14話 針と笑顔とひとりきり①
「はい、こっち向いてー」
屋台の近くから聞こえた声に興味を引かれて視線を向けると、頭にはちまきを締めたおじさんが、青年団のお兄さんたちが肩を組んで並んでいるところをカメラで撮っていた。カメラは私がよく見かけるデジカメとは違うタイプのようで、ずんぐりむっくりした不思議な形をしている。かしゃりと小気味いい音を立ててシャッターを切ったおじさんは、カメラの下から出てきたものをお兄さんたちに渡していた。
心良くんは私と玲矢くんの間をすり抜けておじさんに近寄った。
「おじさーん、それすごいね!」
思考がシンクロしたことにどぎまぎしながら、私も心良くんの後ろについていった。おじさんがお兄さんたちにあげたのは、写真、なんだろうか。でも写真って、写真屋さんで現像してもらわないといけないものだった気がする。
私の頭の中を覗いたのか、おじさんはにやにやした。
「これね、写真がその場ですぐ出てくるカメラなんだ。ほら、あんたたちもそこに並びな」
えー撮ってくれるのぉと黄色い声を出して、心良くんは私と玲矢くんの腕を取った。私は内心緊張した。誰かと一緒に写真を撮るなんて随分久しぶり(と言っても前回は学校の集合写真で、その前は保育園の集合写真だ)で、どんな顔をすればいいのかわからない。
「はい、チーズ」
悩んでいる暇もなく月並みな掛け声と共にシャッターが押され、フラッシュがぴかっと光った。あ、ちょっと目を閉じちゃったかも。
おじさんは現像を待ってから、計三枚の写真を撮ってくれた。ところが、私たちそれぞれに渡された写真は、真っ黒で何も映っていなかった。
「おじさん、これ失敗?」
「いいや、失敗じゃない。それ、出来上がるまでに時間がかかるんだ。おうちに帰ってからもう一回見るといいよ」
私たち三人はふーん、へえーと写真をひらひらさせてしばらく眺めていたが、本当に浮かび上がってこないことがわかると、三枚まとめておばあさんに預けてしまった。
それっきり、写真を撮ったことすらも忘れていた。
*
雨雲がやってくるのがあと少し早かったら、間違いなくお祭りは中断されていただろう。家の数十メートル手前辺りから徐々に強くなり始めた雨が、帰宅する頃には隣にいる心良くんの声も聞こえないほどに激しく地面を打ち付けていた。
「花火、できなくなっちゃったねー」と、心良くん。
心良くんが言っているのは打ち上げ花火のことではなく、普通にスーパーとかで売っている手持ち花火のことで、実は前日におばあさんが買ってきてくれていたのだ。お祭りの後に庭でする予定だったのだが、あえなく中止となってしまった。
私としては、せっかく貰った浴衣がずぶ濡れになってしまったことが残念だった。おばあさんが洗濯してくれると玲矢くんから聞いたけれど、形や絵柄が崩れてしまわないか心配でたまらない。
「まよちゃん、もう一日おとまりする? 明日なら花火できるかも」
「たくさん買ってきてもらったから、三人でやりたいねぇ」
「でも、天気予報では明日も曇り時々雨って言ってたよ」
心良くんは笑いながら「そしたらもう二日おとまりしてよ」と言って、
シャワーの蛇口を捻った。
「……ところで、やっぱり狭くない?」
「そお? たまにおばあちゃんともいっしょに入るよ」
「ぼくたちの家の方がせまいよね」
私たちは、おばあさんの家のお風呂場にいた。おばあさん曰く、雨で全身が濡れてしまったし、子どもは先に入ってしまいなさいとのこと。
家族以外の人と一緒にお風呂に入るのは初めてだった。抵抗が全くなかったと言えば嘘になるが、双子が躊躇なく脱衣所で甚平を脱ぎ捨てたのを見たらどうでもよくなってしまった。私も早く浴衣を脱ぎたかったし、仕方ない。
