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7話:つかの間の安息



歩き始めて数分。ペースこそ控えめではあったものの、カナメは既に入ってきた場所すらもわからなくなってしまうような森の奥地へと入り込んでいた。始めこそ足元すら碌に見えない状態だったが、時間が経つにつれて登り始めた月の明かりのおかげで、思いの他足取りは順調といったところか。それに、進むにつれてぼんやりと光を放つキノコなどが表れ始めたのも大きい。


とはいえ、下手に野生動物と鉢合わせたくない身としては、それらの光源は一長一短ともなりえるのが不安な点でもあった。自分が周りを見やすいということは、周りから自分の姿を見つけられやすいということにもなるのだ。

そんなこともあってか、より慎重に行動せざるを得ない状況にもなりつつあるのが厄介な点だった。しかし、進むうちに気が付いたのはそれだけではない。



(そういやなんとなく体の気怠さがマシになってる気がするんだよな……。さっき食った木の実のおかげか?いやでもさすがにそれは……)



感覚の問題でしかないため、明確に言い切ることは出来ないのだが、歩くだけでも感じていた気怠さが緩和されているのをカナメはなんとなく感じていた。喜ばしいことではあるのだが、その原因がはっきりとわからないせいで、どうにも不気味染みたものとして感じてしまう。考えられる要因としてはひとつだけあったのだが……。



(木の実を食べたおかげで元気になりました、なんてさすがに認めたくねえな)



もしそうだったとするならば、あまりにも現金過ぎやしないだろうか。人間の体の造りに関して特別詳しい訳ではないものの、そこらに落ちていた木の実や草を食べるだけで元気になれるほど単純ではないと信じたい。そもそも空腹と疲労感はイコールではないはずなのだ。疲労の緩和を喜ぶ気持ちと、認めたくない気持ちとで心境としては複雑なところだった。






森の中に入る際、懸念となっていた野生動物についても今のところ害を加えられておらず、問題なしと言っても差支えないだろう。生物の姿自体は頻繁に目にしていたのだが、そのほとんどが鳥や虫の類だったのも救いだった。あくまで見た目でそう判断しているだけで実際は鳥でも虫でもないのかもしれないが、襲ってこないのなら特に問題は無い。ここに来るまでに見かけた未知の生物の数は既に2桁を上回っていたし、いちいち驚いてもいられないのだ。今のカナメにとって重要なのは、その生き物が自分に害を成すか否か、それだけだった。


そんな中、平原で見かけた狼が木の根元辺りで眠っているのを見かけた時は、思わず嫌な汗が噴き出たものだった。幸い距離が離れた状態で見つけることができたおかげで、遠回りで迂回することで難を流れることが出来たものの、もしもあの狼が夜行性であったならば、ここまで自分が生きられたかどうかすらも怪しい。


もちろんのことながら下手に注目されないよう、こそこそと行動し続けていたことも役立っているのかもしれないが、あの時ばかりはいるかどうかもわからぬ神に感謝せざるを得なかった。危険すぎると感じた時は引き返すことも考えていたが、今や既に引き時は逃してしまっている。何せ方向感覚も失われるほどに景色に代わり映えがないのだ。なるべく真っ直ぐに進もうとしてはいたのだが、何度か迂回したせいで自分が来た道すらも不確かになってしまった。だからこそ、今の自分に出来るのは進み続けることである。



(とりあえず果たすべきは煙の上がってた場所の確認か。あとは夜を明かせそうな場所も出来れば見つけておきたいところだな。まあ今のところ危険な目に合ってないだけで、森が絶対安全とも言い切れんが……)



丘から見渡した時の記憶を思い出しつつ、それらしきものが無いか警戒する。

だが実際のところ、既に煙の上がっていた場所に掛ける期待は殆どなかった。辿りつくことさえできない可能性は十分にあるし、もしかすれば見間違いだったのかもしれない。それに、もし仮に辿りつくことが出来たとしても何も得られない可能性だってあるのだ。それでも危険を承知で森の中を行くのは、何か目的がないと進むことをやめてしまいそうになるからだった。それが例え希望の薄いものだったとしても、だ。


このまま森で一人サバイバルをして暮らすという選択肢だってあるにはある。だがそれを選ぶということはすなわち、今自分が疑問に思っていることや、失ったと思われる記憶その全てに蓋をしてしまうということになるのだ。思い出などにはさほど関心がないとはいえ、自分が何故こんな目にあっているのかぐらいは知っておかねばモヤモヤが晴れない。


それを知るためにも、多少無茶をしてでも進み続けねばならないという思いが、今のカナメの原動力だった。








(水辺があるとは少し予想外だったな)



更に進むこと数分。カナメは、床一面に水辺の広がる場所へと辿り着いていた。そこでは月の明かりが水面で反射しているおかげで、周囲の様子をより鮮明に見ることが出来る。印象としては先ほどまで歩いていた場所よりも開放的に感じるが、水中から生えている木のような植物の幹が細いせいでそう感じるのかもしれない。その代わりに、葉の生えている枝の部分が今までの木に比べて大きく広がっているせいで、丘から見渡した時に水辺があるとは気付けなかったのだろう。周りを目視で確認し、物音がしないか耳を澄ませて安全そうなことを確認したカナメは、水辺に腰を下ろして少し休憩を取ることにした。



(喉は乾いてるけど……。案外飲めそうな水だったりしねえかな)



合間合間に木の実はかじっていたものの、水分は目覚めてから一度も口にしていなかった。

木の実は腹持ちこそ悪くなかったのだが、水分に関しては食べる度に奪われていく一方と言っても過言ではない。それだけにどこかで水分補給をしたいと考えていたのだが、目の前にあるのはいわば池に近く、常識的に考えれば飲めるものではなかった。喉が渇いているとはいえ、水辺を見つけただけで飛びつくほど限界が近いという訳でもない。


それでも可能性を捨てきることが出来ず、試しに手で掬ってみる。すると、予想とは裏腹に水は比較的透き通っているようだった。



(濁りは殆どなし、と。でも実は緑色の水でしたとかありそうなんだよな。暗くて良く見えないし)



月の明かりを頼りに様々な角度から見てみても、どうにも飲み水として扱えるか確信を得ることが出来ない。いかんせん変な物を食べるのとは違い、汚れた水を飲むという経験は記憶にはなかった。腹を下すくらいならば受け入れられるが、病気にでもなってしまえばもはやどうすることもできない。試しに口に含むことさえ憚られ、せいぜい何度も場所を変えながら水面を睨むのが精いっぱいだった。



(……あ?!)


