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閉塞学級  作者: 成春リラ
5章 人形の掟
25/88

24話 人形の右手

今日も地球は回っている。

 真ん丸い二つの目の中に映る、ぼくの寝ぼけた顔を見つめるところから始まる、ぼくたちの日曜日。いつもと変わらない蒸し暑い朝。

 りりりりり……と頭の上でうるさく鳴っている目覚まし時計のボタンを探しているのに、ぜんぜん手が届かない。仰向けに寝転がったままうんと右腕を伸ばしたら、指の先が固いプラスチックにぶつかった。ハエをやっつけるようにボタンをばちんと叩いて、体の力を抜く。朝からいきなり疲れてしまった。

 日曜日は朝からぼくたちの見たいテレビがあるから、ちゃんと目覚ましをかけて起きないといけない。テレビの前に座って準備万端で見るために、目覚ましの時間は始まる三十分前にしてある。その間に朝ごはんを食べて、着替えて、歯磨きをするのだ。たまに時間がかかっちゃって、歯磨きをしながら見ることもあるけど。


 大きく口を開けてあくびをし、ゴロゴロ転がってからふと横を見ると、二つの目はまだぼくの方を見ていた。寝る前は一応お腹まで被せていたタオルケットを布団の端まで飛ばして(ぼくも同じだ)、布団の上で小さく丸まっている。

 人差し指で白いほっぺをつんつん突くと、ぼくの大好きな顔がへにゃりと笑った。


「おはよ」

「おはよ」

「よく寝た?」

「寝たぁ」

「今日も暑いね」

「汗かいちゃったね」

「お腹空いた」

「ぐーぐーだ」

「口によだれついてるよ」

「あ、ほんと?」


 パジャマの袖で口をごしごし拭くのを見ながら、「ねえ」とぼくはいちばん訊きたかったことを訊く。


「ぼくと同じ時に起きたよね。ぼくより先に起きたり、してないよね」

「当たり前じゃん」


 少しも間を空けずに答えて――目の前のれいやくんはもう一度笑った。


「ぼくたち二人で一人、でしょ。起きる時間も一緒じゃないと、双子じゃないもんね」

「うん」


 そんな約束だったかなあと思いながら、ぼくはうなずいた。


 なんだろう。

 さっきから、手がむずむずする。





 子ども部屋は狭いから、お片づけをさぼっているとすぐ散らかってしまう。まず、床にたくさん落ちている服やお菓子の包み紙を部屋の隅っこに動かして、ぼくたちが立つところを作る。カーテンを開ける。それから二人で布団をぐちゃぐちゃと畳むと、一応部屋から出られるようになった。さっきよりはましっぽい感じだ。


「これでよし」

「よーし」


 れいやくんと手を繋ぎ、邪魔なものをぴょんぴょん飛び越えて、しんと静かな薄暗いリビングへ。


「あーっ、ママたちまたカーテン開けてない」

「だめだめだね」

「ねえ」


 窓の前に並んだゴミ袋の間をすり抜けて、れいやくんは右を、ぼくは左のカーテンを掴む。「せーのっ」で一斉に開けたら、朝のお日様の光が目に直撃した。一瞬頭がくらっとする。こんなに天気が良いのにカーテンを閉めたままにしておくなんて、ママもパパももったいない人だと思う。窓は開けずにエアコンのスイッチを入れると、重たい音を立てて動き始めた。涼しくなるのには少し時間がかかる。


 リビングの隣にある畳の部屋のドアが開けっぱなしだったので、エアコンの冷たい風を閉じ込めるために閉じた。ママが家にいないのはいつものこと。だけど今日はパパもいないみたい。日曜日の朝かられいやくんと二人っきりなのは久しぶりで、ちょっとわくわくする。ぼくは新聞の山をかき分けてリモコンを見つけ出し、テレビの電源をつけた。


