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閉塞学級  作者: 成春リラ
11章 ぼくら友達一年生
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84話 やさしい友達①

 ネットで定期的に揶揄される「作者の気持ちを答えなさい」という問題は実際のところ存在しないと思う。登場人物の感情について述べなさい、とか筆者の主張を要約しなさい、が正しい。国語のプリントを解く度にそんなことを考える。

 だって当然だろう。作品という壁一枚隔てた向こう側にいる人間の気持ちなんてわかるわけがない。小説でも、漫画でも、ドラマでも、映画でも。


 ()()()(がわ)(めい)()が学校に遺していったものは「絵」だった。

 県の絵画コンクールで佳作に選ばれた作品だそうで、公式サイトには今は亡き少女の受賞コメントが掲載されている。明佳は遺書の類を一切残さなかったので、結局それが彼女の遺言になった。

 クラスメイトの会話を盗み聞きしたところ、件の絵は野河家の希望でしばらく専門家の下に預けられていたらしい。何の専門家なのかは不明だ。明佳の両親はわずかな手がかりから愛娘が自殺した理由を見つけ出そうとしたのかもしれない。

 絵の処遇についても一悶着あった。自殺した――しかも、学校で首を吊った少女の作品を堂々と展示してよいものだろうか。在校生に悪影響はないだろうか。佳作を取ったことに変わりはないのだから、他の受賞作と同じように公開するのがフェアではないだろうか。教員の間でも随分意見が割れたようだ。

 曰く付きの絵は巡り巡って紅黄中一階渡り廊下の掲示板に飾られている。





 掲示板から目を逸らし、(はく)(よう)ひまりは颯爽と踵を返した。

 体育館シューズの入った袋をぎゅっと握りしめて、北校舎の仄暗い階段を小走りで上がっていく。同じ体操服を着た生徒に接近すると湿った匂いが鼻を掠める。ひまりは疲れた歩調の同級生たちを一人また一人と追い抜いた。

 二階から三階に上がる途中で、通路を塞いで歩いている女子数名にぶつかりそうになる。ひまりは小さくため息をついて速度を落とした。足音を立てないように小さな歩幅で女子たちの後ろを進み、一年生の教室がある三階にようやく辿り着く。


 C組の隣の学習室が女子の更衣室だ。中には三人しかおらず、だらだらと着替えながら無駄話をしている。こちらには見向きもしない。ひまりは自分の制服を引っ掴んで黙々と着替えを済ませた。ここまで三分。更衣室を離れるとき、最初にいた三人はまだ制服を身に着けている最中だった。

 どうせ男子の着替えが終わるまで教室には入れないのに、いつも誰よりも早く更衣室から出てきてしまう。ひまりは廊下の壁に寄りかかってポケットから取り出した単語帳を開いた。廊下を走り回る男子の声とそれを咎める教師の怒声が耳障りで、英単語が頭に入ってこない。まあ、元々真面目に勉強する気なんてなかったのかもしれない。


 少し汗ばんだ体に晩秋の風は冷たい。誰も見ていないのをいいことにひまりはぴしゃりと廊下の窓を閉めた。もう十一月末だ。期末テストの結果も一通り返ってきて、冬休みはすぐそこまで近づいてきている。三学期になったらきっと終業式まであっという間だろう。

 終わる。終わってしまう。一人の友達もできないまま、一年生の一年間が。

 体育とは関係のない汗が出てくる。焦燥と危機感にかき立てられるように、ひまりは一度閉じた単語帳を意味もなく開いた。

 いや、もう友達は要らないのだけど。ぼっち上等、お一人様大歓迎ということで結論づいたのだけれど、それはそれとして一学期の出来事が頭をよぎる。

 夏休み前の三者面談。ひまりは担任の日野先生と母親の前で破れかぶれに啖呵を切った。


『作ってみせますよ、友達! その、ちゅ、中学校を卒業するまでには……』


 思い出しただけで顔から火が出そうになる。卒業するまでには、なんて自分からハードルを下げたというのに、もう中学校生活の三分の一が終わろうとしているのだ。

 今日の放課後には二者面談がある。テスト結果の返却が主な内容だが、友達についても尋ねられるに違いない。こちらに気を遣っているような日野先生の顔が思い出されて、泥水みたいに濁ったひまりの気分はさらに落ち込んだ。

 廊下に突っ立っていると、所在なさから余計なことを考えてしまう。早く自分の席に座りたい。


「ひまりじゃん。またぼっちなの? ウケるね」


 最初は声を掛けられたことに気づかなくて、顔を上げるのが一瞬遅れた。相手は「ちょっと先に行ってて」と友達らしき女子の背中を押し、硬直したひまりの方へ駆け寄ってくる。


「久しぶり。元気してた? 何でそんなとこ立ってんの。あ、男子の着替え待ち?」


 ひまりは相手の顔を穴の空くほど見つめていた。話しかけられた時点で思考が止まってしまって、質問に一つ一つ答える余裕などない。あわあわと単語帳を仕舞って姿勢を正し、スカートを雑に払う。


「あ、愛理……」

「えー、何その反応。傷つくんだけど? あたしとあんたの仲でしょうがっ」


 背中を勢いよく叩かれて思わず「ひゃんっ」と前のめりになると、愛理は快活に笑った。

 (ふる)(さわ)(あい)()はひまりが小学生の時に一番仲の良かった友達だ。中学に上がってからはクラスが離れたこともあり――きっとそれが一番の原因のはずなのだけど――ほとんど話していない。それどころか、廊下ですれ違っても目を背けられるわ名前を呼んでも無視されるわでひまりは散々な扱いを受けている。

 そんな愛理がどうして急に話しかけてきたのか。ひまりの心中は喜びよりも困惑と警戒心でいっぱいだった。何事もなかったかのようにニコニコと笑っている愛理を見ていると、返事してやるんじゃなかったという後悔がむくむくと頭をもたげる。


「ひまり、数学の教科書持ってない? 塾に忘れてきちゃったんだよね」

「持ってる、けど……」


 いいよとも嫌だとも言い切れず「まだ教室に入れないから」と半端に逃れようとした途端、C組のドアが内側から少しだけ開いた。ひまりと同じように廊下で待っていた女子が中を覗き込む。


「もう入っていい?」

「だめでーす、(ささ)(むら)くんがまだパン一でーす。セクハラ反対でえす」

「はいはい、入るからね!」


 ドアが大きく開け放たれて女子が流れ込んでいく。愛理は期待の目でこちらを見ている。逃げ道のなくなったひまりは渋々教科書を取ってきた。


「助かるぅ! ひまりだーいすき!」

「……あの、今日も数学の宿題あるから。放課後までには絶対返してね」

「了解了解」


 愛理に教科書を差し出した瞬間、ひまりは「あ」と声を上げた。

 小学校の卒業式で愛理に貸したペン、まだ返してもらってなかったんだった。

 気づいたときには既に遅く、教科書は愛理の手に渡っていた。愛理は軽やかに身を翻して「じゃあね」と去って行く。追いかける気力はなかった。

 愛理がB組の教室に入って見えなくなるまで、ひまりはほとんど息を止めていた。まだ心臓が嫌な風に高鳴っている。

 ――あのペン。サーモンピンクのインクに金色のラメが入っていて、一本四百円のちょっと高いやつ。お気に入りであまり他の人に使わせたくなかったけれど、愛理だから貸したのに。

 でも、今まで忘れていたのだから、実はそれほど大切でもなかったのかもしれない。そう思うと無性に虚しかった。

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