洗い場に三人入ると相当せせこましく感じた。湯船も小さい。心良くんたちが完全に馴染んでいるせいで忘れていたけれど、いつもはおばあさんが一人でここに暮らしているのだ。これで十分なんだろう。
「普段は二人で入ってるんだ」
「うん。ママがねぇ、おふろぐらいふたりで入りなさいって」
「ちゃんと洗えるの?」
正直なところ、二人がきちんと体を洗えているのかは疑問がある。
「なんでよぉ、できてるもん」
と、言った端から玲矢くんはシャワーヘッドを誤って上に向けて、三人とも全身にお湯を被ってしまった。
「玲矢くん……」
「ご、ごめんね。でも、見ててよ」
今度は自分の方に向けた。シャワーヘッドの少し下を持った玲矢くんが「いい?」と訊くと、心良くんは下を向いてぎゅっと目を瞑り、ついでに両手で塞いだ。玲矢くんは心良くんの頭の上からお湯をかけた。
「まずは、ぼくがうららくんの髪にお湯をかけるでしょ」
満遍なくお湯をかけ終えた玲矢くんは、シャワーを心良くんに手渡した。
「で、こんどはぼくがれいやくんにかける」
心良くんは同じようにお湯を玲矢くんの頭にかけ、シャワーを止めた。心の中で時間を数えていたが、どちらもぴったり十五秒だったので感心してしまった。こんなところまで揃っているとは。
玲矢くんはシャンプーのポンプを二回押して手の上に広げた。泡立てながら私を見た玲矢くんはしたり顔だ。
「ぼくがうららくんの頭を洗う。そして流す。終わったら、うららくんに頭を洗ってもらう。かんぺき!」
「……それだと、一人で洗えるようにならなくない?」
うっかり口を滑らせた私に二人から反論の声が次々に飛んできた。
「ぼくたち二人で一人だもん」
「だから一人で洗えてるよぉ」
「れいやくんといっしょにおふろに入らない日なんてないし」
「ママもなにも言わないし」
そのくせ、私が適当に相槌を打って自分で頭にお湯をかけていたら「どうやって目にお湯が入らないようにしてるの!?」「なんで一人で洗えるの?」「一人で頭洗えるの?」と訊いてくるのだからどうしようもない。多分二人は自分たちの発言が矛盾していることに気づいていない。
玲矢くんがシャンプーでもこもこになった心良くんの髪をお湯で流している間に、私も自分の髪を洗った。
(あー……髪、切ろうと思ってたんだった)
夏休みに入ってから毎日心良くんたちの家に通っている内にすっかり忘れていた。長い髪の一番のデメリットは洗うのが面倒なところだ。髪全体にお湯をかけるだけでもすごく時間がかかるし、鏡を見ながらでないと洗い残しができてしまう。
流石にばっさりショートにすることは憚られるが、腰まであるのはなんとかした方がいい気がする。二つには結べる程度に、肩を越える位置ぐらいで切ろうか。
髪を流し終えて(流され終えて)玲矢くんと交代した心良くんが、自分の髪と私のを見比べて言った。
「まよちゃんてさー、なんで髪長いの? 切らないの?」
「……えーっと」
返答に窮した私は「心良くんたちも、男の子にしては長くない?」とはぐらかした。
「……」
髪をわしゃわしゃされている玲矢くんから視線を感じてどきりとする。はぐらかしたことがばれたようだが、特に何も言ってこない。一方、わしゃわしゃしている方の心良くんは「そうかなぁ」と能天気に考え込み始めた。
「うーん、たしかに、クラスの男の子のなかではぼくたちの髪がいちばん長い……かも。切ったほうがいいかなあ」
「その方が洗いやすいとは思うよ」
「まよちゃんも切る?」
「……まあ、そのうち」
「じゃあ、明日三人で切りにいこうよ!」
急すぎる提案に私は度肝を抜かれて「明日!?」と顔を上げた。
「だめ?」
「それはちょっと、心の準備が」
