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ケントの才能

 そして朝、エルナとニュクスの二人は、ケントの部屋に上がっていた。


「……なあ、エルナ。割とどうでもいいことではあるんだけど、一ついいか?」

「ん、何? ケント?」

「どうしてわざわざいつも俺の部屋に集まるんだ? お前たちがここに来るより、俺がそっちに行った方が良くないか?」


 集まるのであればここよりも二人の部屋の方が広く、移動の手間も少ないため、ケントとしては二人がここに来ていることに疑問を持たずにはいられなかった。


「駄目よ! 宿とはいっても、女の子の部屋は軽々しく入っていいものじゃないの!」

「まあ、たしかにそうかもしれないけど……」

「それよりもよ!」


 ケントの言葉を遮って、エルナは話を切り出した。


「今日集まったのは他でもないわ。ニュクスが加わって、これで私たち三人で一緒に依頼を受けられるになったでしょ? だから、そろそろ魔物の討伐依頼を受けてみるのはどうかなって思うの!」


 冒険者の仕事の大半は討伐依頼で、採取依頼はあくまでも新米の中の新米冒険者のためにギルドが設けている依頼に過ぎない。エルナは元々両親のような冒険者を志しており、共に戦ってくれる信頼できる仲間が増えたことをきっかけに、討伐依頼を受けてみようと考えたのだ。


「ただ、ケントはまだ魔物との戦い方を知らないでしょ?」

「ああ、そうだな」

「だから討伐依頼を受ける前に、そこを何とかしておきたいの」


 現状、エルナは魔法弓、ニュクスは短剣を用いて戦うことが出来る。しかしケントは武器も魔法も、どちらも使えない。出来ることといえば、キスした相手を強化することだけで、戦力というにはかなり厳しい面がある。


「……気になっていたのですが、ケントさんの能力を積極的に使ってはいかないのですか? 別に普段は安全な場所に隠れててもらって、必要な時にキスをしてもらうというのでもいいと思うのですが……」

「それは駄目よ」


 エルナは右手を前に出し、きっぱりとそう告げる。


「たしかにケントの能力を使えば、多分上のランクの依頼だろうと楽にこなせるようになるわ。だけど、もし冒険者ランクをBやAまで上げていったとして、それが全部ケントのおかげだってことが他の人に知れ渡ったとしたら、どうなるかと思うかしら?」

「……まず間違いなく面倒なことになりますね。ケントさんの力、すごく変わってますし」


 元々BランクやAランクというのは、到達するだけでも名誉なことであり、優秀な冒険者として周囲の注目を浴びることになる。しかし、もしそれを自分自身の力ではなく、ケントの能力に頼って達成したのであれば、その注目は悪い方向へと働いてしまう。エルナやニュクスは冒険者としての資質を疑われることになり、ケントは彼の能力を悪用しようと考える者や危険視する者に狙われることになりかねない。

 

「そうよ。だからケントの力は命に関わる時だけの、あくまでも最終手段にしたいの。それに、冒険者のランクは自分自身の力で上げていかないと意味がないもの!」


 つまり三人は悪い注目を集めないようにするためにも、『ケントの能力を隠し通して』かつ『自分自身の力で冒険者ランクを上げていく』必要があった。


「あなたもそれでいいわよね?」

「勿論だ。俺もこの力は出来るだけ知られたくないし、それに今までみたいに助けられてばかりで足手まといになるのはもうごめんだからな。最低でも自分の身くらいは守れる術を身に付けておきたい」


 初めての依頼でコボルトの群れに襲われた時も、ニュクスと一戦を交えた際にも、ケントはエルナの力に依存せざるを得なかった。彼はそのことに負い目を感じていたため、積極的に戦う力を身に着けたいと考えていた。


「そういうわけだから、今日からケントには戦いの基本を覚えてもらうわ!」

「分かった。それで、具体的には何をするんだ?」

「そうね……じゃあまずは、魔法について説明するわ。少し長くなるけど、でも大切なことだからよく聞いてね?」


 そのように前置きしてから、エルナはこう続ける。


「まず、魔法には地水火風の四つの属性があるとされているわ。そして魔法を扱うためには、この四つの属性それぞれに対して適性を持ってないといけないの」

「なるほど。ってことは、火属性の適性を持っていない人間は火属性の魔法を使えないってことか?」

「その通りよ。そしてどうやってその適性を調べるかなんだけど……これを使うの」


 そう言うとエルナは懐から、くすんだ白色をした小さな長方形の紙を数枚取り出した。


「それは?」

「うん、ちょっと見ててね……」


 エルナはそのうちの一枚を親指と人差し指で挟むようにして持つと、それを見つめる。すると、紙の色がくすんだ白色から、みるみるうちに緑色へと変化していった。


「おおっ……」

「この紙には込めた魔力の属性に応じて色が変わる性質があるの。緑色の場合は、風属性の魔力を持っているということになるわ。他には火属性なら赤色で、水属性なら青。地属性なら黄色に変化するから、ケントもやってみて?」


