第9話 馬車で旅をするにゃ
のどかな晴れた昼下がり、街道をガタゴトと音を立てながら辻馬車が走っていた。
栗毛の一頭の馬に引かれたその馬車の屋根の上には、鎧をまとった一匹の猫が丸くなって眠っている。その猫こそ、にゃんこ騎士こと来人だった。
妖精剣のメンバー4人は、サイノ村から街道を北に進んだ先にあるモルドーの町を目指していた。普段なら節約のために徒歩で移動するところだが、ゴブリンキング討伐の報酬が予想以上に高く、今回は少し贅沢をして馬車を利用していた。
「にゃあーっ!」
俺はあくびをしながら背を伸ばした。馬車の揺れと太陽のぬくもりに誘われて、つい眠ってしまっていたらしい。身体だけでなく、心まで猫に近づいているのかもしれない。そのうち猫じゃらしにじゃれついてしまうかもしれない。
それにしても、外は気持ちの良い天気だ。
最初は馬車の中に乗っていたのだが、シートのクッションが悪く、車体にはサスペンションがなく、タイヤは木に鉄板を打ち付けただけの代物。衝撃がダイレクトにお尻に響く。しかも、狭い車内に大勢がすし詰め状態で、体臭・口臭・荷物の匂いが入り混じり、猫の鼻を持つ俺には耐えられなかった。結果、屋根の上に避難していたというわけだ。
涼しい風が心地よく、俺のヒゲを優しく揺らしていた。
――その風に、嫌な臭いが混じっていることに気づいた。
「シデン、フィーネ、エリス! 魔物にゃ!」
俺は車内の3人に声をかけた。
俺の言葉に、御者の顔が引きつる。
同時に、周囲の草原から馬車と並走するように、犬に似た魔物が姿を現した。数にしておよそ20匹。
魔物の名は草犬。姿こそ犬に似ているが、全身が緑色で、足は6本。昆虫のような複眼を持ち、群れで狩りをする凄まじい速度の魔物だ。
ちなみに、俺は見た目こそ猫だが中身は人間なので、犬が苦手という設定はない。
通常、街道には特殊な結界が張られており、魔物が近づくことは滅多にない。旅行者が襲われるのは稀だが、絶対にないとは言えない。
馬車は草犬の追跡から逃れるため、速度を上げた。御者は必死の形相で馬に鞭を打つ。
馬車の窓からフィーネが矢を放ち、2匹の草犬を次々に射抜いた。
俺とシデンは飛び道具を持っていないため、今はフィーネを応援するしかない。
草犬たちは馬車から距離を取り、矢の届かない位置まで下がった。
このまま逃げ切れるかと思ったそのとき――
草原を駆ける群れの中に、ひときわ速く走る赤い個体がいた。
赤い奴……まさか、通常の3倍の速度か!?
赤い草犬は、凄まじいスピードで馬車の横を駆け抜けていく。
「当たれ、当たれ!」
フィーネが矢を連射するが、赤い草犬は寸前でひらりとかわす。
「くっ、当たらない!」
『当タラナケレバ ドウ トイウ コトハナイ!』
赤い草犬はそのまま馬車の前方に回り込み、馬の首めがけて飛びかかった。
ガシッ!
「やらせるかーっ!」
馬車の屋根から跳び下りた俺は、赤い草犬の頭部に渾身の蹴りを叩き込んだ。
ギャン!
赤い草犬は悲鳴を上げて草原を転がる。
俺は猫のように空中でくるりと体勢を立て直し、地面に着地。同時に背中の剣を抜き、赤い草犬に斬りかかった。
あと一歩で剣が届くという間合いに入ったその瞬間、赤い草犬の側方から2匹の草犬が同時に飛びかかってきた。
ドスッ! ガン!
2つの音が響き、2匹の草犬が吹き飛ばされた。
「にゃんこ、一人で格好つけるなよ。」
シデンだった。彼は1匹を剣で突き、もう1匹を盾で殴り飛ばしていた。
「悪いにゃ、シデン!」
その間に、赤い草犬は起き上がり、俺を睨みながら唸り声を上げていた。さらに、残りの草犬10匹が俺とシデンを囲んでくる。
一斉に襲いかかられたら、さすがに危ない。ゴブリンとは違い、草犬はランクの高い魔物なのだ。
「俊足!」
頭上からエリスの声が響き、俺とシデンの身体が光を帯びる。エリスの補助魔法『俊足』は、すばやさを大幅に上昇させる効果がある。
ただでさえ反則級のすばやさを持つ俺が、さらに強化された。
たとえ赤い草犬が通常の3倍の速度でも、今の俺にはナメクジのように遅く見える。
勝負は一瞬だった。
俺は赤い草犬との間合いを一気に詰め、斬り伏せた。さらに周囲の草犬たちを、次々と斬り倒していく。
その脇では、シデンが次々と草犬をなぎ倒していた。
赤い草犬からは、ゴブリンキングのものとは異なる、赤い結晶体が手に入った。用途は不明だが、いずれ役に立つかもしれない。
俺はそれを、ゴブリンキングの黒い結晶体を入れている袋に放り込んだ。
しばらくして、先行して逃げていた馬車がエリスの連絡を受けて戻ってきた。
「こんなことなら、護衛を引き受けておけば報酬ももらえたのにね。」
フィーネがぼやく。
俺たちは再び馬車に乗り込み、モルドーの町へ向けて旅を再開した。
――そのとき。
俺の懐の袋の中で、ゴブリンキングの黒い結晶体と、赤い草犬の赤い結晶体が触れ合い、ゆっくりと溶け合っていく。そして、赤黒い光を放ちながら、一つの結晶体へと姿を変えていった。




