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闇夜の攻防

 そして夜、人々はとうに寝静まり、外は満月が街を照らしている。そのような薄暗い静寂を、街の裏路地を歩いている一人の男の声が破った。


「へっへっへっ、ちょろいもんだぜ」


 男は大柄な体格で、見るからに悪人という様な醜い顔つきをしていた。そして、実際にその見た目に忠実なまでの小悪党だった。


「まったく、依頼人ってのはどいつもこいつもいいカモだぜ。ちょっと人のよさそうな顔をしていりゃあ、すぐに騙されてくれるんだからよ」


 彼は商人など道中の護衛を依頼してくる者に対して、わざと魔物が多い場所まで連れて行っては危険な目にあわせ、その後に本性を見せてから「もっと金を払えばちゃんと助けてやる」などと脅して不当に報酬や金品を巻き上げるという行為を何度も繰り返している、下劣極まりない人間だった。


「そうだな、今度は若い女の依頼人にでも試してみるか。そうすりゃあ金だけじゃねえ、上手くいきゃあ……ん?」


 男がそのように(ひと)()ちていると、彼の目の前に何者かが立ちはだかった。


「なんだぁ、テメェ……?」

「…………」


 男が問いかけるも、返事は無い。顔を見ようにもその人物はフードを目深にかぶっており、夜の暗さも相まってまともに見ることは出来ない。


「…………」


 すると、その何者かはおもむろに懐から何かを取り出すと、間髪入れずに男に走り寄った。


「なっ……!?」


 それは見るからに殺傷力の高そうなダガーナイフだった。男はギリギリのところで後ろに跳んでそれを躱す。


「野郎っ!」


 いきなり襲われたことで頭に血が上った男は、フードの人間に殴りかかる。しかし、それはあっさりといなされ、男の拳はただ虚しくぶんっと空を切るのみだった。


「…………」


 そこへ、フードの人間はダガーを逆手に持ち替えると、その差し出された腕に思い切り突き立てる。


「がっ……!?」

 

 さらに、そのまま手の方に向けて、腕を切り裂いた。


「があああああああああああぁぁぁっ!」


 男はあまりの激痛に絶叫し、転がるようにして地面に倒れこむ。


「いてえ、いてえよお……!」

「…………」


 そして、最後にとどめを刺そうとダガーを振り下ろそうとする。その時だった。突如飛来した魔法矢がフードの人物の左肩を射抜いて、そのまま転倒させた。


「そこまでよ!」


 それは、エルナの放ったものだった。隣にはケントもいる。

 二人はニュクスが宿を出てから、彼女の正体を探るために動いていたところにこの騒ぎを聞きつけ、駆けつけてきたのだ。


「…………」


 フードの人物は左肩を押さえてよろよろと立ち上がる。すると突然、一陣の風がその場に吹くと、その者の顔を覆っていたフードを吹き飛ばし、隠されていた素顔を暴いた。


「……え!?」

「なっ、あいつは……!」


 それを見て、二人は同時に驚く。なんとフードの人物の正体は、ニュクスだった。


「ひいいいいいいいいいいいっ!」


 男はその隙に立ち上がると、血を流している腕を押さえて走り去り、そのまま夜の闇へと消えていった。


「……ちっ」


 ニュクスは舌打ちをすると、ケント達の方へと振り返る。


「随分と厄介な真似をしてくれましたね。あなたたちが邪魔をしたおかげで、標的に逃げられてしまったじゃないですか」

「標的に逃げられたって……どういうことだ? お前はここで何をしていたんだ?」

「依頼ですよ。殺しのね」

「殺しだと……?」

「…………」


 ニュクスはそれ以上ケントの質問に答えようとはせず、そのまま男が逃げていった方へと身体を向けた。


「さて、あの分では顔を見られてしまったでしょうし、早く追いかけて始末しなければ……」

「待ちなさい!」


 エルナはニュクスの行く手を遮るように、彼女の足元に一発の魔法矢を放った。

 