 エルナはベッドに置いた紙を一枚手に取って、ケントに手渡した。


「えっと、魔力を込めるっていうのはどうやるんだ?」

「指先に力を集中させる感じよ」

「なるほど。よし……」


 ケントは目を閉じると、言われたとおりに全身の神経を指先に集中させる。


「……あれ?」


 しかし、どれだけ経っても紙には何の変化もない。


「失敗でしょうか?」

「うーん、私が初めてやったときは一回で出来たし、魔力を込めるってそこまで難しいことじゃないはずなんだけど……もう一回やってみて?」

「ああ、分かった」


 ケントは再度同じようにして指先に力を込める。しかし、何度やっても紙の色が変わる気配は一向になかった。


「エルナさん、これって恐らくですが……」

「ええ、そうね……」


 エルナは申し訳なさそうな顔をしてから、ケントにこう告げる。


「とても言いにくいのだけど……ケント、あなたの魔法適性はゼロよ。つまり、魔法は一切使えないわ」

「嘘……だろ……!?」


 通常、少しでも魔力があればその属性に反応して紙の色は変化する。それにも関わらず変化がないということは、つまりはそういうことだった。


「そうか……俺には魔法の才能がないのか……」


 冒険者としてようやく戦う能力を身に付けられると思った矢先に悲しい事実を叩きつけられたことで、ケントはがっくりと肩を落とす。


「そ、そんなに落ち込まなくても大丈夫よケント! 冒険者の中には魔法を使わなくても強い人はたくさんいるわ! だから元気出して、ね?」

「そうですよ! それに魔法は生まれ持った才能が結構重要なものですから。普通の武器であれば、そういった特別な才が無くても扱えるようになるはずですよ!」

 

 そんな彼を、二人は必死にフォローして励ました。


「たしかに。それなら訓練すれば、俺でも使えそうだな……よし」


 ケントはしばらく考えてから、魔法が使えない以上は武器を用いるのが戦う力を手に入れる最善の方法だと、そう判断した。


「なら、何か武器の扱い方を覚えてみることにするか」

「うん、それがいいわ!」


 その言葉を聞くと、エルナはベッドから腰をあげた。


「それじゃあ、早速向かいましょう?」

「ん? 向かうってどこにだ?」

「もちろん、武器といったら武器屋よ! 場所は私が知ってるから、二人とも付いてきて!」


 こうして三人は、ケントのための武器を探すために武器屋へと向かうことになった。




「着いたわ。ここよ」


 宿を出てからしばらくすると、三人はある建物の前まで到着する。それは周囲にある建物よりも一際大きく、どうやら武器屋と鍛冶屋を合わせて営んでいるようだった。


「おう、いらっしゃい! 可愛らしい嬢ちゃんが二人に男が一人か、何の用だい?」


 そして、三人が中に入るとすぐに、店の奥から顎ひげをたくわえた、いかにも豪快そうな見た目の大男が顔を出して応対した。


「こんにちは! えっと、ここの店主さんでいいのかしら?」

「おおっと! その通りだが、俺のことは店主じゃなくて親方と呼んでくれ。武器屋をやってるが、どっちかっていうと鍛冶屋の方が本業なんでな」


男は見た目通り、なんとも気の良い口調でそう答えた。


「分かったわ! それじゃあ親方さん、彼に合いそうな武器を探しに来たのだけれど……」

「ほう。お前さんたち、冒険者だったか」


鍛冶屋の親方はケントを一瞥すると、まるで店の中へと招き入れるかのように彼の背中を押す。


「で、(あん)ちゃん。どんな武器を使いてえんだ? って言っても、うちは剣専門なんだがな! がははははは!」

「……そうだな、剣どころか武器すらまともに振ったことがない素人でも使えそうな剣はあるか?」


戦いの経験などなく、どのような基準で武器を選べばいいのかも分からないため、ケントは親方にそう尋ねた。


「お? なんだ(あん)ちゃん、武器を持ったことがないのか? 見たところ新米なんだろうが、それでよく冒険者になろうと思ったな」

「その、何かと複雑な事情があってな……」

「まあいい。だったら……ほれ」


 すると、親方は近くに立て掛けてあった一本の剣を手に取り、それをケントに差し出す。


「訓練用の刃を落とした剣だ。素人に刃物は危険だからな。まずは外に出て、試しにそいつを振ってみたらどうだ?」

「分かった、そうしてみよう」


そして、ケントは剣を振るために一度店から外にでた。他三人もその後に続いて、安全のため少し離れた場所から彼を眺める。


「…………」


 ケントは改めて剣を両手に持ってみる。それはずしりと重く、今までほとんど丸腰で冒険者としての活動をしていた彼にとっては、持っているだけでも少しづつではあるが体力を奪われそうになるほどだった。