だが、その行動が思わぬ成果を生むこととなる。水辺に沿って歩いているうち、視点が変わったことで木々の隙間にふと気になるものが見えたのだ。思わず心臓の鼓動が早くなるのを感じながら駆け足で近付いていき、その全貌が明らかになったことで疑念は確信へと変わる。明らかに人工的に作られたもので、かつ馴染みのある形。

そこにあったのは、木で作られた大きな建物だった。






(まさかこんなところに家があるなんてな……)



周囲の安全確認をすることも忘れ、建物の目の前まで来たカナメはわずかながら感動を覚えていた。何か見つけられることすら期待すらしていなかっただけに、これほどまでに明確に人の存在を示すものが見つかったのは大きい。はやる気持ちを抑えながら外観を観察してみたところ、窓の奥から明かりが見えており、中に人がいることも間違いないようである。さらに中の様子を覗けないかと近付いてみたが、内側に掛けられたカーテンのようなものが邪魔で中がどうなっているかはわからない。


そうして眺めていく中、次に目に入ったのは家の屋根から伸びている煙突だった。



(もしかすると丘から見えた煙はこの家から出てたやつなのかもな)



家の大きさはおそらく二階建てで、それほど巨大な訳では無い。周りと見比べてみても、煙突よりも周囲の木のほうが高さ的には高いくらいである。それゆえ、あの煙突から煙が出ていたならば、丘の上から見た時に煙だけが丁度見えてもおかしくはない。そう考えれば、この場所こそが自分の目指していた場所である、という可能性も十分にある。もちろん目指していた場所とは全く別の場所なのかもしれないが、煙を目指した結果この場所に辿り着いたというだけでも、あの時の判断は悪くなかったのだと言える。


後の問題は、中にいるであろう人が友好的かどうかだった。




(こんな森の中に一軒だけポツンとある家ってのが逆に不安なとこだな……。魔女とか山姥が出てきたりしないよな?)



正面に取り付けられた扉の前を何度かうろついてみるが、どうにも次の一手が踏み出せずまごついてしまう。中にいるのが何者かわからないのに加え、時刻は完全に夜である。相手が常識の通じる相手だったとしても、こんな時間に尋ねたのではまともに話すらできず追い返されても文句は言えない。それに生身の相手がいることを想定せずにここまでやってきたため、どうやって切り出せばいいかも考えてはいなかった。


頭の中で言葉を整理していき、同時に呼吸を整える。そして辺りを無意味に歩き回ることで、冷静さを取り戻したカナメが再び入口へと向き直ったのとほぼ同時のことである。

家の裏にあたる場所から扉を開閉したような小さな音が聞こえたことで、カナメの意識はそちらへ向くこととなった。



(……誰か出てきた音か?)



かすかに耳に入っただけで、その音が何であるかは断定できない。だが正面切って扉を叩くのが憚られるということもあり、音の発生源を確かめるべきという考えがどうにも捨てられなくなってしまっていた。どのみち尋ねるには遅い時間なのだし、正面から挑むのは少し後回しにしても問題は無いはずだ。それに人が出てきた音だったならば、どんな人物が暮らしているのか先に確認できるかもしれない。そんな言い訳染みた考えのもとコソコソと動き始めたのだが、家の裏で誰かとばったり出くわすということは起きなかった。



(多分この扉が開閉した音だと思うんだがな……)



家の裏にあたる場所には、正面にあったものに比べて地味な印象の扉がついていた。イメージでしかないのだが、おそらくは聞こえた音からしても音の発生源はこの扉で間違いはない筈である。だが実際周りには、人どころか生き物の影すらも見えない。他に気になることと言えば、窓に木の板が張り付けてあるくらいだろうか。


どうやら窓が割れているようで、それを塞ぐために板で蓋をしたのだろう。やや乱暴な修繕方法にも見えるその窓を、より近くで見てみようと近付いたその時、突如カナメの背後から張り詰めた声が投げかけられた。



「動かないでください」



予期していない出来事に対して咄嗟に声を出すことも出来ず、体が硬直する。脳内で練っていたプランが全て崩れていくのを感じつつ、更には全身から嫌な汗が噴き出す。声からして恐らくは女性の声なのだが、完全に背後を取られているせいでその姿を目で確認することが出来ない。跳ねる鼓動を抑えつけ、ゆっくりと後ろを振り返ろうとした瞬間に再び、背後から鋭い声が発せられる。



「動かないで、と言っているんです」



声がすると同時に、カナメの視界の隅に割り込む形で映ったのは、普段の生活では見慣れないものだった。先端が尖っており、うっすらと光を纏った物質。自身の記憶にある近い物を挙げるなら、その形状は槍と呼ぶのがふさわしい。そんな物騒な代物が、今自分の首元に当てられている。


そのことを理解したカナメは、自分が危機的状況に立たされていることを、嫌でもその肌で感じることとなったのだった。

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