「まよった時はいきおいがだいじって、学校の先生が言ってたよ」
「うーん、うーん」
心良くんの言う通りな気もする。夏休みの間はずっと心良くんたちと一緒にいたいから一人で床屋さんに行く気はないし、休みが終わったらタイミングを逃してしまう。心良くんがこう言ってくれた今が一番のチャンスだ。でも、せっかくここまで伸ばし続けたんだし、もう少し名残惜しんでからの方が。いくらなんでも明日って、明日って……。
頭の中の天秤は、片方に二人を、もう片方に髪を乗せて均衡状態を保っている。
髪を泡立てたまま文字通り頭を抱えて喋らなくなったことが心配になったのか、玲矢くんと心良くんは頭の上からお湯をかけてきた。私はしばらくの間それに気づかず一人で悶々とし続けていた。
「じゃあ、明日はいっしょに行こうね」
「…………うん、うん」
思考が面倒になって結局頷いてしまった。あれ? ついさっきもこんなことがあったような……。
*
脱衣所で髪の水気をしっかり取っていると、双子はさっさと着替えて廊下に飛び出していった。ああいうのを見ると髪が短いのは楽でいいなあと思う。ドライヤーとか使わなくても、自然乾燥で乾きそうだ。私の髪なんて、お風呂上りにそのまま下ろしていると水がぽたぽた下に落ちてしまう。すぐに乾かしているのでいつまで経っても洗面所の前から動けない。
私が髪を乾かしている間に二人は何を話しているのだろう。そう考えたら、なかなか乾かない髪がもどかしくて仕方なかった。まだいつもの半分くらいの時間しかかけていないのに、早く終わらせたい気持ちで胸がいっぱいになる。
やっぱりこうなったら腹を括って明日切ろう。セミロングぐらいになったら大分楽になると信じて。
「よし、終わり!」
まだ若干の水気が残っていたが手入れは終わったことにして、もたつく手でコンセントを抜いた。
帰ってきてから結構時間が経っているはずだが、外からはまだ雨の音がする。自転車を屋根の下に移動させるのを忘れていたので、今頃ぐっしょり濡れているだろう。何かと災難な自転車だ。
リビングに行くと、棚の前でパジャマ姿の双子が膝をついていた。何を見ているのかと思えば、上に置かれた水槽だった。
「金魚のエサって、なにでできてるのかな」
「うーん、読めないね。……あ、まよちゃん」
のんびりとお喋りしていた双子は私が来たことに気づいて「おそーい」と笑った。
「まよちゃん見て見て!」
「金魚、おばあちゃんが入れておいてくれたのー」
「……おお」
帰り道の途中から金魚はおばあさんが持っていたが、私たちがお風呂に入っている間に飼う為の用意までしてくれていたらしい。水草やポンプも備わっている。直方体の水槽の中で、赤い二匹の金魚と黒い大きな金魚は悠々と泳いでいた。水槽の横に添えてあるのは、筒状の容器に入った金魚の餌と、二人が持ち帰ったヨーヨーやラムネの瓶、私が買った(買わざるを得なかった)お面だ。
「ちっちゃくてかわいいねえ」と心良くんは金魚をうっとり眺めている。
「エサ、またあげていい? さっきあげたばかりだからだめかなあ」
私は餌の容器を取って説明を読み上げた。
「一日二回、朝と……ゆう? って書いてあるよ。また明日だね」
「え、まよちゃん、かんじ読めるの!?」
「すごい!」
「ほかのところも読める? こことか、こことか」
容器を近づけてくる双子から後ずさりしながら「い、いや、簡単なのしかわからないから、全部は無理だよ」と私は弁解した。
なあんだと残念そうな顔をした後、心良くんが「あ」と思い出したような調子で言った。
「そうだ、お名前! まよちゃんが戻ってきたら決めようって、れいやくんと話してたの」
「え、ああ」
