も見に行く。もし訓練中に何かあったら、その時にでも伝えてくれればいい」

「ああ、分かった」


 こうして二人はその場で解散し、それぞれの帰るべき場所へと戻っていった。

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