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2話:ほつれた糸



草木溢れる豊かな平原。照りつける太陽の光と、緩やかに通り過ぎていく風。


正確な時刻はわからないが、おそらく今は正午を回った位だろうか。

そんなことを考えながら、大自然に囲まれた中で手頃な岩に腰掛けたカナメは―――





「……参ったな」





――― 一人、途方に暮れていた。






=======================




カナメが目覚めたのは、遡ることおよそ15分ほど前のことである。




照りつける日差しによって半ば強制的に起こされたのだが、目覚めた直後は別段おかしな事が起きているとは思わなかった。


強いて言うならば何故野外で、しかも何故地べたで寝ていたのかが疑問だったが、目覚めてすぐにパニックを起こすほど常軌を逸した行動とは言えない。



疲れて横になっていたらそのまま眠りについてしまった。そう考えるのが自然だったし、それならば今自分が外で目覚めた理由としては納得がいく。

それよりも気に掛かったのは、別のことであった。





(なんかやけに体が重いな……)




しばしの間仰向けのままで目を擦っていたのだが、その動作をしただけで自分の体に途方もない疲労感が蓄積しているのを感じていたのだ。

例えるならば、重労働を終えた後のような疲れ。いやどちらかと言えば、水泳授業の後の気怠さをより強めたもの、とでも言ったほうがいいだろうか。


なんにせよ、今の自分の体調は万全とはとても言い難い。それだけは確かだった。






カナメはもともと、寝起きに関してはいいほうだと自負していた。一般的に規則正しい睡眠と呼ばれる早寝早起きも日常的にこなしていたはずだし、目覚めもすっきりとしたものであることが大半だったはずだ。


そのことを踏まえて考えても、今回の目覚めは最悪といっていいものだった。





(……しかしいつまでも外で寝てる訳にもいかないよな)




体に纏わりつく疲労感のせいか、抜け切れていない睡魔がのしかかる。


正直に言えばこのまま二度寝と洒落込みたいところだったが、野外でそれを行なうのはさすがに気が引けた。





太陽の眩しさを遠ざける為に細めていた目を、気乗りしないながらも強引に開く。そうしてやがてやけに眩しく感じる光に慣れてきた頃、視界には開けた青い大空と形のいい雲が広がる。



空の景色なんてものにはとっくに見慣れていたはずだが、改めてじっくりと見てみると感動めいたものさえ感じてしまう。


これほど良い天気であれば、昼寝してしまうのも仕方のないことかもしれない。そんなことをぼんやりと考えていたカナメだったが、黒い影となって空に浮かんでいるものが目に入った途端、眠気が急速に遥か遠くへと吹き飛ぶことになった。





「あれは鳥……か? 」





思わず声となって漏れた疑問。だが、それが正解でないことは考えるまでもなくわかりきったことだった。


数は3体ほど。長さは数メートルにも達しようかというぐらいで、一見すると太いパイプを繋ぎ合わせたような外見。頭部と思われる先端には円形の口と、その内側に沿う形で並んだ歯。翼も無ければ、ヒレのようなものもない。


そんな奇妙とも言える見た目の何かが、体をくねらせるようにして空を飛んでいたのだった。




自分のいる位置よりもかなり離れた場所を飛行している為、身の危険を感じた訳ではない。

しかし、その異様な光景はカナメを夢見心地から引き戻すにはあまりにも十分過ぎた。






(何なんだよあれは……)





当たり前のように空を飛ぶその生物を見る内に、知らぬ間に額にはじんわりと冷や汗が浮かび上がっていた。上昇する心拍数と、胸の内を満たしていく焦り。

何か自分は大きな勘違いをしているのではないか―――



そんな考えがよぎり、急いで体を起こして辺りを見回す。


そうして視界に飛び込んできたのは、見たことのない場所。見たことのない草花。見たことのない生き物。

全てが見たことのないものであるという訳ではないが、割合としては知らないもののほうが圧倒的に多い。



―――今いるこの場所は、自分にとって全くの未知の場所だ。図らずして、カナメはそんな事実へと至ってしまったのだった。




=======================




目覚めてから今に至るまで、カナメは自分の置かれた現状を理解できず、意味も無く辺りを歩き回っていた。何か一つでも見慣れたものがあれば、少しは安心できるのではないかと考えたのだ。


だが歩き回る度に見知らぬものを発見することになり、安らぎを得るどころかより一層不安と焦りを膨らませる始末である。

体に満ちた倦怠感も相まって、付近の探索は早々に打ち切られることとなった。





今自分が見ているのは夢なのではないか―――



冷静になりつつある頭で真っ先に考えたのが、そのことだった。

発想としては突飛なものではなかったし、もしも夢であるとするならば、これらの不可解な出来事も全て説明出来てしまう。強いて言えば、目覚めた先がまた夢だったなんてことがあるだろうかという点が懸念だったが、それとて起こりえないことではない。


だがこれが夢だというならば、今も感じているこの現実的な体の気怠さは何なのだろうか。踏みしめる度に感じる土や草木の感触は?風と共に流れてくる自然の香りは?自分が想像したことも無いような生き物たちは?



これらが全て自分の脳内で作られた妄想だと言うならば、自身の想像力に喝采を送るしかない。……それが意味のない自画自賛だったとしてもだ。





結局、必死に考えた結果はっきりしたのは、今見ているものが夢ではなく現実だということだけだった。


古典的な手法として何度も自分の頬をつねってもみたし、近くの木に強く頭を打ち付けるという奇人めいたことまでした。

それでも周りの景色は変わらず、残ったのは頭に残る鈍い痛みだけ。



……これでもなお夢であると信じるのは、到底無理な話だった。






(そもそも俺は寝る前に何をしてたんだ……?)




現実逃避をしても無駄だと悟り、座り込んだままカナメは眠りにつく前のことを思い出そうとしていた。


目覚めたら見知らぬ場所にいた、というのは理解出来る出来ないに関わらず、事実としてここにある。それならば、何故こうなったのかを考えるほうが建設的である。



そう考えたのだが……。





(……何も思い出せねえ)





自分でも驚くほどに何も思い出せなかった。

ど忘れ、というレベルの話ではない。記憶の糸を辿ろうにも、まるで手繰り寄せる手をすり抜けるかのように何も引っ掛からないのだ。




(嘘だろ……記憶喪失にでもなったのか……?)





前日の夕飯に何を食べたのか思い出せない、なんて話がよくある事だというのは聞いたことがある。

しかし、これはその域を超えている。なんせ眠りにつく前どころか、前日何をしていたのかさえ思い出すことが出来なかったのだ。





それからも、カナメは一人自分の記憶と格闘し続けた。

時間は徐々に過ぎていき、真上にあった太陽も少しばかり傾き始めている。


麗らかな午後の風景とは裏腹に、苦悶に満ちた表情を浮かべて考え込む自分。




現状を打破するような記憶が引き出せないとわかるまでに、そう多くの時間は必要としなかったのだった。

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