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3話:煮詰まりゆく思考

結局の所、考え込んで得たものは殆ど無いに等しい、というのが現状だった。



自分が今どこにいるのかも不明、何故こうなったのかも不明。更には今日が何日なのかも不明で、今の時刻も不明。自信を持ってわかると言えるのが自分の名前ぐらいという事実には、ただただ自嘲の笑いを浮かべるしかない。……無論、笑えない話なのだが。



ただ、昔のことを何も覚えていないという訳ではなかった。

小学生だった頃や中学生の頃の記憶はうっすらと覚えていたし、その後の高校生時代も更にぼんやりとしているものの覚えてはいる。

授業や休み時間の時に見ていた風景、名前も思い出せないクラスメイトとの他愛もない会話。詰まるところ取り留めもない日常のひとコマ、と言ったところだろうか。


しかしながらそれらは求めている記憶よりも過去の話である。自身が完全に記憶を失った訳ではないという証明には役立つものの、現状の打破にはちっとも役に立たない。



そういった意味では、やはり何も得られなかったと言わざるを得ないだろう。

気が付けば、口からはため息が漏れ出ていた。





(そういえば何か使える物を持ってたりしないか……?)



記憶を辿るのにも限界を迎えた頃、カナメはふと自分の持ち物を確認していないことに気付いた。

鞄の類は持っていなかったし、上に着ているのはTシャツ1枚だけだった為、その対象となるのは必然的に履いているズボンのポケットということになる。


携帯電話……は持っていた記憶がないのでおそらく無い。さすがに方位磁石を持ち歩いていたとも思えないし、携帯食料なんてのもまず無いだろう。

それでも、ハンカチないしはポケットティッシュのひとつでもあれば御の字である。あるいは小銭なんかでもいい。あったところで事態が好転するとも思えないが、無いよりはましな筈だ。


そんなことを考えながらズボンのありとあらゆるポケットをチェックしたのだが……。



結果:所持品無し。ポケットの裏地が出るほど確認したにも関わらず、ちり紙ひとつ入っていなかった。せいぜい小さな糸くずやらホコリのようなものやらが、音も無くパラパラと落ちたくらいである。

何かしらあれば喜ぶとは言ったが、さすがに糸くずに希望を見出すことは出来ない。


見えたと思った活路が、道の中腹で途切れていたかのような気分だった。半端に自分で期待値を上げてしまった分、その落差もまた激しい。

タイムマシンとやらがあるなら、是非とも数十秒前の少し浮かれていた過去の自分を小突いてやりたいところである。






しかしながら異変に気付いたのは、奇しくもそんな事実を前にして何度目かもわからない溜め息をついていた時だった。




(……こんなポケットあったっけか)




左右のポケットは言わずもがな、後ろの尻ポケットは何も入っていないことを確認したばかり。違和感を感じたのはそれらとは別に、左腰の辺り、ベルトから吊り下げるようにしてつけられたモノだった。


ポケット、という表現は正しくないかもしれない。正確には、西部劇なんかでガンマンが銃を仕舞っている場所……名称で言うならばホルスター、だったろうか。



中身が空であることを示唆するかのように本体は平たく潰れており、上部には雨蓋のようなカバーと、閉じたまま固定するための簡易な金具。全体の大きさとしては、箱ティッシュよりも一回り小さいくらいだろう。

念の為中も確認してみたところ、中はいくつかの大きさに小分けされているようだった。

おおよそ親指よりも太めの物が、3本ちょうど収まりそうである。

中身は案の定と言うべきか何も入っていなかったが、底が少しばかり厚くなっており、蓋が金具で固定できることを考えれば、何かを入れたまま走り回っても、問題ないように出来ているのではないだろうか。




(使い道が全くわからん……。というか元からこんなものあったか?)