『……東北物産展が開催中です。滋味深い味わいの数々を堪能することができます』


 テレビから流れてくる女の人の声を聞きながら、ぼくとれいやくんは爪先立ちでテーブルの上を見た。袋に入った食パンが一枚。それとパックのゼリーが一つ。今日のはいちご味だ。


「よいしょ」


 れいやくんは椅子によじ登ると、袋から取り出した食パンをちぎって半分こにした。ぼくは冷蔵庫からオレンジジュースを出そうとして、もう随分前に飲み終わっていたことを思い出す。仕方がないので、テーブルに置いてあったガラスのコップに水道の水を注いだ。ぼくとれいやくんでぴったり同じ量になるように。


「おっさらー、おっさらー、まっしろお皿ー、あとスプーン」


 今作った歌をるんるんで歌いながら、ぼくは食器棚を開けた。ところが困ったことに、お皿が全然入っていない。引き出しの中もすかすかだ。「あー」とキッチンを見たら、洗っていない食器がコンロの横まで溢れていた。使えるものがないか、ちょっとだけ覗き込んでみたけど、においが酷いので早めに諦めた。ママに早く洗ってって言わなきゃ。でも、昨日も一昨日もその前も言った気がする。


 半分こにした食パンをトースターに入れて、れいやくんがつまみをぐりぐりと回す。トースターがジー……ジー……と音を立てて頑張るのを、ぼくとれいやくんはしゃがんで眺めた。


「何塗る?」

「バター?」

「バターはないよ」

「じゃあジャム」

「ジャムもないよ」

「なんもないじゃん」

「んー」


 眉をハの字にして立ち上がったれいやくんは、ぼくがさっき見ていた棚を漁り始めた。「あった!」と右手を高く上げて取り出したのは、チューブに入ったはちみつだ。


「はちみつは、まだパンに塗ったことないね」

「あまくておいしそう」

「焼く前に塗った方がよかったかな?」

「……かも」


 二人でチューブのはちみつを人差し指に出し合いっこしてぺろぺろ舐めていたら、チーン、とトースターが鳴った。


「焼けた!」


 ぼくとれいやくんが一緒に身を乗り出して、トースターを開ける。


「……?」

「あれっ?」


 うきうきしながら取り出したパンは、なんとびっくり、全く焼けていなかった。れいやくんがつまみをしっかり下まで回してから三分のところまで戻すのをぼくは見ていたのに、だ。


「確かに、あんまりあったかくなかったね」

「ていうか、ぜんぜんあったかくなかったね」


 ぼくとれいやくんは首を傾げて、ほとんど同時に気づいた。


「……コンセント!」


 急いでトースターから伸びている黒いコードを引っ張ると、やっぱり先が抜けてしまっていた。これじゃあパンが焼けないのも当然だ。


「こらっ、トースターのうそつき」


 れいやくんは頬っぺたを膨らませて、怒ったようにトースターをこづいた。ぼくもれいやくんに負けないようにトースターを叱る。


「さっきまでジーッて言ってたのに」

「がんばってるふりをしてたんだ」

「悪い子だ」

「トースターは悪い子」

「……」


 ぷっ、とぼくたちはやっぱり、同時に噴き出した。


「あははは!」

「あはは、おっちょこちょいだ」

「ぼくたちもだめだめだね」

「だめだめ兄弟だね」

「ふふふふふ」


 笑いすぎて目に溜まった涙をすくいつつ、ぼくはコードの先をコンセントに差し込んだ。焼き直すついでに、パンの隅々までまんべんなくはちみつを出す。トースターの中が橙色になるのを、今度は二人で見届けた。

 パンの焼けるにおいに、心の中も橙色になっていくみたいだった。


「……ねー、れいやくん」

「うん?」


 れいやくんは顔をふんわり上げてぼくの方を見た。まだにやにやしながら目をこすっている。パンのにおいを一気に吸い込んで、橙色の気持ちをゆっくりと吐き出すように、ぼくは笑いかけた。


