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「ノミのサーカス」と、見えない「ガラスの檻」

「『ノミのサーカス』って、ご存知ですか?」

 それぞれ難しい顔で思いにふけってる二人に向かって諭吉は、言った。

「何ですかな?

 聞いたことがござりませぬ」

 秋坪が、反応した。

「ノミに曲芸をやらせるんですよ。

 西欧の見世物です」

「ノミに芸を仕込むんなど、できもすか?」

 弘安も、身を乗り出してきた。

「ええ、できるみたいですよ。

 アメリカの『読み売り』で見ました」

 諭吉は、これもアメリカで見た。


 街頭で売られている「絵入り新聞」に様子が描かれていた。

 十数人の観客が、テーブルを囲んでいる。

 その視線の先で、ノミが小さな荷車を曳いていた。

 描かれていた場面の様子を、二人に説明する。

「もともとはフランスのパリで始まったものらしいですよ。

 けっこう人気で、とうとうアメリカまで興行にやってきたらしいですね」

 この「ノミのサーカス」は、十七世紀には存在しており、ヨーロッパ各地を巡業して回っていたようである。ルイ十四世までも、見物したと言う。

「あのピヨンピョン跳ねるやつが、ノソノソと車を()くなんて、にわかには信じられませぬな」

 秋坪は、疑わしそうな口調で言った。

「そうでしょうね。

 私も若い頃、捕らえるのに苦労しました」

 ノミやシラミ退治で苦労した適塾時代を思い起こしながら諭吉は、答える。

 ノミは、体長の百五十倍もの跳躍力を持つ。人間で言えば、三十階建てのビルを跳び越すのに等しいほどの能力だ。

 そんなノミを、どのように調教するのか――。

「天井の低いガラスの箱へ入れておくのだそうです」

「……?」

「ノミが高く跳ぼうとすると、ゴツンと頭をぶつけます。

 でも、ノミにガラスの箱は見えません。

 だから、また跳び、頭を打ち付ける……。

 調教師は、だんだん天井を低くしていく。

 しまいには、跳ぶのを(あきら)めてノソノソ歩き出すらしいですね」

 重くなった場の空気を(やわ)らげようと、ふと思い浮かんだ「面白(おもしろ)い話」をしたつもりの諭吉であった。

 だが、だんだん暗い表情に変わっていった。

「これが、自分の能力だ。限界だと思い込むようになったのですかな?」

「たぶんそうでしょう……」

 秋坪の問い掛けに答えながら、諭吉の口は(ゆが)んだ。

 弘安は、何か思いにふけっていた。

(見えない『ガラスの檻』か――。

 我らも、知らず知らずのうちに(りょ)(しゅう)となっている)

 自分で説明しながら、改めて思い知ったような気がした。

「『天道』とか『天命』とか言ったものは、『()()』に(うつ)った『(おのれ)の顔』を見て、語られているのかもしれませんね」

 諭吉は窓の外に目を()り、言葉をもらした。

 渡航前、攘夷(じょうい)派に付け(ねら)われ、逃げたり隠れたりしていた日々が、脳裏をかすめた。

「天に代わって成敗(せいばい)致す」

(てん)(ちゅう)!」

 それが、奴らの「決まり文句」だった。

(何が『天に代わって――』だ!

 己の()(れつ)な行いを正当化しようとしているだけじゃないか)

 怒りが、こみ上げる。


「なるほど――。

 こころなし、わかりもす。

 そいにしても、福沢どんは博識で、話が面白うごあす。

 お若いこん、どんように暮らしちゃったでぐぁしたか」

 それまで黙ったまま聴き入っていた弘安が、口を開いた。

 ただ知識が、広いというだけではない。

 あくなき探求心とともに、そこから生まれる斬新(ざんしん)な視点に興味を引かれた。

 その「物の見方と考え方」は、普通の学究生活をしていただけでは生まれるものではないと直感していた。

「ハハハ――、ムチャクチャでしたよ。

 若さに任せて暴れまわっておりました」

 苦笑しながら、諭吉は答える。

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