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消費期限

作者: 矢野華


 小さい頃からあまり喋らないから変だと後ろ指さされ生きてきた私は気付けば人を遠ざけるようになっていた。

 そもそも学校自体もあまり好きじゃなく、『集団行動』も苦手。誰かと何かを一緒に行動するのも、何かを合わすのも、少しずつ自分を殺していく感覚はずっと嫌いなまま。いくつになったって好きになれない私は高校生になっても変わらなかった。いや、変われなかった。

 入学してから気付けば一か月が経とうとしていた。見渡す限りグループだらけ。みんな、時運の居場所を見つけて青春を謳歌している。そんな姿は私にとって、とても輝かしいもので目に毒でしかない。

 友達を作る方法を見つけずに、一人でいることを選んだのは紛れもなく自分。自分から誰かと一緒にいることを捨てたのだ。

 でも、私に似ている子は他にもいた。友達ができなさそうな同類。

 学校生活が始まってから一度もクラスに顔を出していない女子生徒。名前は船田峰。女子にしては変な名前で、そっちの方で印象づいてしまった。話に聞く限り、彼女と中学の時に同じクラスだったり彼女を知っている生徒は何人かいた。自分の中で自然と船田に対しての親近感は消えていく。

 そう言いながらも顔も声も知らない彼女のことを考えているのは恐らく、彼女のことが気になるから、なんてとっくに分かっている。

 昼休みが終るチャイムをヘッドフォンの隙間から入ってくる。私は机の上にいつものように突っ伏しながら、はやく学校が終わることだけを祈っていた。今日も一日生徒と話さずに学校が終わる。口を開くのはいつだって先生たち。授業で当てられた時しか声を出さない私はいつもクラスの中で『変な子』扱い。

 そんなことはもう慣れているのだ。今更流す涙もない。

「……ねぇ、そのヘッドフォン」

 音楽を流さずにつけているヘッドフォンに流れ込んできたハスキーな声。私は反射的に顔を上げた。

 しまった。と後悔してももう遅い。

 見たことのない女子生徒だった。肩までついているショートヘアは毛先を綺麗に整えられ、赤色のメッシュが少しだけ色づいている。

「やっぱ、それちょっと見せてよ!」

 語気を強める彼女の顔を恐る恐る見てみる。妙に色白で顔も小さい。化粧をしているのか目元はくっきりとしており、灰色がかかったカラコンはこちらを見ている。どうしてかやけに赤くなっている鼻に目を奪われていた私は慌てて彼女にヘッドフォンを渡した。

 変な生徒に絡まれることは懲り懲りだ。穏便に過ごすと決めたのだから。

「やっぱ、あってた」

「な、なんのこと?」

「これ、今テレビでよく見かけるヘッドフォンでしょ? あたしもこれ買おうとしてたんだよねー。ねぇねぇ、いくらだった? てかどこで買ったのこれ? 今度一緒につれていってよー」

 初対面なのにいきなり質問攻め。

「え、あ、あの」

 質問に一つも答えられない私をまじまじと見つめてくる彼女に慌てて視線を逸らす。すると、彼女はヘッドフォンを返し「じゃあ、帰り一緒に帰ろ。またあとでね!」と行ってしまった。

 「うん」とは口に出さずにぎこちなく頷いた。

 初めて見る彼女に警戒心を抱きながら、よく観察をしてみるとクラスの子たちが彼女に気付くと「みねじゃーん」と進んで彼女に話しかけて行った。

 あの子が船田峰か。

 話してみてもやはり、彼女とは友達になれそうにはならなかった。唐突なことばかりで、頭の中を整理することに精一杯だった私は午後の授業のことは全く耳に入ってなかった。

 自分としたことがノートは真っ白なページのまま。板書を写すことさえも忘れるほど。

 結局船田に抗えず彼女と帰ることになった。自分としては何度も先に帰ろうとしたが不思議と彼女をほっておけなかった。それは彼女に対しての良心か、もしくは彼女に嫌われるのが怖いのか。どちらかは自分でさえも分からなかった。

 一緒に買いに行くと言っても、学校帰りということもあり近場を選んだ。それほどマイナーなものでもないし、手ごろな電気屋に入れば見つかるだろうと思ったものの、見つからず。

 いつの間にか夕方まで最寄り駅のショッピングモールをうろついていた私たちはぎこちない会話を続けながらファミレスへと入ることにした。

 席に着くなり、執拗にドリンクバーを勧めてくる彼女に私は「水で大丈夫です」と断った。

「あはは、おっかしいね」

 楽しそうに笑いながら彼女はメニューを取り、目を通し始めた。

「何がおかしいんですか」

「おかしいおかしい。全部おかしいでしょ」

「だから何がって」

 言葉を続けようとすると、途端に彼女はメニューを閉じ、その先を私の眼前に突きつけた。

「聞きたい?」

 彼女の突飛な行動に驚きながらも小さく頷くと「ふふふ」と彼女は笑いながら指折り数え始める。

「曲聞いてないのにヘッドフォンしてるとこ、贅沢しない貧乏性なとこ、自分に素直じゃないとこ、似合ってない眼鏡してるとこ、暗そうなとこ。あ、あと喋らないとこかなー」

 喜々として話す彼女。

 人懐っこい笑顔に圧され、私は何も言わずに「あっそう」と答えた。

「あ、そういえばさ、名前聞いてなかった」

「はぁ?」

「でも、それは明日聞けばいいか!」

「は、はぁ……」

 自己解決してしまった。そもそも名前も知らない人とここまで仲良くなれる船田さんが全く分からない。

 私とは違うタイプの変な子だ。

「あと、もう一つ言いたいことがあったんだ」

「言いたいこと?」

「そうそう。何かあんたって勿体ないよねーって」

「もったいない?」

 眉をひそめる私に彼女は一人で頷きながら言葉を続ける。

「人生って私、消費期限があると思うのよ」

「消費期限……」

「寿命、みたいなものだけど。こう、人って生きてる間に人生を消費してるじゃん? その期限が目に見えたら羨ましいけど、でも見えないわけで。だからその人生をあなたは無駄にしてるなーって。もったいなーって」

「そういうこと」

「うん。そういうこと」

 妙に腑に落ちた彼女の言葉。だけど、そう理解していても私は彼女みたいに人生に意味を見出せるようなことはできない。勇気がない。

 そうやって自分の中で船田さんと自分を差別化させる。無意識に俯瞰してみたら「自分、何しているのだろうか」と何度も何度も疑問に感じながら、結局俯瞰したままだ。

「で、でも人生って生きていれば何かあるってよく言うでしょ」

「明日死ぬかも分からないのに?」

「え?」

 唐突な『死』というワードに私は言葉を引っ込めた。そんなこと今まで一度も考えたことがなかったからだ。

 生きていれば何かある。まるで言い訳のように自己暗示するそれはいつの間にか脳内に張り付いて取れなかった。

 だけど、本当にそうなのだろうか。

 人は簡単に死ぬ、ということを船田さんは知りながら今もこうやって生きている。

「ごめん、ごめん。こんな話やめようか」

「え、あ、うん」

 結局私は船田さんとまともに話すこともままならなかった。でも、初対面だったから、と思えば仕方ないことなのかもしれない。

 それに、帰り際に見えた船田さんの消えそうな笑顔の裏に隠れている何かに詮索することはできなかったからだ。

すみません。オチはありません。少しでも「そういう考え方がある」程度で読んでいただけたら幸いです!

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