「あなたにどういう事情があってこんなことをしているのかは分からないけど、でも人を殺すつもりなら見過ごすわけにはいかないわ!」

「……はぁ。まあ、そうなりますよ……ねぇっ!」


 ニュクスはため息をついてかと思うと、振り向きざまにケントに向けて一本のナイフを投げた。


「なっ……!?」

「……っ!? 危ない、ケント!」


 そんな彼女の動きにいち早く反応できたエルナは、飛び掛かるようにしてケントを庇う。


「こうなったら仕方がありませんね。まずはあなたたちから先に始末させてもらいましょう」


 ニュクスは氷のように冷たい声で、二人にそう言い放った。


「ぐっ……」

「大丈夫か、エルナ!?」

「平気よ! かすっただけだから――っ!?」


 すると、エルナは急に身体の力が抜けたかのように、地面に倒れこんだ。


「エルナ、どうした!?」

「どう、して……? 身体が痺れて……動かなく……」

「魔法ですよ」


 ニュクスの言葉に、二人は反応して振り向く。


「魔法だと……?」

「ええ、先程のようにまた逃げられでもしたら面倒なので、ナイフに麻痺(パラライズ)の魔法を付与しておきました。しばらくは動けませんよ」

「くっ……」


 ニュクスは一本のダガーを取り出すと、二人に向けてゆっくりと詰め寄る。


「さて、後はとどめを……」

「悪い、エルナ!」


 すると、ケントは不意にエルナを抱き起こすと、有無を言わさずその唇にキスをした。


「んっ……む……」

「……!? ちっ……!」


 ケントが持つ力のことを失念していたニュクスは、思わず距離をとる。


「……ふう。助かったわ、ケント」


 そして、怪我と麻痺から回復したエルナは立ち上がると、弓に魔法矢をつがえてニュクスに向けた。


「油断しましたね……まさか、本当にキスをしただけで回復した上に強くなるとは思っていませんでしたよ……ですが」

「……っ! 動かないで!」


 ニュクスは余裕の笑みを浮かべて、自分に弓を向けているエルナを意にも介さず、二人に近付いていく。


「ふふっ、もしそのような強大な矢をまともに食らってしまっては、さすがに死んでしまうかもしれませんねえ。それでも、私に当てられますか?」

「……くっ!」


 ケントのキスにより強化された状態の矢では、ニュクスを気絶させるどころか殺しかねない。彼女はそのことを分かったうえで敢えて捨て身の策をとり、殺人を忌避するエルナの心理に付け込もうとしていた。


「お願いニュクス! 話を聞いて! あなたを……傷つけたくないの!」

「私としても、別に標的でもないただの善良な冒険者であるあなたたちを殺すのは不本意なのですが、顔を見られた以上はそうも言っていられませんので」


 その時、キスによる強化の効果時間が迫ってきているためか、エルナは魔法矢の威力が徐々に弱まっていくのを感じていた。


「(これなら、もっと力を抑えれば……)」


 うまくいけば気絶程度に留めることが出来るかもしれないと、エルナは限界まで魔力を抑え込もうとする。だが、そうしてる間にもニュクスは徐々に迫ってきており、もはや攻撃をためらっている時間はなかった。


「くっ……!」


 結局エルナは、最後まで迷いを捨てきれずに震える手で矢を放った。それはニュクスの元まで到達すると地面の砂を巻き上げ砂煙を作り、夜の静寂を粉砕するほどの轟音を上げた。


「どうなった……!?」


 ケントはニュクスがいる方向に目を凝らす。その時だった。砂煙の中から二本のナイフが、二人にめがけて同時に飛んできた。


「なっ!? まずいっ……!」


 不意打ちに反応が遅れてしまったことで回避が間に合わず、ケントとエルナはそれぞれ肩と脚にナイフが突き刺さった。


「ぐっ……また……」

「くそっ、身体が……」


 ナイフには麻痺(パラライズ)の魔法が付与されていたようで、二人は痺れて地面に倒れてしまう。


「残念、外れましたねえ?」


 そして砂煙が晴れると同時に、ニュクスが姿を現した。


「それとも、外しましたか?」

「くっ……!」


 先程までとは打って変わって、完全に形勢が逆転されてしまった。ニュクスは動けなくなった二人へ、ゆっくりと歩を進める。


「エルナ……!」


 ケントはキスでエルナの麻痺を解除するために、痺れる身体で這いつくばりながら彼女へ手を伸ばす。だが、ニュクスがそれを見逃すはずもなく、彼女はすぐさまケントまで距離を詰めると、その手を踏みつけた。


「ぐっ……!?」

「させませんよ?」


 そして、ケントを蹴り上げて仰向けに起こすと、そのまま胸ぐらを掴んで近くの建物の壁に背中を叩きつけた。

 