「よし、じゃあ振ってみな」

「ああ!」


 親方に言われて、ケントは剣の柄をしっかりと握ると、そのまま素振りを始めた。


「うおおおおおおおっ!」

「えっ……?」

「はあああああああっ!」

「こ、これは……」


 そのあまりの姿に、二人は絶句する。掛け声だけは立派だったが、肝心の動きの方は(すき)(くわ)で畑を耕す老人の方がまだしっかりしていると思えるほどに、見るに堪えないものだった。


「すごいへっぴり腰……」

「剣を振っているというよりも、剣に振り回されていますねえ……」

「あー……待ちな、(あん)ちゃん」


 さすがに見かねたようで、親方はケントを呼び止めて素振りを中止させる。


(わり)いけど、ちょっと身体触らせてもらうぜ?」


 そう言って、親方は何かを確認するようにケントの腕や脚をペタペタと触っていく。


「……まあ、まったく向いてないってことはなさそうだな。となると、問題は単に知識と経験の無さか。だったら……よし!」


 親方は考えるようなしぐさをしてから、ケントにこう告げる。


(わり)いが(あん)ちゃん、今日は剣は売れねえ。その代わりと言っちゃあなんだが、俺の娘を紹介してやる」

「……え?」


親方の唐突な発言に、ケントは自分の耳を疑った。


「いや、いきなりそんなことを言われても困るんだが……」

「何変な勘違いしてやがる! 俺の娘は(あん)ちゃんたちと同じ冒険者で、剣を使えるから鍛えてもらえってことだよ!」

「あ、ああ、そういうことか……」


 娘を紹介するというのはそういう意味だったかと、ケントは納得した。


「だけどいいのか? そこまでしてもらって」

「ああ。そのままだと危なっかしくて冒険者やるどころじゃねえからな。お前さん、名前は? 家はこの辺か?」

「名前はケント、家は冒険者のための宿を借りている」

「……ああ、あそこか。分かった、明日の朝にでも向かわせるから、しばらくの間は娘の世話になりな」


 そう言って親方はケントから剣を返してもらうと、彼の肩をポンと叩いた。


「分かった。ありがとう、親方」


そして、ケントたちは親方に礼を言うと、そのまま武器屋を後にした。




 それからその日の夜。エルナとニュクスはケントと別れてから、就寝の準備をしているところだった。


「それじゃあ、おやすみなさい」

「あ、あの、エルナさん……」


 ベッドに横になろうとしていたエルナに、ニュクスがおずおずと声を掛ける。


「ん? どうしたの、ニュクス?」

「その……もしよかったら、今日は一緒のベッドで寝ませんか?」

「……一緒に?」


 ニュクスの提案が意外だったようで、エルナは目を丸くして驚いた。


「駄目、ですか……?」

「……ううん、そんなことないわ! むしろ、嬉しいくらい!」


 以前までは近寄りがたい雰囲気を放っていた彼女からそのような申し出をされたことが嬉しかったようで、エルナは歓喜の声を上げる。


「さ、入って? それで、いっぱいお話ししましょう?」

「は、はい!」


 そして、ベッドの端まで移動してから掛布を持つと、そこへニュクスに入るよう誘導した。


「大丈夫? 狭くない?」

「はい。大丈夫ですよ」


 エルナの言葉に、ニュクスは微笑みながらそう答える。そして、気が付けばニュクスは、エルナのある一点を見つめていた。


「ニュクス? どうしたの?」


 その視線に気付いて、エルナが問い掛ける。


「いえ……その、綺麗な髪だなと思いまして……」

「あ、あら、そう……?」


 エルナは照れたような顔をすると、自分の髪にそっと触る。


「実は、ケントにも同じことを言われたことがあるのよね」

「おや、そうでしたか。他の人にも言われるくらいなら、きっと本当に綺麗なのでしょうね」

「ふふっ、ありがとう」


 自分の見た目を褒められるのはやはり嬉しいようで、エルナは笑顔でニュクスの手を握った。


「ニュクスだって、すごく綺麗よ?」

「そ、そうでしょうか……?」

「もちろん! 私の方が羨ましいって思うくらいだもの!」

「……ふふっ、本当に温かい人ですね、エルナさんは……」


 ニュクスはエルナの手をぎゅっと握りしめる。そんな彼女に応えるようにして、エルナも同じように手を握り返した。


「エルナさん。私、あなたと友達になれて、本当に嬉しいです……」

「私もよ。あなたやケントに出会えてから、毎日がすごく楽しいもの」


 やがて二人の間に睡魔が訪れると、二人は互いの体温を確かめあうように手を繋ぎながら、ゆっくりと眠りに誘われていった。

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