第273話 アスタロトと真流星
「その手を離せ!」
アリアは小太刀を抜くと黒髪の男に斬りかかった。
「お望みならば。」
黒髪の男は茜を飛び掛かってきたアリアに向かって放り投げた。
「キャー!」
バキッ!
茜の小さな身体がカウンター気味にアリアにぶつかる。
しかしアリアは身体を柳の様に柔らかくしならせ衝撃を最小限にして茜を受け止めた。
「茜、大丈夫?」
「うちは大丈夫じゃ!」
「うっ!」
アリアが腰を押さえて膝を着く。
「母上!」
「ちょっと腰をやったかも。我ながら情けないわ。」
アリアは申し訳なさそうに茜に笑いかけた。そして茜を背中に庇いながら黒髪の男を睨み付ける。
「お前達は何者なの?」
「私はアスタロト。あなた方の言うところの悪魔ですよ。」
「悪魔って、以前マジリアに現れたメフィストと同類なの?」
「おや、メフィストがここに来ていたのですか。まあ悪魔という意味では同族ですがあの小物と一緒にしてもらいたくは無いですね。」
ゴーッ!
その時、アスタロトに向かってアークデーモンの巨体が砲弾の様に音を立てて飛んできた。
「アリアと茜から離れろ!」
修一が先程のアークデーモンを仕留めてアスタロトに投げつけたのである。
ボシュ!
しかしアークデーモンの巨体はアスタロトが単にかざしたに過ぎない左手の前で紙袋を潰した様な音と共に塵となって消滅した。
「アリア、茜を連れて逃げるんだ!」
「修一、私も戦うわ。」
「こいつはかなりヤバイ奴だ!俺が何とかするから逃げろ!」
アリアは修一の真剣な眼差しに黙って茜を抱えると走り出した。
「修一と言ったですかね、あなたは逃げなくて良いのですか?」
「ヒーローが逃げる訳にはいかないんでね。」
「後悔しますよ。私は手加減するのが苦手ですから。」
アリアに抱かれた茜の目に修一の背中が小さくなって行く。
「父上ー!」
アリアと茜の姿はあっという間に見えなくなった。
「その身を挺して妻と子を守る。自己犠牲とは美しい響きです。しかしアークデーモンと私を一緒にはしないことですよ。」
「なめるな!俺はお前を倒して家族の後を追うだけだ!」
そう言って修一は足を踏み出そうとしたがその場から一歩も動くことが出来なかった。
足元の地面から生えた真っ白な植物の蔦が修一の足に巻き付いていたのである。
「何だこれは?」
「これは吸血薔薇といって獲物の血を吸って美しい花を咲かせるんですよ。」
白い蔦にびっしりと生えた鋭いとげ修一の足に突き刺さる。
既に白かった蔦が赤く染まり真っ赤なつぼみを付けていく。
「吸血薔薇だと。」
「あなたはどんな花を咲かせるのでしょうかね。」
「う、こんなもの。」
修一は蔦を掴んで吸血薔薇を引きちぎろうとした。
ブチブチ!
しかし吸血薔薇は引きちぎった傍から再生して更に修一の身体に絡み付いていく。
「無駄ですよ。引きちぎれば余計にあなたの血を吸って再生するだけです。」
「奪われたものは奪い返すまでだ。」
修一の掴んだ蔦に噛み付くと思い切り吸い出した。
チュウーーーーーーーー!
「何を馬鹿な吸血薔薇を吸うだと!」
修一に絡み付いていた蔦はみるみる白くなり力無く萎びていった。
「ぷはー、不味い。」
修一の顔は血の気を取り戻すどころか艶々の肌となっていた。
「魔界のべヒーモスですら吸い尽くす吸血薔薇を逆に吸って枯らしてしまうだと、お前は人間ではないのか?」
「俺は人間だがスーパーヒーローだ!」
「この、びっくり人間め!」
「悪魔に言われたくないわ!修行をしてきた俺の力を見せてやる。俺は赤と青の流星の力に忍びの力を融合した。」」
修一の身体を赤と青の派手なボディースーツが覆っていく。
しかも赤と青の2色に加え黒色が加わって派手さを押さえ、しかもリアル感たっぷりに変っていた。
簡単にいうと昭和の特撮ヒーローから最新ハリウッド映画並みのフルモデルチェンジである。
「赤と青の流星改め、真流星だ。」
ドーン!
決めのポーズをとった修一こと真流星の後ろに演出の爆発が起こるという手の込みようである。
「真流星だと!」
「どうだ、驚いたか。」
「いや、姿を変えただけそれが何だと言うです。もうそろそろ飽きてきました。ネビロス!」
アスタロトの横に赤いフードを被った背の高い痩せた女の悪魔が現れ深々とお辞儀をした。
「ヒヒヒ、ここにおります。お呼びでしょうか、アスタロト様。」
頭を上げたネビロスと呼ばれた女の悪魔の顔はどくろの面で隠されていた。
「ネビロス、こいつの相手をするのも飽きた。もう引き上げるから後は任せたぞ。」
アスタロトはそう言うと背中を向けて空に浮かぶ島に向かって舞い上がった。
「待て、逃げるのか?」
後を追いかけようとする修一の前をネビロスが立ちふさがった。
「ヒヒヒ、無礼な奴だ。アスタロト様が逃げる訳がないだろう。」
「どけ、何だ。お前は?」
「ヒヒ、私はネビロス。お前は元気が良いね。お前を私のコレクションに入れてやろう。」