「ケントォ!」

「やはり、エルナさんは優しい……いえ、この場合は甘い人ですね。あともう少し非情になれていれば、私に矢を当てて気絶させられたでしょうに」

「くそっ、放せ……!」


 ケントはニュクスの手を振りほどこうとするも、身体が痺れているため無駄な抵抗でしかなかった。


「さて、生かしておくと案外面倒ですし、まずはあなたから殺すとしましょう。ただその前に……」


 ニュクスは、エルナが最初に放った魔法矢によって負傷していた自分の左肩に視線を移す。


「私のこの傷、後々の仕事に差し支えても困りますし、折角ですからここはあなたの力を利用させてもらうとしましょうか」


 ニュクスはそう言ってケントの頬を両手で押さえて固定してからゆっくりと顔を近づけていく。そして、二人は唇を重ね合わせた。


「んっ、ちゅっ……んうっ……!?」


 すると、ニュクスはケントから顔を離して一歩二歩と後ろに下がると、まるで自分を抱き締めるかのようにして腕を掴みながら、小刻みに身体を震わせた。


「~~~~~~っ! はあっ、はあっ……」


 やがて震えが収まると同時に、左肩の傷がみるみるうちに塞がっていった。


「……ふふっ。その力、思った以上にすごいですねえ。まるで、身体中から力が湧いてくるみたいですよ」


 ニュクスは懐から一本のダガーを取り出すと、それを逆手に持つ。それの意味するところを瞬時に理解したエルナは、彼女に向かって叫んだ。


「もうやめて、ニュクス! お願いよ、ケントを殺さないで!」


 だがその懇願も虚しく、ニュクスはケントに対してこう言い放った。


「さて、これでもうあなたは用済みです。悪いですが……死んでくださいっ!」


 そして、再度ケントの胸ぐらを掴むと、首筋にめがけてダガーを振り下ろした。


「いやあ! ケントォ!」

「――――っ!」


 ケントは反射的に目をつぶる。だが、いつまで経っても自分の首に刃が到達する気配がないのを不思議に思い、恐る恐る目を開く。

 するとそこには、ニュクスがナイフを持っている腕を振り上げた状態で固まっているのが見えた。


「……? 何だ、どうして殺さない……?」


 ケントは純粋な疑問を投げかける。一方で彼女もまた、自分の身に何が起こっているのかまるで分からないようで、困惑と驚愕が入り混じった顔で自身の右腕を見つめていた。


「一体、何が……?」

「……っ! うおおおおおっ!」


 そこでケントは、チャンスとばかりにニュクスの手を振りほどいて、彼女に突進を食らわせた。


「ぐっ……!?」


 ニュクスは軽くよろけるものの、何とかバランスを立て直した。


「どうした? 何故俺を殺さなかった?」

「そんなこと、こっちが聞きたいですよ! あなた、私に何をしたんです!? それに、どうして動けるようになっているんですか!?」

「……え? あ……」


 ニュクスに言われて、ケントは自分の身体から痺れがすっかりなくなっていることに気付いた。


「どうしてだ? さっきまでまともに動けなかったくらいなのに……」

「……くっ!」


 ニュクスはケントに掴みかかると、そのまま足払いをしかけて仰向けに転ばせた。


「ぐあっ!?」


 それから起き上がろうとするケントに対して、すかさず馬乗りになる。


「本当に、訳の分からない力ですねえ……!」


 そしてダガーを両手で構えると、今度は左胸に狙いを定めてから振り下ろした。


「ですが、今度こそ死んでもらいます!」

「――――っ!」


 だが、またもや失敗した。彼女がダガーを振り下ろそうとした瞬間、まるで金縛りにでもあったかのように腕が動かなくなっていた。


「そんな、どうして……」


 するとニュクスの側頭部を、突然の衝撃が襲った。


「ぐっ……!?」


 それは、エルナが放った魔法矢だった。刺さらないよう形状を調整し、代わりに命中時に瞬時に分散して対象に衝撃を与えられるようにしたものを、彼女の側頭部にめがけて放っていた。


「くっ……」


 ニュクスはそのまま気を失って、地面に倒れ伏した。


「はあっ、はあっ……」

「エルナ!」


 ケントは起き上がると、すぐさまエルナの元に駆け寄る。


「身体はもう大丈夫なのか?」

「ええ、何とか弓を引けるくらいにはなったわ……」

「そうか……待ってろ」


 ケントはエルナを抱き起こすと、彼女にそっと口付けをした。


「んっ……」


 すると、ニュクスにナイフでつけられた傷と身体の痺れは、たちどころに回復していった。


「ありがとう、ケント」


 エルナはそう言って起き上がると、倒れているニュクスの元まで駆け寄り、彼女の腕を掴んで自分の肩に回し、支えるようにして立ち上がった。


「ひとまず、この子は私の部屋に連れて行くわ」

「そうか……」


 そこで、ケントはふと血の跡が残っている地面に目を見やる。


「エルナ、先に戻っていてくれないか? 俺は少しこの辺りを探って、何かそいつに関する情報がないか調べてみようかと思う」

「ええ、分かったわ」

「悪いな、俺もすぐに戻るから」


 こうして、二人はそれぞれの目的のために、その場を後にした。

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