「しあわせ、だねえ」

「しあわせ?」


 きょとんとするれいやくんに、ぼくは頷く。


「あのね。心の中がぽかぽかして、むねがぎゅーっとなるのって、しあわせってことじゃない?」

「ぎゅーってなるの?」


 自分のパジャマの胸の辺りを摘まんで引っ張るれいやくん。反応がいまいちなので、ぼくはなんだか照れくさくなってきた。れいやくんの肩をばしばし叩いて、もっとわかりやすくて簡単な言葉に言い換える。


「れいやくんと一緒にいると、毎日うれしいってこと!」

「うん。ぼくも同じだよ」


 れいやくんがにっこり笑うのを見たら、ますます胸がいっぱいになって、「うん。うん」とぼくは何度もこくこく頭を振った。


 三分が経って、半分このはちみつパンのできあがり。結局使えそうなお皿は見つからなかったので、パンが入っていた袋の上にパンを乗せた。ゼリーを食べる用のスプーンは、コンビニのお弁当についてきたプラスチックのやつが一つだけ余っていたので、二人で交互に使うことにした。

 ぼくの席はキッチン側で、れいやくんはその向かいだ。二人の真ん中にパンとゼリーを置き、椅子に座って手を合わせる。それじゃあ、と声も揃える。


「いっただきまーす」


 パンにかぶりつくと、しっかり染み込んだはちみつが、じゅわあっと口の中でとろけた。ちょっぴりべたべたするけど、気にしない。一口噛むたびに甘さが遠くまで広がっていくみたいで、ぼくもれいやくんも自然と微笑んだ。


「やっぱり、はちみつはおいしいや」

「何で今まで思いつかなかったんだろう」

「これからは毎日食べようね」


 半分このパンは小さいから、一口が大きいとあっという間に食べ終わってしまう。一気に食べきらないように、さく、さく、と少しずつ齧っていたら、

『――では、次のニュースです』

 つけっぱなしだったテレビの音が、リビングの中で変に響いた。れいやくんもぼくもリモコンをいじっていないのに。思わず、画面に目が吸い寄せられる。


日輪ひのわ町の一軒家で、六歳の娘を殺害したとして、三十二歳の男性を逮捕しました』


 パンを噛んでいたあごの動きが、ひとりでに止まる。ちらりとれいやくんを見ると、テレビに構わず黙って食べ続けていたので、ぼくも慌てて口の中のパンを飲み込んだ。――目はテレビに釘付けになったまま。

 スタジオが映されていた画面がぱっと切り替わり、どこかの町の景色になる。


『殺人の疑いで逮捕されたのは、日輪町の会社員、和田芳樹容疑者、三十二歳です』


 エアコンの冷えた風が、ぼくの前髪を通りぬけていく。汗をかいた背中が急に寒くなった。


「れいやくん、サツジンって」

「人を殺すってことだよ」


 エアコンの風より冷たい、れいやくんの声。

 ぼくは知らない間に手を強く握りしめて、手のひらに爪を立てていた。


「ね、いつものチャンネルにしようよ」


 自分の声が震えているのがわかる。ぼくは爪をぎりぎりと食い込ませて、手のおかしな感じを抑えようとした。


「なんで? まだ始まるまで十五分あるよ」

「だ、だって、怖い。こ、ころ……とか」


 れいやくんは、何でいつもみたいに「うん」って答えてくれないんだろう。そうだね、怖いから変えようねって、言ってくれないんだろう。


『警察によりますと、和田容疑者は昨日夜、自宅で娘の優子ちゃんを刃物で刺すなどして殺害した疑いが持たれています。和田容疑者は調べに対し、容疑を認めているとのことです』


 テレビの音だけが聞こえている。最後の大きな一かけらを口の中に放り込んだれいやくんは、もぐもぐ噛みながらぼくの方をじっと見た。その目はなんだか、誰かに似ているみたいで。あの子みたいで。あの子って、誰だっけ?

