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サムライ、初めて陸蒸気(汽車)に乗る

「ボッ、ボォゥ―――ッ」

 駅のホームで若者たちが荷物を整理していると、鋭い汽笛の音が耳に響いた。

「シュ、シュ、シュ、シュッー、シュウゥゥゥ―――」

 煙をなびかせながら蒸気機関車が、ホームへ滑り込んできた。

 全力で走り切ってゴールへ飛び込んだランナーの荒い息遣(いきづか)いのような蒸気音が、(おさ)まっていく。

 動輪が、完全に停止した。

 機関車は皿状の(ふた)をした直径一・五メートルほどの鉄管を横にして、車輪台車へ()せただけのようなシンプルなものだ。前方に煙突を立て、(しり)に機関士二人が乗る窓穴(まどあな)の開いた鉄箱(てつばこ)を付けている。

 連結された客車は、大型の箱馬車を思わせた。一両を三つに区切って部屋とし、その両側にドアがあった。客席は、四人ずつ向かい合って座るようになっている。


 使節団の中には、万延元年の遣米使節団としてアメリカへ渡った際、汽車に乗ったことのある者も数名いたが、その場にいた多くの若者たちにとっては見るのも初めての体験であった。

「おおっ!」

 歓声が沸き上がる。

「すごかあ!」

 若者の中には、線路へ飛び降り駆け寄ったかと思うと、車体をポンポンと(たた)いたり()(まわ)したりする者、機関士に片言(かたこと)の英語で質問の矢を浴びせかける者、筆を取り出して写生を始める者なども出てきた。

 ()(おり)(すそ)を絞った立付(たっつけ)袴を穿き、手荷物を入れる網袋「(うち)()い」を(なな)めに背負った旅姿だ。腰には刀を差している。

 その騒ぎの様子を遠巻きに取り囲むようにして人の輪ができ、物珍(ものめずら)しそうに眺めていた。


「おい!お歴々(れきれき)のお出ましぞ。皆の者、集まれ」

 駅の入口方面を見ていた一人が汽車に気を取られていた仲間たちに声を掛け、手招きで「急げ!」というしぐさをした。

 若者たちは大慌(おおあわ)てで線路からホームへ上がり、足早に積み上げた荷物のところへ参集した。

 そこへ使節団の「(えら)いさん」たち、(せい)()随行(ずいこう)員が、ゾロゾロとやってくる。(かぶ)り物から()き物に至るまで、肖像画に描かれているような(さむらい)装束で身を固めていた。

 諭吉の姿も集団の中にあった。朝方(あさがた)の姿とは異なって、(くるぶし)までの半袴を着けていた。周囲を観察しつつ、さっさと歩いている。


 この一行は、『(ぶん)(きゅう)元年・遣欧州(けんおうしゅう)使節団』と通称され、幕府としては「咸臨丸」での遣米使節団に次ぐ海外派遣であった。

 メンバーは、正使である竹内(たけうち)下野守(しもつけのかみ)筆頭(ひっとう)として二十一名の(せい)()随行(ずいこう)員と、役職者の家来や(した)(ばたら)きの従僕(じゅうぼく)などであった。全員で三十六名の陣容となっていた。

 従僕の中には、各藩が派遣した若者たちも、多数混じっていた。

 主な目的は、ヨーロッパ諸国に約束していた江戸・大阪・兵庫・新潟の開市開港を延期してもらうこと。なぜなら急速に高まってきた攘夷(じょうい)論に配慮せざるを得なかったからだ。

 もう一つの重大な使命があった。「外国の事情」の探索(たんさく)である。

 この任を担ったのが、蘭学のほか英学にも通じていた医師兼翻訳方の箕作(みつくり)秋坪(しゅうへい)・同じく(まつ)()弘安(こうあん)、そして、福澤諭吉であった。

 諭吉は、従僕名義で(もぐ)り込んだ遣米使節団のときとは異なり、今回は外国文書を日本語に訳す「翻訳方(ほんやくかた)」として正規の身分で乗船していた。

 一行は 一八六二年一月二十一日(文久元年十二月)、江戸湾まで迎えに来た英国軍艦『オーディン号』に乗り三月二十日、丸二ヶ月の船旅の末、ようやくエジプトの玄関口、スエズにまでたどりついたのである。

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