一瞬何の名前のことかわからなかったが、金魚か。私は水槽の中に目をやった。
二人の金魚の名前は二人で決めればいいのではと思わないこともないが、仲間に入れてもらえるのは歓迎だ。一生懸命に考えよう。
「金魚の名前とか考えたことないけど……覚えやすい方がいいよね」
と、口火を切ってからたっぷり十分はかけて、私たちは金魚の名前について議論した。カタカナのかっこいい名前がいいと主張する心良くんは、やたら長くて舌が絡みそうな案を出した。それはおばあさんが覚えられない、心良くんたちが帰ったら金魚の世話をするのはおばあさんなのだから、短くて言いやすい名前がいいと私が言うと、心良くんは頬を膨らませて駄々っ子みたいに拗ねた。かと思えば、玲矢くんがあくびをしながら「あかいち、あかに、くろ、でよくない?」とか言い出すので止めることになったり。
「黒はともかく、赤の方はないよ。心良くんたちだって、網瀬一、網瀬二とか呼ばれたら嫌だよね」
我ながら渾身の例えだと思ったのに、双子にはさっぱり伝わらない。
「ぼくたちはべつにいいよね」
「どっちがいちかな。うららくんがおにいちゃんだからいち?」
「あみせいちでーす」
「あみせにです」
平然としている双子に頭が痛くなったが、この流れで気づいたことがあった。
「そういえば二人とも、赤い金魚の見分けはつくの?」
水槽越しに見てみたが、二匹の赤い金魚はサイズも形もそっくり同じだ。仮に名前をつけたとしても区別できないのではないだろうか。
「ほんとだ、わからないね」
「ほんとにぼくたちみたいだね」
「えへへ」
「いや、照れてる場合じゃないってば」
苦悩する私の横で、玲矢くんが黒くて大きな金魚を指差し「これはまよちゃんみたいだよね」と言うのでますます頭の中が混沌としてきた。
「まよちゃんのほうが、ぼくたちより背高いしねぇ」
「……えっと、心良、玲矢、真夜って名付ける気じゃないよね?」
まさかとは思いつつ不安に駆られて言うと、心良くんと玲矢くんは「おおー!」と拍手をした。
「まよちゃんあたまいいね!」
「それにしよう!」
違うを四回叫びながら二人の肩を掴む。
「待って、いくらなんでもひどいよ!」
「なんで? 呼びやすい、短い、覚えやすい、まよちゃんが言ったのぜんぶあってるよ」
「それは……そうだけども、ぺ、ペットに自分の名前つける人とか、いないでしょう」
「じゃあぼくたちがいちばんのり?」
「だいいちごう!」
兄弟のポジティブ思考は止まるところを知らない。もう二人の中で名前の件は決定事項のようで、早速うららくーんとかまよちゃんとか呼んだりしている。名前どころか呼称までそれだったら完全に同じじゃないか。
「それにっ、名前あっても区別がつかないのは変わってないよ。どっちがどっちなの?」
自分で言った後でしまったと思った。案の定二人はお決まりの台詞を口にした。
「どっちがどっちでもいいじゃん、ね?」
「二人で一人、二匹で一匹なんだから」
飼うのは二人なのでそれ以上口出しはできなかった。でも、金魚に自分と同じ名前がついているというのは少し、いやかなり、複雑な気持ちだ。
「まよちゃーん」「まよちゃん、ごはんだよぉ」と金魚に話しかけながら餌を与えている二人を想像したら、むず痒いという言葉では済まされないほどの心地悪さを感じる。
リビングのドアが開いて、顔を出したおばあさんが手招きしてきた。
「あ、おふとんしいた?」
「おふとんの部屋いこー」
餌の容器を棚の上に置いて、二人はスキップしながらリビングを出ていった。二人の背中を見送った私は、溜息をついて水槽に向き直った。
水槽の中の金魚は、飼い主と同じ名前を付けられたことも知らずにまったりとしている。私がガラスの壁を爪で叩いても特に変化はない。