 れいやくんは喉を鳴らしてパンを飲み込むと、テーブルに片肘をついてぼくに顔を近づけた。

 その時ぼくは、れいやくんの言葉を聞くのが怖いと思った。


「うららくんだって、やったのに?」


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「ち……ちがっ……」


 左手に持っていたパンがテーブルの上に落ちた。れいやくんは椅子から立ち上がり、食パンの袋をくしゃくしゃに丸めてゴミ箱に向かって投げた。箱から出ずに済んでいたゴミが、いくつか零れる。


「ちがう、ぼくは、」

「ちがわないでしょ?」


 れいやくんの声はうってかわって優しくて、静かだ。なのにどうしてか、ぼくを責めているようにも聞こえた。


「あの子を、階段の上から突き落としたのは、うららくんだ。そうでしょ?」

「ちがうっ!」


 おでこをつたって落ちていく汗を拭って、ちがう、ちがう、とぼくは繰り返した。ちがう、しか言えないのだ。言いたいことは無限にあるのに、ぼくの中でまったくまとまってくれない。


「ちがうよ、ぼく、ぼくはっ」

「ちがわないよ。ほら、この手で」


 れいやくんはぼくの右手を引き寄せて、自分の肩のところに置いた。


「うららくんのこの手で、どーんって。歩道橋の階段の上から、突き飛ばしたんでしょ?」


 掴まれた右手がむずむずする。朝からずっとこうだ。虫が這っているみたいな、べっとりした何かがこびりついているみたいな、そんな感じがする。


「うららくんが、自分でやったんだよ。ねえ」

「ちがうっ、ぼくじゃ、ぼくじゃないっ! ぼくがやりたくて、やったんじゃ」


 やっと、「ちがう」以外の言葉が口から出てきた。ぼくの心臓、うるさい、鳴り止め!


「れれ、れい、れいやくんが、れいやくんがやってって、言ったんだよ」


 からからになった喉をつばでうるおして、どもりながらぼくは言った。そうだ、ぼくがやりたくてやったんじゃない。れいやくんにお願いされたから、仕方なくやったんだ。ぼくは悪くない、と自分に言い聞かせる。

 れいやくんはぼくの右手を強く引っ張って、突然大きな声を出した。


「そんなことぼくが言うわけないよ!」


 ぼくはビクッとした。心臓がさらにうるさくなった。

 れいやくんは眉を上げて怒っている。こんなれいやくんを見るのは初めてだ。れいやくんはいつだって優しくて、明るくて、ぼくに向かって怒鳴ったりすることなんて、一度もなかった。


「だって、うららくんが自分で突き落としたっておとなにバレたら、ぼくたち離れ離れになっちゃうよ?」

「……え?」


 思いもよらないれいやくんの言葉に、ぼくは何も言えなくなった。


「見て、これ」


 れいやくんが指差すので、つい目がテレビの方に向かう。

 画面の中では、たくさんの警察官に囲まれた男の人が、灰色の上着を被せられてパトカーの中に連れ込まれている。


「サツジンしたら、こんな風に捕まるんだよ」

「そん、な」

「いけないことをしたら、ケーサツに捕まっちゃうよ。ぼくがそんなこと、うららくんにお願いすると思う? うららくんと離れ離れになるなんて、ぼくは嫌だ」

「……ぼく、だって」


 サツジン。つかまる。ケーサツ。はなればなれ。れいやくんの唇から流れ出るいくつもの言葉が、円を描くようにぼくの頭の中をぐるぐる回り始めた。回って回って溶けて爛れて、やがて元が何だったのかわからなくなる。最後に、「あの子」のことが残った。


「あの子は……」


 あの子は。「まよちゃん」は。


「し、しん……」


 想像するだけでおぞましくて、そこから先が言えない。

 ばちばちと火花が弾けるみたいに、あの日の景色が目の裏に映る。太陽は高くて、階段も高くて、まよちゃんはぼくの前から真っ逆さまに落ちていった。地面にどしゃりと体のぶつかる音がした。足はおかしな方向に曲がっていて、真っ赤な血がいっぱい溢れていて、そして何より、全然動かなかった。

