第270話 茜来る
忍び装束の子供は手足に結んだ布を広げ、まるでムササビの様に滑空して俺の前に降りてきた。
歳の頃は10歳位に見えるが俺に子供忍者の知り合いはいない。
「お前、誰にゃ?」
子供は俺にぺこりと頭を下げると忍び頭巾を外した。ふわりと髪が肩まで垂れる。
「お前、女の子にゃのか?」
「ども、うちの名は茜言います。」
「茜にゃ?」
「本当に父上と母上が教えてくれたとおりのにゃんこや。人に戻ったんじゃなかったん」
「まあこっちでも色々あったにゃ。それで俺のことを知っているってお前の親は俺の知っている人にゃのか?」
「うちの父上は修一、母上とアリアだよ。」
「にゃるほど修一とアリアの子供にゃのか。待つにゃ俺がこっちに戻って一年たってにゃいんだぞ!」
「えっ来人殿が戻ってからもう15年経ってるんよ。」
「どうやらあちらとこちらの世界では時の流れが違う様ですね。御主人様が向こうの世界で過ごした数ヶ月がこちらでは数日でしたが今回はこちらの数ヶ月が向こうの15年になっているようです。」
ブリットが冷静に判断する。
「うーん、そうみたいだにゃ。」
それでも修一とアリアにこんな大きな子供がいるとは実感が湧かない。それどころか何時の間に結婚したんだ。
「それで2人とも元気かにゃ?」
「元気かとか言うと……」
そこで茜は黙ってしまった。
「そこからは拙者が説明しよう。」
いつの間にか茜の後ろに立っていた着物姿の侍風の男が喋り始めた。
「あんた何時の間に現れたのにゃ?」
「久しぶりでござるな、来人殿。」
「ござると言われても侍に知り合いは居ないのにゃ。」
「なんともかんとも拙者は武御雷でござるよ。」
「武御雷だって、あいつは剣にゃ。それにあいつはござるとか拙者とか言わないのにゃ。」
「いやだから拙者は魔剣の精霊でござるよ。茜が背負っている剣に見覚えがござろう。拙者の本体の魔剣でござる。」
「そう武御雷を来人殿に届けるのもうちの使命なんよ。」
茜が背負っていた剣を来人に手渡す。
「これは確かに武御雷にゃ。だけどそっちの世界で15年も経って何でわざわざ俺に武御雷を届ける必要があるのにゃ。」
「つれないでござるよ、来人殿。実はあっちの世界が悪魔軍に征服されてしまったのでござる。」
「悪魔、あのメフィストとかといっしょのにゃ?」
「メフィストは悪魔でも三下でござるよ。魔人達との戦いが終わって10年も経ったころ、魔王が悪魔の軍団を引きつれ攻めて来たのでござる。」
「魔王にゃ!」
「そう、魔王でござる。カザン王や修一、アリアも皆、勇敢に戦ったのでござる。でも平和な時間が長かったため何処の国の兵も単なるお飾りになっており敗れてしまい、皆、捕虜になって悪魔の世界に連れ去られてしまったでござる。」
「来人殿、うちと一緒に母上達を助けて。」
なるほど、今度は悪魔界に行って魔王と戦うって訳だね。ちょっと待て、それってかなり無謀だろう。
俺としても昔の仲間を助けたい気持ちはあるが全員で戦って敗れた魔王相手にかなう訳ない。そこまで自分が勇者だとは思ってはいない。
「茜って言ったにゃ。気持ちは十分に分かるが…」
「我々が手を貸そう。」
俺の言葉を遮ったのは遮那王だった。
「にゃんだって。」
「聞けば、その子供の国も悪魔に支配されておるのじゃろ。この世界もたった今メフィストと言う悪魔にちょっかいを出されておった。多分、奴等はこの世界も狙っておるのじゃろう。それであるなら、先にこちらから攻め込んでやろうではないか。」
「ありがたい申し出、感謝するでござる。こちらの世界でも来人殿は良いお仲間を持たれておるようじゃ。」
既にもう俺は行くことになっているようである。
「分かったにゃ。取り合えず話を聞くのにゃ。」
「それでは我が館で話をしようではないか。いつまでもここに居る訳にもいかんからな。」
遮那王の申し出により俺達は鞍馬の山奥にある遮那王の館に向かうこととなった。