膝をついて棚の上に顎を乗せ、水の中に空気が入っていくぽこぽこという音に耳を傾ける。しばらくそのまま至近距離で水槽を見つめていたら、私の目の前にあの黒い金魚がやってきた。
何がしたいのか、金魚は私の側を漂っている。
私は金魚と数秒見つめ合って、そっとつぶやいた。
「……まよ」
自分が呼ばれたことに気づいたみたいに、金魚は尾ひれをはためかせた。
やっぱり変な感じだ、と私は唇に触れた。私以外の誰かを真夜と呼ぶ機会なんてないから。
何回か名前を繰り返していると、どんどんおかしな気分になってくる。
「まよ、まよ、まよ…………真夜」
真夜。
真夜中の、真夜。お母さんがつけてくれた名前。
同い年の人たちは皆ひかりとかあかねとか明るい名前なのに、どうして私はこんな名前なの。そう尋ねてみたことがある。お母さんは台所で遅い晩ご飯の準備をしていた。小皿に注いだ煮物のだしをすすって、お母さんは顔だけをこちらに向けた。
『なに、そんなこと気になるの?』
お母さんは気まずそうに視線を明後日の方向に向け、
『真夜が生まれたのが、真夜中だったから』
気まずそうにしていたわりにあっけらかんと答えた。
『それだけ?』
『それだけ』
『ありきたりだね』
納得できない私がそう言ったら、お母さんは苦笑した。
『あはは……何でそんな名前にしたんだっけなあ』
『覚えてないぐらい適当に付けたの?』
別に不満を込めたつもりはなかったが、声の端々に滲み出ていたらしい。お母さんは小皿を置くと、ぴょんとしゃがんで私と目線を合わせ、両肩をばんばんと叩いた。
『そんなわけないって。夜空に星が煌めき月が静寂に包まれた街を照らす美しい夜だったのよ、多分』
ぺらぺらと難しい言葉を使って喋るのが尚更怪しい。『多分?』
『えーっと、ほら! 私が朝香で、あなたが真夜。朝と夜でお揃いでしょ』
『……うん』
煙に巻かれたような気はしたが、私はそこで追及を止めた。実際、お母さんとお揃いと言われるのは満更でもなかった。
お母さんは唐突に腕を広げて、私をぎゅーっと抱きしめた。
『な、何』
『真夜は、自分の名前が嫌い?』
お母さんの胸に顔を埋めながら、数秒考えた後、私は小さく首を振った。
ううん、大好き。お母さんがつけてくれた名前なら、私は何でもいいよ。
「お母さんに、あいたい……」
「おかあさん?」
耳元で声がしたのでびっくりして棚の上に乗せていた頭をゴツンと水槽にぶつけてしまった。
「……ったぁ」
チカチカする視界に映った心良くんは「ひゃんっ」と自分が頭をぶつけたみたいな声を出した。
「わわわ、ごめんね。大丈夫?」
「う、うん、平気」
ぶつけたところを心良くんに撫でられている内に、痛みはどこかに吹き飛んでしまった。時計を見上げると、十時を回っている。いつもはとっくに寝ている時間帯だ。
「おふとんしいてあるよ。行こう」
手を差し伸べる心良くんの笑顔は、お母さんの微笑みと重なりそうで、微妙に重ならなかった。
心良くんに連れられて、今まで一度も入ったことがなかった部屋に入った。六畳くらいの和室の中に布団が三枚敷き詰めてある。布団の上には枕が四つと、ゴロゴロ転がる玲矢くん、それを見守るおばあさん。
心良くんの話によると、いつもは玲矢くんと二人で一枚の布団に寝ているらしい。
「でも、今日はまよちゃんがいるでしょ。だから、おばあちゃんがもう一枚おしいれから出してくれたの」
「そうなんだ。おばあさん、ありがとうございます」
感謝すると同時に、おばあさんが同じ部屋にいるなら枕投げはできないな、と少し惜しく思った。
窓側の二枚の布団の真ん中あたりに三人で正座をすると、心良くんが真面目な顔で言った。
「ところでまよちゃん」