中身が空であることについては、見るからにぺらぺらな見た目から予想出来ていた為、気にも留めていなかった。カナメが気に掛かっていたのは、そのホルスターの用途が不明だった点と、それを見るのが初めてだったという点だった。


もちろん今の自分の記憶がさほど当てにならないことから、前からついていたものの、それを覚えていなかったという可能性も無い訳では無い。

だがそれを抜きにしても、このホルスターが何に使うものなのかという点には疑問が残る。



特に意味も無いものを、デザインとしてつけることがある、というのはカナメも見たことがあった。使い道は殆どないものの、オシャレだからという理由でつけられた装飾品の類が、その最たる例である。

今回のホルスターもそれにあたるものだろうか、と初めは思ったのだが、それにしてはどうも作りが実用的過ぎる。



底の厚みといい、材質といい、中の仕切りといい……。明らかに何かしらの用途があってつけられたものにみえる。極めつけは、そのホルスターがズボンに直接付けられたものではなく、ベルトを通して吊り下げられているだけであるということだった。

そこまでしておきながら、ただのファッションだと言い切るのは難しいのではないだろうか。



そうして一度生まれた疑問を皮切りに、先程まで気にしていなかった部分までもがだんだんとおかしな風に見えてくる。

今自分が違和感も無く着ているズボンやシャツですら、よくよく見てみればおかしな部分はないだろうか。色、デザイン、材質。それらが普段と異なるとすれば、着用している自分自身ですら……。



考えがそこまで達したところで、カナメは被りを振っておもむろに立ち上がった。これ以上はおそらく良い結果を生まないだろう。

唯一確かなはずの自分自身すら見失っては、何も出来なくなってしまう。そう考えたカナメは、重い体を引きずるようにして歩き出していた。




普段の自分であれば、おそらくこれほど考え込む事はなかっただろう。ただの気のせいだと考え、すぐにでも別の事を考えていたに違いない。

だが今の自分の置かれている立場が、一度抱いてしまった不信感を簡単には拭わせてくれない。一つ一つの小さな不安が、種となって心に根を張る度、カナメは自分の背筋に寒いモノが走るのを感じざるを得なかったのだった。






声を発することも無く歩き始めたカナメだったが、目的が全く無い訳ではなかった。

目指していたのは、平原の先に見えている小高い丘。それほど大きなものではないが、多少なりとも高い所から周りを見渡せば、何か得られるものがあるかもしれないと考えたのだ。



視界を横切る生き物達に目も暮れず、黙々と歩き続ける。だがその間にも、先程まで耽っていた考えが少しずつ再燃し始めていく。




(可能性としては何が考えられる?記憶を無くした上に、知らない場所で目覚めるような理由としては……)




ただ記憶を無くしただけであれば、その原因を予想するのは比較的容易だ。頭を強く打ってしまった、あるいは精神的に大きなダメージを受けた。はたまた、いたずら心で変なキノコでも食べたのかもしれない。

しかし、仮にそうだとしても知らない場所で目覚めることは無い筈だ。



勿論二つの出来事がそれぞれ別の理由で引き起こされたものである、と考えられない訳でもないが、これほどイレギュラーな事態が同じタイミングで発生するなど、運が悪いというレベルではない。

もしもそうであれば、よっぽど神様に嫌われているのだと思う他無いだろう。




(他に可能性があるとしたら……あれか?宇宙人に連れ去られたとかいう……)




"アブダクション"

そんな言葉があるのを、昔本で読んだ覚えがあった。

内容に関しては諸説あったが、見覚えの無い傷がいつの間にかついていたとか、強い光を見たと思ったらその後数分間の記憶が無くなっていたとか、衣服が剥がされていたとか……。そういった荒唐無稽な出来事の数々が、宇宙人及びUFOの仕業ではないかと考えたのがそれである。


オカルトの類があまり好きではないカナメにとっては、それらの体験談も単なる都市伝説でしかないと思っていた。だが今の状況を見るにどうだろう?



何らかの方法で連れ去られた後記憶を消され、衣服を変えられた上に見知らぬ土地に投げ捨てられる。

それならば今抱いている疑問はおおよそ解消されるが、その宇宙人とやらに何のメリットがあるのだろう。単なる暇つぶしか、人体実験か。それとも単に驚かせるだけの、盛大なドッキリ企画か?だとしても……。




再び考えが煮詰まるのを感じ、思わず唸り声を上げそうになる。

突如後ろから声を掛けられたのは、そうやって知恵熱を出しかけていた時だった。




「旅の方。少しよろしいですかな?」




後ろに誰かいるなどとは露程も思っていなかったカナメは即座に思考を中断して足を止め、反射的に後ろを振り返っていた。



そこに立っていたのは、見知らぬ老齢の男性。

そんな人物がただ一人、温和な雰囲気を感じる微笑みを湛えて、こちらへと視線を向けていたのだった。

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