 あの後すぐにれいやくんがおばあちゃんを呼んできて、救急車がまよちゃんを連れていった。れいやくんはやってきたママに、ふざけて肩を押してしまったと嘘をついた。ママは「人に恥をかかせるのはやめなさい」としか言わなかったし、それっきりまよちゃんの顔は見ていないから、まよちゃんがどうなったのか、ぼくは知らない。


「れいやくんは、知って……?」


 ぼくは震える声で訊いた。れいやくんはぼくの右手を離すと、落ちたパンを人差し指と親指で拾い上げ、半開きになったぼくの口の中にそっと押し込んだ。何も言わずににこにこと笑うれいやくんは、怖いぐらいに普通の顔だ。

 どういう意味? れいやくんは、何を知っているの? ぼくの知らない何かを知っているの?

 わからない。わからない。れいやくんは全部ぼくと同じのはずなのに、れいやくんの今考えていることが、ぼくには全然わからない。


「ね、うららくん」


 殺人の様子をイメージ図にして映し出す画面を横目で見ながら、れいやくんはゼリーの蓋をぴりぴりと開けた。


「何で、突き落としたの?」

「だ、だからっ、ぼくはれいやくんとっ」

「ぼくと同じが良かったから、あの子を殺したの?」


 れいやくんは先回りし、目を見開いて言った。

 ぼくと同じ。あの子を殺した。二つの言葉に串刺しにされて、頭から爪先まで動かなくなる。


「ぼくと同じになるためだったら、人を殺してもいいって、うららくんは思うんだ。『悪い子』だね」


 違う。ぼくはそんなこと思ってない。そんなことを言いたいんじゃない。どうしてれいやくんはわかってくれないの。どうしてれいやくんの考えていることがぼくにはわからないの。ぷつんと糸が切れて、ぼくはがっくりとうなだれた。


「……もう、やめてよぉ」


 わけがわからない。頭の中がぐちゃぐちゃになる。ぼくは知らないうちに、左手で右手をざりざりと掻いていた。

 コンビニのスプーンを袋から出すと、れいやくんはつまらなそうにゼリーをすくった。一口食べて、ごくんと飲み込んだところで、

「なーんて、ね」

 れいやくんはスプーンを置き、あっけらかんとした顔で両手を上げた。


「ぼくはうららくんが悪い子でもぜんぜんいいよ」

「え」

「バレなきゃいいんだよ。言わなきゃ誰にもバレないよ」


 だってぼくたち以外誰も見てなかったし、とれいやくんは笑って続けた。れいやくんは左手を伸ばすと、ぼくの固く閉じている唇をこじ開けた。もう片方の手でスプーンを掴み、ゼリーをすくうと、さっきみたいに口の中に入れてくる。ただし、さっきよりも強引に。プラスチックのスプーンの先が喉の奥に当たるまで押し込まれて、ぼくは泣きながらむせた。


「んぐっ」

「うららくん、さっきから手、どうしたの?」


 スプーンを口に突っ込まれながらも、ぼくはむずむずする右手をどうにかしようと必死だった。爪で引っ掻いたり、膝に叩きつけたり、テーブルの角でこすったり。なのに、右手の変な感じは大きくなっていくばかりだ。

 れいやくんが口からスプーンを引き抜くと同時に、ぼくは思い出した。手がおかしなことになるのは、今日が初めてじゃない。まよちゃんをこの手で突き飛ばした日から、何回もこうなっているのだ。


「れいやくん」


 しょっぱい涙を堪えながら、ぼくは喉を絞るようにして声を上げた。


「たすけて」


 れいやくんは、ほんとうに嬉しそうに顔をきらきらと輝かせた。


「ぼくがうららくんの手、なんとかしてあげようか」




『八月二十九日日曜日の、全国のお天気をお伝えします。今日は、全国各地で一日を通して爽やかな晴天が続くでしょう』

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