「はい」
「れいやくんとぼくはとなりで寝るけど、まよちゃんはどっちのとなりに来る?」
「心良くん」
間髪入れず答えた私に対して、心良くんは「うーん、やっぱりむずかしいよね……」と腕組みをした後、目を見開いた。
「え。……えっ、えっ」
喉に何かつっかえているような声を何回も出し、心良くんは私に詰め寄ってきた。
「え、ぼく? なんで?」
「何でって言われても」
玲矢くんの方は「だよねえ」と和やかなコメントを残している。同じ顔の二人が対照的な反応をしているのは見ていて面白かった。
「ええ、れいやくんにはわかるの!?」
「だって、ぼくもうららくんのとなりがいいもん」
あっけらかんとした玲矢くんの言葉に、心良くんは眉根を寄せた。
「ん、うん……? えっと、ちょっと待って」
布団の上に指で丸を描きながら、ぶつぶつと考え事を始める心良くん。
「れいやくんはれいやくんだから、れいやくんのとなりには寝られない……から、れいやくんはぼくのとなりに寝ないと……だよね。ぼくもれいやくんじゃないから、れいやくんのとなりに寝られる。でも、まよちゃんはぼくじゃないしれいやくんじゃないから、ぼくのとなりにもれいやくんのとなりにも寝られる……うん? あれ? れいやくんのとなりっていくつあるっけ?」
「……」
この兄弟はやっぱり馬鹿なのでは?
呆れて物も言えなくなった私に代わって「はい、はい」と玲矢くんが手を叩いた。
「はやく寝ようよー。ぼくねむくなっちゃった」
「そうだね。もう遅いし」
おばあさんの方を見ると、既にタオルケットを被って横になっていた。まだ考え込んでいる心良くんを「ほらほら、うららくんも」と横にして、玲矢くんは電気の紐に手をかけた。
「あ、まよちゃんは豆電球ついててもへいき?」
「うん。というか、ついてないと嫌」
玲矢くんはころころ笑った。「ぼくたちもだよ。まよちゃんも、まっくらこわい?」
「……どうだろうね」
物心ついた頃から豆電球を消して寝たことがないので、真っ暗な部屋で寝るとどういう気持ちになるのか不明だ。いつかは試してみたいが、それは今晩じゃないだろう。双子も私と同じのようで、よかった。
「うん。真っ暗は怖い、かも」
「はーい、じゃあ豆電球にします」
紐が引かれて、部屋が暗くなった。
玲矢くんはおばあさん側に行ったので、私は窓側の端っこの方にもそもそと横になった。ふわりと被せられた毛布は私一人で使っていいようだ。敷布団のつるつるした触り心地は、家で使っていたものとよく似ていて安心感がある。
心良くんは私に背中を向けている。反対側にいる玲矢くんはよく見えないが、多分二人は向かい合っているのだろう。
ついさっきまでまだまだ二人とお喋りするつもりだったのに、布団に入ったら瞼が重くなってきた。それは兄弟も同じのようで、どちらかがふぁあ、と欠伸をするのが聞こえた。
「きょうはたのしかったね」
「おいしかったし」
「おもしろかった」
「毎日お祭りだったらいいなあ」
「それは、大人も大変そうだね」
「ねえ、やぐらの上でなに話してたの?」
「なんだっけ、わすれちゃったなあ」
「うららくんすぐわすれるよね」
「私は覚えてるよ」
「え、なになに?」
「……教えてあげない」
「まよちゃんのけち」
「あしたはなにしてあそぼうか」
「夏休み、あとどれくらいあるかなあ」
「まだやってないこといっぱいあるよ」
「例えば?」
「うーん、スイカわり?」
「プールに行ったりとか」
「花火もまだしてない」
「あと、まよちゃんと仮面ライダー見てない」
「その話はやめて」
「夏休みのあいだにぜんぶできる?」
「できるよ」
「……」
「ねえ、まよちゃんは」
「……なんで、ぼくの」